第1節 始まりの赤(10)
「えっ?」
――嘘だ。
――――嘘に決まっている。
――――――嘘でなければ本当に嘘だ。
絶対に見間違いだと思った。
あり得ない。そんなはずはない。あらゆる否定の断言が巡る。
しかしそのいずれをも嘲笑うかのように。
そこに居た二人――だったのものは、苦悶の表情を私のよく知る顔に湛えていたのだ。
「ミス、ト? シャル……??」
すでに青ざめた二人の顔。
おびただしい血液の溜まり。
人の死。
教会の警備兵。騎士団員。……同僚、仲間、
友達。
「うそ」
立ち上がりかけて膝をついていたところに、腰を抜かしてへたり込む。
夢なのだろうか。それにしては、妙に生々しい空虚感が胸をかきむしってやまない。
なんだ? 何が起こって……?
「ああ、そいつらか。日ごろの鍛錬が足りないばかりに、残念なことだ」
――――。
何を言っているんだ、この人は。
なんで平然とそんなことが言える? 自分の殺した相手を見つめて愉快そうに嗤える?
おかしい。狂ってる。少なくとも、私の頭じゃあどうやっても理解できない。
不条理。不道理。非常識。
駆け抜けたのはそんな屁理屈じみた言葉の羅列だった。
鍛練?
そんなもの血がにじむほど積んだところで、あなたに敵う人間が一体、世界に何人いる?
まともに剣を交えることができる人間が。
言葉の綾か? いや、違う、これは。
”侮辱”だ。
倒れた二人に対する侮辱。軽蔑。ひいては私への挑発。
そんなことを理解するのに何秒かかった? 混乱してるのか、私は?
混乱? 何故? どうして? シャルとミストが倒れているから? 死んでいるから?
きっとそうだ。
――けれど、私は自分の手に目を落とすと。
震えのやまない手で、ゆっくりと、しかし確かに、腰に下げた鞘から剣を持ち上げていた。