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蒼のプロローグ

 プロローグ


 鼻をく異臭が流れ込んできたのは唐突だった。


 予期しない瞬間。そして場所。


 とてもではないけれど、強烈な血の臭いが自分へと入り込んでくるのを防ぐことはできなかった。

 認識した瞬間に、脊髄に氷水を流し込まれたような悪寒に襲われた。


「かッ……、……ぁっ!」


 たまらずその場で膝を折り、私は身体の底からこみ上げてきた熱を一気に床へとぶちまける。

 体が自分を包む臭気に対し、全力で拒絶の意志を表している。

 血。


 人間の血。

 私の最も嫌悪する臭い。 いや、臭いだけじゃない。


 鼻の奥で粘つく感触。

 人から切り離された体温。

 生々しい鉄の臭気。

 とめどない流れの印象。

 命の欠片。


 そして、それらを見たときに否が応でも連想させられる――あまりに克明こくめいで、残虐な人の〝死〟というイメージ。


 しかし何故、こんな場所で?

 私はただ、街の中央部にある教会の扉を開いただけだ。

 本来なら厳かな雰囲気に包まれているだろう夜半の教会で、こんな空気と出くわすのはおかしい。


「来たか。〝キュウケツキ〟」


 その時、薄氷の切っ先のような声色が、私の耳に切れ込んだ。


「ルベウス=ジークフリード」


 私の名前。

 聞こえてくる自分の名前に意識を保ち、私は苦い味しかしない口元を押さえつつ、頭を上げて声の主に焦点を合わせた。


 視界をかすませる涙に邪魔されながら、次第にその人物の形は、私のよく知る人の姿を象っていく。


 肩口を滑り落ちる銀の長髪は、まるでアウナス聖教のモチーフである銀の霊鳥の尾羽のようだ。

 あでやか過ぎる白銀の髪は、あまりに常人離れした神々しさをゆうと背景に刻み込んでいる。


 長髪に沿うように描かれた輪郭は、美の神の祝福を受けたのではないかと思わせるほどの美貌。


 冷たい蒼の輝きを放つ二つの瞳はさながら宝石のようで、刃じみた鋭角な双眸そうぼうが、こちらを無感情な色で見つめていた。


「レイリィ……さん? どうしてこんなところ、に――!?」


 瞬間、私は惨烈な光景に目をかれた。

 淡いロウソクの灯りが揺らめく広々とした礼拝堂と、だんの上に一人たたずむ流麗の騎士。


 そして――手に握られた血だらけの長刀。足元に転がるのは事切れた人達。人体の破片。


 死屍累々の上に立つ絶世の騎士と、見守るように鎮座する聖者ルナンの銅像と、荘厳な彩色を放つ月明かりのステンドグラス。


 視界を埋めるすべてが、異様というには美し過ぎて、美しいというには異様過ぎて。


 私は嘔吐感も忘れて、目を奪われていた。


 ――違う、その時からすでに私は。

 目の前の怜悧で華美な剣姫に、心を奪われていたのだろう。

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