僕は君が本物だったって信じたい。
時間が止まる。
お互いの動きが止まる。
僕らの世界の全てが止まった。
意を決したように、先に動いたのは彼女の方だった。
「あなたはだれ?」
どうして僕にそれが答えられると思うんだよ。
「僕は僕… だと思う。」
すると彼女は、この凍りついた世界を温めて溶かすように笑った。
「私も、私は私だと思ってた。でも、わかることなんてなーんにも無くなっちゃったね。」
美しい笑顔は、涙に濡れていた。彼女は涙を拭って言った。
「悲しくも嬉しくもない時に流れる涙は何なんだろう? そもそも涙に意味ってあるのかな? 」
彼女の質問に答えることは出来なかった。
僕も泣いてたからだ。
意味すら分からない涙を流して、訳の分からない胸の痛みに壊されそうだった。
気づけば僕も、笑い泣きだ。
瓜二つの同じ顔が見つめ合い、僕は力が抜けてへなへなとロッカーに寄っかかった。
そう。2人で何時間も一緒に過ごしたあのロッカーに。
ガコン!
鈍いんだか澄んでるんだかよくわからない音を立てるなぁ。
遠くから声と足音が聞こえ、人工的な青白い光が見えた。
「おい!そこに誰かいるのか?」
そう言って近づいてくる。
多分夜警さんだろう。
だが、僕にはもう見つかってしまうことさえどうでもよかった。
「行っちゃうんだね。」
「うん。行かなきゃ。」
「どこへ? 僕はいつでも会いに行くよ。だから…」
「それはできない。」
え、どういうこと?それはできない…なんて。君らしくないよ。
すると僕の心を読んだように、彼女が言った。
「私はあなた自身。あなたは、私なんだから。」
「は?意味わからんw だって僕は男で、お前は女だぞw?」
笑えば済むと思った。僕はそう思った。
でも違う、違うんだ。僕の不自然な笑顔じゃ、何も変わらなかった。
真実を知らずにいることも、拒絶することも、受け入れることも。
彼女は目を見開いた。そして言った。
「あなたこそ、何言ってるの? あなたは女の子でしょ?」
は?
俺が?
僕が?
…私が?
中に浮く3つの一人称が、僕を刺し殺すようだ。
僕… じゃない。もう「僕」でも「俺」でもない。ましてや「私」ですらない気がする。
自分の足元を見てみた。
細いとは言えないが太ってもいない普通の脚は、白いニーハイソックスを履いていた。
少し見える太腿は、日焼けしてる割には血色が良くない。
そして履いているのは紺のスカート。胸元にはリボン。
嘘だ。。嘘だよ。。。
しかし頭を抱えた時に触れた自分の髪はひどく艶やかで、男の髪より長いショートボブだった。手にヘアクリップが触れた。引きちぎるように取ってみれば、赤いプラスチックのヘアクリップがあった。子供っぽくて、とっても綺麗な赤だった。
僕はそこに崩れ落ちて、声の限り叫んだ。
悲しかった。嬉しかった。痛かった。絶望した。願った。怖かった。わからなかった。
「…さよなら。」
顔をあげれば、ロッカーの中で出会ったあの少女が自分を見つめていた。
「ごめんね。。ごめんなさい。。」
「なんで?なんで謝ってんの!?行かないでよ!私は誰だ!?僕はなんだ!?
どの一人称使って生きてきゃいいんだよ!?」
「あなたがこれから自分を見失っていくのがわかるから。あなたがこれからどれだけ長い道を迷走しなきゃいけないか知ってるから。そして、あなたが何者なのかは、あなた自身で見つけなきゃならないから。」
「わかんない… わかんないよ。わかんないのに答えなんか出せないよ…」
「そうだよね。私もそう思う。」
「… せめて消えてしまう前に、ヒントでもくれないの。」
「わかんないものに、答えもヒントもないよ。」
「でも2人一緒なら、答えは出るんじゃないかな?」
「…そうだね。君の言う通りだ。」
「でもさ? こうして悩んで、頭抱えて、涙目で迷走し続けるのが、本当の僕らなのかもしれない。」
すると彼女は大きく目を見開いて、泣きながら、少し笑った。
「そうだね。その通りだよ!」
そして彼女は窓際の枠に飛び乗り、ガラスを開けて、振り返ってこっちを見た。
「ありがとう」
その後、夜警さんが教室に入ってきて私を見つけた。
下の職員室に残っていた教師が来て、親に電話をかけた。
両親が学校まで来て、教室に入ってくるまで、私は何も言わず、ただじっと窓を見ていた。
あの子が飛び降りて行ってしまった窓を。
けど私は知ってる。
あの子は窓から飛び降りて思いっきり泣いてから、私の心に戻ってきたんだってことを。
だって彼女が帰ってきた時、ちゃんと気付いたから。
(おかえり。。俺。)
(ただいま。。僕。)
(ありがとう。私。)
私は今でもいろんなところで迷走している。
文を書く時だって、一人称を統一させることにいつも気をつけている。
その後、僕はネット上で自分を「迷走サバイバー」と呼ぶことになる。
そう。これは僕自身、『迷走サバイバー』が誕生したお話だ。
あの子と僕は時々ケンカをする。
片方が暴走したらもう片方がそれを止めるのの繰り返しだ。
片方はいつも涙目で、もう片方はいつも皮肉っぽく笑ってる。
片方は青くて、片方は赤い。
両方とも、強い。
これで僕の話を終わろう。
今もどこかで苦しげに、しかし楽しげに迷走している僕の話を。
最終話。完結です。
読んでくださったみなさま、ありがとうございました!