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秘密

半年近く書いてなくてどうすればいいのかわからないので、ネタで十話程度の話を書きます。

今言わなければいけない。今言わなければずるずると行ってしまう。

王城の一室、先の戦争での最大の戦功を得たであろう男は、その英雄と呼んでも過言ではないというのに、顔色は非常に悪かった。

真っ青で、吐き気を抑えるように時節腹を押さえている。

銀色の清廉とされた顔つきの男、アルテリスは机の上で手を組み、額をそこへと押し当てて、ぶつぶつと呟いていた。

彼が漏らす言葉は

「大丈夫、斬首とかない、ここで生命刈られるわけがない」

「むしろ言ったほうがいいもん、名を挙げてガラガラ落ちたほうが家名の恥だもん」

となんとも情けなさを感じるものだった。

部屋の扉がノックされる、アルテリスはびくりと体を揺らすと、小さな絞り出したような声で「はい」と返事をした。

扉が開かれると、黒髪の凛とした女性が立っていた。


「アルテリス様、陛下がお呼びです」


敬礼をすれば、腰まで伸びた濡れ羽色の髪がさらりと揺れた。口角は一目では気づかないほどだが小さく上がっていた。

アルテリスは良心の痛みを覚えるが、心の中でそれを振り払う。


「貴方と戦えたこと、私たちの誇りです」

「……そうかフェリス、私もだ」


アルテリスはすっと立ち上がった。心の中にすべての感情を押し込んで、立ち上がる。顔色は正常で、口はきゅっと結ばれている、先ほどの不安に濡れた表情は消え失せていた。


部屋へと出て、廊下を直進する。フェリスを数歩後ろに連れて、彼は玉座の間へと続く、巨大にして華美な装飾をされた、鉄製の二枚扉の前へと立った。

門の横に立ち並ぶ兵士が、重そうに扉を開け放つ。

アルテリスの姿が玉座の間へと入ると、周囲で歓声が上がった。

イニス王国国王であるルウェロは玉座から立ち上がると、前へと進むと玉座を囲むように作られた、三段程度の階段の前で止まった。

アルテリスは玉座と入り口の中間地点で止まると、臣下の礼を取り、地に片足をつけ胸に拳を当てる、『この命貴方のために』という意味である。


「守護者の一族の名をさらに上げる武勲、すばらしいものだった」


『守護者の一族』イニス王国の建国の際に初代国王の横に立った男、ただの農民であったが卓越した策略と頭脳を持って、戦乱を勝利へと導いた伝説の英雄・アーマインの子孫のことである。家名はルーウェルス。公爵の位を与えられている。


「強大な帝国が恐怖し、焦燥し、使者は憎々し気に私へと和平交渉をしてきた。イニス王国は戦争に勝利した。多くの兵士を失った、生きている兵士死んでしまった兵士、そのどれもが等しく戦功者である。――が、言うまでもなく最大のものはお主であろう。さてアルテリスよ、お主……なにか言うべきことはあるか?」


突然の言葉に、一瞬困惑したが、アルテリスにとって願ったり叶ったりだった。

あります、と彼は震える声と共に顔を上げた。そして、困惑することとなった。

王様どころか周囲の貴族や大臣が苦笑していたのである。

だが――ここで止まるわけにはいかない。胸に手を当て、勢いよく一歩を踏み出して声を張り上げる。


「家名に泥を塗るのを覚悟で言わせていただきます。この戦争は偶然の産物であると」

「あ、アルテリス様!」


背後に共に入ったフェリスが、なにを言っているのだと声をかけるが、それはルウェロによって遮られることとなる。


「ほう、アルテリスよ、それは如何なる理由で述べた」

「第一の勝利を得た理由であります土砂崩れ、あれは全くの偶然なのです」

「ほう、だが偶然とすれば行軍の動きが変だな」

「それは土地勘のあるものがおらず、地図の読み違えを引き起こしていたためです」


淡々とアルテリスは戦争の成功理由を述べていく、それはなにもかもが奇跡のような偶然の産物であると、端的に述べていた。

フェリスは背後で口を半開きにして、その言を聞いていた。

そのまま淡々と事実を述べていたアルテリスの言葉は、耐え切れず噴き出したルウェロにより止められることとなる。


「く……くくくアルテリスよ、それは真のことか」


その様子にアルテリスは訝し気な表情を見せたが頷いた。


「真実です。この戦勝は奇跡の産物です」

「では私からも言わせてもらう」


ルウェロは腹を押さえながら、数回深呼吸をして息を整え、アルテリスをまっすぐと見据えた。


「いい加減秋田ぞ」


その瞬間、玉座の間は笑い声に包まれた。皆こらえきれない笑いに腹を押さえ、女性でさえも扇で口元を隠しながらも、耐え切れず腰を曲げている。

困惑するのはアルテリスとフェリスの二人ばかりで、ルウェロなど目じりに浮かんだ涙を掬っていた。


「お主の兄も、父も、祖父も、歴代の一族すべてが同じことを言う。『これは偶然だ』とな、恐らくはお主たち血族の才覚をいつまでもあるものだと思うな、という忠告なのであろう。すばらしい忠心だ。私としてもしかと受け止めよう。しかしな――さすがに建国以来六百年経過した、六百年間同じやり口であるのは少々飽きる、もう少し考えてくれると嬉しいのだがな?」


茶目っ気たっぷりに王は述べた。アルテリスは愕然としたまま、二の句が継げず、餌をねだる金魚のように口を開閉するばかりだ。


「さて、お主の忠心を祝福するべく、褒章を与えよう――」


時は流れ、式典も終わりを告げた。アルテリスは表情に見せないが、ルウェロの言葉に困惑していた。

……歴代一族すべてが?

それってつまり――


「貴方についてきてよかった」


フェリスの言葉に、アルテリスは我に返った。見ると、胸に先ほど得た銀の騎士勲章を付けたフェリスは前を見て歩きながら、こちらへと語り掛けてきていた。


「私はずっと不幸でした。そとを歩けば鳥の糞をかけられ、溝に落ち、鉢植えが降ってくる。傘を持って外出すれば晴天で、持たず出れば大雨です。なんでなんでと幼いころはわめいていました。両親は優しかったけど、すぐに死んでしまった、私はきっと不幸のまま終わるんだと思っていました」


だけど、貴方が私を副官へと選んでくれた、とフェリスは首を曲げてアルテリスを見た。二人の視線が交差した。

フェリスは胸の勲章をぐいと見せつけてくる。


「そして今は騎士勲章まで得られた。その――アルテリス様がよければなのですが……」

「お話し中すまない」


背後からの声に二人は同時に振り向いた。アルテリスは驚き目を丸くした。


「兄上?」


アルテリスの兄にして、ルーウェルス当主であるハルトだった。アルテリスと同じ髪色の頭髪を短く切りそろえ、瞳に穏やかな眼光を湛えていた。

ハルトは眼鏡をくいと持ち上げた。


「今、いいか」

「も、問題はありません。公爵様」


敬礼をしてフェリスは言った。声は若干震えている。

その様子はどこも不思議ではない、ルーウェルスはこの国で王に次ぐ権力を持つ一族であり、ハルトは当主なのだから。そのうえ領地経営は最も成功をおさめ、領地内部及びそれにかかわる周辺地域の経済を活性化した。今のところすべてを成功に収めている――。

だからこそ、アルテリスには断る理由はない。

フェリスへと後で時間を作ると告げ、足早に去っていく彼女の後姿を見届けた後、刃のような鋭い視線をアルテリスは兄へと向けた。


「どういうことだか教えてくれるのか、兄貴」

「あぁそうだよアルテリス。ここでは誰かに聞かれる心配がある、部屋を用意した、行くぞ」


そういって歩き出した兄に、アルテリスは素直についていった。

王城内部に作られた一室、通常は侍女たちの休憩室へと使われている場所で、彼らは木製の膝くらいまでしかない低い机を間に挟み、対面する形で設置された真っ赤なソファへと腰かけた。


「帯剣くらい外したらどうだ」


という兄の言葉に甘んじ、腰のベルトから鞘を引き抜こうとする……が、どうしてか引き抜けない。困惑し力を籠める、鞘がどこかにつっかえているのだろうか。

手探りで鞘を調べるが、わからない。

あぁもう面倒だと柄を握りしめた、ぐいと力を込めていく。抜けぬよう紐で硬く結ばれており、強く引っ張っても大丈夫だ――と思ったのだが、紐がぶちりとちぎれた。

勢いよく剣が飛んでいき、入り口へと突き刺さった。


「ぐぅ……あ」


うめき声が響いた。さっとアルテリスの顔が青ざめる。

まさか人がいたとは! はじかれたように駆けだすと、ハルトがそれを制止する。


「扉の向こうにいるのは間者だろうさ」


冷静かつ軽い言葉に、アルテリスは何を言っているんだと憤慨した。しかし、怒っている余裕などない、駆けだして扉に耳を当てる。

うめき声が確かに聞こえた。ドアから遠いようだ、それを確信して扉から剣を引き抜き、開け放った。


「――だ」


大丈夫ですか、と言葉は続けられなかった。メイド服の女性が青ざめた顔で、胸から血を流している、その手には短剣が固く握られていた。低い姿勢でアルテリスを殺すべく素早い動作で突き出された。

が、それが女の願い通りにアルテリスを貫きはしなかった。

アルテリスに軍才はない、皆無と言ってもいい、しかし彼には武力がある。得意とする柄物は槍だが剣も一流と呼べる能力を持っていた。

短剣をはじくと女の頬を殴りつけ地面へと引き倒した。腕を取り床へと押し付ける。短剣が円を描いて飛んでいき、窓を破り外へと落下していった。


「お前、やっぱり武術はすごいな」

「そりゃ、こればっかりしてましたからねぇ」


その後音を聞きつけたメイドに衛兵を呼ばせ、女を引き渡した。

部屋を変えて、再びソファに座り対面した。


「つまりはそういうことだ」


と、ハルトは言った。最初の言葉がこれである、意味がわからずアルテリスは困惑した。


「つまりどういうことなんだよ?」

「剣を投げたのは故意か?」


違う、とアルテリスは首を振った。


「王座の間で語ったことは虚偽か?」


再び首を振る。


「そういうことなんだよ」


どういうことだよ、とアルテリスは思ったが、疑問はすぐに思い至り、解消された。

頭が痛そうに目頭を摘まんだ。


「なんだか知らないが、よくもわからず都合のいいことが起こる」

「あぁ、そういうことだ」


満足げにハルトは頷いた。だが、アルテリスにとってそれは到底許容できないものだった。思わず小さくため息をついてしまう。

これはダメだ。運は人が起こしうるすべてにおいて、必要なものと言えるだろう。しかし、先の戦勝は運ばかり際立っていて、彼自身の力は将を打ち取った武力のみだ。

彼の頭の中には先ほど不幸だったと語るフェリスが引っかかっていた。真に称えられるべきなのは彼女ではないのだろうか、と不満が積もった。


「……不満そうだな」


見透かすようにハルトは言った。アルテリスは頷く。


「だけどな、この国は我が一族がいるからこその国だ、それは民草すべてが知っている。理解しないのは――まぁこの国の貴族の一部ぐらいなものだな」

「だけど、間違っているよ兄貴、あの老将は強かった、努力したんだ、軍事も適格だったと思う、だけど運だ、努力でも得られない運という要素で、長年の積み重ねを俺は粉砕したんだ。そんなのってないよ……」

「足を止めたいか?それは国を滅ぼしたいということだぞ」


氷のような言葉の刃が、アルテリスに突き刺さった。

ハルトは冷静な瞳でアルテリスを射抜き、さらに続けた。


「他国はこの国は恐れていないがルーウェルスを恐れている。血族をさかのぼっても二十人程度しかいない、この一族をな。それがいなくなればどうなる、侵略され略奪され――お前は民の笑顔を見たことはあるか?護りたいと思ったことはあるか?」


アルテリスは頷いた。

ならば、とハルトは声を大にして告げた。


「許容するしかない。葛藤はあるだろう、俺もある、それでも飲み込まなければいけない。最強のルーウェルスを見せつけ、安心させなければいけない。笑顔を陰らせてはいけない」

「だけど――だけどそれだったら他の奴らはどうなるんだ、俺たちのよくわからない力で台無しにされたやつだって大勢でるかもしれないぞ!?」

「ピエロにでもなんでもなってやる。俺は今のお前のように葛藤したときにもらった孤児院の子供たちの花冠を忘れはしない。俺が守るべきものだと自覚したその花冠は枯れ果てようとも心の中にしっかりと残っている、覚えている!」


決意のまなざしに射抜かれて、アルテリスは次の言葉が出なかった。

いつのまにか前鏡になって、机へと手をついていたのに気が付き、ソファへと座りなおした。


「わかっている。理解している。それでも……納得できるわけじゃない。飲み込めても消化できるわけじゃない」


震える声でアルテリスは言った。奥歯を噛みしめ、ぎしりと鈍い音が鳴った。


「俺、行くよ。領地を貰ったんだ、爵位も。無茶苦茶に名前が長くなった」

「……あぁ、おめでとうアルテリス」

「ありがとう、兄貴」


部屋の外へとアルテリスは出た。沈黙に満ちた室内は、ハルトがソファへと体を預けて、天を仰いだ。


「ままならねぇなぁ……」


呟きが天井に溶けていった。

アルテリスは混乱する頭が生み出す罪悪感を振り払うように、速足で廊下を進んでいく。

荷物を預けていた場所へと向かうと、見知った顔がそこにあった。


「フェリス?」

「アルテリス様、その……」


もじもじとして、フェリスはアルテリスの荷物の入ったカバンを手にしていた。

近づいてきて、アルテリスへと差し出してくる、アルテリスはそれを受け取りながらも訊いた。


「荷物ありがとう。だけどどうかしたのか?」

「お願いがあるのです。私を……私をっ!このまま部下にしてはくれないでしょうかっ!?」


アルテリスは目を見開いた。そして、顎に手を当てて考え出す。

その様子を顔を紅潮させたフェリスは不安げに見つめた。

彼女は最も称賛されるべき人間である。しかし、現実としてそうではなくなっている。

だとしたらどうする、


「……ついてこいフェリス」

「え、いいのでしょうか?」

「あぁ、共に歩むぞ」


アルテリスがほほ笑むと、フェリスはぽかんとした。途端、彼女の瞳から大粒の涙が溢れ出していく、なにごとかとアルテリスが慌てると、フェリスは泣き笑いながら言った。


「不幸でした。ずっと一人で、悲しくて。ここまで来た道のりも、運に邪魔をされました。嵐で家が飛んでったり、喧嘩に巻き込まれてまとめて停学にされたり……とにかく――とにかくっあぁ、あぁ、よかったよ。幸せだ、私幸せだ……」


アルテリスは虚をつかれたように暫し沈黙してそれを聞いていると、ふっと笑った。

この時彼は決意した。

「彼女を幸せにしよう」と。

不幸な少女と、幸運に悩む青年の物語は今これからはじまることとなる。


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