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生きてまた

残酷な描写は極力省いています。

 いつかは終わる。それだけを希望として青年は銃を背負った。


 開戦一か月で戦線は崩壊。防衛戦が始まってもう三年になる。


 最初に鉄が不足し、薬草が枯渇し、錬金術師の仕事が無くなった。長きにわたる戦で地脈は衰え魔術師が消え、幻獣が数を減らしたために戦える召喚士がいなくなった。


 次は自分たちの番だ。戦士が死に絶えれば戦争は終わる。弱気な想像を振り払い、クラウスは目前に横たわる隊列を見据えた。


 一つ一つの足音はもう聞こえない。鎧が擦れる音と絶え間なく地面を踏みしめるが足が、まるで地鳴りのように大地を揺らす。


 服の袖で額を拭うと、下手くそな狼の刺繍が茶色く汚れた。


 そこに気を取られた一瞬、隊列から怒声が上がった。


 「敵襲だ!」


 瞬間弾かれたように顔を上げる。


 見つかった、と思った。


 だが敵はあさっての方向を向いており、逆にこちらから遠ざかって行った。


 生い茂る木の陰から、注意深く目を凝らす。仲間の誰かが奇襲をかけたのか、遠くで大きな爆発音が聞こえた。


 無意識に息を止めていたようで、苦しくなったところでようやくライフルから手を離した。


 流れる汗を肩で拭う。



 カチャリ



 背後で音が鳴った。


 それからは反射で動いた。


 手に持った銃を捨て、腰から小銃ハンドガンを抜く。撃鉄を起こす。しかし、振り返ったところで引き金は引かなかった。


 再びカチャリと音が鳴る。


 銃口の先で、膝を屈めた少女が首をかしげる。


 「クラウスさんですね?」


 首に下げた沢山の金属片が、彼女の動きに合わせて揺れた。


 どっと疲れたような気がした。


 「勘弁してくれ」


 クラウスは小さく呟いた。少女は流れた黒髪を耳に掛け直し、テキパキと横掛けにした綿のカバンから白い布を取り出す。


 戦場にいることを忘れさせるような、少し表情に幼さの残る少女は、小動物のような丸い黒目で真っ直ぐこちらを見据えた。


「足を出してください」


 言われるがまま、畳んだ右足を前に持ってゆく。自力では動かないので手を使った。


 少女は初めて無表情を崩した。


 気を使ったのか、普段より慎重に布を巻き、どこから拾ってきたのか真っ直ぐな木の枝を折れた足に括り付ける。


 「手を貸します」


 そう言って、小さな手で腕を引こうとする。思わず笑ってしまい、怪訝な顔をされてしまった。


 そしてその肩越しに、銃を構えた敵を見た。


 「伏せろ!」


 咄嗟に声を上げた。少女の反応は少し遅れ、今度は逆にこちらから手を引いた。銃声が弾け、重い荷物を落としたような音がした。右手に持った小銃から硝煙が上がっていた。


 「……逃げましょう」


 腕の中に崩れた少女は、泣きそうな顔でこちらを見上げた。


 自分がどんな表情をしたのかはわからない。しかし、少女がさらに涙を溜めたのを見て、目を合わせていられなくなった。


 「仲間がまだ戦っているから」


 それは半分建前で、実際二人では逃げきれないだろうと踏んでいた。銃声は誤魔化せない。じきに気付いた敵がやって来る。


 しかし、彼女一人、そして自分一人なら、あるいは。


 クラウスは少女の肩を支えて立ち上がらせると、白い衣についた土を落としてやった。

 そして自分の首掛けを外し、少女の胸の金属片を一つ増やした。少女は子供がいやいやをするように首を振った。


 「あなたは生きているのに」


 「うん、生きてるよ。生きて帰るから」


 足元に落ちた銃のストラップを少女の頭から通し、医療道具の入ったカバンに無理やり小銃を押し込んだ。


 「いいかい、よく聞いて」


 唖然とする少女の手を取り、指先をそっと握った。諦めたわけではない。それがわかるよう、努めて笑顔を保った。


 「衛生兵の保護協定なんて、今は有って無いようなものだ。君達の一人がいなくなるだけで、沢山の救える命が失われる。わかるね?」


 少女はこくりと頷く。


 いい子だ。そう言ってそっと頭を撫でた。

 なにか言いたげだった少女は、迷うように少し足踏みをした後、すぐさま身を翻した。


 白く、小さな背中が遠くなる。


 今度会えるのはいつになるだろう。


 「フィリ」


 思わず名前を呼ぶと、フィリは目を丸くして振り返った。


 クラウスはポケットに入れていた物を投げ、受け取ったのを見届けると小さく手を振った。


 「辛くなったら呼んで。きっと力になる」


 少女は躊躇いがちに頷き、再び駆け出した。




 薄闇の中に蔓の這った城の壁が見えた瞬間、膝から下が無くなったかのように地面に崩れ落ちた。


 背中が重い。何より、首に下げた金属タグの重みが、自分の体を地面に引きずり込もうとしているのではないかと錯覚させた。


 「フィリ!?」


 気付いた見張り役の女性が駆け寄り、小さな体に重くのしかかる銃をはぎ取った。


 「なんで銃なんか。それより、皆ずっとあなたの事を探していたのよ!」


 高い声が頭に響く。今は何も言いたくなかった。


 まくし立てた女性は、フィリの首に掛かった物に気付くと続きの言葉を飲み込んだ。


 「……とりあえず入りなさい。暖かいスープがあるわ」


 小さく頷くと、周りに注意を払いながら、巧妙に隠された裏口の戸をくぐった。



 この城に初めて来たのは、自分が六つの頃だったと記憶している。


 なびく白衣に追いすがるように母の背を追いながら、磨き上げられた石造りの正門を潜り抜けた。


 その先にあったのは、一つの村と言っていいほどの施設と沢山の人間。ただその頃から、すでに玉座は空だった。


 ここは、さまざまな国で迫害されてきた人々が作った国なのだ、と母から聞いた。


 母は、風の声を聞き地脈から力を借りることのできる子供や、様々な物質に関する膨大な知識を持ち、自然には在り得ない物を作り出す男性を診て、「どんな不思議な力を持っていても、根っこは皆同じなのよ」と胸を張っていた。


 あれから十年、私は母の白衣を着て、様変わりした城の中で母から引き継いだ仕事を続けている。


 「今日の戦いで、今まで運で生き延びてきた奴らがみんな死んじまった」


 手首から肩にかけ、大きな傷痕のある老兵は、中身の無くなったスープの器と木の匙を眺めながらぽつりとつぶやいた。独り言のようでいて、皆に言い聞かせているようでもあった。


 食事の時間はいつも喧嘩が起こるほど賑わっていた大広間も、今ではまばらに人が集まり無言で食事を胃に落としている。


 戦で人が減ったというのもあるが、城に住む人間が広間に来ない理由は単純だ。


 仲間が死んだと実感する瞬間は、出来るだけ少ない方がいい。フィリは老兵の斜め前に座ると、ちらりと周りに視線を向けた。


 やはり目当ての青年を見つける事は出来ず、無言で匙を口に運んだ。静かな広間では、意識しなくても周りの会話が耳に入る。


 「また王国の増援が来たそうだ」


 「そろそろ決着をつける気かもしれないな」


 そんな話を聞き流しながら、注意は老兵の方に向いていた。一人で寂しげに佇む彼は、昨日まで別の男性と行動を共にしていたはずだった。


 フィリは黙々と皿を空にすると、着替えた白衣の右ポケットを押さえた。反対側にはクラウスの投げてよこした物と彼の金属片が入っているが、今は関係ない。


 こちらの様子に気付いた老兵は、無理やりに作ったことがわかる不自然な笑顔を向けた。


 「どうかしたのか、フィリちゃん」


 「グレンさん。これを」


 フィリが差し出した物を見て、老兵は大きく目を見開いた。


 この城に住む皆が身に着けている、錬金術師と魔術師たちが作った小さな金属のプレート。裏返すと、小さく人の名前が刻まれていた。


 皆は、そのまま『ネームタグ』と呼ぶ。普段は肌身離さず身に着け、命を落とせばそれが大切な人への形見となる。特殊な金属でできており、元々は全て金色だが、持ち主が死ぬと白く変色するため、外に出る際に家族や恋人に預ける者もいる。


 フィリが集めたネームタグは、一つを残してすべて白い色をしていた。


 「ああ……」


グレンは嗚咽を漏らし、フィリの渡した戦友の形見を強く額に押し付けた。

戦士の意地なのか、決して涙は流さなかった。


 フィリはそっと席を外すと、頭の中でもう引き取り手のいないネームタグを数えた。


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