悲劇のサーカス
この野郎・・・
なんだこいつは。体が小さいからナイフが当たらない。
それにしてすばしっこい。負傷してしまった腕といい、こいつといい、まったく何なのだ。
某所にある館。罠が無数にしかけられてあり、入ったものは命が無いと言われる。
ある泥棒は考えた。罠の先には宝があると。
無謀にもそいつは館に入って行くと7週間後、腕を失くして出てきた。
周りの通行人が居る中、そいつは言った。
「悪魔に会ったぞ。だが、天使にも会った。アハッハハハハハハハ。この世界は・・・」
まるで狂っている。そして最後にこう言い放った。
「ちっぽけだなぁ」
サーカスのテントで3人がくつろいでいた。
「スティーブ、ニュース、見たか?これで3万人が死んだぞ。何故危険なところに進んでいこうとするのかがわからん」
メダはため息をついた。メダと言うのは本名ではない。ここでは全員が仮名だ。
「なんでかねぇ」
僕はメダにコーヒーを勧めながら相槌を打った。
「でもここのサーカス団全員でいけば行けるんじゃないか?そもそもクリアみたいになっているのかな?」
ドレが口をはさむ。ドレの近くでランプが燃えている。
冗談じゃない。まだティーンエイジャーなんだ。死んでたまるか。でも確かにここのサーカス団は身体能力に優れている。体操に関してはやろうと思えば余裕で五輪で金は取れると思う。ドレは動体視力が半端じゃない。
だからフラーと一緒にナイフ投げの投げられる側をしている。投げるのはメダ。1km先に居るクマをナイフ1本で殺したというほど正確性、スピードが秀でている
僕だって玉乗りもするし空中ブランコだってできる。運動能力は絶対上だ。
きわめつけはオーナーだ。なぜなら・・・
「行ってみる価値はありそうだな」
考えていればいつのまにかオーナーが来ていた。こういうのを噂をすれば影というのか。
「やめてください。俺、しにたくないですよ」
「うむ、冗談だ」
オーナーは静かに冗談を言うのでたまに本当かわからないときがある。
「そもそも、片腕ないじゃないですか。なんでしたっけ、虎にくわれたんでしたっけ?」
メダが楽しそうに言った。
そうだったのか、虎に喰われたのか。
「みんな聴いてくれ。今日の19時からの公演が終わればここを離れて違う街にいく。最後の公演だ。成功させよう」
オーナーがみんなに言った。手の話題から変えたかったのか。
「それにしてもここは良かった。客も来るし。ちょっと残念な気持ちもあるよなぁ」
ドレがつぶやいた。
そんな思いは僕にもあるけれど、仕方がない。
「メンツはいつもの15人だ。練習しとけよ」
各地方から集められた選りすぐり達。いつものメンツとはこうなる。
オーナー・・・1人
ピエロ・・・ 2人
ナイフ投げ・・・1人
ナイフ受け・・・2人
空中ブランコ・・・3人
猛獣使い・・・1人
トランポリンなど・・・5人
胸をわくわくさせるようなサーカスにしたい。いつも心の底から思う。
僕はテントを出た。ひんやりとした冷気が顔を襲ってくる。森の方でカラスが鳴いている。
ポケットの中からボールを出した。まずは3つ。赤、黄、青の三色が宙に舞う。
(これがハーフシャワー。これはリバースカスケード)
ジャグリングにも技名がある。最もこれは簡単な方だが。どんどん難しくしていけば、
(ウィンドミル。ボックス)
これに魅了される人は少なくない。僕も初めてここでジャグリングを観て、魅了され、入ったのだ。
その頃のピエロは、僕の先輩であり、パートナーのベックが務めていた。
ベックはボールを11個でジャグリングが出来る。
「あなた、凄いわね」
いつの間にかサラが来ていた。
サラは美人だ。トランポリンをやる1人で客からの人気度も高い。加えて彼女は勘が良く当たると言う特技も持っている。
「サラは練習しなくていいの?今日でココともお別れだよ」
ボールを投げる手を休めずに言った。
「さっきまでしてたわ。少し休憩」
それならコーヒーでも淹れてあげようと思ったが、彼女が淹れたコーヒーがとてもおいしかった事を思い出してサラがテントの中に入って行くのを見送った。
今度はボールからクラブに換えて車輪の小さい一輪車に乗ってジャグリングを始めた。
一輪車は止まっているとすぐに倒れる。前に、後ろに、前に少しずつ漕いでバランスを保つ。かつ、手をせわしくなく動かしているのでかなりの集中力が必要だ。
これは、楽しい。上手く言えないけれど気分が落ち着くというか、とても清々しいのだ。これをしているときは無心になっている気がする。
「楽しいか?スティーブ」
また誰か来ていた。
「集中してて気づかなかったか」
ベックだった。一輪車から降りる。ベックは最年長で45歳だ。オーナーは23歳だ。さて、何の用だろうか。
「あと1時間で公演だ。はやくピエロの格好をして客を集めに行くぞ」
もうそんな時間だったか。ベックはすでに化粧を済ませている。目の下に星があるのがベック。泣きぼくろがあるのがぼくだ。
「今行くよ」
「レディース アンド ジェントルメーン!!世にも奇妙なサーカスへようこそ!」
オーナーの声がホールに響く。そしてここで照明が消える。
「あれ?照明!なにやってる!はやく・・・おっと!」
これは全て演技だ。あかりを無くす事で客にスリルを与えている。さあ僕の番だ。
照明がピエロの格好をした僕とベックにあたる。
まずは2人でジャグリングを披露。歩きまわったり、ボールに乗ったりして観客を沸かす。
たまに子供がボールに触り、落としてしまう時があるのでそのときはめいっぱいおどけた顔をする。
そのあとは体が消える手品や口から万国旗が永遠にでてくるといったものをしたりした。ただし、これはピエロなのでサイレントでやらなくてはいけない。
そして、ピエロのフィニッシュは僕による剣呑みだ。その前に木の棒を用意し、切って見せ本物と言う事をアピールする。そして・・・
無数のライトと客の拍手で僕らは舞台裏に引っ込む。
「大成功でしたね」
「ああ」
「おつかれさまでした」
2人をねぎらう声がスタッフの中から上がって来た。
「・・・次はトランポリン軍団!」
オーナーの声が聞こえてくる。僕の横をサラが通り抜ける。
「おつかれさま」
「がんばって」
小走りになってサラが舞台に上がり他の5人も違う方向からスポットライトの方へ導かれていった。
その瞬間観客が再び沸く。まるで、獲物を見つけた獣のように。
「こうしていてはいけない。すぐに小休憩のときのお土産を準備しろ」
「あいよ~」
ピエロはサーカスの顔。メイクは決して落とせないし他の者にメイクをさせてもいけない。
ホールから一度出て、お土産道を進む。
「あ、ケイちゃん品物っていつもの場所だよね。うん、サンキュー」
ベックは逆側の道で物を売る。道を挟んで2人で談笑していたときだった。
「キャー!!」
ホールの方で悲鳴がきこえた。
「おっ。大技したのかな?ちょっといつもより時間が早いぞ?お土産、売り残ってほしくないのかな?」
のんきにベックが言った。
その刹那だった。先ほどまで僕らに釘づけだった客達が、どっと出てきた。おかしい。何かが。
必死にこっちに向かって走って来る。その顔は1人1人違うものだったがどんなものかがしっかりと伝わる顔だった。
恐怖、絶望、恐怖・・・・・・・・・・・
なにがおこったのかな?
通り過ぎていく人たちに身振り手振りで伝える。もちろん赤く塗られた口は動かせない。
3度くらい送っていると、若い婦人が答えてくれた。
「トランポリンの最中に2人、人が死んだんです!」