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乙女の戦

作者: 夕顔

太陽が少しだけ鮮やかに見えるようになった頃。

 

 

 

 アスファルトに交互に接触して私の身体を運ぶ足の裏はいつものように熱くはない。

 

 それとは逆に「通気性が良い」と言われているはずの衣を纏う身体は上半身に熱を籠らせ、少し歩いただけでも息が上がる。

 長い髪の毛を捩じりあげ後頭部の少し上の所で纏めているのだがそこにも熱が籠り、そこから流れる小さな滝が後れ毛を共に流しながら首元に張り付かせる。

 

 黙々と前を向いて歩いていると思うように進まない自分の歩行速度に流石に滅入ってくる。

 

 持つも不慣れな日傘の手元を見ながら果たしてこれを扇子に持ち替えたらどうかと思い空を見上げると、光り輝くそれは勢力が衰える様子を見せる事なくギラギラとこちらを見ている。

 

 

 

 そもそも初めはこのように熱の籠るような姿になる予定では無かった。

 

 ただ私の中の理論はこうなる事を予期して私に訴えていたにも関わらず、私の中の理屈がどうしてもこうする必要があると判断した。 

 しかし困った事に第三者から「どうしても」と「必要」の理由にについて述べよと言われると、万人を説得はできないだろう。

 誰かに指図をされた訳でもなく、誰かに明確な理由を説明できる訳でもなく、では何のために。

 

 本当は気付いているのだが、それを全面に押し出すには勇気が必要だ。

 ノーガードでの殴り合いは性に合わないため、気付きながら、気付かないふりをしながら私は私の中のそれと付き合う。

 

 

 

 少し苦笑いをしながら日陰になっている横道へ入る。

 

 普段に比べると少しも進んでいない距離なのだが、今日は無理をしないようにしなければ後に身動きがとれなくなってしまう。

 そのような事では私の苦労も本末転倒だ。

 

 日陰は大分涼しくなっている。

 ハンカチで汗を拭いながら時計を確認すると思ったより時間に余裕があり安心する。

 理屈に負けた理論が、それでも私を導いてくれたおかげだ。

 

 横にある自動販売機が目に入り、冷えたスポーツドリンクを購入して道の脇に寄り蓋を開ける。

 熱中症で倒れる訳にはいかない。

 

 


 

 人間は時に愚かで、分かってはいてもどうしても退く事のできない戦がある。

 そしてそれがどう影響を与えるかとなると、得てして代えがたいものとなる。

 しかし時として多大な悪影響も及ぼしかねない。

 

 この場合はどうなのかと尋ねられると、実は代えがたいものとなる自信があまり無い。

 

 しかし今さら後悔をしても後の祭りなのだ。

 ポジティブに前を向こう。

 これは戦だ。

 

 


 手元にある水分を全て補給したら自動販売機の横に設置されているごみ箱に手を伸ばし、また日傘を差してギラギラとした光線を浴びる。

 

 

 

 駅が近付くにつれて少しずつ人が増えてきた。

 

 こうも苦戦を強いられていると、普段は気にならない人の気配が少し鬱陶しく感じてしまう。

 しかし歩く人の中には私と同じく苦戦を強いられている人もいて、皆頑張っているのだと感じながらまた自分を奮起させる。

 

 

 

 駅構内に入る頃にはあっという間にまた出来てしまった小さな滝が胸の方にまで落ちてくる。

 

 そのような状態で自分の姿に不安を覚え化粧室へ向かい、鏡に向き合う。

 どうやら髪と目元は崩れていないようだ。

 

  

  

 襟元を何となく正してから化粧室を出ると携帯電話を手に駅の外を見つめる。

 

 とてもではないが未だ元気なギラギラと相対する事にメリットを感じられない。

 流石にここは退いて良いだろう。

 ギラギラとがっぷり組んで消耗戦をしていては本当の勝利は見えてこない。

 


 

 駅周辺は普段よりかなり混雑している。

 

 恐らく目的は私達と同じなのだろう。

 

 

 

 


 もう一度化粧室へ行きたいところだがここは動かない方が良い。

 しかし待っている時間は私の強気をみるみる削り取っていく。

 大丈夫だろうか。


 

 


 周辺には私と同様に勝負をしている人達の姿が増えてきている。

 

 私の退く事のできぬ勝負はお先にそろそろ山場を迎える。

 

 


 一人の男子が駅構内に入ってきて私を見つけた。


 「ごめん待った?」


 彼の顔には汗が滲んでいる。

 

 「ううん。大丈夫。」


 すると彼は私を上から下まで眺めて笑った。


 「浴衣似合うよ。かわいいね。」



  

 どうしよう。考えていた以上に嬉しい。

 

 ひとまず勝負に勝ったと判断して良いのではないだろうか。


 「ありがとう。」


 そして少し照れくさい。


 これまでの苦労は全て報われた。




 彼は微笑みながら私の手をとり足を外へ向ける。


 「花火が始まるまでまだ時間があるから少し暇潰しにいこう。」






 退けぬ勝負の第二ラウンドのゴングが鳴る。

 

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