熟睡
アイドル的生徒がいる学校って、親衛隊みたいなのって本当にあるんですかね?
昨日は酷い目にあった。
けっきょくその後、体育教師に連行された木下先輩は親を呼ばれ職員会議にかけられ、1カ月の自宅謹慎だそうだ。
楓はそんなの生ぬるいと憤っていたがこうして無事ているんだからと怒りを納めてもらった。
あの事件以来、さらに楓が俺にべったりになった。なにも常時くっついてイチャイチャとかではなく、時間があれば目の届く範囲に常にいる、といった感じだ。まだ微妙な距離感、それが俺たちだ。
「今日は親父達外で食べるんだっけか」
「ん」
「じゃあ、帰りに夕飯の材料でも買っていくか」
「・・・わかった」
楓に放課後迎えに行く約束して昇降口で分れた。
「ううむ、匂う、匂うぞ!」
「なんだ?ついに加齢臭か?」
「違あぁぁう!!」
相変わらずなオーバーリアクションで反応する新之助。
「あんた達兄弟の事よ」
「おぉ桃花、おはよ」
「おはよ。あんたたち、噂になってるわよー」
「またか。こんどはなんだ?」
桃花は俺の前の席に腰かけると無駄に長い脚を組んで言った。
「あんたたち、いつも一緒にいるじゃない。どこのバカップルかってくらい。だから、兄妹なのに仲が良すぎる、なにか特別な関係なのではないか、とね」
「アホらしい」
「あら、でもそう言いながら今日も楓ちゃんと一緒に登校してたじゃない。どうせ帰りも一緒の約束でもしてるんでしょ?」
「それは・・・そうだが。でも、俺達は別に普通の兄妹だ。なにも深いものなんぞない」
「ふぅーん」
なにやら納得のいかない様子の桃花を置いて俺は1限の準備をする。
「あ、そうそう」
「今度は何だ」
「そんな邪嫌にしないでよ。楓ちゃんの親衛隊、なんか解散したらしいよ」
知っている。昨日連行された木下先輩がなんと親衛隊の隊長だったようで、それが学校にも親にもバレ、そっこく解散させられた。
俺はその旨をリアルタイムで見ていたから知っている。
「なんにせよ、よけいな面倒が減ってよかったよ」
「そうだね」
俺は楓の教室に行くと教室の前でカバンを持って手持無沙汰にしている楓を見つけた。
「悪い、待たせたか」
「・・・別に」
「雪穂ちゃんは?」
「・・・今日、は、用事」
「そっか」
俺達は昇降口へと歩き出す。
「どうだ、新し学校は。だいぶ慣れてきたか?」
「ん。でも、たまに、迷う」
「あぁ、ここ無駄に広いからなぁ」
小・中・高の校舎だけではなく体育館、グラウンド、武道場、他各種施設が揃っているマンモス校、竜ヶ崎高等学校。
「俺も入学当初は色々迷って大変だったよ」
「・・・お兄ちゃんも?」
「あぁ」
「・・・そっか」
どことなく嬉しそうな様子。なにが嬉しいのやら。
「そういや、もう少しで試験があるけど、勉強の方はどうだ?」
すると楓はピクッと反応すると、ぎこちなく言った。
「・・・だ、大丈夫」
「じゃあ、帰ったら勉強の確認な」
「えぅ・・・」
「大丈夫、まだあと2週間もあるし、なんとでもなるよ」
俺はうなだれる楓を連れて学校を離れた。
一緒に買い物をし、共に夕食を作り、夕食後、俺は楓の部屋にいた。
「とりあえず、前の学校のテストとかあったら見せてくれないか?」
「・・・絶対?」
「見せてくれると嬉しいな」
「んぅ・・・」
しばらくうなっていたが、やがて諦めたのかノロノロと机の引き出しを漁りだす。
「・・・これ」
「どれどれ」
プリントと、割と最近のテストか。
んー、なるほど・・・
「ざっと見て平均60前後ってとこか、数学は少し基礎からやった方がよさそうだな、英語は文法は大丈夫そうだからあとは単語力だな。国語はいい感じだな、その調子、社会は・・・暗記が苦手なのか?まぁそこは頑張ろう」
そう言って楓に言うと、楓は目をパチクリしてこちらを見ていた。
「・・・今のだけで、そんなに、分ったの?」
「あぁ、だいたいだけどな」
「・・・よろしくお願いします」
こうして、俺と楓の勉強会が始まった。
「ん・・・」
集中から解くと時計を見る、23時か。そろそろ終わるか。
楓を見ると、
「くー・・・くー・・・」
まったく。
俺は楓を起こさないように優しく抱き上げると、ベッドへと運んであげた。
「ん?」
離れない。よく見ると楓の手が俺のシャツをしっかりと握っていた。
「おーい、楓ー」
「くー・・・」
「んー・・・」
幸せそうに安心しきった顔で寝ている楓を起こすのも気が引ける。
どうしたものか・・・。
「・・・ちゃん」
「ん?」
「お・・いちゃん」
俺の夢でも見ているのだろうか。俺はなんとなく楓のふわふわの髪を撫でる。
「んぅ・・・」
ふにゃ、っと嬉しそうな顔。普段は絶対に見せてくれないような笑顔に、思わずドキっとする。
「んー」
楓は俺の方に寝がえりを打つとそのまま俺に抱きついた。
「ちょ、楓?!」
「くー・・・くー・・・」
しっかり熟睡してらっしゃる。
どうしたものか。抱きつかれて、さらに足まで絡めてきた。抜け出そうにも楓を起こしてしまう可能性があるので動くに動けない。
「しかたない、か・・・」
俺は楓を起こさないようにゆっくりと掛け布団をかける。
「おやすみ、楓」
「んぅ・・・」
こんな頭が欲しい・・・