演劇
うちの学校って演劇部なかったんだよなぁ
あっという間の1カ月だった。セリフを覚えるのは別に苦ではなかったが、演技をしながらしゃべるというのが初めてだったので慣れずに苦労したが、練習の成果かようやく見れるものにはなってきた。
「よーし、今日の練習はここまで!あとは明日の本番に気合入れて頑張ろう!」
おー!とあちこちから声援が飛ぶ。
「ふぅ・・・」
「お疲れ健吾」
新之助がスポーツドリンクを差し入れてきた。
「サンキュー。演劇って意外とハードなんだなぁ、細かい動きもあるし、普段意識しない部分の筋肉も使うからなかなか身体も使うし」
「あぁ。だからこそ演劇というものは奥が深くて面白い。演じる人の癖によっては全く同じ役でもまったく違った見え方もする。そんな世界だ。私はそんな世界にすっかり魅入られてしまったのだよ」
「なるほどなぁ」
確かに演劇というのは奥が深かった。セリフ一つにしても、感情の込め方、発音の仕方でまったく表現が異なる。
チラリと楓を見る。
楓には雪穂ちゃんがサポートについており、今は二人でお話中だ。
「明日の劇、上手くいくといいな」
「あぁ、こんなに練習したんだ!きっと上手くいくさ!」
俺は渇いた喉にスポーツドリンクを流し込んだ。
第34回、演劇部定期発表会。
ついにこの日が来た。今日はガラにもなく朝早くに起きてしまった。小学生か・・・。
ちなみに親父と桜子さんは本当に最新のカメラなどを買ってきて、撮影するそうだ。ある意味俺以上に興奮していた。
ふと隣を歩く楓を見る。
いつも通り、無表情で無口だが、最近はなんとなくわかってきた。
「楓、緊張してるだろ」
「・・・べ、別に」
やっぱりな。いくら練習したとはいえ、本番では大勢のお客さんの前で演技をするのだ。普段無口で人見しりな楓にとっては大きな舞台だろう。
「大丈夫、あんなに練習したんだ、きっと上手くいく」
俺は楓の頭をポンポンと撫でながら言った。
「ん」
気持ち良さそうに少し目を細めて、楓はいつものように返事をした。
「照明のチェックは済んだかー?」
「おーい、ここに置いてた小道具どこいった?」
「衣装がキツかったりしたら今のうちに言ってくださいね、即急で仕立て直しますから!」
開演30分前、舞台裏は軽く騒ぎになっていた。
新之助曰く毎回こうらしいが。
「調子はどう?城野内君」
「あぁ、部長さん。バッチリですよ。配役の名前も俺と楓を本名にしてくれたおかげで覚えやすかったですし」
「いいのよそれくらい、こっちが無理言ってお願いしたんだし」
演劇部部長。演劇を見るの演じるのも演出するのも、とにかく演劇に関わるもの全てが大好きな根っからの演劇人間。彼女の演技指導はとても厳しかったが、そのおかげでここまでこれたと思っている。
「俺より楓の様子を見てあげてください」
「その事なんだけどー」
んー、と舌唇に人差し指を当てて考え込む部長さん。
「さっき軽く話しかけたんだけど、かなりガチガチでね、ちょっと心配だから、お兄さんからも何か言ってあげてくれないかな?」
なるほど、やっぱりそうなったか。
俺は部長に返事をすると、楓を探す。
舞台脇の隅、小道具を入れる箱に座っている楓を見つけた。
「よ、どうだ?調子は」
「・・・だ、大丈、夫」
ダメそうだ。
「楓」
「ん?」
俺は楓を後ろに振り向かせて肩を揉んでみた。意外と凝っている。緊張のせいか。
「楓はこの1ヶ月間ずっと一生懸命練習したんだ。絶対に大丈夫。それに、もしミスったとしても俺がフォローしてやるから、安心しろ」
「・・・・・・。」
何も言わない。
すると楓はこちらを向くと、俺の手を握った。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
楓は何も言わずに俺の手を握って目を閉じている。心なしか緊張していた空気も薄れている。
「・・・ん」
手を放す。
「・・・いける」
「そうか、よし、頑張ろうな」
「ん」
いよいよ幕が上がる。
客席は満員で、立ち見まで出る大盛況だ。無理もない、校内一可愛いと噂される楓がヒロインとなれば見に来る人も多いだろう。
演技もつつがなく進んでゆく。今のところ大きなミスはない。
ストーリーはこうだ、舞台は現代の高校、この高校には女子にモテる男子生徒がいる(主人公)。たくさんの女生徒に言い寄られ、あっちにふらふらこっちにふらふら、そして最後はどっちつかずの主人公に愛想を尽かしたみんなが去ってゆくがメインヒロインだけが主人公を見捨てず、最初からずっと主人公だけを愛してくれる。主人公は曖昧だった自分を捨て、彼女と一緒になる。
ありきたりなストーリーだが、複雑なものでなくて少し安心した。
さて、そろそろクライマックスだ。
「みんな待ってくれ、僕のためにそんなに争わないでくれ!」
「なによ、元はと言えばハッキリしないあなたが悪いんじゃない!」
「そうよ、いったい誰が好きなのよ!ハッキリしなさい!」
女生徒が俺を囲む。
ちなみに楓は気が弱いが一途な女の子の役なのでこの輪には入らず、隅でオロオロしている。
「ぼ、僕には決められないよ。だって、みんなが好きなんだ。誰が上とかしたとかそんなの考えられないよ」
「まぁ、言うに事欠いてそれ?女心を弄ぶのもいい加減にして頂戴!」
パシーン、とビンタが飛ぶ。本当はやるフリだけで効果音を入れる予定だったが、どうせなら実際にやった方がよりリアルになるだろうとお願いしたのだ。
「私もなんか冷めちゃった。あなたは顔は良いけど心は無いわ。いつだってそう、一緒にいてもまるで私を見てくれない、相手にしてくれない!」
パシーン、再びビンタ。自分から頼んだこととはいえなかなかにきつい。
「もう、あなたには愛層が尽きたわ。さようなら」
「あなたもこんな人早く見限って別の人探した方がいいわよ」
女生徒Bが楓に言い放つと舞台そでに消える。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫。はは、無様なところを見せてしまったね」
俺はもうどうでもいいとった感じで足を投げ出し座り込む。
「君も早く行った方がいいよ。僕なんかといても不幸になるだけだ」
「そ、そんなことありません!」
楓の澄んだ声が体育館に響く。
「健吾先輩は、確かにたくさんの女の人とよく一緒にいましたけど、私を暴漢から助けてくれたのは間違いなく先輩でした!あの時先輩が助けてくれてなかったきっと・・・」
「たまたま運が良かっただけだよ」
「それでも、たまたまでも、偶然でも、これを運命と思ってはいけないのですか?」
楓は潤んだ瞳で俺を見る。
「運命・・・運命、か。俺は運命なんて信じちゃいない。運命の出会いなんて思っても、さっき見てた通り捨てられるときはあっさり捨てられる」
「私は!」
ひときわ大きい声にシーンとなる。
「私は、何があっても健吾先輩を捨てません。私を助けてくれた先輩の傍にいます」
「楓ちゃん・・・」
「私は・・」
あれ、次は俺のセリフだったはずだったが・・・。
「私は口下手で人見しりで、自分一人では何もできない人間です。でも!先輩が色々助けてくれたおかげで、私の世界が広がった!苦手だった男の人も、先輩なら大丈夫って思えるようになった。全部、先輩のおかげです」
「・・・・・。」
これはセリフなんかじゃない、楓本人の言葉だ。
「私は小さい頃、イジメられていました。この髪のせいで人と違うと、迫害を受けました。嫌がらせもたくさん受けました。でも、先輩だけでした、私を変な目で見ないで、いつも優しく受け入れてくれたのは」
「楓・・・」
「だから、今度は私が、先輩を受け入れたい、支えたい、一緒にいたい!」
楓のアドリブによりすっかり脚本が変わってしまったが、なんだかもうどうでもよかった。
「ありがとう、楓」
「先輩」
俺は立ち上がると、楓を抱きしめた。
「せ、先輩?!」
「ありがとう、楓」
役の楓でもない、本当の楓に向けた言葉。
楓も初めは驚いていたけどおずおずと背中に手を回してきた。
ここで幕が下りた。
会場からは大きな拍手と「ちくしょー!楓ちゃーん!」という涙声も飛び交っていたが知らん。幕が降り切るまで俺達は抱き合っていた。
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