依頼
無口な子ってなかなか書くのが難しい・・・
新学期が始まって1カ月が経った。
部活動の楓争奪戦は料理部に入部ということでとりあえず落ち着いた。
抜け駆けだなんだと一部騒ぎ立てる輩もいたが、”兄だから”の一言で黙らせた。
料理部での楓は、いつものように無口、無表情だが、最近少しだけ楽しそうにしているのが雰囲気で分るようになってきた。桜子さんと同じで料理が好きらしい。
同じく入部した雪穂ちゃんは、相変わらず謎の物体を生産し続け、一度部長監視の元レシピ通りに作らせたのにダークマターに変化したという事件があり、それ以来深くはつっこまなくなった。本人はいたって真面目で、みんなに美味しいと言わせるために頑張っている。
そんな平和な日々だが、やはり騒動というものは突然やってくる。
「演劇部のスケット?」
「あぁ!」
朝、いつも通り登校すると、新之助が困った顔で駆け寄ってきた。
「今度ヒロインをやる予定だった子が、昨日の稽古で怪我をしてしまって・・・、代役を探しているんだ。そこで健吾、君に頼みがある!」
「断る!」
「まだ何も言ってない?!」
「俺にヒロインなんて無理だ」
「違う!そっちじゃなくて、楓ちゃんに頼みたいんだ」
「楓に?」
俺は新之助を見る。本当に困っているのか、毎朝1時間かけてセットしているという髪が若干乱れていた。
「楓は超が付く程の人見しりと無口だ。ヒロインなんてできるわけがない」
「でも!もしかしたら人見しり克服のチャンスかもしれないじゃないか!」
ふむ。確かにこのままずっと人見しりで無口と言うわけにもいかない。チャンスといえばチャンスなんだが、あまりにも突然だ。
「ふぅ・・・、分った、一応楓に聞いてみるよ」
「おぉ!ありがとう健吾!さすがは我が盟友!!」
「・・・いや」
「だって」
「諦め早っ!」
昼休み、さっそく楓のクラスを訪ねてみたが、あっさり撃沈した。
「頼むよ我が愛しのプリンセス!演劇部の危機なんだ!君の協力が必要なんだ!」
楓は困った顔でこちらを見る。
「楓も、いつまでも人見しりのままじゃ将来困るだろ?一度くらい何かやってみるのもいい機会じゃないかと俺は思うぞ」
「なにやら面白そうな話してますねー。楓ちゃんがヒロインですか、いいですね!」
楓の後ろから雪穂ちゃんがニュっと生えてきた。普通に出てこようよ・・・。
「楓ちゃんは可愛いし、声だって奇麗だし、きっとできるって」
「そうだその通りだセニョリータ!楓嬢は素晴らしい素質を持っている。是非ともその力を我々に貸してはくれまいか・・・!」
「・・・うぅ」
楓もここまで頼まれては断わりずらいのだろう、困った声を出す。
「楓ちゃん!」
「楓嬢!」
「うぅー・・・」
すると、急に楓がこちらを振り向き、俺を指差す。
「・・・相手役」
「なに?」
「えっと・・・?」
相手役・・・つまり相手役になれってことか?
「分ったぞ、健吾が相手役をやるのであればヒロインを引き受けてもいい、ということでいいのかな?楓嬢よ」
「ん」
「はぁ?!」
おいちょっと待て!
「俺は演劇なんかやったことないし演技なんて無理だぞ!」
「大丈夫、公演まであと1カ月もある。君の頭ならセリフはすぐに覚えてしまうだろうから、演技の方は任せたまえ!」
「いや、だから」
「おぉー、兄妹で演劇!なんだかわくわくしてきましたね!私も、何か手伝えることがあれば何でも言ってください」
「おぉ!ありがとうセニョリータ雪穂よ、その時は是非とも助力お頼み申しまする」
こうして、俺と楓が演劇の主役とヒロインをやることが決まったのであった。
帰り道、いつものように楓と二人で帰る。楓はいつも俺の右側のやや後ろをテトテトとついてくる。
「俺から話を持ちかけておいてなんだが、本当に良かったのか?ヒロイン役」
「ん」
いつも通りの返事。しかし、そこには何か強い意志のようなものを感じた。
「そう、か」
「ん」
「なに?演劇だとぉ!」
しまった、まだ言うべきじゃなかったか。
「桜子さん!すぐにカメラを買おう!一番いいやつだ!」
「あらあら」
「んぅー・・・」
心なしか楓が俺を攻めるような目で見ている気がする。
「それで、どんな劇をやるんだ?」
「あぁ、確かオリジナルの純愛物だとか」
「まぁ」
「そいつは楽しみだなぁ!」
「・・・ごちそうさま」
楓は食器をシンクに置くと、さっさと部屋へと行ってしまった。
やっぱりまだ親に話すのは早かったかな・・・?
食後、楓の部屋を訪ねてみた。
「楓、ちょっといいか?」
すると中からガタガタッと何かが倒れる音がする。
「ちょ、おい、大丈夫か?」
「だ、だい、じょうぶ・・・」
なんか声が震えているが本当に大丈夫なのか。
それから数分後、ようやく楓の許しを得て部屋へと入る。
ピンクのカバーがかけられたベッド、そこにあの夜みたパジャマにプリントされていたキャラクターのにぬいぐるみが大小合わせて3体ベッド脇を占領していた。
「・・・にゃぬき」
「え?」
「猫とタヌキが合わさったキャラクター。きゃぬき」
初めての楓の長い話がこの訳のわからない生き物になるとは。
にゃんだの事は頭の隅に追いやって、夕飯の時の事を話す。
「演劇の話、まだ親父達に言うの、早かったかな?」
「・・・別に」
「そう?ならよかったが・・・。しかし、楓が引き受けるとは思わなかったよ。もしかして演劇に興味あったとか?」
「・・・ない」
「あ、そう・・・」
無言。だが、今日はなんだかいつもより会話が成立しているためか気まずさはない。
「私は」
「ん?」
楓はにゃぬきのぬいぐるみ(大)を抱きしめながら独り言を言うように呟く。
「本当はもっと、いっぱい、お話したい。でも、頭の中がぐちゃぐちゃになって、いつも言えない」
「楓・・・」
「演劇なら、お芝居なら、違う自分なら、もっと話せるかも、そう思って」
「そうだったのか」
楓はにゃんだに顔をうずめながら上目遣いにこちらを見る。
「・・・怒ってない?」
「何がだ?」
「・・・演劇。巻き込んじゃって」
「あぁ、別にいいさ。楓が変わるチャンスなら俺も協力するよ」
そう楓に微笑みかける。
楓は安心したように小さく微笑んだ。
「・・・ありがと。お兄ちゃん」
呼び方色々悩んだけど、やっぱりお兄ちゃんが一番しっくりきますな。