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わたくしと魔王の  作者:
第二章
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勇者と駐屯兵の話










 クライドはカルバスという国が苦手だ。理由は大きく分けて二つある。

 一つは、偏執的に付きまとって来る存在がいること。それは俗に、ストーカーと呼ばれるものらしい。

 そしてもう一つは――森が多いこと。こればかりは生理的に不快だった。


 深い森の静寂。無数に枝分かれした木々が屋根となり、まだ真上にある筈の陽光を覆い隠す。葉のさざめきが波のように頭上を通り過ぎれば、むっとする程に濃い深緑の香りが銀甲冑の足元から這い上がってくる。

 王からのめいを受け黙々と丘陵を登るクライドは、懐かしいそれに顔を顰めていた。他の勇者はどうなのか知らないが、クライド個人は決して森の匂いが好きではない。

 森の匂いは、魔の匂いと似ている。それは今、非常に色濃く充満しており、原因はカルバスが深緑豊かな国だから、というわけだけでも無さそうだった。

 いつからこの国はこうだったかと。頭痛を覚える頭を軽く振り、無心に足を進めていたクライドは、その先から吹き込んできた澄んだ風を感じる。流していた視線を惹かれるよう向ければ、薄暗い湿度をくり貫くような木漏れ日がある。森の、終わりだった。

 抜けてみれば真昼の陽光に目を射られるも、クライドは森の湿気からの開放感に、第一にほっと息をついた。


「……!?」


 しかし次に口から零れたのは驚愕。森を抜けた先の地は綺麗に切り開かれ整地されており、だからこそ広い視界の中。

 城が浮いている。一目にそう思っても無理はないだろう。日光に馴染み始めたクライドの瞳に、それは正に浮き立って見えた。

 それほど遠くない崖の対岸、城壁に蔦を這わせた古城は、そびえ立つ絶壁の中央に鎮座している。

 灰色の岩肌の凹凸を見上げる者は、誰しも口を半開きにしてしまう事だろう。

 魔王の城はあろうことか、絶壁にぽっかりと空いた穴に、その身を潜り込ませていた。巨大な城を包み込む暗闇は恐らく、自然の洞窟か鍾乳洞の類なのだろう。元々そこにあったものだ。でなければ崖に城を埋め込む、なんて芸当は到底出来る筈も無く、そうでなくとも建築にどれだけの月日を要したんだと聞きたくなるような城は、異様すぎる建築物だった。


「これをどうしろと……」


 絶壁を見上げたまま小さく落としたクライドは、当然、こんな話はカルバス王から一言たりとも聞いていなかった。

 足の踏み入れ方すら分からない、古城の有様。姫を取り戻せという一文の命に対し、一目でもじゅうぶんに分かるそれの難攻さ。何処か騙されたような気にさえなる。


「あ! ゆ、勇者さま!」


 けれど想定外の難易度に苛立ち沸き始めたクライドは、掛けられた声に我に返った。こういった時、一見にして身分の証明となる銀髪の外見は便利だ。

 瞬時に眉間のしわを正したクライドへと、駆け寄ってきた兵士はまだ若い。歳は十五といったところか。鉛色の兜を小脇に抱え、陽光を目に宿した若者のその頬は、僅かに上気しているように見える。


「う、伺っておりますっ! 他国から遥々、姫様の救出にご助力して頂けるとか!」


 多少まごつきながらも歓迎の意を口にする若兵士の背後、少し離れた場所で敷かれている陣にクライドは意識を向けた。先程はあまりの古城の景観に視界を奪われてしまっていたが、そちらからは確実に奇異の視線が流れてきている。

 けれどすぐさま戻っていったところを見ると、今は作戦会議か何かの真っ只中なのだろう。場を取り仕切る上官に、席を外す気は無いらしい。


「……精一杯を務めさせて頂きます」

「おおっ! これは頼もしいっ!」


 そして銀の者を目にするのは初めてではないだろうに、若兵は興奮を隠せないらしい。日の光を更に増幅させたような輝きを瞳に宿す若兵――の眉間を見つめながら、クライドは柔和な笑みを浮かべる。


「して、あの城ですが」

「勇者様は流暢に話されるのですね!」


 しかし強引に話を打ち切られ、クライドは面喰った。その丸くなった碧眼を依然眩しすぎる瞳で見返してくる兵士は、空いた間を隙間なく埋めるよう次々に言葉を溢れてさせていく。


「エセドニアからと伺っていたので、此方の言葉には多少不慣れかと思っていたのですが。カルバスに訪れた事がおありで? さぞ色々な国を回ってらっしゃるのでしょう?」

「は、はい……各国を放浪するものなので、言葉は自然と……」

「今までさぞ、多くの魔物を葬ってこられたのでしょう!? 是非ともその武勇伝を、あ、良ければ弟にも……はっ!」


 大きく目を見開いた兵士は、そこまでしてようやく此方の動揺に気づいたらしい。小さくすみません、と落とす姿にはどこか憎めないものがあり、クライドは苦笑し陽光を受ける銀髪を掻く。

 どの国に行こうと、髪が銀だという事だけでそれなりの注目は浴びた。銀という色が、退魔のみに授けられた生まれ持つ色彩である為だ。

 けれどカルバスは、銀の子の生まれやすい国の筈。


「いえ。……けれどそう、珍しいものでもないのでは?」


 クライドが率直な疑問を投げかければ、兵士は失態を恥じるようその目を忙しなくうろつかせた。


「は、はい。……けれど自国の銀の大半は、身体が弱く成熟しきらないので」

「……〝勇者〟と成るものは少ない?」

「はい……なので、その、申し訳ない」


 畏まりながら上目を使う兵に、クライドは心中なるほどと納得した。

 他国と比べ銀の子の生まれやすいカルバスはしかし、様々な要因から成長しきる事が少ないのだ。つまり銀というブランドはこの国に限って、子供ではなく成熟した大人にこそ意味を持つという事だろう。どちらにしろ、勇者というものが奇異の目で見られる事に変わりはない。

 結論をまとめ切りまた古城の方へ目をやったにクライドに、兵士が無邪気な笑みを浮かべる。


「ですが勇者様は、我が国の事を良くご存じなのですね!」

「……風の噂で」


 その声色から兵士が満面に笑みをたたえている事を察するも、クライドは城から視線を動かさなかった。


「……して、あの城ですが」

「ええ、あれが先々代より占拠され続けている……魔王めに乗っ取られた、我らがカルバスの古城です」


 あっさりと切り出してみたクライドに、新人と思わしき兵も城へと顔を向け直す。若いだけかと思っていた兵は案外、社交の切り替えが上手かった。


「夜になるとその全貌がめっきり見えなくなるので……日中来られたのは正解でしたね」

「……山中と聞いていたので。てっきり山城かと思っていたのですが」


 わざわざ視界の悪い夜を視察に選ぶ者などいるのか。

 思いつつ流したクライドの言葉に、兵士は驚いたよう声色を上げた。


「勇者様はあれを見るのが初めてなのですか!?」

「観光がてら、立ち寄る場所でもないでしょう」


 深い丘陵の奥、その身に蔦を這わせた魔族の根城となっているような場所。

 頼まれなければまず来ないとクライドが冗談交じりに言い放てば、なるほど確かに、とずれた返答がぽとりと落とされる。


「ええとつまり……勇者様はあれを山城と思ってらしたのですよね?」


 何やら脳内を整理したらしい兵士に、クライドは軽く頷きを返す。その思い違いは多大に予定を狂わせるものであった為、少しでも情報を仕入れたいというのがクライドの本音だった。


「あれはその景観通り、洞窟城と称される城の一種です」

「という事はあの奥は見たまま……自然の、洞窟になっていると?」


 縦に振られた兵士の首にクライドは、その景観を改めて観察する。

 まず、古城は反り立った崖の窪みに位置していた。更にその奥、城を飲み込むような暗闇はやはり、自然に生まれた洞窟だったらしい。


「見ての通り、洞窟内部へ続くよう建設されているため、背後に隙はなし。更に正面入り口にしても、跳ね橋を挙げられてしまえば絶壁の為、ねずみ一匹侵入できません」

「あの城はいつから此処に?」

「この強固な守りは四世代前のカルバス王が地形より発案し、一生涯をかけ建築したものです」

「なるほど……」


 ならばその鉄壁の守りを、何故打ち捨てたというのか。

 反射的に問いかけたクライドは少し言葉を悩ませ、結局無言を突き通す。

 四世代前の王の建築とはいえ、その時すでに下町は今と変わらない場所に発展していたはずだ。そして民の管理をする点で、この城は離れすぎている。

 要は道楽交じりに建築してみた城だが特に使い道もなく、飽きて打ち捨て放置した後、当然入り込んだ魔族にそのまま占拠されてしまった、という事だろう。俗にいう良くある、どうでもいい話だ。

 そんな当たらずとも遠からずな施策を巡らすクライドに反し、兵士は何事かを熱く語っていた。


「流石は魔族、少しばかり目が離れた隙に王族のものに手を出すなど、その下劣な本性! 到底人に理解できるものではありません! 更に下衆な分際で〝王〟を祭り上げるなど冒涜にも程がある!」

「つまり内部構造に関する資料は、ある程度存在すると?」

「無論です! 勇者様の頼みとなれば、いくらでも文献は広げられると思い……ます、が」


 いったん言葉を切り、深いため息を落とした兵士は陰鬱と表情を曇らせた。


「……己らの手で魔王を打ち取れない、というのは情けない話です……」


 自然の地形をふんだんに利用した、打ち捨てられた洞窟城。その恐ろしく堅固な守りを攻略する事など、恐らくカルバス王も求めていないだろう。

 けれどがっくりと肩を落とす新人兵に態々そんな事を言う気にもなれず、クライドはまた反りかえった岩肌を見上げた。


「そういえば近日、城に動きがあったと耳にしましたが……」

「そうなのですっ!」


 がばりと食いついてきた若い兵は、流石の活力に満ちていた。これが俗にいう若さというものかと、まるでクライドは自身が老けたかのように妙な疲労感を覚える。


「あれは煌々たる月の夜。我らが常時そうしているよう、夜間の見張りに堪えることない火へ薪を一本、翳すようにしてくべた時……」


 しかし唐突に始まったなにやら。声を低く落とした兵が何を思ったのかは分からないが、クライドは真剣に目を剥いた。


「不意に、闇が横切ったのです。しかし、そんな筈はない……そう自らに言い聞かせ、過ぎた闇を目で追った一人の兵士は、途端半分の視界を失いました。唖然と我らが見守る中、不意な異変に彼は両腕を彷徨わせます。……その傍らには、舞い降りたカラスが一匹。彼の目の前でその嘴に咥えた目玉を……」


 間違いなくこの兵士は、要点を語ることに長けていない。

 けれど一度始まってしまった話を切ることも出来ず、少しばかり困ったクライドは仰々しい兵の物言いを、崖を見下ろしつつ聞き流すとした。


「その兵がそこで意識をなくしたのは、彼にとって幸いだったかもしれません……カラスが嘴を閉じ粘液がはぜたその瞬間、見回りの兵たちはようやく我に返りました。けれど、彼らはまだ気付いていなかったのです。瞬時に腰を上げ剣を手にカラスを追った兵士達は、途端に膝を落としました……何が起きたのか」


 木々がざわめきを広げる中。兵士は一つ息をつき、クライドは峡谷の元から伸びる蔦を目で追う。


「振り返ったそこには、土の塊がありました。それは何故か、人の足の形をしている……不思議と兵士は、何一つ痛みを感じなかったと言います。ただ地についた部分から、土塊のように崩れていく己に……気づいた者が上げた絶叫を皮切りに、周囲は壮絶な悲鳴に包まれました」


 ここでクライドはようやく話に対する反応を見せた。只の地面が何か不味いものの様な気がし、居心地悪げに視線を落とす。


「阿鼻叫喚。しかしその声も一つ、二つ消えていく……兵は崩れていく意識で、地についた眼前を横切る足を見たと言います。その堂々たる歩みにカラスが舞い上がり……やがて欠片残った五感で、城が大きく揺れるのを感じた……彼は今、手厚い看護の元療養しております。……恐らく前線に戻れる日は来ないでしょう」


 つまり、この怪談はあの城の主である魔王が代替わりした際の話らしい。言葉を占めた兵士に、クライドは重たく息をついた。

 煌びやかな真昼の陽光を感じさせない兵の、魔王代替わり物語は実に見事だった。更にいうなら長々しい上、後味が悪い。何処か満足気な若者は兵士よりずっと適した職がありそうだ。


「つまり現在あの城にいる魔物は、恐ろしく凶悪で力が強いと」

「まぁ……そういう事ですね」

「魔王が代替わりしたというのは、いつ頃?」


 短く纏められたのが不満なのか、言葉を澱ませた兵を尻目にクライドは再度城を見上げた。語られた言葉は多少の脚色が否めない上、重要な部分はごく僅かだった。


「姫様がさらわれる、ひとつきほど前の事ですね。それさえなければ、エセドニアへの進攻も――あ、い、いえ。なんでもありません」

「……なるほど」


 カルバス王が言っていた“此処へ来て”という言葉は、その辺りの戦況を指していたらしい。

 脳裏にその形状を焼き付けつつ、攻城の策を組み立てるクライドはやがて退場の意を告げた。


「……今日は有難いお話、感謝しています」

「ええ!? もう帰られるのですか!? 出来れば兄にも」

「策を練らねばなりませんので」


 その隣で当然のよう兵士が上ずった声をあげたが、クライドはあっさり言い放った。素直な若兵士の態度は憎めないものだが、彼に付き合っていると策一つとして練れそうにない。

 満面に浮かべた笑みで速やかにクライドが踵を返せば、がっくり肩を落とす兵士が見えた。彼には悪いがどうにも、時間を無駄にした気がしてならない。

 しかし元を辿ればそれもこれも全て、何一つ告げなかったカルバス王のせいではないのかと。内心苛立ちをぶり返したクライドは、僅かすぎる収穫に思考を馳せた。

 その背に落ちた影に、気づくことも無く。





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