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わたくしと魔王の  作者:
第二章
7/36

わたくしと魔王の第一の部下











 魔族は力を盲信する。力こそが彼らにとっての言葉であり、意思であり、生であるからからだ。

 だからこそ、魔物は力を持つものに従わされる事はあっても、群れない。せっかくの己の生を他のために使うなど、余程の変わり者でも無い限り、彼らにとっては有り得ないことだった。近隣の村から果実を奪ってきたカラスもまた、そんな日々を貫いていた。

 一本の大樹は己だけの城であり、国である。

 白く夜を繰り抜いた月の下、黒鳥は収穫を樹に実らせた。人の手の形に似た黒い後足は、細かい作業を難なくこなした。

 顔を挙げれば開けた視野の遠く、今にも消えそうな村に火が灯る。恐らく猛獣除けであろう、高台から見下ろすそれは酷く可愛らしい。枝から枝へと器用に身を移すカラスの足元、実らせた収穫がふらふらと揺れる。頂上の枝を握ってみれば身体が不安定に揺れた。

 闇を淡く浸食する白光。遠く儚い灯火。身を溶かせそうな濃紺はけれど、黒ではない。

 カラスはてっぺんの景観を好んだ。嘴で軽く宙を噛んだ。いつも何か足りなかった。

 今からずっと、昔の話である。




 どこか控えめに広げられた翼は、魔の根城として絶好の城内を滑空する。

 昼夜問わず薄暗い視界と、冷えた温度に程よい湿度。前の根城も心地よかったが如何せん、日当たりが良すぎたとカラスは一人回想する。周囲に遮るものが無かった為、昼時は特に樹洞に身を隠すしかなかった。陽光に彩られた鮮やかすぎる景観は、カラスを辟易させるだけのものだからだ。

 その点、主が手に入れたこの古城は良い。

 時折城壁のヒビから水滴が滴るも、あらかたの復旧が終わった今、おかしな所から光が漏れる事も天井からの落石に脅かされることも無くなった。

 流れるように向きを変え周囲を観察していたカラスは、そうこうしているうち探し人の後姿を見とめる。更にそれが一人であった事に大きく翼を羽ばたかせ、上機嫌で風を切った。


「魔王サマ」


 速度を落とし、カラスは乗り慣れた定位置に後足を落ちつける。驚いたかのようにその肩が跳ね、少しばかり身体がぐらついたが特に気にはならなかった。

 主と呼べる者の肩にとまれる事は至福の喜びであり、依然変わらない。カラスはその耳元へと身を寄せ羽根を膨らます。


「あ、あ……どうした」

「他国からの輸入の件ですガ」


 そっと差し出された白い指先へ足を移したカラスが瞬いた金目に頷けば、一拍おいて魔王の眉が怪訝に寄る。


「ゆにゅう?」


 歴とした用事なしに言葉を返してくれない主の、不可解そうな表情。カラスは慌てて次の言葉を紡いだ。


「輸入浸透度としテはかなり高いかト。貴族に対すル献上品を除けバ、あとの大体は肉でス。計画ハ元来の通り進メル方向で宜しいですカ」

「……? ……??」

「魔王サマ?」


 何か機嫌を損ねてしまったのかと。返されない反応にカラスが首を傾げれば、魔王は空いた手で口を隠し、視線を明後日に逸らしてしまう。

 何かを堪えるよう。小刻みに震える王の身体に、カラスは気づかない。そわそわと不安げに首を傾けるカラスから急に視線を外し、魔王は静かに深呼吸した。


「あ、ああ……そうだな。つつがなく……あと、姫の件だが」


 一つ、咳払いをし。切り出した魔王の瞳をカラスはじっと見つめる。視線を合わされないのはいつもの事なので特に気にはならなかった。

 だがその次の言葉で、カラスは己の耳を疑った。


「とりあえず湯あみの準備を。その間に替えのサテンドレスと銀リス毛皮の履物を用意させ、上がれば身支度を整える者をつけろ」

「み、身支度……デスか」

「そうだ。あれは一人で身支度など出来ないに違いない。そもそも、年頃の女としてあの格好は許せな……許せんだろう」


 鸚鵡返しにすればどこか憤った様子で同意を求める魔王に、カラスは純粋な疑問符を浮かべた。しかし主がいう事となれば、誠直に答えねばならない。


「……特に気になりませんガ。そもそもアレは人質ですシ」

「気になる。女として許せん」

「……!?」


 きっぱりと断言した魔王に、今度こそカラスは言葉を失った。たかが人質の身支度云々を言い出した際もそうだったが、主が小娘を女と称した衝撃は多大だった。


「お、女としテというのハ、つまりその、メスとしテ……?」

「そうだ。ああ、あと爪を整える者も寄こせ」

「つ、爪を……ッ」


 魔王が口を覆っていた手を掲げれば、五本の黒爪に蝋燭の明かりが赤く散る。魔族にとって美しく長い牙や爪は、力の誇示的意味を持っていた。


「長くてかなわん。引っかかるだろう」


 けれど魔王はそれすらもばっさり切って落とす。


「魔王サマ……ハハ、また酔狂なコトを」


 人質の身支度を整えたり、小娘を女と称したり、挙句爪を切るなどと言い出したり。カラスの疑念の中で膨らんだ疑念は、一つの答えに落ち着くしかない。

 主は、女遊びを始める気なのだ。

 まさかこの主にそんな趣味があったとは思っても見なかったカラスが、さんざ意中を迷わせた挙句明るく纏めてみた言葉に、魔王はその小首を傾けた。


「酔狂? それは――」

「…あなた、何をとろとろしてらっしゃるの?」


 口を開きかけた魔王より強く、言葉で片時の沈黙を破ったのは、その背後から現れた事の根源だった。

 魔王と共に後方へと視線をやったカラスは複雑な気持ちで、確かに姫としては散々なそれの形姿を見つめる。


「支度をさせていただけだ。問題あるか?」

「それなら良いのだけれど」


 ざっくりと裂けたドレスの中、隙間から除く片足に体重がかけられる。白い足だった。生まれた瞬間から手入れされ続けてきたのだろう、最上質のなめし皮のようなそこには数箇所、擦り傷や痣が浮かんでいる。

 先日姫が無様に階段から転げ落ちたという話を、カラスは主から聞いていた。 それでも歩けているという事は、たいした怪我では無いのだろうと。

 ドレスの隙間から視線を上げたカラスは、そこにあった姫のどこか気だるい瞳に、不意にたじろぐ羽目になる。


「……でハ、案内させテ頂きまス」


 たかが小娘の瞳に、どうにもせかされているような気分になり。

 名残惜しい主の指先から飛び立ち薄暗闇の先頭を切れば、背後を不釣り合いな足音が追ってくる。ちらりと振り向いた先、姫の履物は片方の踵が折れており、その向こうの魔王がこちらを見送っていた事に、またカラスは複雑な息を落とした。

 見回りの際見つけていた湧き出水が、こんな形で役に立つなど思ってもみなかった。隣に並んだ姫の淡々とした歩みに、カラスは吐息のような言葉を落とす。


「影を飛ばシておきましたのデ、じきに湯は沸くはずでス……良かったですネ。念願の、湯あみではありませんカ……」


 自身よりも遅い人の歩みに合わせるよう、カラスは姫の周囲を旋回する。


「そうね」


 短く返した姫は依然、黙々とその足を進め続けた。昨日とは打って変わってカラスと会話する気はあまりないらしく、又その足音も酷く微かなものだった。

 しばしの静寂。いくつかの階段を下るうち、しっとりと艶めきだす黒羽。

増し始めた透明な湿度と下がった気温はカラスの身に心地よかったが、人の身には違和感を与えたのかもしれない。姫は僅かに鳥肌を立てた己の腕を凝視し、軽くさすっていた。


「驚いたでしょウ」

「……。」

「この城は、洞窟へ続いているのデス。もう少し進んだ場所に泉が湧き出ておりまして……こういったモノは、人の身に珍しいのでハ?」


 手持無沙汰に説明を始めたカラスの声と姫の足音が、移り変わった自然壁に反響する。城内とは違い均されていない地面に、姫の歩みはまた少しばかり遅くなっていた。


「……どうかされたカ?」


 覚束ない姫の足先が石を蹴る。


「……何故?」


 その行方を追いながらのカラスの疑問詞に、ようやく返された反応は短い。


「先日ト比べ、余りに口数が少なイものですカラ」

「あまりの驚きに言葉を失ってしまっていたのよ」

「……隠さずとも良いのデス」


 どこか棒読みである姫の言葉にカラスは頭を振る。途端低くなった相手の瞳の温度に気づかず、カラスは苦く笑った。


「緊張、されているのデしょウ」

「……。」


 以前人里の近くを根城としていたカラスは、他の魔物に比べ人間の心理を良く知っていた。先日とは一変した姫の態度にも、心当たりはつく。


「しかし魔王サマは不要なモノ以外に一切の傷を付けませン。そして不要とナレバ、瞬時に消して下さル」

「……。」

「この城にしてもそうデス。落城した際の破損を修繕しているノハ、万一にもあなたの身体に傷を付けないタメ……耳にしましたガ、転落の事故についてもソウでしょウ。魔王サマはあなたを守ったハズ。あなたは人質としテ、大切にされているのデス……」


 その心中を纏めるより先、つらつらと動くカラスの嘴。細い息を落とした姫は恐らく、魔王第一の部下からの言葉をかみ締めているのだろう。


「……ケレド!」


 だが次の瞬間、カラスは姫に対し語尾を荒げた。


「このコトに関しては、一つハッキリと言っておきましょウ。お遊びデス、ト!」

「……この事? ……お遊び?」


 途端不可解に寄せられた姫の眉に、カラスは言葉を続ける。忙しなく動く嘴が硬質な音を立てる。


「そうデス。これハあなたの為に言わせてもらいますガ、魔族とヒトのソレは根本が違ウ。例え丁重に扱われヨウト爪を整えラレようと想いの期待は無駄なモノ。ソレは趣味の範囲デあり、粋狂なお遊ビでアリ、そもそも魔族にとって必須な行為デハ」

「待て」


 短く。姫の唇をついて出た静止に、カラスはすぐさま口を噤んだ。一拍おいて何故、こんな小娘の言葉に従ってしまったのかと首を捻るも、向けた視線の先に絶句する。


「ソレだのコレだの緊張だの爪を整える、だの……」


 歩みを止めた姫からは、肌を刺すような怒気が溢れていた。

 石のように硬直したカラスの瞳に、姫の艶やかな嬌笑がうつり込む。


「一体、なんのお話かしら?」











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