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わたくしと魔王の  作者:
第一章
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勇者と王様の命令







 数多の戦を超え、今や帝国となりつつある大国、カルバス。

 その謁見室で昂然と釣り下がるシャンデリアは、見慣れぬものの目に痛い。

 室内すべての装飾による光の乱反射から逃れるよう、青年は静かに膝をついた。その視線の先、自身が纏った鈍く光る銀の鎧靴へと映りこむのは、上段から見下ろしてくる複数の顔のない影だ。

 表情は見えずとも、毎度の如く奇異を含んだ数々の視線。

 それらを黙止した青年が、垂らした頭の先へと意識を向ければ、微動だにしない玉座が無音の重圧を放つ。


「クライド・レイ・アーヴァイン。ただ今馳せ参じました」


 正直この国には足一歩踏み入れたくなかったが。

 「近くにいるんだからお前行け」という上からの命令の元、しょうがなく馳せ参じていたクライドが、謁見の間に響くよう凛とした名乗りを上げれば、今どこへ行っても聞こえる囁き声にまた違う色の感情が乗った。


「……そなたが魔を払うという銀の勇者か」

「はっ」

「……若いな」


 それは呟かれ慣れた台詞。けれど驚異的な速さで他国を制圧し、絶対的地位を築きつつあるこのカルバス王に掛けられたとなれば、流石のクライドの掌にも汗がにじむ。


「銀の者は魔を払うが務め。安穏と永らえる命は御座いません」

「ほう、流暢に言葉を使う。貴殿はエセドニアの出自と聞いておるが」

「……はっ。他国を放浪するため、言語は自然と身に付きました」


 嘘である。否、半分は本当だが、クライドはエセドニアの出自ではない。

 しかしそれをこの場で公言する気など当然無く、 クライドは淡く光を放つ銀髪の下、湖畔を思わせる瞳を閉じた。次の声を待つ静けさの中、纏った鎧がしらずと小さく音をたてる。

 エセドニアはカルバスの侵略を唯一、跳ね除け続けてきている国だ。

 嘘に信憑性を持たせるため、自分が最も長く身を置いている国であるエセドニアの名を出したが、適当な国の名を出すのなら、別の国にしておけば良かったかもしれない。


「なるほど……他国から遥々、貴殿にお越しいただいたのは他でもない。我が娘の……姫の件だ」

「はっ。先日午後、式典中に発生したという、あの……」


 特に出自に関する言及は来なかったと。

 内心で一息をつき、語尾を濁したクライドは、先刻下見がてら立ち寄った教会のありさまを回想した。

 粉々に砕かれた、国旗を模ったステンドグラス。処々にしみ込んだ赤黒い液体。色々と聞きこんだところ重傷者は手首を落とした衛兵一人という事らしいが、ガラスの破片や血痕から見て相対的被害はかなりのものと思われた。


「重軽傷者は十数人を超えたご様子。もう少し早く駆けつけておればと」

「十数人?」


 しかし社交辞令であるお悔みの言葉を発してみれば、王からは疑問符が投げ返された。


「……は?」

「そのように多かったか?」

「…………いえ、こちらの情報に不備があったかと」


 鼓動が一つ、大きく躍動する。そしてクライドは自身の失態に気づく。王が勘定しているのは、あくまで貴族の人数のみ。そして身内である姫の安否。

 それは貴族の傲慢だけでなく、〝身内を絶対的に扱う〟というこの国独自の風習の為なのであろう。平民の出であり、諸国を放浪するクライドは酷く不可解な歪さを思うも、鉄面皮を装う。

 失言一つで己の命の安否が動くことは、当然知っていた。下手うった瞬間ギロチン台行きなんて、ぞっとしない。


「……そう、その姫の件だがな。姫を連れ去ったのは魔王なのだ」


 どうやら失言は流される事となったようだ。まだ収まりきらない動悸を感じていたクライドは、また一つ息をつく。


「魔王……」


 ぽとり、と反復してみた言葉は、クライドの舌に良く馴染んだ。

 人があまり口にしないそれ。その呼び名を口に出す事すら憚られるかのように、小さく呟く呼称。

 クライドにとって“魔王”とは、己がこの世に生を受けたと同時、宿敵であると定められていた存在である。


「……差し出がましいようですが、その表れた者は本当に魔王だったのでしょうか」

「とは?」

「これまで数多く対峙してきた魔の者の傾向上……特に力を持った魔物はそのように表立った行動をあまりしない様でしたので」


 落ち着きを取り戻し、クライドは控えめに進言をする。

 数多く魔物の軍勢と対峙してきたその経験が、どこか違和感を唱えていた。


「基本的に個体が気ままな行動を取る魔物が稀に徒党を組む場合、ご存じの通り、統率を取る者がおります。つまりその魔物はその他よりも絶対的な力を有しております」


 その言葉には少し、他者には理解できないであろう嘘が混じっていた。言い切ったものの数多く、と言えるほどクライドは力を持った魔物と対峙した覚えがないからだ。

 ただそれは退魔としてこの世に生を受けた自身が、能力を余すことなく発揮した結果であったのかもしれない。実際、相手となった魔物も一般の民からすれば驚異的なものであったのかもしれない。


「そして先程申し上げたよう、力を有した魔物ほど表には出てまいりません。つまり〝魔王〟と呼ばれる魔物も……全ては部下に任せている事でしょう。今回の式典時のように単独で派手な行動を取るのは、一見凶悪なだけのそれほどの力を持たない魔物であることが多いのです」

「つまり〝魔王〟と称されるほどの魔物が、そのような行動を取ることは貴殿にとって不可解である、という事か? 更に姫が連れ去られた先は魔王の根城ではなく、別の場所である可能性もあると?」

「……王もご存じでしょう。〝魔王〟が単独で行動するなど、御伽話の中だけのお話。宜しければまず、その真偽のほどから確認して参ります」


 一勢力の首領というものは、まず個人の力があろうがなかろうが、屋外に出る事すらしないものだ。

 それはこの智将と謳われるカルバス王を例言すれば良く分かり、魔王がどうなのかと言われると絶対ではないが、まぁ大体そんな感じだろうとクライドは思う。

 それに王はしばしの間を置き、やがてゆっくりと重たく口を動かした。


「……貴殿もご存じの通り、魔王が腰を下ろす打ち捨てられた古城は我がカルバスの領土内にある」

「風の便りに伺っております。なんでも数回にわたる魔王の軍勢を、兵力で跳ね除けて来られたとか」

「しかり」


 カルバス王の権威は侵略だけでなく、ここにもあった。

 ただの魔物ではなく、魔王の手の届く範囲に居ながらにして他国を手中に収めるなど、安易な話ではないにもかかわらず成し遂げた王。

 あれは人ではない、と呟いたのはどの国の者だっただろうか。


「しかし此方も攻めきれず、お互いが難攻のままにらみ合いが続いておった。けれど一月ほど前、大きな動きがあったのだ」

「と、言いますと?」


 物思いつつクライドは、勿体ぶった間を開ける王の言葉の続きを促す。


「魔王の古城が二度揺れた」

「……。」

「一度目で周囲の魔物が城へと退散したかと思えば、二度目で当たりが静寂に包まれた。……全ては唐突に」


 黙するクライドに確認を取らないところ、城を揺るがせたものが銀の勇者でない事を王は確信しているようだった。


「……つまりそれは、魔王が代替わりしたのですか」

「左様。その後は、不気味なまでに静かなものだった。新しい魔王は軍勢を差し向けようとはせず、只此方の進攻を跳ね除けるだけだったのだ。……しかし、此処へ来て代替わりした魔物は式典に現れ姫を連れ去り、また根城へと姿を消した」


 此処へ来て、というのが何なのかは分からないが。

 つまり唐突に城を乗っ取り魔王の呼称を受け継いだ魔物はまた唐突に、カルバスの第一皇女を拉致したという事らしい。

 いやに行動的な魔物である。


「つまり姫の誘拐は力の誇示的意味を持つ、という事でしょうか」


 他に縛られない魔の者を唯一、掟として縛るのが力。

 となると前魔王を打倒したという現魔王は、その力を誇示するためにあえて単体で式典に乗り込んで来たのかもしれないと。

 憶測をするクライドの耳に、けれど次なる情報が王から語られる。


「それにはな、理由があるのだ」

「理由……と、いいますと?」

「実は今回の姫の式典、一匹の魔女が老婆に扮し紛れ込んでおった。そやつめが姫に、呪いをかけたのだ」


 あからさまに不穏な単語。思わずクライドは数秒、首を捻る。


「……そして魔王が呼び寄せられたと?」

「良き結果をもたらすまじないと聞いていたが、見事謀られたわ。完全に失念しておった」

「……。」


 自身の非を淡々と認める国王の声を耳に、クライドはただ、視線の先の絨毯を見つめた。朱色のビロードに足先が沈み込む。

 

「式典に悪い魔女が忍び込むなど、よくある話だというのにな?」


 ううむ、と低く唸る王の声が鼓膜から全身に冷たく染みる。不可解だった。

 それでもその〝魔女〟と称された人物が今頃どんな末路を辿っているのかだけは分かり、クライドは目蓋を僅かに落とした。


「……物事には時期というものがある。それは、今ではない」

「……。」

「クライド・レイ・アーヴァインよ。我が娘を取り戻せ。達成されしその時、そなたは真の勇者になることだろう。それは何より、親類を加護するものであろうぞ」


 一息。長々敷くも待ちわびた指令が下ったことに、クライドは安堵する。

 そんな様子を見とがめた影がさも可笑しそうに揺れる様を視界の端にとらえて、勇者は了承を吐き出した。


 一礼の後に踵を返し、両開きの扉に手を掛ければ自らの震えに気づく。抜けた先、渡り廊下に真っ直ぐに差し込んでくる西日に、目を細める。

 達成されしその時、か。

 心中苦々しく落としたクライドは、茜色に染まった王城の中庭を眺めた。

 達成されなかった時、王はクライドの身内ごと根絶やしにするつもりだろう。きっと〝魔女〟の身内もその一途を辿ったはずだ。

 それは、この国の風習。

 先程は失念していたが、クライドはこの国のそれを良く知っていた。

 最後きっちり脅しをかけてきたこの国の王を、人ではない、と言ったのはどの国の誰だったか。


「あれがカルバス王、か……」


 けれどその王は知らなかったらしい。

 クライドには、身内と呼べる者がもう誰一人としていない。

 長々と続く廊下に敷かれた絨毯は一本のはみ出しなく、丁寧に毛が切りそろえられている。






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