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わたくしと魔王の  作者:
第五章
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わたくしと魔王の役割




 予想外すぎる言葉に、シラヴィルの目が瞬く。


「お前の事を考えれば時間が幾らあっても足りない」

「そ、そういう誤解を生む台詞はやめておいた方が良いと思うわ」

「事実だが」


 視線を斜めに伏せながら首を振るシラヴィルに、ノラの語尾が疑問符の形に上がる。


「っ……お、乙女とは神秘の生物! つまり理解できる日など一生来ないわ!」


 上手く誤魔化せたか分からないも上げた視線の先、特に変化の見られない魔王の表情にシラヴィルは安堵した。

 全く、唐突に何を言い出すのか。

 時間が幾らあっても足りない、という思いは共感できるからこそたちが悪い。


「……ノラ、あなた時間を止めれたりする?」

「唐突だな」

「最近思ったのよ。“もう少し時間があれば”などというけれど、時間なんていくらあっても足りないわ。それなら時が止まればいいと思うの」


 机の上に広がった羊皮紙をシラヴィルは一枚ずつ手に取る。自身の絵と、解読できない魔王の筆跡に埋められたそれは、甘い甘いお菓子で出来た正に夢の城だ。


「成程。しかし止まったところでどうする。何も起こりえない」

「違うわよ、実際時間が止まるという話ではなく……まぁ比喩のようなものかしら。現実的に言うならそうね、夢の中のように一瞬が一日になったりしないの?」

「眠ればいいだろう」

「……あなたは本当に駄目ね」


 あまりのも淡白な返しにシラヴィルは重いため息をつく。数枚重ね合わせた羊皮紙の端を整頓すれば、案の定、眉を寄せたノラから疑問を向けられた。


「何がだ」

「好きなだけ悩んで頂戴」

「……不可解な気分と言うのは悪いものだな」

「カラスさんもきっとそんな気持ちだったのよ」


 誤魔化しがバレないようあえて軽く返したシラヴィルはふと手を止め、改めて自分が口にした事についてを考える。

 昨日、変化が恐ろしいと言ったカラス。主の内面変化に気付き許容できないと、当人ではなく変化の原因と思わしき“姫”に向けた怒りの矛先。


「……そういえばカラスさんは迷って力がどうとか言っていたけれど。あなたもそうよね?」

「そうだな、瞬時反撃を行えなかった。もう少しでこの身体が滅ぶところだったな」


 さらりと恐ろしい台詞を言ってのけるノラの横顔へと、シラヴィルはじとりと横目を流した。  

 まったく、間を割るよう魔物が介入しなければどうなっていた事か。しかし、だからといってカラスを瞬時焼却処分されたかったわけでもない。

 その辺りは恐らくノラも同意見なのだろう。ぴくりとも表情を動かさないながらに彼も一応、逡巡してしまう程にはカラスの存在を認めているらしく、だからこそシラヴィルもこれ以上言及する気にはならない。


「……一応この身に配慮はしている」

「にしては偉そうね……?」

「お前こそ」

「何よ」

「魔除けはどうした」


 意図せず見開いてしまった瞳。

 自らのそれに遅れて気づき、シラヴィルは空いてしまった間に心中で舌打ちをする。

 何かを逡巡するかのよう、ノラの視線が軽く組み直された足先へと落ちる。


「ち、違うわよ! 別に使うまでもないと判断したまでよ」

「忘れていただろう」

「人を痴呆のように言わないで頂戴! 物にはそう、使い所というものがあるのよ」


 力の強い魔にほど良く効くように出来ている、という魔除け。

 いつだったか己が制作したものを、シラヴィルとて忘れていたわけではない。それをかけられた魔物は対象の存在を認知できなくなる……という、とても便利な魔除けだったはずだ。

 そう、確かにあの魔除けは、先日のような状況下で使うべき代物だったのだろう。けれどそう、物には使いどころというものがある。


 ―――これは力の強い魔にほど、良く効くように出来ている。

 持ち歩き、最終手段として使え。これをかけられた魔物はしばらくの間、お前の存在を認知出来なくなる。

 ―――それはつまり……わたくしが何処にいるのか分からなくなる、という事?

 ―――そうだ。目の前にいたとしても、気付くことが出来なくなる




 それは、いつだったかの会話だ。そう遠くないはずの記憶。

 慣れ始めた暗闇の中で交わした会話と、制作完成から来る高揚感と色々を思い出せば、何故かシラヴィルは己の言葉が詰まるのを感じた。

 軽く目を伏せれば指先についたインクが目に入り、親指で軽くそれを擦れば粉末となった黒が卓上に落ちていくのが分かる。


「おい」

「わ、分かってるわよ。本に付くからやめろ、でしょう?」


 素早く見咎めたノラに慌てて返せば、座らせた目でじっとりと見据えられる。


「分かってるわ、もう汚さない」


 誤魔化すように繰り返した言葉を、シラヴィルはもう一度内心に落とした。

 いくつもの汚れの跡と、細かい傷の付いた卓上。寝惚けてインクを引っくり返し、読解不可能となった古書の文字。今思い返せば叱られた記憶は無尽蔵に湧き出てくる。


「……お前はいつも意味不明だが、今日は特に意味不明だ」


 ため息の様な声に顔を上げたシラヴィルは、頬杖を突いたノラと一直線に目があった。


「更に言うならこの部屋に戻ってきてから……何故、そんな顔をしている」


 問われても己の表情など眺められる筈もなく、しかしある程度の想像が付いていたシラヴィルは、逃げるように椅子から腰を上げた。

 そう。カラスの騒動から、ちょうど一晩が経った今日。

 同じ魔物に呼ばれ一度部屋を後にしたシラヴィルは、その間に部下からとある報告を受けていた。

 “勇者が動いた”

 単純で明快なそれに、シラヴィルの眉尻は自然と下がり、口元が微かな弧を描く。


「……あのね、ノラ」

「なんだ」

「……ふっ、実はね。あなたの事を考えていたのよ」

「するとそんな顔になるわけか」


 少々からかい混じりに言葉を紡げば、存外あっさりと返され、シラヴィルは上げたばかりの口角をへの字に曲げた。据わっていた椅子の背に片肘を付き見下ろせば、相も変わらず魔王は偉そうに机に頬杖を突いている。

 相変わらず。

 いつも通り、案の定。

 先程から過る比較は、この城で過ごした時をシラヴィルに連想させる。透明な無表情か顰め面か、底意地の悪すぎる笑くらいしか浮かべない目の前の自身には、もう『ノラ』という存在が定着してしまっていた。


「……なんだ。何か言いたいことでもあるのか」

「何でもないわ」


 率直に凝視されれば、流石の魔王も気まずいらしい。

 卓上へと逸らされていった視線に少々気をよくしたシラヴィルが返した先、珍しく憂鬱と言った調子のため息がろうそくの火を揺らす。


「またそれか」


 不可解や意味不明の類で掻き混ぜられた不満。

 理解されて堪るかとも思うが、向けられて悪い気はしない感情に、シラヴィルは口角を吊り上げた。


「……そうね。あなたが、そんなに、とても、ものすごく聞きたいというのなら? 言ってあげなくもないわ」

「……。」


 静かに流れてきた視線の上で、形のいい眉が眉間に薄いシワを寄せる。

 呆れを宿しながらも先を促してくるその瞳に、シラヴィルはこれ以上なく満足した。


「好きよ、ノラ」

「同感だな」


 シラヴィルは噴き出した。

 とことん雰囲気を壊してくれる魔王だ。

 早すぎる返事に喜ぶべきか悲しむべきか、それ以前に一度出てしまった笑いが止まず腹に手を当て衝動を押し殺すシラヴィルの視界の端、ノラの足が怪訝そうに組み替えられている。


「泣いているのか笑っているのか、どちらだ?」

「どっちも、かしら……だってあなた、何時だって正直なんだもの」


 不思議と、ノラの同意を疑う気持ちはシラヴィルに沸いてこなかった。何時もと同じ調子、淡々とした言葉は真実以外を語らない。


「嘘をついて欲しいのか」

「いいえ……違うわ。本当のことを、言って欲しい」


 嘘を付かないで欲しい。隠さないで欲しい。偽らないで欲しい。

 目尻に滲んだ涙を指で軽くぬぐい、余韻に震える肩を深呼吸で落ち着けるよう、シラヴィルはゆったりと深呼吸をした。


「わたくし、幸せになりたいのよ」

「そうか」

「……それで、色々と調べてみたのだけれど。まず、第一にカルバスの民は幸せそうじゃないわ。きっと風習に縛られているからね。でも、その気持ちはわたくしにも分かるの」

「何が言いたい」

「ノラ、あなたにはないかしら。これをしなくてはならない、と決められていること」


 ノラの表情は“不可解”を浮かべていた。

 シラヴィルは身を乗り出すよう机に肘をつき、じっと此方を見返してくる瞳を見つめる。溶け落ちていく蝋燭の中心で、チリ、と小さく火の粉が跳ねる音がした。


「誰に言われたわけでもないわ。でもね、急かされているのよ」

「……。」

「枕元で羽虫が飛んでいるかのような。そんな感覚。振り払えないの」

「決めるのは己だろう」

「そう、決めたのは自分よ」


 にっこりと笑って見返した先、ノラは分かっているのかいないのか。

 否、分からずとも知っているだろうとシラヴィルはどこか傍観的に思う。

 どれだけ困難でも煩わしくても面倒でも、やらねばならない事。決めたのは自分。誰に急かされているわけでもない――自分を急かすのは、きっと自分自身だ。

 ノラも、カラスさんもこの城の魔物達も、勇者も。カルバスの民達もそうなのかもしれない、だなんて考えながらシラヴィルが見つめる先、ノラは未だ眉間にシワを寄せている。どうやらこの魔王は抽象的な物言いを好まないらしい。それは実のところシラヴィルだって同じだったが、はっきりと明言することは出来そうにもなかった。

 シラヴィルは顔を伏せ、椅子を引いた。お菓子の城の設計図が、視界の端に重なっている。

 果たして彼がこれに共感してくれる日は来るのだろうかなんて、そんな感傷とともに目じりを拭ったシラヴィルは、仁王立ちになり、上げた顔に改めて満面の笑みを浮かべた。


「わたくしの為に靴を拾ってきなさい」


 ノラの表情に未曾有の変化が起きた。

 開いた口が塞がらない、という思いをその身で再現した魔王の間抜け面にシラヴィルは苦笑する。普通は好きと言われた際にこの顔をするべきではないのかと思うが、相手が相手なだけに納得の反応のような気もする。


「意味が分からない」

「こんな話があるわ」


 我に返ったらしいノラにかぶせるよう、シラヴィルはにこやかに続けた。


「とある家の苛められっ子の娘がある日、魔法使いに魔法をかけてもらって、靴とドレスをもらうの。そしてその姿で城のパーティーへ行き、帰りに靴を落として帰って来るの。物語の終わりとしては、その靴を頼りに王子は娘を探し当て、娘は城に輿入れし幸せになる。……さあノラ、この話が何を言いたいか分かるかしら?」

「……全てが奇跡的」

「違うわ。靴は特注品に限る、よ!」

「靴くらい自分で拾え」


 説得するよう力強く頷くも、ノラは気怠く頬杖を突いたまま動かない。全く何も分かっていない相手に、シラヴィルは腕を組み軽く鼻を鳴らした。


「嫌よ。廊下にはまだ犬がいるかも知れないじゃない。それにあの靴、お気に入りなの」

「知った事ではない。それに確かお前、あれはもうヒールが折れたから使えないとか何とか」

「靴はわたくしが落ちた階段の先、地下洞窟を少し行った辺りにあるわ」


 きっぱりと言い切れば魔王の目が一度瞬きをする。拒否の色しか乗っていなかったそれに僅かな警戒が混じるも、時既に遅しとシラヴィルは口角を吊り上げた。


「あなたは断れない。……わたくしは今、魔王なのよ?」


 靴くらい自分で拾いに行くべきよね、と。

 繰り返せば瞠目したノラにシラヴィルは心底満足し、一匹の愛らしい魔物を呼んだ。

 舞い降りた羽音に二人の時間が終われば、自身に与えられた役を演じるべき舞台の幕が上がる。

 そして靴を手にするころ解ける魔法に、一つの物語は終わるのだ。





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