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わたくしと魔王の  作者:
第五章
32/36

勇者の下準備







 魔物の襲来によって散々だった昨晩、それでもクライドが睡眠の続きを取ることができたのは、汚れを処理してくれたカラスのお陰だ。

深夜、唐突に押しかけてきたかと思えば血液を強奪し去って行くという、全くもって非常識極まりない所業をなした魔物にも、案外良い所はあるように思う。

 カラスもカラスなりに何か悩んでいる様子だったので、素直な清掃も今回想してみればその辺りからの親切心だったのかも知れない。

ともかく、理由は何にしても一応本日、クライドは寝過ごすことも無く、予定通り爽やかな陽光と共に町外れの教会を訪れる事が出来ていた。

 通された先は、薄暗い教会の書庫。それでも幾分魔王の城よりは明るいように感じるのは、魔の気配が無いからだろう。


「おや、それは……少し焦げていますね」


 深く顔にしわを刻んだ司祭の視線が、古びた手記に落とされる。


「これはですね――」


 昨晩見た悪夢の現況のような気がするので引き取ってください、とも言えずクライドはさっさと寄付してしまいたい思いを隠しながら軽く手記を捲った。


「魔王の根城で発見したものなのですが、中々高尚な事が書いてあるようだったので……」


 クライドは途中で言葉を切り、高齢の司祭の顔色をそれとなく窺う。かっぱらってきました、としか語尾が続かない勇者の言葉に、けれど司祭は何とも思っていないらしい。


「少し……拝見させて頂いても?」

「どうぞ」


 司祭の声色には、僅かな緊張が含まれていた。

 クライドが手記を差し出せば、丁寧な調子で受け取り、血管の浮いた薄い皮膚の指が壊れ物を扱うかのように表紙を開いていく。古ぼけた手記は中々貴重なものと判断されたのか、高齢の司祭に酷く調和した、格式ばった対応で扱われていた。

 まさか昨晩、遮光代わりに額に乗せていましたなどとは口が裂けても言えない。

 加えて八つ当たり交じりに燃やしてしまわなくて良かったと、クライドは端の焦げた手記に視線を落とした。

 途端、司祭が素早く手記を閉じる。

 あまりにも不自然な態度にクライドが目を丸くすれば、相手の表情が微かに震えていた。


「勇者様、これを読まれましたか?」

「はい。しかしその、高尚すぎてあまり理解は出来ませんでした」


 強張った面持ちにクライドは軽く頭を掻き笑って見せるも、書庫に走った緊迫感は解消されない。そこまで不味い内容を目にした覚えもなく、司祭が何を気にしているのか良く理解出来なかった。


「そうですか……正直にこれを読み、どう感じられましたか?」

「そうですね……普通人は気にかけないような事が書いてあるな、と思いました」


 カルバスのものに限らず、風習というものの存在意義を考えているかのような文面。銀と魔の関連性。卵と鶏がどうという答えの出ないような内容。

 それらを思い返し無難に纏めたクライドに、司祭は細い息をついた。


「勇者様には、お話してもいいかもしれませんね……」


 もったいぶった間を置く司祭に、クライドの片眉が上がる。

 今の今まで暇つぶし程度にしか考えていなかった手記という存在に、僅かながらに興味が惹かれたからだ。

 加えてあなただから特別、という類の言葉を年齢の重ねた相手から向けられるのは、中々に気分の良いものなのである。


「これは……何なのです?」

「これはカルバス王の手記です」


 クライドは眩暈を覚えた。野次馬根性に似た興味が瞬時に吹き飛び、背筋を冷や汗が伝う。

 今朝がた手記に火をつけようとしていた事が露見でもすれば、打ち首確定間違いない。


「現在魔王の根城となっている城はそもそも、今から四代前のカルバス王が建てたものだとは知っていますか?」

「は、はい……小耳に少し?」

「四代前のカルバス王は、その余生をあの城で過ごしました。一匹の犬と共に城内へ入った王は、誰一人城内には入れぬよう、跳ね橋を上げ……そのまま生涯を終えました」


 つまり四代前のカルバス王は洞窟城を建築した上に引き籠り、一人と一匹の空間で生涯を終えたらしい。

その後、城内に誰一人としていなくなった後に、城が魔に乗っ取られる可能性は考えなかったのだろうか。クライドは内心で首を傾けていた。現在カルバスの民を圧迫している原因の一つに、魔の根城の存在は当然挙げられる。

 加えて閉鎖された空間に犬と二人きり。王の死後遺体はどうなったのか。

 現実的に考えて、犬が生物的本能に従ったような気がしてならない。

クライドは眉を寄せるも、下手な事を言う訳にはいかず、言葉を悩ませる。四代前のカルバス王は相当以上の変わり者だと言えた。


「王はその……犬がお好きだったのですね」

「そうですね。博愛主義者と言いますか、やはり少し変わったお方で……その余生を綴ったのがこの手記と言えます」


 クライドが言いよどんだ言葉をあっさりと告げ、司祭は手記の表紙を撫でる。その様子は子を慈しむ親と言うよりも、今後二度と人に触れられる事の無いものに情けをかけているかのようだった。確かにカルバスの風習を糾弾している、とも取れる内容は、教会にとって禁書扱いに相当するものだろう。

 ならば何故、そのような王の話を話して聞かせるのか。

 そんなクライドの視線を察したのか、司祭は口の両端のしわを深いものにして自嘲した。


「悲しい話です。四代前の王に関するものは、ほぼ全て禁書扱いとされこの書庫に眠ることになる。人が何かを残そうと綴った余生が、結局は無きものとされるのですよ」

「……それは確かに」


 年老いた司祭には、もの思う所があるのかもしれない。無難に相槌を打つ事しか出来ないクライドに、一つの頷きが返される。


「勇者様、貴方にこのお話をしたのは単純な話です。勇者様が他国の出であると耳にしていた事と、一種の運命的なものを感じたからなのです」

「運命、ですか」


 実のところ他国の出ではない上、教会と言う場で懺悔しなければならない節が多々あるクライドは、疾しさに視線を泳がせた。老人の色素の抜けた瞳には、全てを見通しているかのような恐ろしさがある。


「そうです。四代前のカルバス王も……あなたと同じ、銀でした」


 困ったように微笑んだ司祭にばれぬよう、クライドは安堵の息を落とした。

 王族に銀が存在したというのは初耳ではあったが、カルバスが銀の生まれやすい国であることを考えれば別段珍しい話ではなく、クライドとしては自らの疚しい部分を見破られなかったことの方が重要だった。


「なるほど、運命ですね……あとこれなのですが」


 視線を微妙に逸らしたまま、クライドは二枚の古びた紙を取り出す。

 一度後ろめたさを自覚してしまえば、やはりどうにも気まずく、用事を済ませ速やかに退散したい思いがあった。


「内容は読めるのですが、信憑性に欠けるので。確認の方をお願いしたいのです」


 そこに綴られているのは、一見にして魔術だと分かる内容。言って差し出した手から紙を受け取った司祭は、難しい顔で文面に視線を落とした。

やはり、甲冑に銀髪といった“勇者”の身なりを整えていたことは正解だった、とクライドは心中で頷く。

 市場の時のよう、黒マントにフードを被った出で立ちで魔術の解読を頼むなど、流石に怪しすぎるからだ。


「これは……写本ですね。しかし見事なものです。一部の不合理も見られない、全てが完全な形で記載されている」

「つまり本当にそれは、実際に使用できる魔術なのですね」


 魔術と言うだけで多少の不合理さを感じずにはいられないクライドだったが、酷く感心している様子の司祭にそんな事は言えない。改めて内容の確認を口にすれば、司祭は深く頷きを返した。


「そうですね、便利なものですよ。魔術に通じたものでなくとも行える、修復の魔術です。非常に合理的な魔術式が組まれていることが分かります。一種の芸術品と言っても良いでしょう」

「なる……ほど?」

「……しかし同時に、悪用される可能性もありますので」

「そうですね。使用後は此方の教会に寄付させて頂きます」


 相手の言葉を先回りし、笑顔で頷いて見せたクライドは、本当に今日マント姿でなくて良かったと思う。司祭が頷き穏やかな微笑み返したのは、勇者相手だからこそだ。

 考えによって様々な用途が挙げられる、危険性を孕んだ魔術など、教会は少しでも怪しげな人物相手には渡さない。

 即時没収とならなかった役得を感じつつ、クライドは司祭と内容の細やかな確認を交わしあい、そそくさと教会を後にした。




 魔王の城に居た七日間で、やはり民の様子は変わっていた。娘を取り返す事を難攻しているというのに、王に対する話題が全く囁かれなくなった.

カルバスの国土は押し殺したかの様な緊迫感に包まれ、兵達もまた何処かうわの空だった。

 それでもちゃっかり奇異の目を向けてくる民を黙殺しながら、クライドは内心舌を打つ。


『ふふふ、朝から不機嫌とは良くないな。禿げるぞ』

「……。」


 そして教会を離れた途端戻ってきた声の方も黙殺し、クライドは今後の予定を確認した。

 即に宿に帰りたい思いだったが、これからはまた買い物の予定。

 流石に短剣一つでは心許ない、加えて修復の魔術とやらにも幾つか必要な物品が存在していた筈だと、再確認を込めクライドは古紙を手に広げた。

そこには何かを燃やしている暖炉から煙が上がり、煙突をこえ何処かへと向かっていく図が描かれている。

それは使用方法は理解できても、決定的な何を、の部分が抜けた魔術。







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