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わたくしと魔王の  作者:
第四章
24/36

わたくしと魔王の撞着






 上手く加減できず開け放った扉は一種の破裂音を部屋に轟かせた。

 テーブルの上のランプの灯。椅子に腰かけていた魔王が、顔を上げる。


「どういうこ――」

「扉を閉めろ」


 荒げた声にかぶせられ、シラヴィルは唇を噛む。勢いをまだ残し僅かに揺れている扉を後ろ手に閉めれば、魔王の眉間がしわを刻んだ。


「どういうことなの……ノラ」

「何がだ」

「あなたカルバスを滅ぼすつもりだったのっ!?」


 鋭く吐き出された声は語尾で悲愴に掠れた。納得したようにゆっくりと瞬きをした魔王へと、シラヴィルは足に力を入れ詰め寄る。


「初めに言っただろう」

「聞いてないわよっ!」

「言った」

「聞いてないわっ!!」


 鈍く重い音。無表情に返す魔王の前でランプと積み重なった古書がぐらついた。

 テーブルを叩きつけたシラヴィルの手は、今にも崩れ落ちかねん膝と同様に震えている。


「言っただろう。目的は王を玉座から降ろす事」

「王を、玉座から降ろすって……それとは関係ないじゃない、カルバスはエセドニアと、民の不満で」

「もう後がない、か」


 ランプへと視線を流した魔王は己の策を確認しているのか。その横顔を数秒見つめていたシラヴィルはやがて震える声で問いかけた。


「嘘をついたの」

「嘘だと思うのか」


 無表情を崩さない魔王の声が僅かに険を帯びた。


「お前はあの時、一度椅子から降りてもまた座りなおせば良いと言った……それはある種の真理だ。だがしかし、それが出来ぬからカルバス王は椅子にしがみ付いた」


 語り始めた魔王の視線は依然ランプから離れない。何処か遠くを見ているかのような横顔を見つめ続けるシラヴィルは、机の上の手を堅く握りしめる。


「おかしな話よね……もともと身内より大切なものはない筈なのよ。なのにお父様は貿易警備と他国にばかり兵を向けて。この城に来たのはあの勇者ひとり」

「結局は身内より国を取った、という話だな。今更な話だ」

「……お父様は身内のために戦をして、奪ってきた幸せは身内のためにだけ使ってきたものね」

「民の不満は大きかった。それでも風習によって押さえつけられていた。大義名分を手に入れた民は揚々と言うだろう――“抑々カルバス王は欲望に対する自己弁護の為に、風習を利用していたのではないか”とな」


 欲望に対する自己弁護。具体的に何なのかピンとこないシラヴィルだが、『利用』という単語は深く胸を抉る。

 身内の為と嘘をつかれ、利用される。

 不信感を抱いているというカルバスの民の気持ちも、シラヴィルには分からなくも無かった。


「この城に兵が向けられない状態が続けば、民は断定するだろう。結局王は身内の為といっておきながら、自己欲を満たしたいだけだと。ここまで来れば大義は完全に民のものだ。後はなし崩し……だがここでシラヴィル、お前が予想外の繋がりを持っていた」

「……あなたはわたくしが、エセドニアに輿入れすると知らなかったのね」

「そうだ。エセドニアがカルバスに手を貸すような事態になったら計画は破綻していただろう。だが簡単にカルバスに友好の手を差し出すような国ならそもそも、国を疲弊させるだけの小競り合いなど続けていない」


 事実、救出の兵は来なかった。

 シラヴィルは震えるだけの息を吐き出した。相変わらず長々しく淡々と吐き出される魔王の説明は嫌味なほどに分かりやすい。


「輿入れは友好を示すもの。それが遅れればエセドニアは、カルバスには友好の意思なしと受け取るだろう」

「……エセドニアだって救出の兵を貸さなかったじゃない」

「つまり友好の意思など無いという事だ」


 薄っぺらい条約に対する結論は、カラスと会話した際と同じものだった。

 話に持ち出さない辺り、魔王はカルバスの王女の身に掛かった呪いに気付いていないのだろう。

 カラスとの会話でそれを噛みしめていたシラヴィルは、けれど何処か遠くの事情のような感覚に、ささやかな期待を託した。


「でも本当に、ほんとうに戦が……起きるの?」

「エセドニアが兵を上げるが先か、民の反感が頂点に達するか。どちらが先かという話だな」

「それはどうしても、なの? 逃れられない話なの?」


 内と外の火種。どちらが先に点火しようが、火が回る事には変わりない。

 言い分は分かるもすがるようなシラヴィルの問いかけに、魔王は静かに目を伏せた。


「民を焚き付けられればそれで良かった。エセドニアではなくとも、国内情勢に混乱が起きたカルバスをこの機に落とそうと考える国は幾らでもある。カルバスは侵攻が早すぎた。支配下に置くことと統率を取ることは別物だ。……逃れられるか、と聞くが」


 ようやくシラヴィルに向けられた魔王の瞳は、ランプの灯を赤く細く宿していた。


「現カルバス王は敵だ。はなから逃がすつもりなどない」


 言い切った魔王の肩へシラヴィルは手をかけた。

 力加減の無いそれに引かれ、細い身体が揺れ亜麻色の髪が翻る。


「やっぱり嘘じゃないの!」


 顰められた魔王の表情が解けたと思えばまた眉が多大に寄った。


「……話を聞いていたか?」

「聞いてたわよ! つまりあなた、椅子から降ろすとか言っておきながら椅子ごと国を丸焼きにしようとしているじゃない!」


 声を荒げるシラヴィルに見下ろされ、肩を掴まれた魔王は不自然な遅さで瞬きをした。見上げるその瞳に不可解が揺れている。


「……その理論で言うならばまた椅子を作り直せば」

「そういった問題じゃないでしょう、この嘘吐き!」

「は?」

「嘘吐き、嘘吐き、嘘吐き! あなたは嘘吐きだわ、ノラっ!」


 喚きたてる声を唖然と見上げる目が細められた。肩を掴むシラヴィルの手の指先は白く、その爪は軽く魔王の肌を裂いている。


「ねぇ、ノラ……嘘でしょう?」

「……。」

「嘘だと言って……?」


 椅子にすがるようシラヴィルの身体が崩れ落ちていく。肩から離れ膝に乗り、更に床へと落ちようとする手を寸前ですくい上げたのは魔王の手。

 はじかれたようにシラヴィルは顔を上げ、ノラは一つ瞬きをした。


「何についての話だ」

「……。」


 問われ、弱弱しかったシラヴィルの視線が、徐々に険しさを増していく。

 掴んだ手首が先程以上に震えていく様に、魔王は軽く首を傾げた。


「そこは嘘だと言いなさいよ!」

「何故だ」

「そういう場面だったでしょう!? 嘘でもいいから嘘と言いなさいよっ、この嘘つきっ!!」


 睨め上げた先、魔王の視線が鋭くなる。握られた腕に込められる力を感じシラヴィルは短く息を呑んだ。


「何故貶められなければならない」

「い、いえ、冗談よ。暴力はいけないわ」


 今何かされれば逃げられないと、宥めに掛かったシラヴィルの視線が反れる。それを目に、魔王は舌打ちした。


「全て事実だ。王が娘より玉座を選んだ時点で、戦続きと貧困に募る不満を押さえる風習の盾は壊れ、民が革命を起こす道筋はもう決まっていた。加えてエセドニアとの関係を思えば必ず大きな戦が起きる、そう遠い先ではなくカルバスの大陸統一は無に還る」

「……。」


 一気に吐き出した魔王の語尾は流石に絞り出すよう掠れていた。

 シラヴィルが呆然と見上げれば、吐ききった息のぶん大きく吸い込まれた息が多大なため息として落とされる。


「負けるのはカルバスだ。理解しろ、シラヴィル」

「理解!? 理解ならしてるわよっ!」


 苛立ちを含んだそれに何故怒られなければならないのかと。シラヴィルはまた声を荒げた。


「国同士は色々な事情を抱えていて、戦が起こるのはもうどうしようも無くて、その色々の要はわたくしだったという話? そんな事はここ数日でじゅうぶん分かっているのよっ!」

「ならなんだ」

「分かっていても納得いかないのよっ!」


 見下ろしてくる険しい目元と、事実を紡ぐ口。

 戦というものを実際目で見たことは無いシラヴィルだが、それが国を滅ぼしかねないという事は分かる。全てはカルバスの王女という駒によって。


「つまりあなたの目的は王を椅子から降ろすことで、戦はその過程、に過ぎないのよねっ!?」

「そうだ」

「手段はどうでも良かったのだー、とでも言いたいのね!?」

「……ああ」

「わたくしを人質とし、用が済めば……どうするつもりだったのっ!?」


 短く肯定を吐く魔王の口が動きを止める。交差する視線は寸分も外されず、けれど相手が何か言葉悩んでいる事がシラヴィルにも分かった。

 当然手元に置き続ける理由など無く、となれば城に返すつもりだったのか。はたまた娘の身を呪いと共にエセドニアへ送り込もうとした父のように、用が済めば存在自体を消してしまうつもりだったのか。

 魔王の逡巡の時は長かった。

 その経過に浮かぶ推測に己の身が石になるかのような感覚を覚え、先を促す言葉を浮かべるがそれを紡げないシラヴィルにも惑いがある。

不要物として処分するつもりだったとは言われたくない。既に込み上げる感情が、堪えきれなくなってしまう。


「やはり待っ――」

「分からない」


 ほぼ同時に落ちた言葉。丸みを帯びたシラヴィルの瞳がすぐに胡乱気に細められる。


「……は?」

「特に考えていなかった」


 真顔でのさばる魔王。

 腕を組み、足をゆったりと組み替えたその姿にシラヴィルの中にあった怒りが爆発した。


「つまりどうでも良かったという事っ!?」

「そうだな」

「最低ねノラっ! 人質に対する責任感というものは無いのっ!?」


 人質に対する責任感、と繰り返した魔王からシラヴィルは視線を逸らす。自身の本心であるその言葉は、何処かずれているような気がした。


「……人質に対する責任感とはなんだ?」

「そ、それは……」


 真剣な魔王の問いかけに、シラヴィルは視線を逸らしたままに狼狽える。最近になって気が付いたが自身と同様、魔王は不明な点や気がかりが見逃せない性格らしかった。まさに人と関わり疑問を抱き弱まるという一途を辿っている気がする彼だが、曰く自制できない弱者ではないらしいので弱っている様は何処にも見当たらない。


「ええと……きっちりと面倒をみたり?」

「見ているだろう」

「身の安全を、保障したり……?」


 保障しているだろう、と返された言葉には多少疑問を感じなくもないが、シラヴィルの意識はそれよりも他に向いていた。

 人質に対する責任感など知らない。口から出るのが全て己の願望のような気がする。自国に戦火を灯さんとする魔王に何を言っているのかという己への不信感が脳裏を過った。


「……連れ去ったからにはきっちり元のまま元の場所に返せという話か?」

「それよっ!」


 力強く頷き視線を戻したシラヴィルに椅子の上の魔王がたじろぐ。


「あなた、勝手に連れ去ったのだから当然わたくしを元のままに、そして戻る場所も元のままにしておくべきだわっ!」


 これだとでも言う様に目を輝かせたシラヴィルを、見返す魔王の口が僅かに開かれた。その視線がまるで憐れむかのように移ろいでいく。


「やはり馬鹿なのか、シラヴィル。それだと何の為に攫ったかという話になる」

「あら、本当だわ」


 二の句を告げなくなった魔王を尻目にシラヴィルは軽く顎に手を当てた。

 戻る時というのはつまり、現状の入れ替わりが治った時を意味する。その際既に魔王の策が成功していれば国は混沌、下手すれば住居である王城は火の海。しかしそれを免れたとなっても、エセドニアに輿入れする自身の末路は破裂。

 すなわち今じぶんが考えるべきはどのようにしてそれを防ぐかと言う話で、そこからどうして人質に対する責任感の話になったのかと。

 何が言いたかったのか良く分からなくなったシラヴィルは回想した。


「……あ」

「なんだ」


 息のような呟きに魔王が細かく返す。しかし頭の中を回すシラヴィルの耳に声は入ってこない。

 どうあっても帰れば破滅。用が済めばどうするつもりだったか。

 責任に対する期待に発した声が、シラヴィルの耳の奥で反響する。

 面倒を見て。身を護って。だってわたくし――


「いやあああああ!!!」


 堪らず上げた絶叫と共にシラヴィルは己の頭を抱え、身体を横へと転がし三回転半した所で壁にぶつかる。鈍い音を最後に停止した身体はうずくまる形のまま、壁に向かいぴったりと沿っていた。


「お前怪我をしていなかったか」

「き、気にしないで……」


 その声色からして恐らく、魔王は不審物を見るかのような目をしているのだろう。

 シラヴィルは痛む肩の傷を無視し、眼前の壁を見つめたままに目を瞬かせる。


「な、情けなさと羞恥心に少しばかり死にそうになっただけよ」

「そんなもので死ぬわけがないだろう……死なぬからこそ、苦しむ」

「少し頭の良い事を言っている風だけれどノラ世の中には“例え”という表現方法があるのよ」


 誤魔化すように矢継ぎ早に吐き出したシラヴィルは、とりあえず目を閉じ深呼吸をした。見苦しすぎる考えを追い出そうと頭を強く振ればまた、鈍い音が壁を震わせる。


「……お前、死にたいのか?」

「そんな訳ないでしょうっ!」


 頭の中を吹き飛ばすかのような衝撃に額を押さえて振り返れば、シラヴィルの予想通り魔王は不可解そうに眉を寄せている。


「ならば自傷癖があったという事か」

「人を根暗みたいに言わないでっ! 痛いのは嫌に決まっているし死にたいわけが……死にたいわけがないでしょうっ!」


 否定を叫んだと同時、シラヴィルは目頭に込み上げるものを感じた。まずい、と思い慌てて視界を潤ませるものを押し込める。

 死にたくなどない。生きていたい。だが己を人質とし連れ去った相手にそれを求めるほど無様にはなりたくない。

 目を大きく見開いたり又、細かく瞬きをしたりを繰り返すその姿に魔王は首を傾けた。


「今度は顔芸か?」


 馬鹿じゃないのかと言ってやりたいがシラヴィルだが、今声を出せば必ず震えてしまう。幸い魔王は人の身、壁際にあるシラヴィルの表情を動き程度しか認識できていない。

 机の上のランプの灯は小さく、部屋全体を明瞭にする力は持っていなかった。


「つまり先日の挙動不審も情けなさと羞恥心が理由だったという事か」

「……先日?」


 確認するかのような魔王の声に、シラヴィルは短く確認を取る。必死の瞬きの甲斐あってか、視界は元に戻り声も辛うじて震えなかった。

そんな彼女の内心などいざ知らず、魔王は足を組み直し頷きを返す。


「この部屋でほぼ同じ行動を取った時があっただろう。確か何やらに落ち込んで」

「ああ分かったわっ! 分かったからそれ以上言わなくて良いわ!」


 速やかに遮った先を遮断するよう突き出された手を見返す魔王は堂々としたものだった。彼の前ではろくに落ち込む間もないのかと、シラヴィルはため息と共に手を降ろす。


「つまり……まぁそうね、そういう事よ」

「なるほど。見目通り非常に残念な状態という事か」

「残念……!?」


 余りの言葉にシラヴィルは絶句するも、確かに思い返してみれば己は中々残念な行動を取っていた。但し先日に関してはそんな行動を取らせた元凶である魔王には言われたくない台詞である。


「残念な状態ではないのか」

「確かに行動は残念な子ととられても仕方がないと認めるわ、けれど心境に関しては先日は…あなた、が……」


 尻すぼみになった挙句消えた声に魔王が顔を顰めた。相手を見ているようで見ていないシラヴィルの目の焦点が、数秒後険しく定まった。


「何でもないわっ! だいたい今にしてもそうよ、あなたが諸悪の根源なのよ!」


 言い捨てて顔をそむけたシラヴィルに、魔王の眉間が更なるしわを刻む。


「前にも感じたがやはり、言葉を途中で投げる癖は直せ。先が気になる」

「気にしてれば良いじゃない、一生気にしてなさいっ!」


 八つ当たりのように言い放った後、シラヴィルはその言葉が非常に名案なものに思えた。一生思い悩み煩っている魔王を想像すれば気分がいい具合に高揚していく。彼はその苦悩を抱えるだけの事をしている気がした。


「一生か……途中忘れる可能性がある、やはり今話せ」

「忘れるですって!? そう簡単に忘れないで頂戴っ!」

「恐らく忘れないが」


 鼻で笑った魔王のそれは苦笑に似ていた。息を詰めたシラヴィルは陸で溺れたかと思った。

 眩暈がする頭を押さえ息も絶え絶えといった調子で口の開閉を繰り返し、立ち上がり魔王を鋭く指でさす。


「ご、誤魔化そうたってそうはいかないわっ! あなたは酷い酷い、酷い事をしたのよっ!」

「国の件なら今更だ。……ときに先程お前が出ていく前、置いて行ったこの“おかしな城”の構造だが」

「なんて自己中心的なの!? しかもそれは“おかしな城”ではなく“お菓子の城”よっ!」


 机に積み上げられていた古書の間から、魔王が一枚の紙を抜き取り掲げる。それはシラヴィルが書庫に籠る間、念の為にと足止め代わりに審査を頼んでいたものだった。

 以前燃やされたのを諦めきれず全力をつくし真剣に描いたそれを、魔王はまるで挑発するかのように指先で摘み軽く振る。


「何でも良い。可か不可かで言うならば、不可だ」

「あなたに言われたくないわよ! もう、あなたなんか知らないわっ!」


 顔の隣で掲げた手を戦慄かせシラヴィルは摘ままれた紙をひったくった。紙上に目を落とせば自身のものではない筆跡と下線が大量に付け加えられている。

 なんと細かい男だと舌打ちをすればその向こうで魔王が首を傾け、廊下から何の話だ、と跳ねる犬の笑い声が聞こえた。





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