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わたくしと魔王の  作者:
第三章
22/36

わたくしと勇者の蹴り落としたい背中








 まさか己は軟禁されているのではないのか。

 姫の食事を作る時間でもなく、与えられた小部屋に寝転がっていたクライドが思い当ったのは、城に来てから七日目の事だった。

 城唯一と思われる辛うじて陽光が差し込む部屋の隅、壁を覆い尽くすように広がった蔦が気持ちよさ気に葉を揺らしている。


「良い天気だぁ」

「……。」


 自由度が高いため失念していたが、この魔物は監視役である可能性が非常に高い。

 陽光に植物。じぶんの傍らにストーカー――そんな自然であり慣れ始めた状況に対し、疑いすら抱かなかった自身へとクライドはがくりと肩を落とす。

 だが今更、魔物に面と向かって事実確認など出来るわけもない。


「お前は太陽が嫌いなのかぁ?」

「……きらいじゃない。お前と日光浴をするのがいやなだけだ」

「ならば夜が好きなのかぁ?」

「……。」

「夜の森が好きかぁ? ふふふふ……」


 耳元で囁かれるときとは違い、姿を現している魔物の声は木々のざわめきのそれに良く似ていた。

 “植物”なのだから、当然ではあるが。

 どうにもそこに引っかかるものを感じ、得も言えぬ不快にクライドが横目を流せば、その先で蔦が手招きするように揺れる。


「……それはそうとぉ、魔王様がお呼びだぁ」


 やがて声がかけられ魔物から視線を逸らしたクライドは、傍らの剣を手に緩慢に起き上がった。ベルトの金具に鞘を固定しマントを纏い、呼び出し先の目星をつける。


「書庫で良いか?」

「その通りだぁ」


 姫の部屋に入る事を拒んでいた魔王は、既にその思いを改善している。

 しかしそれでも書庫に入り浸る時間は長く、おかげでクライドは未だ城の見取り図の類を探る事が出来ずにいた。

 姫に魔王の意識を向けさせ城をあさる、という後付理由の作戦は見事失敗に終わったらしい。しかしまぁあの二人を共に居させる目的はそれだけという事も無かったので、仕方が無いとも思える。

 そんな事よりも、と。


「そういえば、お前……」

「なんだぁ?」

「……いや、なんでもない」


 言い出しかけたものの首を振り、クライドは火の消える事の無いランプを手に歩きなれ始めた暗い廊下へと足を向けた。蔦の魔物に関しては長くなりそうなので、後で良いだろう。

 今はとりあえず魔王だと。

 迷いなく書庫へと向かうクライドは、現状にかなり問題があるという事を分かってはいた。そもそも一直線に書庫へと向かえること自体おかしな話で、加えてこの城の魔物達に慣れ始めている事も、また問題だと分かってはいた。

 外から野草を取ってきてくれるカラス。火をおこす手伝いを気まぐれに行ってくれるヤモリ。

 蔦に関しては暇つぶしがてら話をしていたせいでどうにも距離が縮まってしまっているような気がし、そして最後に魔王に関しては、どうにも人間臭い部分があるため親近感が抱きやすい。

 いつか討たねばならぬ日が来るかもしれない事を思えば、厨房で鍋をかき混ぜる背中が浮かぶ。

 結局のところ、王から下された令は、姫を救出する事なのだ。

 それが可能であれば。出来れば剣を抜くことなく事が運べば、と。

 叶いそうにもない理想を思うクライドは、書庫の前を通り過ぎかけていた事に気づき慌てて足を止めた。


「呪イというものは身に定着させルものデ、魔物がそのヨウな回りくどい手段を取る事はマズ無いト―――」

「影を伸ばす際も、遠ければ遠いほどに曖昧なものとなるのに同じ。魔の力は遠ざかる程に弱まるものじゃ。これまでは感覚的に使われていたのであろうが、元来影とは即ち気配であり、力であるとは主殿もご存じで―――」


 扉へと手を伸ばしかけていたクライドはしばし逡巡する。部屋の中には少なくとも二匹の魔物が、何やら小難しい話を主と交わしているようだった。

 しかし、その状況の上で呼ばれたのも事実。

 一瞬でも遠慮している時点で駄目なのかも知れないと内心肩を落としつつ、二回扉を軽く手の甲で打ち、クライドは室内へと足を踏み入れた。


「……来たか」


 ヤモリが吐き出す火の元、書物から顔を上げた魔王の肩にはカラスが乗っている。

 三匹の魔物から視線を向けられる中クライドは、こうして見れば彼も魔の王らしいものだと厨房での姿を思い描き苦笑した。


「何を一人笑っている。気味が悪い」

「お前のせいだろう」


 軽く肩を竦め、本題を切り出すようにとクライドは腕を組む。腑に落ちないかのよう眉を僅かに動かした魔王は再度書物へ視線を流し、また勇者へとそれを戻した。


「クライドお前、今帯刀しているか」

「魔の根城を手ぶらで歩くほど間抜けに見えるのか?」

「見える」

「……喧嘩なら買うぞ」


 揃いも揃って深く頷いている魔物達を前に、クライドはマントの下から剣の身を引き抜く。初日、厨房の中から向けられた炎を切った時以来の抜刀だ。


「いや、そういうのはいい。さっさと仕舞え」

「……一応言っておくが、俺は勇者だからな?」


 手の平を仰ぐよう振りあしらう魔王。ため息交じりで返しつつ、眉を寄せたクライドは魔に対し剣を向けるが元来と反芻する。

 けれどその手は結局剣を仕舞い、それが意外だったのか、自ら指示しておきながら魔王は金の目を瞬かせた。


「改めて思うが、お前は本当に勇者らしくないな」

「俺は本来、身を護れて食っていければそれで良い。魔物は匂いが嫌いなだけだ」

「……そうか」


 まだ何か言いたげな表情ながらに、魔王は部下二匹へと視線を流した。それは何かの合図だったのだろう、短い了承を吐き出した二匹は書庫の奥の闇へと速やかに消えていく。

 魔王は開いていた書物のページを数枚引きちぎり、クライドの隣を過ぎ廊下へと足を向けた。


「ついて来い」


 ランプの灯りでは照らしきれない書庫の棚を名残惜しく眺め、クライドも魔王同様に扉を抜け部屋を後にする。二匹の魔物が書庫の奥に潜んでいる事を思えば、文献を存分にあさる日は中々来そうにない。


「魔物の匂いは森の匂いに似ていると以前、言っていたな」

「ああ。お陰様でこの城と言うだけで気分が悪い」


 迷いなく進む足音に並びながらクライドは、眼前の無明に目を凝らした。魔王が何処へ向かおうとしているのかは分からないが、城内どこだろうと深い森の匂いが薄れる場所は無い。


「当初は覆面をしていたな。それほどに森の匂いは不快か?」

「段々麻痺してどうでも良くなってきたがな。それでも快いとは言い難い」

「……森林の匂いとは爽やかで心地よいものだと思うが」

「俺にとっては不快だ。だからなんだ?」


 重要でもない問いを向けられているようで、クライドは横目に魔王を伺う。


「森の匂い自体が不快なのか? それとも魔の匂いだから不快なのか?」

「……何故そんな事を聞く?」

「お前は銀だ。銀にしか分からぬ事を問うて何が悪い」


 魔王が何かを企んでいるような気がしてならない。けれど何を、と問われても瞬時に答えられない程に、クライドはこの城で時を過ごした。

 迷う必要など、無い筈である。魔王が企むと言えば、良からぬ事と相場は決まっている。

 けれどこの魔王の企みごととして暴力の類の想像はどれも何故かしっくりこず、なけなしに周囲を照らすランプは、良く考えれば心許ない気がしてクライドは息を落とした。


「……全ての銀が俺と同じとは限らないと思うが」

「そうでなければ問題だな」


 けれどそれ以上に大きく落とされたため息に、クライドの眉が寄る。


「お前はあまりにもやる気がない。良く考えれば素直に食事を作っているというのもおかしな話だ」

「今更それを言うか」


 魔王の言葉に驚きと呆れを通り越し、クライドは軽い苛立ちを覚えた。

 妙な部分で無知な魔の王に言われずとも、そんな事はじゅうぶんに分かっている。


「勇者と言うものは何なのだ。魔を討つのが天明ではないのか?」

「生まれ持っての義務ではあるがな。魔物を求めて徘徊など始めたらそれはもう狂人の一種だろう」


 心底不思議、といった調子で向けられた魔王の問いに、クライドはやや投げやりに答えを返す。

 銀であろうと思想は個人其々。文字通り退魔を生きがいとする銀も存在するだろうが、少なくとも己は先程告げたよう身と食が護れればそれでいい。勇者と言うある種の職業は人員的問題で中々高額の謝礼金がもらえるのだと。

 そんな類の事をクライドが話して聞かせれば、魔王は何やらを納得したよう数回首を縦に振った。


「ならばお前はやはり、魔物が嫌いというわけではないのだな」

「何故そんな話になるんだ。先程言っただろう、不快だと」

「単純に森の匂いが嫌いだからだろう? 魔が嫌いならば既に、この城で乱闘騒ぎを起こしていた筈だ」


 半ば呆れ交じりだったクライドの表情が数秒後、僅かな驚きへと変わる。

 飛躍したかに思えた魔王の言葉は、案外的を射たものだった。


「民は魔がそこにあるだけで忌み嫌い恐れるというのに」


 続いて吐き出した魔王にクライドは数秒思考を巡らせる。


「……そこは俺が銀だからだろう。民と違い魔を前にしても余裕が持てる」

「なるほどな。だから〝勇者〟か」


 強調された言葉の意味が分からず、クライドは胡乱な目を流した。その先、鼻で笑った魔王は結論として吐き出した言葉に補足を加える。


「やる気がなければ、間も抜けている。挙動不審な上に馬鹿でおせっかい」

「まて誰の事だ」

「民の視点とは恐ろしいな。魔の城でいびきをかきながら眠る姿も傍から見れば勇敢なのだろう……そう思わないか、勇者」


 ようやく相手の言葉に込められた意味を察したクライドの口から、思わず漏れたため息は同意を表すものだった。


「……〝勇者〟という呼称が悪口のような気がしてきたんだが」

「その通りだ。お前は無神経な馬鹿だ」


 嘯く魔王はひょっとすると機嫌が悪いのか。

 先程から続く地味な悪態がついに率直なものとなり、クライドは碧眼を細く据わらせた。


「無神経にすら到達できない馬鹿に言われたくないな」

「其方の方がまだマシだ」


 一本道の廊下の奥から吹き抜けた風。絶対的に考え方の違う相手には、悪態もろくに通じない。

 それとも全て分かったうえで煙に巻いているのかと、数歩進んだ後にクライドが視線を流せば、いつのまにやら魔王が足を止めていた。


「……お前、カルバス王をどう思う?」


 肩越しに振り返ってみれば低い呟きが落とされ、真顔の金目に見据えられる。


「それも“勇者”にしか聞けないことか?」

「……そうだな。お前にしか聞けないことだ」

「まぁ……少なくと馬鹿でない事は確かだ」


 片眉を上げながら返したクライドは改めて足を止め背後の魔王へと向き直り、落とした視線の先で白い床石の継ぎ目を眺めた。

 最低限修復されているものの、この城は所々破損した箇所がある。この継ぎ目も、魔物達によって修正されたあとなのかもしれない。


「……魔物のように、特殊な力を持っている訳でもなんでもないからな。他国侵攻も崖っぷちで国を持たせていられるのも頭の良さあってのもの……あえてそこに付け加えるなら人並み以上に我儘、と言ったところか」

「我儘?」


 問い返す魔王の黒髪が軽く風に煽られる。

 湿気を含んだそれは、城と一体になっているらしい洞窟からのものだろうか。どうやら城の端まで来ているようだと、漫然と感じながらクライドは一つ頷きを返した。


「慎ましい人間と言うのは適応に意識を向ける。だが我儘な人間は自分中心に周囲を変革するからな、カルバス王の我儘は相当なものだ」

「我儘で侵略された国はたまったものではないな」

「戦などそんなものじゃないか?」


 クライドが軽く肩を竦めれば、腕に下げたランプの灯りが揺れた。

 その灯が届くか届かないかの位置で魔王は目を丸くさせ、やがて腕を組み苦笑する。


「クライドお前、まともな話も出来たのだな」

「……言いたい事はそれだけか」


 唐突な問いに真剣に答えたのだから、せめて素直に礼を言うべきではないのかと。

書庫に、姫に、部下にと多忙を極めている魔王を知っているからこそ真面目に返答していたクライドは、いっそ適当にあしらってやれば良かったと内心愚痴を零す。


「大体なんだ、今日はやけに質問ばかりだな」

「お前にしか聞けない事は聞いておかねば勿体ない。余計な事しか言わない的外れな馬鹿だと思っていたが存外話が通じたからな……少し予定より長くなった」


 予定。

 その単語に首を傾けつつ、いつの間にそんな酷評を受けていたのかとクライドは深く眉間にしわを寄せる。

 しかしその口から文句が吐き出されるより先、魔王が口角を吊り上げた。


「先に言っておくがクライド、一応お前には感謝している」


 当然だろう。

 やたらと偉そうな相手の性格上、意外すぎる言葉に喉が戸惑った台詞。

 それを吐き出す前に、クライドの足元が感触を失った。

 唐突に消滅した床の上で身体が反転する。落下の浮遊感に伴い目の前に広がった闇に、無意識に振り返ろうとクライドは身体を捩じった。

 しかしそれを妨害するよう、背を思い切り打たれる。


「だが一度、思い切りお前の背を蹴ってやりたかったのだ」


 時の流れが妙に遅く感じたのは、一瞬の事。受け身を取るも落下距離が生み出す衝撃は、鈍く骨を軋ませた。

 硬質のものがぶつかり合う甲高く耳障りな音に、クライドは詰めていた息を吐き出し速やかに確認の視線をやる。多少拉げてはいるも、傍らに転がったランプは火を失っていない。


「お、お前……っ」


 苦渋交じりに頭上を仰げば、遠くぽっかりと開いた穴から肩肘を付き見下ろしてくる魔王の背後、白い靄のようなものが消えていく。

 足元に、穴を空けられたのではなかった。

 穴を塞いでいた白い魔物が消えたのだと、遅れてクライドは理解した。

 となればここは城と言うより、洞窟の底。距離から見ても、落ちてきた穴までよじ登るのは不可能だろう。


「お前のおかげで姫は回復した。選別だ」


 魔王の手から放られた何かが、舞い降りながらひらりと広がる。見上げたままにクライドが視界の端にとらえたそれは、数本の線が波打つ地図だった。

 恐らくは、洞窟の地図。その線の数が少ないのは、最低限であるから。


「なら俺からも選別だ」


 瞬時に読解すると同時、クライドの白刃が宙を裂く。


「―――っ!」


 放った剣は見事魔王の肩に突き刺さるも貫通せず、一拍置いて床に転がった。

 短く息を呑んだ音を耳に、クライドは無理矢理に笑みを作る。肩に痺れる様な感覚があった。加えて走る痛みは痛みは恐らく、完治しきれていなかった矢の傷が開いたためだろう。


「……っ、ろくな選別ではないな」

「姫様の呪いの件だが」


 押し殺すような魔王の声を耳にクライドは簡潔に切り出す。

 食事係としての滞在の終わりを、強くそこに感じた。


「呪いはカルバス王の仕業だ」


 肩を押さえながら告げれば、魔王の影が大きく揺れた。

 ここ数日で気付いていた事実も、幕引きとなれば容易に明かせるものだとクライドは僅かに目を細める。


「……姫様には言うなよ」


 一応に念を押したクライドの耳に、数秒置いて風の音のように細い声が届く。

 いえる筈がないだろう。そう呟いたであろう魔王は、刃に抉られた肩口に手を当て、顔を伏せていた。


「……傷が塞がらないのが不思議か?」

「……ああ。いつもは直ぐに治るのだが」

「言っておくが剣がどうこうという問題ではないぞ? 退魔の放った刃だからだ」

「……なるほど、な。特殊な剣なのかと思っていた……妙に痛む」


 ゆっくりと言葉を紡ぐ声は押し殺しきれず僅かに震えている。

 平然を装う魔王にクライドは眉尻を下げ、相手が悟らぬよう静かに息をついた。


「まぁこれで分かっただろ。その気になれば俺はスプーン一つでお前を殺せる」

「……スプーンはないだろう」

「試してみるか?」

「……もう遅い」


 軽く笑うクライドの声に交じり、小さく響いた魔王の苦笑。倒れたままにしていたランプを手に地図を拾い上げれば、それとは又内容の違う数枚重なった古紙に気が付く。

 一見に不可解なそれにクライドが首を捻ると同時に魔王から最後の問いが落ちてきた。


「……何故、仲を取り持つような真似をした」


 誰と誰の、などと問い返す必要は当然ない。そして魔王の疑問も当然であり、クライドは紙束から顔を上げ軽く頭を掻いた。

 四六時中薄暗い城内の一室。ベッドの背に凭れた姫が淡々と告げる事実。

 伏せた碧眼の奥、残る光景はクライドにとってまだ鮮明だった。


「そうだな……色々理由はあったんだが、少しは楽しい思い出を持ったうえで姫様には輿入れして貰いたかった」

「……。」

「ついでにカルバス王に対する嫌がらせになればいいとも思う。まぁそう上手くはいかないだろうが」


 言ってクライドが肩を竦めて見せれば、魔王の影が軽く揺れる。


「何がだ?」

「彼女は冷静だ。眠れぬ夜などないだろう」


 恋という言葉も知らなかった彼女は恐らく、芽生える気持ちにも気づかない。

 それに問題はおまえ自身にもあるんだぞと。内心零しながらクライドが見上げた先、変化をもたらすであろう唯一の可能性は、やはりどうにも頼りない影だ。


「そうか、良く分からないが……よくぞ余計な事ばかり吹き込んでくれた」


 こちらは眠れない夜続きだ、と吐き捨て魔王は追い払うよう手のひらを軽く振る。


「この道がもう一度使えるとは思うなよ。……さっさと行け」

「そうだな。……蝋燭の火ってのは案外短いものだからな」


 軽く返し声に背を向ければ、先の見えない大きな闇が佇むように口を開いていた。灯りが消えるまでに抜けなければ、かなり不味い事になるだろう。

 一歩を踏み出せば足音が反響し、この先を抜ければ陽光を胸いっぱい吸い込めるのかとクライドは思う。

 そういえば日向ぼっこがしたい、とあの魔物はよく言っていた。

 ぼんやりと回想するクライドの脳裏には、帰ってどうするか、という現実的な問題が広がっていたが、その辺りについては一応この七日間で考えてはいる。魔物達との関係も、これでまた振り出しに戻せば良い。

 なにもただ、給仕だけを行っていたわけではないのだ。

 寧ろただ、給仕だけを行っていたほうが良かったのかもしれない。

 洞窟を照らすランプの灯と手に馴染む冷たさは、今手の中にあるものだというのに何故か懐かしい気がして、クライドはまだ残る痛みを無視し、その足並みをせめてもの気持ちで速めた。







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