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わたくしと魔王の  作者:
第三章
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勇者の五日目








『外は良い天気だ』

「……。」

『こういう日は日向でのんびりするにに限る。今ならクッションになってやっても良い』

「……。」

『聞いているのか?』

「……聞いている」


 厨房を片付け終わり、そこいらで見つけたランプ片手に城の散策へと乗り出していたクライドは、耳元でこそこそと落とされる声に溜息交じりで返した。

 全く、本当に何処から沸いてくるのか。

 魔王や、姫と共にいる時には何故か現れない声。それはクライドが一人になった途端、毎度の如くしつこい囁きを耳元で落としてくれる。


「こっちは呑気に日向ぼっこなんぞしてる暇は無いんだ」

『呑気に小娘の食事を作る暇はあっても?』

「……。」


 どうにも痛いところをついてくれる魔物である。

 ぐっと口元を引き結び、クライドが不機嫌に手短にあった扉に手を掛ければ、その耳元でふふふ、と悪戯っ子のような笑みが零される。


「……これも、仕事だ。王から下された令は“姫を助けること”だからな。放っておくとあの姫、死ぬだろう」

『なら今はなにをしている? “仕事”か?』

「ああ仕事だ仕事。だから邪魔するな」


 言い訳がましく吐き出せばまた向けられた楽しげな皮肉を、クライドは僅かに眉を寄せながら切り捨てた。

 どうやら自分は魔物の暇つぶしに使われているらしい。

 しかし幸いといっていいのかどうなのか、この魔物は城の散策自体を邪魔する気は無いようで。

 いわば小蝿のように纏わりついてくるだけのそれをうっとおしく感じながらも、クライドは本日の物色を開始する。


『何か面白いものでもあるのか?』

「さぁな。あれば良いとは思っているが」


 この城には幾つかの書庫がある。恐らく、元の持ち主の趣味なのだろう。

 暗い闇の中に足を踏み入れれば、足裏が絨毯のような感触を踏んだ。清潔なように見えてこの城は案外汚い。必要最低限の掃除しか行われていないのだろうと、クライドは積もった埃にかまわず部屋の中へと足を進める。

 埃が積もっているのは当然床の上だけではなく、本棚の木枠にも、その中に収められている古書にも、それは等しく降り積もっている。

 けれど魔物の根城としてかなりの長期間放置されていた城にしては――と。

 歩み寄った本棚の中から一冊を取り出したクライドは、そこに並んでいた文字にまた少し内心首を傾げた。

 やはり保存状態が良い。もしかすると古書自体に何か魔法がかかっているのか、それとも定期的に整頓を行っている変わり者の魔物がいるのか。

 何にしても自分にとっては読めればじゅうぶんだと、クライドは片っ端から本棚を漁り始める。

 恐らく、ここでも大した収穫は望めそうにも無いだろうとは思っていた。

 城の見取り図や洞窟内部の地図なんかを期待したいところだが、その類の重要なものはまず間違いなく、魔王が篭りきりでいる巨大な書庫の中にあるのだろう。


「……ひとつ、聞きたいんだが」

『なんだ。なんでも聞くと良い』

「お前のところの“魔王様”、おかしくないか?」


 城内にむわんと立ち上る深緑の香りに、もう殆ど鼻は麻痺していたものの。

 若干カビているような気がする本棚の隙間から本を何冊か取り出せば、途端に森の匂いが濃くなったような気がし、クライドは不快に眉を潜める。

 流石は魔の根城。本にまでその匂いは染み付いているらしいと。

 嘆息しながらもごっそり抜き取った古書を足元に下ろし、本棚を背に座り込んだクライドは、ランプを正面に置きなおしながら追加の言葉をぽそぽそと吐き出した。


「なんというかな。あいつを前にすると、どうにもやる気が削がれると言うか……強大な魔だということは分かるんだがな。妙に無防備と言うか」

『ふふふ。お前に対し、警戒など向けるまでもないということだ』

「やはりそうなのか? いや、でもなんとなくそう言うのじゃ無いような気がするんだが……」


 古書の中身をぱらぱらと把握しつつ、クライドは魔物の言葉に首を傾ける。

 脳裏に浮かぶのは、簡単に勇者に背を向け、鍋の中身を呑気にかき回す魔王の姿。

 なんという余裕、と始めは馬鹿にされているようにも感じ、むっとしたクライドだったが、どうにも最近そういう問題では無いような気がしてきていた。


「妙に人間臭いというのか。まぁ、魔物らしく感覚はかなりズレていると思うが。妙に偉そうだしな。……その辺りは魔物らしいんだが、何というのかな。殺気を向けている方が馬鹿なような気がしてくる」

『お前は魔王様を殺しに来たのか?』

「……俺は姫様を救いに来たんだ」


 正直、最初は魔王を討つ気でいたが。

 確かに言われてみれば、自分の任務は“姫の救出”。

 それを思えばあの珍妙な魔の王に剣を向ける気になれない自分も、まぁ間違ってはいないのかもしれないと。

 納得しかけたクライドは、けれど、やはり首を捻る。言いようの無い違和感が残っていた。

 

『……そうだな。確かに魔王様は変わっておられる。食事もしないし、力を振るうときも楽しそうじゃあない。そこいらの魔とは別のものを見ているのだろう』


 ざっと目を通し終えた古書を傍らに置けば、静かな声が落とされる。

 巨大な植物の形を現している時は反響するように響いている魔物の声も、耳元で呟かれる時はそれなりにか細い。

 そんな、か細いくせに妙に自己主張をしてくる魔物の声に、クライドは軽く意識を向けた。


「魔物の中には、そういう者もいるのか?」

『現にいるだろう。魔王様が何を考えているのかなんて……分からないことだし、どうでも良いことだ』


 しかし意識を向けた途端に、ばっさり切って落とされた。

 情報の漏洩を恐れているのか、はたまた只単に興味が無いだけなのか。

 なんとなく後者であるような気がするクライドは、新しくとった古書のページを捲りながら、立てた肩膝に肘をつく。


「まぁ、どうでも良いとえばそうなんだがな。あの魔物を前にすると、どうにも毒気が抜かれる。姫様を前にしたときの方が緊張するくらいだ」

『何が言いたい?』

「……なんだろうな。居心地が悪いのかもしれない」


 細く零したクライドは、無意識に眉根を寄せていた。

 ページの捲られる乾いた音が、いつの間にか緩やかなものへと化している。けれどその理由が“真面目に文字を読んでいるから”なんてものではないと、魔物は察したのだろう。

 ふふふ、と酷く愉快そうに零された笑みに、クライドは若干ぼんやりしていた意識を引き戻される。


『本当に居心地が悪いのか?』

「……どういう意味だ」

『そうは見えない』


 魔物は上機嫌だった。それが分かるほどに含み笑いに染まった囁き声に、クライドは視線を明後日へと向ける。

 自覚はあった。しかし他者から言われてしまうと、どうにも情けなくなる。


『最近お前は優しい。良い傾向だ』

「……間違いなく、悪い傾向だろう」

『この調子でもっと優しくして欲しい』

「お前に対しては無理だ」


 はっきりと断言するクライドだったが、恐らく魔物は聞いていないだろう。

 その全貌を一度目にしてからというもの、今は声だけの魔物の姿を、クライドはその脳裏にくっきりと想像する事が出来るようになっていた。

 まず間違いなく、日当たりの良い城壁の壁で、飄々と蔓を伸ばしているに違いない。此方の苦言など右から左だ。


「……大体、なんだ。蔦ってなんだ。おかしいだろう」

『何もおかしくない。二人の想いを縛れるものなど存在しない』

「……そういう話をしているんじゃない」


 相手が人間ではなく、魔物でもなく動物でもなく植物だった事に対し物申したかったクライドだが、それは軽い笑い声によってあっさりと流される。


『ふふふ。魔王様とあの娘も、そうなのだろう。一日中共に居られるとは羨ましい話だ。……許可さえあれば、見物に行くのに』


 まるで年頃の娘のような事を言う魔物。

 そのある意味不気味な様子に、そういえば植物に性別はあるのだろうかと。今更な疑問を抱きながら、クライドは大体を無視し、気になった部分にだけ言葉を返すことにする。


「立ち入りを禁止されているのか?」

『そうだ。……それさえなければな』

「覗きは止めろよ。あの年頃の娘は、そういったものに敏感なんだ」

『天蓋のふりをしようと思う』

「無理がある」


 それにそもそも、覗いたところでこの魔物の望むような展開は見物できないだろう。

 ここ数日あの二人の様子を見てきていたクライドは、もはやその関係の清さを微塵も疑っていなかった。

 理由としては、間違いなく魔王。

 姫様の方は会いたがっているというのに、奥手なのか何なのか。

 会えないだのとブツブツ零した挙句、扉の前ですら二の足を踏んでいた魔の王のあんまりの様子に思わずその背を押してしまっていたクライドは――ぐたりと肩を落とした。


「……まぁ、問題ないよな。問題ない」

『何がだ?』

「……やはり皆仲良くするのが一番だと思うのは勇者として当然だと思うんだが、どう思う?」

『賛成だ、是非仲良くしよう! 手始めに――』


 突風のように言葉を囁き始めた魔物に、クライドはがくりと顔を伏せる。

 やはり、人は魔物と関わるべきではない。魔物は人からやる気を奪う。

 普通の人間ならそれは当然、退魔の身としては尚更、なのかもしれなかった。







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