プロローグ
直にこの城には誰一人いなくなるだろう。
後の世を見られないのは一生の悔いだが、そうでなければ進まない物語、というものがある……中々に酷い話だ。
しかし、私はもう歳。すべき事は終わらせたし、後はのんきに余生を楽しむだけ。代わり映え無い日々の上に、描かれる物語は無い。
けれどただ終わっていくのは、味気無いだろう?
はは、そうだ。その通りだ。そんな事のために、とお前は呆れるかな。それでも後世に賭けたこの一生を、無駄だとは思わないよ。
私は生き物が好きだ。草花が好きだ。この世界が好きだ。
色とりどりだからこそ、それらは美しい……決して世が一色に塗られてはならない、分かるか?
ああ、この話は以前にもしたかな。
……ははは、それを人は痴呆、と呼ぶ。やはり主役は、若いものに限るな。言葉を繰り返させたいのなら、鸚鵡を飼えば良いだけの話だ。
まぁ、何だって良い。蝋燭の灯は短い。
いつまでもだなんて、それこそ夢物語だ。
卓上に置かれたランプの灯が不安定に揺れる。壁に薄く映り込んだ橙色の中で、腰を曲げた影が乾いた唇を開く。
お前はどうかな、と。
少し間を置き落とされた楽しげな声に、酷く痩せこけた犬が顔を上げた。ゆったりと身を起こした影は手元の手記を閉じ、長い間連れ添ってきた友の額を撫で、緩慢な足取りで部屋にある唯一の扉へと向かっていく。
安定しない灯に、部屋が闇へと塗られていく。その様を笑う、酷く乾いた声。
扉は静かに廊下へと開かれ、部屋は無明に包まれた。