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異世界少女来訪中!  作者: 砂上 建
梅雨の来訪者
9/53

後始末

 叔父さんと話し合った結果、屋上から降りてユゥナを捕まえたあの部屋へ行くことにした。左脇腹の傷口の確認以外にもリアナ達姉妹二人とちゃんと話し合うためだ。一応二人とも気を失っている状態だが、ちゃんと敵対するような意思がないことを確認したらその縛られている腕も含めて解放するつもりだ。とりあえず今は二人の目が覚める前に傷口にできる限りの処置を行うことにし、そういった知識を多少持っている叔父さんにその傷を診てもらって血が流れ出るのだけは止まったところだ。


「……結構、こういう傷って見てるだけでもキツいねぇ……とりあえず、止血は完了したよ。後は包帯を当てて病院……いや、櫟くんの場合は海山さんのところに行くことになるのかな?」

「ええ、はいまぁ。とりあえずあの人も完全に治すのは無理でも一見しただけじゃ傷には見えないようにしてくれるんで……樫羽にちょっとかっこつけた手前、傷を負った姿なんて見せられませんからね」


 もちろん傷に見えないといっても体の中で剣に貫かれたりした部分が都合よく治ったりするようなうまい話はない。肌に直接の痛みは感じなくとも、体の中では激しく動くたびに噛み合わない物同士が激しく擦れあうような激痛が走ったりするのは時間をかけて治さなければいけない。あくまで海山さんができるのは最初に一番外の傷口を塞ぎ、徐々に内側も修復していくことだけなのだから。傷はこれだけでなく、ユゥナの魔術によってできた軽い火傷もあったりするが、それは些細なものだったため薬を塗るだけにとどめた。


「樫羽ちゃんの前ではいいかっこをしたいのも分からないでもないけど、それでも身体には気を使いなよ? いつまでもこの調子ってわけにもいかないんだから、今後はもう少し身体をいたわった戦い方を……」

 叔父さんの忠告を聞きながら火傷した部分に薬を塗っていると、視界の端でソファに寝かせていたリアナがもぞもぞと動き出していた。先に気を失ったはずのユゥナよりも早く目が覚めるとは、正直その頑丈さには脱帽である。


「……むぅ、ここは……? 腕が、動かん……」

「よう、目は覚めたか?」

 起き上がってすぐに銃で叩かれた頭が痛むのか手で押さえようとして、それも動かないことに気づいたリアナに声をかける。最初は寝ぼけているようにこちらを見ていたが、意識がはっきりしてさっきのことを思い出してくると、途端にこちらへ憎々しげな表情を向けてくる。が、何を思ったのかこちらを見てきた彼女の顔はなぜか赤くなり目をそらし。全力で床に落ちていた折れた机の脚を投げつけてきた。こちらを見ていないのでそれは見当違いの方向に飛んで、ガァン! と金属製の棚に当たって、激しい音だけを響かせた。


「き、貴様! なぜ服が脱ぎかけなんだ!?」

「……は?」


 一応自分の格好を確認はしてみると、包帯を巻いたり薬を塗るためにYシャツを開けてはいる。しかしそれだけだ。これで下半身も脱いでいたというのならまだこっちとしても理解はできるが、たかだかただの男の半裸に何を顔を赤くしてるんだ――あ、いや、待てよ。これは……多分そういうことだな。さっき簡単に騙されていたことを弄りたおせなかった分、ここで存分に遊ばせてもらうとしよう。


「おいおい、そんなに顔を赤くしてどうしたっていうんだよ?」


 立ち上がってリアナのそばへ近づいていく。ちらっとついこちらを見たリアナは「ひう!」と舌を噛んだような声を出してこちらからまたも目を背ける。その反応からは、さっき殺しにかかってきたような気迫は一切感じられない、普通のかわいい女の子のように見えた。だが何よりも、その反応は楽しすぎる。更にいい顔を見せてくれることを期待して近付きつつ、こちらを見ないようにしている彼女の目の前に出るように動く。わずかに見える顔どころか耳までも赤くなっているようだ。


 しかし、その隠れた顔を今のオレは見たかった。なので単純なリアナなら引っかかりそうな手を考え、すぐにそれを思いつく。耳元へ顔を近付けて、囁きかけるように声を出す。


「大丈夫だ、リアナ。もうちゃんと服は着た」

「ほ、本当か? 本当なんだな?」

「ああ、だから向き合って、ちゃんと話し合おう。な?」


 ――心の中ですらにやけが止まらない。蛇のように舌が伸びて「キシャア~」とでも擬音がつきそうな邪悪なものではあるが、それでもにやけ面と言い張らせてもらう。何度も確認するようなことをさせないために語調を強く言って断言したが、おそらく人の言うことは素直に信じてしまう彼女にはあまり必要なかったかもしれない。叔父さんは穏やかにこの一連の流れを眺めていた。

 なかなか踏ん切りがつかなかったようだが、ようやくリアナはこちらへなぜかすばやく顔を向ける。


 その瞬間にオレは閉じていないYシャツの内側に手をかけて、肩から腕の一部を露わにするような半脱ぎの状態で決めポーズをとる。その表情もできるだけ爽やかにしてだ。さぁて、リアナの反応は――


「死ねぇッ!!」


 腹部に強烈な前蹴りが飛んできた。あ、そういえばこいつの沸点が低いの忘れてた……などと妙にゆっくりした時の流れの中で思いながら、そのリアナ怒りのキックをポーズを決めた状態で受ける。自己複写コピーの時間なんてもうとっくに過ぎているので、その痛みはかなりのものだ。傷口がまた広がるんじゃないかと思ったが、奇跡的にそれへの影響はなかったようだった。叔父さんは穏やかにこの一連の流れを見ていた。

 ただ、リアナの性格を考えると追い討ちがくることは必至だろうし、きっとその内自分は大怪我をするんじゃないだろうか。先ほど樫羽の前では格好をつけたいと言っていながら即座に破ることになるとは想定外だった。


「……くぅッ!」


 だが今にも追い討ちをかけたそうにしていたリアナはこちらを見るなりまたも目をそらす。拍子抜けしているとなにか肌寒い。雨が降っているから気温が少し下がっているのは分かるがどういうことかと上半身を見てみるとYシャツが蹴り飛ばされたときの勢いでか完全に脱げていたようだ。どうやらリアナもそれでこちらを見れなかったらしい。

 とにかくこれ以上蹴られるのはたまったもんじゃないのでちゃんと服を着て謝ろうとYシャツのボタンを閉じ始めると、リアナが何かをもごもごしゃべり始めた。


「し、しかし……自由を封じられていた状態とはいえ、か、かか、体を弄ばれるとは……」


 ――今、目の前で爆弾が投下された気がした。散々攻撃されてた側が何気なく撃ちだしたミサイル(ことば)が、偶然にも起死回生の一発となりなぜか攻めていた側が守備に回されたような光景を幻視する。多分それはおそらく目の前で繰り広げられる未来のイメージ拡大図だろう。しかし、なにゆえ体を弄ばれたという結論に達したのかは当然の疑問だった。


「おい待てリアナ。いったい何をどうしたらそういう結論にたどり着いた?」

「いや、自分は意識が無く身動きを封じられ、そして貴様は半裸だった……つまり貴様が抵抗できない私にイロイロとやったのは明白ということだ」

「そんな根拠も何もないぶっ飛んだ論理で偉そうに胸を張って答えるな!」

「そ、その胸を自由にした貴様が言うな!」


 照れているような顔でそんな馬鹿全開の返しをされると、してねえよと返す気力も湧かない。叔父さんは穏やかにこの一連の流れを見ていた

 なんにせよ、こいつの頭の中の図式は自分に意識が無く、そして目覚めたときに男が裸だとそういうことだと認識するのだろうか。この瞬間、自分の中での彼女の認識が素直なバカから脳内がピンク気味の素直なバカにクラスアップしていた。ランクとしてはダウンしている感がするのは否めない。


「……とにかく、オレはそんな事してない。分かってるよな?」

「いや、言葉を濁す必要は無い。私も覚悟はしていたことだ……だが……」


 そこまで普通に喋っていたリアナがそこでうつむくように顔をそらして言葉が詰まらせた。その顔が先ほどのように赤くなっており、こちらはそれを見て顔が真っ青になるほどの悪寒を感じる。


「――だ、だが、貴様と、夫婦めおとの契りを交わさなければならないことになるとは……」

「そんなものを交わす必要はどこにもねぇぇぇ!」


 そんなさっきよりもでかい第二の爆弾投下だけは、なんとか阻止しなければならない。よりによって夫婦になれ、結婚しろとかいくらなんでも色々すっ飛びすぎだろうが。そもそもこいつは勘違いをいつまで引きずるつもりなんだ、さっきのおちょくりに対する反撃か何かか。しかしリアナの声のトーンはどうも本気のようだし、ましてや感情的になりやすいこいつが演技をできるとも思えないから、きっと本気で言っている。余計にたちが悪い。

 というか叔父さんはいまだ穏やかにニコニコと笑っている。甥っ子が人生奪い取られそうな状況なのに無反応とか、この人は本当にオレの親類なのだろうか。そんな風に恨みがましい視線を向けているというのに、まったく気付いてすらいない様子だ。せめて弁護ぐらいはしてほしい。


「し、しかしそれでは私が常より父上に言われてる家訓を破ってしまうことになるではないか!」

「だからそもそもそんな事実はありません! 全部お前の勘違いですはいこれで終わり!!」

「ん、いや、私はどちらかというとお前よりも……その、リアナと呼んでもらったほうが嬉しい。それと帰ったら一緒に父上に報告した後でつ、続きを……」

「き、聞いてねぇ!? というか叔父さんもいつまで何も言わずにいるつもりなのさ!? そろそろ限界だよ助けて!」


 更に泥沼へ引きずり込もうとする天然の相手をするのも限界だ。なので、この場で唯一頼れる人物に助けを求める。しかしその穏やかな表情を崩さぬまま、叔父は告げた。


「いや、僕はそっちの子のことは知らないし。ユゥナちゃんが目覚めるまでは、何もできないんじゃないかなぁ……だから」


 ――一人で頑張ってくれ、と目を逸らして、その身から醸し出していた優しい雰囲気に合わない、無慈悲な宣告を。



 肉親代わりの存在からも見捨てられておよそ30分後。15分ほど前にユゥナが目覚めたところでようやくまともな話に戻そうと、叔父さんもリアナの勘違いだと言ってみたのだが、それでもほとんど駄目だった。というか、話を聞かないどころか、繁夫さんのことをオレの叔父だと知るやいなや「こ、こういう時はフツツカモノですが、よろしくお願いします……と言えばいいんだったな!」と言い出した時は、叔父さんと一緒に戦慄するはめになったりした。

 最終的には見かねたユゥナが「お姉ちゃんは別にそんなことされてなかったよ?」と(さっきまで寝ていたのに)事実を教えてバカを元に戻してくれたからよかったが、ユゥナがいなかったらいったいどれほどの時間を無駄にしていたのだろうかと考えるとユゥナはまさしくこの状況を打ち破った救世主だ。叔父などという笑顔を浮かべているだけの偽者救世主とは大違いだ。


「それじゃあ、リアナさん。君がこのユゥナちゃんの姉だというのはどうやら本当みたいだけど……目的はなんだったんだい?」

 さっきまでの穏やかな空気と一変して、まるで本物の取調べのような息の詰まる感じが室内にたちこめる。叔父さんはたしかそういった部署の人間じゃなかったはずだけど、雰囲気はほぼそれっぽい。リアナもさっきまでの失態に頭を抱えていたが、場が一変したような状況に少し焦った様子でそれに答えた。

「あ、あぁ、その、私は父上にユゥナを連れて帰るように言われてここに来た。だが、着いたらすぐにユゥナの気配が感じられなくなって、そこにトオハラがいて……それで貴様らがユゥナをかどわかしでもしたのかとな」

「なるほど。そういうことだったか……」

 その話を聞いて、ちょっと状況と照らし合わせて考えてみる。えーと、オレ達はユゥナを家に帰すのが目的で、リアナは自分の家に連れて帰るのが目的、それでリアナの家はユゥナと同じだから……つまり、オレとリアナが戦ったのは骨折り損だということ。なんともついていない話だが、実際ユゥナをどこかに連れて行こうとはしていたわけだし、疑われるのはしょうがなかったのだろうが……。


「なぁ、リアナが話をちゃんと聞いてればオレは怪我をしなくてすんだんじゃ」

「過ぎたことを言うのはやめなさい、櫟くん。実際何もなかったわけだし、君も目の前で樫羽ちゃんが連れ去られそうになったりしたら、そんな相手の話を聞くと思うかい?」

「……そういうことはあまり言わないでほしいな、叔父さん」


 考えただけでも心がささくれだってくる。そこまでは口に出さないが、リアナを責めるのは筋違いだということはわかった。この場合責められるべきは、きちんと事情を説明しなかったオレだ。それを忘れて大事な家族を守ろうとしたリアナを責めるのは、少し間違えている。だというのに、リアナのほうがオレに頭を下げてきた。


「すまなかったな、トオハラ。私が話を聞かなかったばかりにそんな……」

「……気にするなよ。元はといえば、オレもそういったことをちゃんと聞かなかったわけだし、お互い様ってことで」


 やはり彼女はどこまでもまっすぐなようで、それが自分にとっては眩しかった。決して今まで自分は汚れていない人間と思ったことはなく、むしろ那須野の家族を自分が手を下したわけではないといっても、自分と繋がっている同じ存在が殺したという事実を聞かされた頃から『遠原櫟』は悪であり、汚れているものなのかと不安にすら思っている。そんな自分には、目の前にいる少女を直視しようとすればするほど自分を誤魔化すことが愚かな行為に思えた。そんな中、半分は自分から戦闘を仕掛けた罪悪感からか、ひとつの提案を思いつく。


「なぁリアナ。これは嘘じゃないし、いつでも構わないんだが今度家に来いよ。ユゥナも連れて、紅茶でも飲みながらお菓子とかご馳走したいんだ。せめてもの罪滅ぼしってことで」

「うむ。とりあえず、父上が許してくれたら行かせてもらおう。な、ユゥナ?」

「うん! たのしみにしてるよ、おにいさん!」


 二人とも表情を綻ばせて本当に嬉しそうだった。その姿に胸を撫で下ろすとともに、少しだけ焦りも覚えた。実はこういっておいてなんだが、あまり菓子類は作ったことが無い。いつになるかは分からないがその時の為に練習をしておかなければならないと思うと気が重くもなってくる。試作品はおそらく天木さんや樫羽に食べてもらうことになるだろう。そう遠くなさそうな未来の想像をしていると、外の天気の様子が変わった。外の雨が弱くなってきているらしい。あと十数分もすれば止むだろう。


「それじゃあ二人の話し合いはそれでいいとして、ユゥナちゃんはきちんと家に帰る。それでいいね?」

「ええ。パパによばれたなら、かえってあげなきゃね。あ、ねぇお姉ちゃん。パパがいきなりかえってくるようにいってきた理由ってやっぱりあれ?」


 あっさりと家に帰ることを決めたユゥナ。だが父親が呼び出した理由に察しがついてしょうがないから帰るというようだ。まだ幼いのにそんな風な目で親を見るとは、そんなにダメな父親なのだろうか。魔王というイメージ的に、ちょっと乱暴な理由があってのことかもしれないが。


「ああ、今回も『ユゥナがいないと落ち着いて食事もできない』と、半裸で床を転げまわりながら言っていた。いい加減子離れをしてもいいはずなのだが、私にもまだ擦り寄ってくるし……」

「……はあ、やっぱり」


 乾いたような笑いのあと、ユゥナとリアナはため息を吐く。その瓜二つの姿を見るだけでどれだけ親バカに悩まされているのか察することは容易であった。父さんが居たころもオレや樫羽をやたらと甘やかしていたな、ということを思い出す。自分のときはあまり気にしていなかったが樫羽のときはちょっと子供心に引いてしまっていた。

 そういえば横にいる叔父さんも父さんほどではなかったにしろオレ達を甘やかしていた気がする。たぶんこちらは性分なのだろうけど、自分の子供ができたときは面白いことになりそうだ。その叔父さんは横でなにやら納得している様子でうなずいている。


「子供のことは一生大事にするもんだ、って兄貴も言ってたよ。多分それは君たちのお父さんも変わらないんだろうね」

「それは――」

「それはわたしたちもおなじ。うんざりっていってもきらいなわけじゃないよ。ね、お姉ちゃん?」


 言わんとした言葉を遮られたリアナは少し残念そうな顔をしつつもその言葉に同意する。(多少やりすぎなところもあるようだが)いい父親に、いい子たちだ。どうにも彼女たちの話を聞いていると父親を懐かしんでしまう……連絡、なにか寄越してくれないかなぁ、父さん。


「それじゃあ、その腕の縄も外しておこうか。ちゃんと帰ると認めた以上、抵抗したりは」

「それこそ心配しないでくれ。私がユゥナについていく限り、家に恥をかかせるようなことはしない。約束してもいい」


 トン、と安心させるようにリアナは自分の胸を軽く叩く。表情も自信に満ち溢れており、こころなしか彼女から熱気すら感じられる。

 というか、炎が彼女の体からじわりと出てきた。その横にいるユゥナが慌てて姉を止めようとする。


「お、お姉ちゃん、魔力! 魔力が炎になりかけてるから落ち着いて!!」


 その言葉で我に返ったような顔になったリアナは、意気消沈したようになって、それに釣られてか炎も消えていった。そういえば、さっきも戦闘中に爆発したりしていた。てっきり怒った時の爆発だけだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。気になって聞いてみると、彼女いわく昔から魔力を扱うようなことはできないのに、こうして感情が激しくなったりした時には魔術のような効果が無意識に起きてしまうとか。


「私も、これを治したいとは思うんだ。だが気付けば十年以上はこんな状態だ……自制することも心がけてはいるんだが、それも難しい」

「それは難儀だねぇ。櫟くん、魔術学校のほうでそういう話を聞いたことは?」

「いや……こんな話は初耳かな」


 魔術を扱う才能の無い人間は確かにいる。その救済のために詠唱による簡易発動は作られた。だが、それはこの世界の人間だけが知っている話だ。リアナたちの世界はどうなのか知らないが、魔力を扱えないと言っていたからこの世界の詠唱のようなものは恐らく無い。

 だが、それでは普通リアナの起こすような爆発も起こせないはずだ。なぜなら基本的に才能が無い、ということは魔力の流れがわからないことを基本的に指す。流れがわからなければ、どうやって魔力を集中させるのかすらわからない。集中と確固としたイメージ。この二つがあって魔術は発動できる。わからないというリアナがなぜ不安定ながらも発動はできるのか。今まで見てきた魔王の子の中でも魔術が使えないというのはいなかった。そしてその全てはユゥナと同じように詠唱無し、つまり感覚的に使えていたのだ。だから魔王の子は基本的に感覚で魔術が使えるものだと思い込んでいたのだが……。


「無理に考えなくてもいい。私とユゥナが何年も考えて未だにわからないのだからな。今この場でわかるとも思っていない」


 どうやら、考えているのが顔に出ていたらしい。リアナは心配そうな顔で、半ば諦めているようにオレにそう言った。


「……あまり気にしたりするなよ? オレもちょっとその辺に詳しい人に聞いてみるからさ」

「ありがとう、トオハラ。だが、気にするなというのはこっちの言葉だぞ。気にかけてくれるのは嬉しいが……」


 それもそうか。本人に気にするな、なんてあまり言わないほうがよかったかもしれない。気を悪くした様子が無いのが幸いではあるが、今日はどうも言葉を上手く選べていないような気がする。何かにあてられでもしただろうか。


「……なんだかお姉ちゃん、トオハラのおにいさん相手にはずいぶん態度がやわらかい気がするけど、もしかして好きにでもなったの?」


 さきほどからオレとリアナの会話を訝しげに見ていたユゥナは、不機嫌そうな様子だった。そういえば縄を解くといってまだ外していなかったか。リアナの体質に気を回しすぎていたらしい。ちなみにオレもリアナもありえん、といった態度できっぱりとユゥナの言葉は否定させてもらった。

 すぐに二人とも腕の縄を解いてやる。


 するとその時を待っていたように、ユゥナは横にいる姉に抱きついた。そういえばこの二人も会うのは数日振りになるということだろうか。リアナはユゥナに抱きつかれて少し驚くも、すぐに顔が緩んだように微笑みながら片腕の中の妹の頭をなでる。それが嬉しいのかユゥナはさらにすりついていく。


 どうにもこの場ではオレ達は邪魔者のようだ。叔父さんもそれを察してか音を立てないようにして外れたままの扉から部屋の外へ出た。自分もそれに続いて廊下へ出る。ふと窓から外を見やれば雨音は止み、日の光がかすかながら視覚に感じられた。だが、もう少し。今はまだ二人を連れて行こうとはしないでおこう。オレにとって今は、壁にもたれて窓の外を眺める時間ということにして。


 ++++++++++++++++++++


「そういえばさ、叔父さん」

 リアナ達の送り返しを警察などの公的機関に任せ、魔術学校まで叔父さんに送ってもらったところでひとつ思い出したことがある。そういえばまだ叔父さんに天木さんのことを教えていなかった。昨日の内に教えておこうかと思ったが「どうせ明日会うしいいか……」とやめていたのに、それを思い出したのはこんな別れ際だ。下手に魔王の子ら確保とは違うことに意識が向くよりはいいのかもしれないが、最初のうちに言っておいたほうが早かった気がする。


「? どうしたんだい、櫟くん」

「……そ、そういえばさー」


 ――しかしどう説明すればいいのかがまるで浮かばん! バカ正直に異世界から来た女の子が家に居るんだ、と言ったら天木さんが元の世界に帰されてしまいそうだし、天木さんが逃げ回ってる事実を知ってもこっちの世界の警察は基本的に他世界に不干渉なために手出しもできずやっぱりどこかに連れて行かれることになる可能性大だ。頼られた手前、せめて彼女が抱える問題は解決してあげたい。

 この際、叔父さんを全面的に信用して全部話してしまうという手もあるが……と唸っていると、オレの物ではない、叔父さんの携帯らしき着信音がした。すぐに叔父さんは電話を手にとって画面を見た後「少し待ってて」と言い、離れたところで通話を始めた。


 一分ほどでこちらに戻ってきたが、その表情はあまり芳しくない。どうもこのあとに仕事ができたようだ。できる限り急がねばならないらしいが、こっちも後々にすればややこしい事態になるのだ。早めに伝えたいといった旨を伝える。


「……よし、じゃあ明日、久しぶりに君達の家に行かせてもらうかな。その時に話を聞かせてもらうから、それじゃ!」


 本当に急いでるようでそれだけ言うとすぐに車に乗り込もうとしていた。だが、その言葉はある意味では一番最悪だ。


「家に、って、ちょっとそれは!」


 それを考え直してもらおうとしたが無慈悲にも車のドアは閉じられ、すぐに叔父さんは行ってしまった。そんなに急ぎのことなのだろうか。だがせめて人の話は聞いてほしい。明日でもなんでも家に来たらいきなり天木さんと対面してしまうではないか。


「……明日は、面倒なことにならないといいな」


 無理だろうけど。そう思いながらとぼとぼとした足取りで校門をくぐる。既に地面の影も無いような、暗い時間だった。



 校舎内に入ると、やはり人はあまりいない。部活をやるような時間でもないし当然か。電気も消されているためか暗く、歩いただけでキュッという乾いた音もよく響く。不定期にこういう時間に来るためか暗さには慣れているのだがいまいちそれで生まれる雰囲気にはいまだに何も思わずにいることができない。

 とりあえず校長室まではすぐについた。扉を開ければ来るのを待っていたようにして海山さんは座っていた。


「ようやくかい……待ちくたびれて干からびるところだったよ」

「何をバカなことを。もうすでに枯れ木も同然の歳じゃ」

「あんたを燃やしてやってもいいんだがね。とにかく、今日もだろう? そこに座って服を脱ぎな」


 促されるままにソファに座って制服を脱ぎ、上半身を裸にする。血はすでに止まっているが、包帯には血のシミが出ている箇所がある。そこに海山さんは手を当てた。そして耳に入るのは、呪文だ。


「『戦い終えし勇猛な戦士よ 我は汝に敬意を持って施しを与える 勝利の末に刻まれた傷を 偽りをもって癒したもう 汝が血肉に満たされずいようとも 我は汝への謝意を忘れない 汝が我を忘れぬかぎり』」


 緑色の光が海山さんの手に集まり部屋全体を照らすようにしていた。そしてそこから伸びた何本もの光の糸が傷口を見つけ、ゆらゆらと傷の周囲に張りつく。そしてそれはゆっくりと傷の中心に向かい、複数の糸が一本の太い縄のように寄り集まったところで糸は海山さんの手のひらの光に巻き戻るコードのように素早く吸われて、発光も止んだ。立ち上がって向かい側のソファに座ろうとする海山さんに、制服から拳銃を取り出して返す。


「いつも思うんですけど、なんで俺たちの魔術発動と違って最初のほうの三語が入らないんですかね? 正直あれがないほうが個人的にはやりやすいんですけど」

「阿呆。あれはこれから使う魔術のイメージを克明にするための繰り返しだと授業でも言っていただろうが。炎を出そうとするなら燃やすこと、焦がすこと、焼くことのできるものだと強くイメージするのが重要なんだ。じゃなけりゃ大半は赤い発光体でしかないものが出ちまうのさ」


 そんなことを話しながら拳銃を手に取った海山さんは鑑定士のように細かく銃に傷が無いかを確認していた。そして一瞬顔を少しこわばらせたがすぐにため息が漏れる呆れ顔をしていた。


「あんたねぇ……こいつは確かに頑丈だが、普通は撃っただけじゃあなかなか歪まないよ? いったいなにしたんだい?」

「……鈍器としてそれで殴らせていただきました」


 言いづらいが、正直に言わせてもらった。この人の前で嘘をついてもいいことはない。海山さんはオレの使用用途を聞いて、呆れた顔になる。


「……まぁまだ直せる範囲だからいいんだがね。殴らずとも、これは魔力を撃ちだすだけの文字通りの『魔』改造品じゃないか。殺傷力は皆無といってもいいのにそれじゃダメだったのかい」


 確かにそれでは相手を殺すような使い方はできないだろう。が、結局はそれが拳銃であることが問題なのだ。剣を振るって打ち払い、盾を構え守護する騎士の力は、文明の産んだ遠隔攻撃手段たる銃とは相性が悪かった。つまり、狙いがつけられない。どんな攻撃手段も当てられなければ使うには躊躇われるというのが正直なところだったが、海山さんへの説明には「それなりに筋力の高い自分の力を取り込んだんだし、直接殴ったほうが強いから」とするだけに留めていた。下手に狙いがつけられないと言ったら狙えるようになるまで訓練させられる可能性がある。それは勘弁してほしかったからだ。


「ふぅん。しかし、全力でやって怪我させたらどうする気だったんだい。あいにくとそんな事になったらアタシでも庇いきれないがね」

「ああいえ、それは……たぶん大丈夫だと思ったんですよ。そいつの体の頑丈さだけはわかってましたから。拳銃による打撃でないと倒しきれないって確信もありましたんで。棒も壊されていましたし」


 ふむ、と話を聞いていた海山さんが思案顔になる。この人にとっても突然現れたリアナは想定外だったのだろう。情報を完璧に仕上げられなかった分、今ここでそれをまとめて次に活かそうということか。


「リアナ・グレイストフ・ミッチェ、か。魔王の娘にしてはずいぶん肉体的なようだね。そういう手合いのことも今後は想定しないと……今回みたいなミスはもうしないように」


 リアナ。その名前を聞いてそういえば、と思い出した。リアナの体質について、この人なら何か知っているかもしれない。なにせ魔術学校の校長だし、かつて聞いたこの人が師と仰ぐ人間も魔術に関していえば右に出る者はいないといっていいはずだ。


「あの、海山さ……校長」

「あぁ、今は校長なんて呼ばなくていいよ。教師以外はほとんど残ってないしね」

「それじゃあ海山さん。魔術が使えないのに感情の高ぶりだけで無意識に魔術を引き起こすなんて、そんな体質ありますかね?」


 海山さんが興味深そうな顔になった。オレは先ほど話に出てきたリアナがそういった身体であり、そのような状態になってから十年以上は経っているらしいということを話す。口元に手を当てて考え込むようにして海山さんは黙考をはじめた。打てば響くように「そいつはあれだね」と返事が返ってくるかと思ったが、そう簡単な問題ではなかったようだ。


「……海山さんでもわかりませんか?」


 恐る恐る尋ねる。やはりすぐには分からないということのようで、返事の変わりに大きな舌打ちが聞こえた。乱暴に席を立つとさっきまで仕事をしていた机に戻っていく。そこで書類と向き合いながらシッシッと追い払うように手を動かしているので、今日は帰れということだろうか。ならお言葉に甘えて帰らせてもらうことにしよう。


「それじゃあ海山さん。失礼しまし――」


 ドアを開けて別れの挨拶をしようとした時。海山さんはそういえば、とついでのようにオレに頼みをしてきた。それに一瞬戸惑ったがすぐに頷くと、扉を閉じる。


「もう一仕事ってとこかね、こりゃ」


 校舎の中をまた歩く。目的地までは五分ちょっとだろうが、手土産でも持っていくためにちょっとコンビニでも寄っていくか。ただ、どうにも足が重いやる気が出ない呆れて物も言えない。こんな時間まで学校に残るとは――


「那須野、やっぱりバカなんじゃないか?」


 一言、それだけがため息と一緒に口から出てきた。

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