かしましき交流
「…………」
千花ちゃんが箸を持ったまま固まってしまっていた。なぜ箸を握っているかといえば、それはもちろん食事時、諏訪野先輩も交えた五人での夕食の最中だからだ。
二人のお客様がいるが、それでも特別力を注いだ食事を作ったというわけでもなく、冷蔵庫の中の材料で作れそうなものをとりあえず使った程度の普通の代物だ。まぁ諏訪野先輩たちはオレが作ったのが意外だったのか「思ったより見た目がいい」とかなんとか言っていたのだが。
そしてそんな普通の料理で、特に自分でも会心の出来とは思わない普段どおりのものだけに、みんな躊躇したりせずに口に運んだ。そして先輩からは「味もなかなか乙なものじゃないか」という感想をいただき、ついでに樫羽も「やはり兄さんの料理のほうが食べ慣れていて安心ですね」というようなことを横でつぶやいていた。そんな風に、今日の夕食はなんら変哲の無い感想が出る程度に普通のもの……だと思っていたのだが。
一人なにやら一口目を飲み込んだまま、目を白黒させて動かない子が一人いた。それが千花ちゃんだ。
「……えっと、先輩。もしかして、千花ちゃんの嫌いなものとか入れちゃってましたか?」
「いや? ちーには基本的に好き嫌いはあまりないけど」
先輩の言が確かなら、そういうわけではないのだろう。そうすると……単に舌に合わなかったか?
そう怪訝に思っていると、先輩が千花ちゃんの耳元でなにかを囁いた。すると、さっきまで固まっていた身体が意識を取り戻したようにビクリと動きだしただけに留まらず、そこからは想像できないほど勢いよくご飯を食べ始めているではないか。オレや樫羽は唖然として見ていると、彼女はこちらに対して満面の笑みを向けた。
「美味しいです、遠原先輩! すごく!!」
「そ、そう? それはよかったよ」
……舌に合わなかったのかと思えば、逆の反応をされるとは。そうなるといったいさっきまで固まっていたのは一体何が原因だったのだろう。樫羽も似たようなことを考えていたのか、兄妹で不思議な顔をして見あったがそんなことはわかりようはずもない。とりあえずこの日は千花ちゃんと、ついでに天木さんが大半をぺろりと平らげて夕食は幕を閉じた。
そしてその後は、急な来客である二人の部屋割りを決めることにした。とはいえ選択肢としてはオレの部屋が論外なので、樫羽の部屋かそれとも天木さんの部屋にひとりずつという形しかない。
「私としてはお二人に一緒の部屋になってもらって、私と樫羽ちゃんが一つの部屋でっていう形でも構わないですけど……」
天木さんはあくまでおずおずと消極的にといった風にそう言った。オレとしてもそれでいいならとは思ったが、それに樫羽は首を横に振って受け入れなかった。しかしこういうときに自分の意見を主張するとはあまりらしくないように思えた。
「どうしてだ、樫羽?」
「いえ……できれば、わたしはあの人……千花さんと一緒の部屋にしていただきたいと思っていたので」
「あたしですか?」
千花ちゃんも指名されるとは思ってなかったのだろうけど、オレも樫羽が特定の誰かと一緒の部屋になろうとすると思いもしなかった。なにか理由があるとは思うが、できればただの成長であってほしいものだ。
「……樫羽ちゃんは時々大胆に出ますね……」
天木さんが横でそんなことを言っていたが、オレには意味がさっぱりだ。だというのに、それが聞こえたらしい諏訪野先輩はなにやら納得したような感嘆とした声を漏らすと、千花ちゃんの肩に手を置いた。
「ちー、どうやら遠原後輩と勝負を決する前に一つ越えなければならない壁があるみたいだ。ここで挫けずにがんばるんだよ……」
「なんです、その今際の際で最期に励まそうとする親みたいな台詞は……」
千花ちゃんは急にそんなことを言われたからか周囲の顔をテンパったように見回している。どうやらこれはオレと同様になんの話をしているのか分からないらしい。
「……それはともかく、そうすると私は天木後輩と同室になるというわけだな。よろしく」
「はい! 一日だけですけど、色々とお話しましょう!」
「あぁ……色々と、ね」
スッと差し出された手を、天木さんは両手で握る。天木さんもどうやら先輩に対して色々話したいことがあるらしいし、樫羽の提案はある意味ちょうどいい落としどころを産んでくれたのかもしれない。
「とにかく、これで話はまとまったと……」
いまだに樫羽が大胆といわれた意味なんかは分からないが、それを追求してもしょうがないことだろう。なにより、オレにはあまり関係のない話のようなら当人たちに任せるのが一番。
「それじゃあとりあえず、このあとはどうします? と言っても、あんまり全員で時間をつぶせるような物なんかはないですけど」
「モノがなくても、基本的には話の種さえあれば女子というのは時間が尽きていくものさ。遠原後輩とは縁遠いかもしれないけどね」
「女三人寄れば、ってやつですか。まぁそれでいいなら構いませんが」
「とはいえ、急に話せと言われてもすぐには始まらないでしょう。きっかけも無しにはちょっと」
樫羽が言ったことはまだ正論で、オレにも理解できることだ。いくらことわざになろうとも、それですぐにどうにかなるはずはない。
「きっかけね……そういえば遠原後輩の妹さん――」
「樫羽です」
有無を言わせぬ目つきで樫羽は諏訪野先輩を見た。相手は一応学生とはいえこの中では一番の年上だというのに一切引かない姿勢はどう評価したものか。兄として強くなったことを喜んではいたいのだが、礼儀と言う面ではいささか煙たがられてもおかしくなさそうだ。対する先輩が、それに姿勢を崩したりしないところはさすがとも思うのだが。
「――失礼した。樫羽さんは、受験を控えているんだったね。今はなにか困っていることなんかはあるのかい?」
「特になにも。強いて言うなら、兄さんが私に迷惑をかけないでくれればと」
「なんでそこにオレが出てくるんだよ」
心配されずとも、わざわざ妹にまで波及するようなことをやるつもりはない。どちらかといえば平穏な日々のほうが好きだ。それを崩すことは今後ないだろうというのに、なぜこのようなことを言われなければならないんだろう。
「そこは心配ないさ。遠原後輩に限らず深根の学生は基本的に穏やかな子も多くて、私からすればそのあたりは気が楽なぐらいだったからね」
「あたしのクラスも基本的にはみんな落ち着いてるよ。授業についていくのに慣れていけない人も多いみたいだし、そんな暇もないみたい」
先輩の言葉に補足するように千花ちゃんが言う。一年生の最初のころはみんな必死になっているのはあまり変わらないらしい。自分のころもそんな感じだったので覚えがある。勉強のレベルがあがったのにくわえて、新しく魔術も学ぶことになっていたわけだし当然だ。みんなが慣れてきたのは確か、夏休みが明けて少し経ったあたりだった。
「それにしても他人事みたいに言っているけど、千花ちゃんは大丈夫なの? 条件はみんなと変わらないはずだけど」
「あまり見くびらないでください。あたしだってお姉ちゃんの妹なんですから、これぐらいで弱音は吐けませんっ」
誇らしげにしている千花ちゃんの様子にオレは少し感心したが、しかしその横では苦笑いを浮かべている先輩の表情が目に入った。様子からして成績が悪いことを偽っているわけではないようなので、これはもしかしたら先輩が千花ちゃんにいくらか補習でもしているのかもしれない。諏訪野先輩の妹だからというのは、そういうことだろうか。
オレがそんな憶測に至っている横で天木さんは千花ちゃんに羨ましそうな目を向けているし、樫羽も意外そうな顔ながら素直に千花ちゃんが成績がいいということだと思ったようだ。まぁ、二人とも会って間もないわけだからオレのように変に察するのも難しいだろう。
「千花ちゃんはすごいですね……私もちゃんとやっていけるでしょうか……」
「ん? きみは不安なのかい?」
「あぁ……天木さんは最近転入してきたばかりだから。魔術実習のほうはほとんど経験が無いはずです」
「……なるほど」
訝しげだった目をスゥっと和らげてそう言うと、先輩はひとまず口を閉ざした。まさか今のが何か怪しかったということもないだろうが、なにかマズかったというなら気を付けたほうがいいかもしれない。先輩は別に天木さんをどうこうすることはないだろうが、彼女の事情が事情だけにできるなら人に知られるのは避けていきたいのだから。
「えっと……私、あまり『魔術』っていうのは見たことが無いので、どうやればいいのかもよくわからないんです。だから少しは補習もしてもらっているんですけど……」
「なるほど、それだけではいまいちだと」
先輩は天木さんの言葉を聞くと、軽く頷いてから一言あっけらかんと――
「じゃあ、私が今から一つ実演してあげようかな」
そう言ったのを聞いて、全員が先輩の顔に視線を集中させるのは当然のことだった。
「……まさか、こんなことになるとはな」
夏の夜空の下、家の庭に出たオレは誰に言うでもなくそんな独り言を漏らした。横では天木さんに樫羽、千花ちゃんが興味津々といった様相で並んで見物しており、諏訪野先輩だけがオレと向き合うように立っている。その腕だけがこちらを狙うように軽く構えているのに対して、こちらはまるでなんの備えもしない。しなくていいと、諏訪野先輩が言っていたのだから実際構える必要もないのだろう。
しかし……
「……本当に大丈夫なんですよね?」
「大丈夫と言ったら大丈夫さ。なにせ今からやるのは別に危害を加えるのが目的のものではない」
「信じますからね、その言葉……!」
自信ありげに言う先輩の言葉がせめて本当であることを祈る。こちとら魔術とやりあった回数だけなら一般の高校生よりは多い自負はあるが、その時に使っていたものなど今は手元に何一つないのだ。おまけに今目の前にいるのは、元とはいえ生徒会長――歴代のそれの中でも指折りの能力の高さと魔術巧者と言われている人だ。失敗は考えにくいとは言っても可能性が無いわけではないし、それだけ能力が高いぶん失敗した場合のリスクも上がることも考えうる。
「がんばれー、おねえちゃーん!」
「天木さんのためのものだと言ってましたけど、本当にわたしも見学していいのでしょうかね……?」
「零華さんがかまわないと言っていたわけですし、いいと思うけど……どうなんでしょうね」
横からはオレの緊張と世界すら違うような、能天気なのほほんとした会話や声援が聞こえる。いや、むしろ一人だけ妙に身構えている自分がズレているのかもしれない。
そうだ、彼女たちのようにもう少し軽く構えて終わるのをただ待っていればいいだけ――
「それじゃあ始めようか。準備はいいね、遠原後輩?」
「…! はい、大丈夫です!!」
ようやく平静を取り戻せそうだったところで、急にこれから始めるというものだからどっちつかずな勢いでつい叫んでしまった。
「……ふふっ、気合が入っているみたいだね、遠原後輩。肩の力は抜いていてくれて構わないのに」
笑いをこぼす諏訪野先輩だが、その声色は明らかに今のオレがおかしかったとでも言いたげなものだった。横では樫羽がいかにも自分の失態のように頭を抱えているし、これは恥ずかしいところを見せてしまったらしい。皮肉にも今ので本当に気が引き締まったというか、恥ずかしさで縮み上がったというべきか……なんにせよ、余計な力み方は無くなった。
「それじゃあ遠原後輩……いくよ!」
そう宣言した先輩は、腕を一気にこちらへと向けて伸ばすと同時に叫んだ。
「≪捕えろ、縛鎖!≫」
「……!」
眼前、向けられた手のひらから飛び出してきたものが自身の周囲を囲うように伸びてくる。それをかろうじて認識した時、すでに足元は完全に掬われていた。硬い質感を持った銀色のそれに両方の足首が縛られ、腰が、腕が……などとどんどん身動きが取れなくなっていくうち、オレは立つこともままならずバランスを崩して地面へと仰向けに倒れた。背中が当たり、軽い衝撃が走ると同時に手足に自由な感覚が帰ってくる。立ち上がって諏訪野先輩の顔を見ると、どうやらこれは失敗ではないらしい。
「遠原後輩には少しズルいことをしたかな。見たこともなかっただろうし……怪我はしてないかい?」
「……それは大丈夫ですけど、今のってなにをやったんですか? 銀色のなにか長い物に縛られたのはわかるんですけど」
腰を起こしながら訊ねる。そう聞いたのは、今起きたことが言われた通りに見たことのない未知のものだったからに他ならなかった。
「まぁまぁ、まずは元々見せるつもりだった相手にも話さないとね」
見物していた三人を手招きで先輩は呼ぶ。天木さんと樫羽はオレと同じような驚きに目を見開いていたが、千花ちゃんだけはひとり姉の顔をしょうがなさそうに見ていた。
「……ちーちゃんはもうとっくに知っていることみたいですね」
「あぁ。種を明かせば魔道研究会の活動の記録のうちの一つ……要するに学校で教えられてるのと別の類の魔術というわけだね」
縛鎖、と先輩が今度は小さくつぶやくと手のひらからは鎖を模したようなものが少しだけ出てくる。つまりオレが先ほど身体を縛られたのがこれ、というわけだろう。
先輩が鎖の垂れた手を前に出してそれを触ることを促す。それに従って手に取ってみると、やはり金属のような感触だ。そのものというわけではないのだろうが、硬質な手触りはそう思うのに十分なものだった。
「……でも、学校で教える以外のものを教えても、逆に意味はないんじゃないですか?」
天木さんは同じように先輩の出した鎖に触れながら、心配そうな顔をする。まぁ、お手本を見せるという話だったのだからこういう反応で無理はないだろう。基本的に教えられている詠唱の魔術以外が使えようとも加点になったりはしないのだから。
「なにも、私が今やったことをそのまま覚えてくれというわけではないよ。魔術を使う感覚を覚えるのにできるだけ簡単で、被害も出なさそうなものを選ぶと今はこれが妥当だったっていうことさ」
先輩もそこはわきまえていたのか、得心のいかなかったオレや天木さんに対してそう説明してくれた。確かに魔術自体を教えるのは詠唱の言葉を教えるだけともいえるから楽だが、どこでも安全に試すことができるものというのはない。
「やり方も異世界式の魔術とはいえ、根っこはほとんど同じ詠唱方式……それと想像による魔力の変質さえできればいいものだ。遠原後輩やちーならわかってくれるだろう?」
「まぁ、なんとなくは」
千花ちゃんと一緒にうなずく。魔術の扱い――ひいては魔力の扱いが上手いことは確かに評価される対象だ。まだオレ達の学校に慣れていない天木さんの助けにはなることだろう。それにこれを使えるようになれば、この前のような危険な目に遭っても多少は身を護ることができるやもしれない。
「それで、天木後輩はどうする? これはあくまで感覚を高めるのに有用だというだけで、別に誰でもやっていることというわけじゃない。だから無理強いしたりはしないけど」
「うーん……そうですね……」
天木さんはどうやら少し考えたいらしい。即決をせずに考え込むようにうなっていた。元々こっちの世界へ来たのですら本意ではないわけだし、魔術にそこまで踏み込みたいというわけではないだろう。魔術の話をしている時より、どちらかというと葉一の父親が働いてる店の異世界料理の話を軽くしたほうが興味津々そうだったのを思いだす。
「……まぁ、天木さんはそれでいいけど……お前はどうする? 今の時期からやっていたら入学したとき、だいぶ楽だと思うけど」
横にいた樫羽に対して、オレはそう話を振ってみる。この場で唯一の魔術学校の在校生ではない部外者である樫羽は、先ほどの先輩の見せた魔術にも驚いていたように見えた。世間でも映像に撮られていない物珍しい類のものだったのだから、そういう反応もおかしくは無い。
だが、先輩も言っていたように魔術学校への入学希望者でもあるし、それにおそらく――家族の贔屓目を抜いてみても――ほぼ確実に樫羽は、試験を合格できるだろう。それを考えると今から魔術に慣れることも一つの入学準備になるのではないか。そう思って聞いてみたのだが、樫羽はあまりいい顔をしていなかった。
「いえ。わたしも遠慮します」
「そうか……でも、やるつもりになったりしたらいつでも言ってくれよ。オレでよければ練習台ぐらいにはなるからさ」
「……えぇ。覚えておきます」
薄暗いからか全体までは読み取れないが、どうにも樫羽の表情は晴れていないらしい。なにか困ったことでもあるんだろうかとすこしだけ心配になるが……どうにもできないと思ったら、たぶん相談ぐらいはしてくれるだろう。今は先輩たちもいるから、また別の機会に聞いたほうがよさそうだ。
そう考えている横では、天木さんがどうするかを決めたようで、先輩に顔を向けていた。
「今はそれ以外にやらなきゃいけないこともあって……しばらくは魔術に慣れることよりもそっちを優先するつもりです。こうして見せていただいたのに、勝手なことを言ってすみません」
「いやいや、他にやることがあるのなら仕方ないさ。別に学校だって魔術だけですべてを決めるわけじゃないんだし、急ぐ必要もないしね」
「うちの学校なんかはそのあたり、普通の高校ぐらいのことができれば卒業できるぐらいにはゆるいですからね」
東京などの都市部にあるような魔術校は異世界人を積極的に教師や生徒にすることもあるぐらい、魔術を重視しているらしい。成り立ちを考えれば異世界人よりも現世民相手に教えたほうがいい気もするのだが、海山さんが言うには、異世界側の魔術も取り入れていきたいという野望じみたものがあるのだとか。なんにせよ、オレ達とは関係ない話だが深根校がそういった雰囲気の場所ではなくてよかったという話だ。
「ひとまず中に入ろうか。夏とはいってももう夜なんだし、身体が冷えるかもしれない」
「おや、遠原後輩は私たちに入浴させる気はないと?」
「……いや、ちゃんと入ってもらいますよ……」
冗談だとは思うが、さすがに招いておいてそれはない。自分も行った際には風呂は借りたわけだし、それぐらいの準備はする。
「ちーちゃんも、流石にお風呂は入れないと困るよね?」
千花ちゃんにもそう尋ねようと顔を向ける。しかし彼女は何も答えずに、天木さんをジッと見ていた。何を思っているのか、ボウっとしたような顔つきだ。だけど、オレがしばらくそちらを見ていると、視線に気づいたのかハッとした表情になった。
「せ、先輩? どうしましたか?」
「いや、なんでもないけど……なにか、天木さんのことが気になっているのかなと」
「あ……いえ、ちょっと考え事をしてただけですから。天木さんのほうを見ていたのは、ただの偶然で……」
それだけならばいいのだが。ただ、オレの見た感じだと千花ちゃんの眼はただ考えるのに集中していたというより、天木さんを捉えていたようだったから気になったが……千花ちゃんが言っていたことは嘘じゃない気がした。オレの考えすぎというだけだったのだろう。
「あ、みんな中にはいるみたいですよ。先輩も行きましょう?」
千花ちゃんにそう言われ、家の中に戻ろうとする。しかし、直接戻る前に樫羽が手を前に伸ばして、オレを止めた。
「いつしか家に上がっちゃいけないようにまでなってたのか、オレ?」
「そういうわけではなく、汚れてるんですからまずは先にお風呂に行ってください。兄さんも背中が土まみれじゃ困るでしょう」
……言われてから、背中から倒れて土がやたらと付いていた事を思い出した。たしかに居間を汚すかもしれないというのも面倒だと思い、オレは玄関のほうへ向かうのだった。