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異世界少女来訪中!  作者: 砂上 建
夏日の来訪者
52/53

交錯シスターズ

 ひとまず予定がいくらか早まったので、オレと千花ちゃんはどうせならということで電車に乗って、ある場所を目指すことにした。そこまでの道に関しては、千花ちゃんに完全にお任せだ。一応オレもプランみたいなものは考えてはいたんだけど、こうも千花ちゃんが色々と提案してくれると自分の考えたことで不安にならないのが情けなくも助かることだった。

 隣に座って楽しみにしていそうな千花ちゃんを眺めながら電車に乗っているのも束の間、目的の駅に着いた。

 そこは杵戸――オレにとっても記憶に新しいその地に来た理由は、これまた奇遇なことに千花ちゃんが服を見に行きたいとのことだったのだ。とはいえ行く場所は前に行ったあの店とは違う――そこはいまだ開店の目処が立っていないとかいないと聞いているのだが――どうやら千花ちゃんや先輩がよく行っているらしいお店があるのだという。そこでどうせなら今日は自分に似合う服かどうか先輩の目線で見て欲しい、と千花ちゃんがオレに提案してきたのだ。服の良し悪しは分からないが、似合うかどうかならまだ感覚でなんとかなるだろう。特に乗らない理由が無かったためにその提案に便乗したのだが……


「あ、先輩! あそこです、あそこ!」


 目的地が見えたのだろう。千花ちゃんのその尻尾を振る子犬のようなはしゃぎようからして、相当その店が気に入ってるんだろう。そう思ったのも、彼女が指差した店先を見るまでのことだった。

 外観は大人しい佇まいで、ショーウィンドウに並んだ服もおそらくは同年代の大多数が求めているであろうかわいさや派手さなんかがほとんど感じられない、シックな装いのそれが数点並んでいる限り。しかし、それだけ見ればもうどういう方向性の服が揃っているか分かる。店名がまたしても読めないってのを差っぴいたとしてもだ。


 千花ちゃんに似合う要素が皆無の店だとしか思えなかった。


「いつもお姉ちゃんが着ているのを横で見てるだけだったんですけど……今日こそは、あたしもチャレンジするんです!」


 横で千花ちゃんの挑戦しようと意気込んでいる様子に、オレはコメントが見つからない。出るのはただただ生返事だ。諏訪野先輩ならまぁ、あの人は割りと大人っぽいすらっとした身体つきをしていると思うので、ああいった服を買うのも着こなすのも十分に分かるし納得もできる。

 しかし、千花ちゃんだとどうだろう。オレの胸ぐらいまでしかない身長に、言っちゃあ悪いが文句の付けようも無い幼児体型。せめて膨らみが分かる程度あれば……背がオレの肩までくらいあればと思ってしまうくらい、似合わない光景が容易に浮かぶ。露出なんかは控えめなのがまた千花ちゃんの雰囲気とは合う気がしない。露出を求めるわけではないがこうも大人っぽい落ち着いた服装よりは、せめて薄手のシャツでもなんでも動きやすい服の方がこの子には似合うんじゃないか。お姉さんに憧れるのも分からないでもないけど、これはあまりにも勝負の結果が見えているというものだ。


「ち、ちーちゃん、本当にここに行くの? もっと別のお店を探しても……」

「いえ! せっかくお姉ちゃん以外の誰かを連れてここに来れたチャンスなんです! これを不意にはできません!!」


 ……すごい意気込みようだ。目が燃えているどころじゃない。これが千花ちゃんじゃなく仮にラガーマンだったら、今にもガンホーガンホー言いながら突進していそうだ。その熱には、どう足掻いてもお手上げだった。オレは足の勇む彼女の後に付いていきながら、千花ちゃんを傷つけないような褒め言葉を脳内で創作する作業に入ることにした。


 ドアを開くと、ベルの音が穏やかな店内に鳴った。中身も外観と似たようなものでやはり落ち着きのある雰囲気に満ちていた。「いらっしゃいませ」という手馴れた雰囲気の女性店員さんの一言ですらその場の雰囲気作りになっているみたいで、自分は明らかに気圧されていた。

 ……もっとも、千花ちゃんはそのことを気にしていないのか気付いていないのか、目をきらきらさせていたが。


「ふぁ~……どれから試そう……」

 

 吐息を漏らしながらのその言葉は、要するに何個か試すってことで合ってるんだろうか。いや、そうだろうな。それ以外に何があるかって言われても無いだろう。千花ちゃん相手にツッコミをする気は無いし、そんな力も抜けてしまっている。今のオレはただあるがままを目に入れて、やさしい嘘を言葉にするだけの機械となろう。ずばりそのもの、口から出任せマシーンとしての覚悟を決めた。自分の人としての誇りよりも、誰かの尊厳のほうがよっぽど大事だ。

 ちらりと店員さんを見ると、小首をかしげているようだったがオレの視線に気付いてからはピシッとした姿勢に早変わりする。店を間違えた人と思っているような、そんな視線だけは誤魔化しきれていなかったが、それは……仕方ないことだろう。出られるものなら早く出たいところだ。

 千花ちゃんはいくつかの棚を物色するとどうやら試着するものの目星をつけたようだ。さっと一着を手に取ってそのまま試着室に。カーテンが閉まる前に、千花ちゃんがこっちを向く。


「先輩、楽しみに待っててくださいね!」

「……わかった……」


 浮かれがそのまま出ているような千花ちゃんの明るい声に、引きつった返事しか返せなかった。だけど千花ちゃんは目の前の服を着ることで頭がいっぱいなようで、オレのその様子にも一切気を止めないでいてくれたのがほんの少し救いだった。

 そして五分後。カーテンに仕切られた試着室の中から「先輩!」と声が上がる。準備ができたらしい。覚悟してオレはそちらの方向に目を向けた。そして……


「……将来に期待することを考えると似合ってるよ! うん!」


 二分前に思いついた、なかばやけくその様な褒め言葉をオレは一切ひねらず口にすることになる。つまり――予想通りの光景があっただけで、一発逆転のウルトラCみたいなものは一切存在しなかったということだった。

 なお千花ちゃんは冷静な判断力を失っていたようなのでオレの褒めてないような言葉でも喜んでいた。


 その後も千花ちゃんはいくつか試着を繰り返したのだが、基本的に似合っているとは言いがたいものばかりだった。それを見続ける観客と野次馬(店員さん)は共に乾いた笑いを浮かべ続けるも、憧れていたものに手をつけて極度に高ぶったのか、千花ちゃんは一切オレ達のリアクションには反応しなかった。そして満足したのか試着した中から数点の服を購入しようとしていたのだが、さすがに冷静になったときにこの服を着ている姿を見て、千花ちゃんが今の自分を保てるのか不安になったオレはせめて出費の分のショックだけでも軽くしてあげよう……という名目で千花ちゃんの選んだ服の代金を出すことにした。

 その合計、21600円也。


 軽くなった財布のことを想い、空の彼方まで見えそうになってきたオレの横で、千花ちゃんは鼻歌交じりにスキップでも始めそうなくらいご機嫌だった。喜んでもらえたのなら幸いだと思う。そう思いたいのだが……数万の出費というのは、その幸福とぶつかって帳消しになるぐらい重い傷跡のようだった。


「こうして、先輩と二人で町を歩けて、隣の席に座れて、一緒にショッピングまでできるなんて……本当に、昨日と今日は夢みたいです」

「……そうなの?」


 オレとしては、何かできたような実感とかそういうのは大して無い。現に今は千花ちゃんの要望に従うだけで、最初だって諏訪野先輩に引っ張られてよく分からないままただ頷いていただけだった。自身で行動したようなことは何も無いのに、こうも千花ちゃんが喜んでいるのを見ていると……ちょっと自尊心が強いかもしれないが、複雑なところもあった。


「だって、本当ならあたしは先輩のことはあの日のことしかよく覚えていなくて、先輩だってあたしのことは……その、あんまり気にも留めていなかったみたいですし」

「……ごめん」


 申し訳ないけど、その通りだった。オレにとってはあの魔王の子との鬼ごっこというのはすでに終わったことだったのだ。だから、あの場で助けたこの少女のことは特に気にすることも無くこれまでは過ごしていた。だけどこの子の中では、それは終わっていない出来事だった。

 自分を助けた一人の学生のことを、こうも想ってくれていた――この、諏訪野千花という女の子は。

 確かに、幼いところはある。

 確かに、考えすぎて変なところで抜けていることもある。

 だけどそれと共に、一人の真っ当な少女であることは確かだ。


「そういうわけで、今回はあたしを覚えていてくれてもらえればそれでもう本当なら十分なんです。だから今日で一旦お別れでも構いません」


 千花ちゃんは、花の咲いたような笑顔でそう言った。まったく気にしていないとでも言いたいような口調が、逆に言葉を薄っぺらくしているような気がした。

 あぁ、もちろん覚えていよう。今度は忘れようものか。こうして名前を知り、昨日は身体に触れもしたのだ。忘れていたら罰が当たるし、諏訪野先輩からも私刑かなにかもらいそうだ。心に戒めるように、千花ちゃんの言葉を頭の中で反芻する。

 そして――千花ちゃんの次の言葉は、その戒めを吹き飛ばすように、オレの頭に響いた。


「だけど――欲張るなら、もうちょっと……先輩と一緒にいたかったです……」


 その言葉で少し、考えが停止して。またはっきりと物を考えられるようになるまでは、少々のタイムラグを伴った。

 ……なんだ、あるじゃないか。今、オレにできるかもしれないこと。それに、オレにしかできないことといえば、今回のそれは最初から決まっていたのだ。

「千花ちゃんごめん。ちょっと、電話してもいいかな」

「え? いいですけど……」


 ありがとう。短くそう伝えると、オレはポケットから携帯電話を取り出してそのままコールをかける。


 ――この子の中であの日から続いていたことを終わらせる。それはオレにしかできないことで……なにより、やらなければいけないことなのだから。


 ++++++++++++++++++++


「……急に兄さんから電話があったかと思えば、こんなことを頼んでくるんですから。兄さんは人の気持ちを考えたことがあるんですか」

「いや、ちゃんと考えたからこそこうしたんであって……っていうか、さっき電話したときに許可してくれたことだろ!?」

 

 出迎えられるなり、みっともない口論をはじめそうになったところでオレはハッと背後にいる二人のことを思い出す。口から出た言葉は取り消せないのでなにも言わないことにして、オレはちょっと困ったような微妙な顔をしている二人に声をかける。


「す、すみません、変なところをお見せして……さ、どうぞ二人とも遠慮なく」

「遠慮なくって言われても、こっちとしても急な話だったわけなんだけどね。そこはどう考えているのかな、遠原後輩?」


 ……それに関しては本当にごめんなさい。オレは先輩に小さく頭を下げ、改めてそこは謝罪をした。

 これから何をしようというのかといえば、それは自分が千花ちゃんたちの家にお邪魔したように、今度は二人をこっちに招く――それだけのことだった。最初は良識を考えれば、そんなことは思いついたとしても実行しようとしなかっただろう。だけどよく考えれば、自分の家には樫羽も居るし、天木さんも居る。それならどうあれ、千花ちゃんの身の安全は保障できると思えたから、オレは樫羽にこの話を通した。筋を通すなら最初は先輩にこそ話すべきだったと、今になって思ったわけだが……そのときにはまず、実現させるために場を確保するのを最優先としてしまっていたわけだ。当然、その事は先輩から詰問されたし、今でもなじられたりしている。


「……まぁ、私たちのほうからも急な話で振り回してしまったわけだし、今回は貸し借りなしってことで構わないけどね。なにより危険というわけでもないようだ」

「お、お姉ちゃんは心配しすぎだと思うけど……でも、あたしもまだちょっと驚いています……」


 この話を何とか認めてくれたときのようにしぶしぶといった体を装う先輩の横で、小さくなりながらも「お邪魔します」と、千花ちゃんはおっかなびっくりと足を踏み入れた。

 時刻はおよそ16時。ここから明日の14時ごろまで、この二人は大事なお客様となるわけだ。

 ……そういえば、一人姿が見えない人がいるような気がするのだが。そう思って階段の上のほうを見ていると、樫羽が横を通り抜けるさいに、声を小さくして教えてくれた。


「天木さんでしたら、今日は琉院さんのところに呼ばれていたみたいですよ。一応先ほど連絡はあったので、帰るのはたぶんそう遠くないと思います」


 なるほど、それで上の部屋も人気が無いわけか。天木さんはまだ電話も持っていないのでそうなると琉院の家で借りたのだろう。そうなると、彼女はこの状況を知らないのか。


「どうしたんだい、遠原後輩? 難しい顔をしているように見えるけど」

「あ、先輩! とりあえず、あたしたちはどこにいればいいんでしょう?」


 ……どう説明しようか。オレのその悩みを読み取っているかのように、居間の扉に手をかけていた樫羽のため息が聞こえたような気がした。


 そしてその時間は、思っていたよりも早く訪れた。

 居間で自分の気持ちを落ち着けるために、諏訪野先輩たちと軽い会話をしていると、玄関の戸が開く音がした。諏訪野先輩もそれが聞こえたらしく、話の途中で廊下のほうに目を向けた。


「ふむ。君の身内は妹君だけだと聞いていたんだが、誰だろうね。お客さんかい?」


 そう尋ねる諏訪野先輩の目は、平時とそう変わらない口調に反して強く意思があるような気がした。どうしても聞きだそうとしているのが明白だ。どうせこのあと語らなければならないのは、どちら(・・・)にとっても同じことなのだろう。都合よく起きる出来事にオレは蛙のような身動きの取れない固まり方をしていた。


「あ、遠原さん! おかえりなさい――」


 どうやらオレが帰っていたことに気付いたらしい彼女は、すぐに居間に向かってきたらしい。扉が大きく開け放たれてそこにいたのは、一昨日に見た姿と変わり無い天木さんが居て――そして、おそらくその目に映った光景に驚いたのか、その場に立ち尽くしていた。


「え……えっと、遠原さん……? この人たちは――」


 しどろもどろな様子の天木さんの目が、ふと止まった。その目線の先には同じくきょとんとしたような諏訪野先輩がいる。それを見て思い出したのは、そういえばこの二人は一度会ったことがあるのを思い出した。

 先輩はすぐには思い出さなかったようだが、天木さんの顔をしばらく見ると合点がいったかのように手をポン、と叩く。


「そうか、以前に遠原後輩が一緒にいた子か」

「あ、あなたはやっぱり、あのときの!?」


 どうやら天木さんもいきなりのことだったからか、すぐには彼女が以前にあった人物だとは認識できなかったようだ。ただ一人面識の無い千花ちゃんだけが戸惑っているようにオレ達の顔を見ている。


「えっと……先輩、あたしはどうすれば……?」

「……今から全員に説明するから、ちゃんと聞いてくれ」


 慌てる者、不思議そうにする者、戸惑う者。三者それぞれ違った表情でこちらを見てはいるものの、どういうことかを聞きたそうにしているのは明らかだった。


 ひとまず諏訪野先輩と千花ちゃんのことは、天木さんに先日泊まる件を話していたのでそれを頼んできた二人であるということを教え、逆に天木さんのことは二人には居候をしている親戚の子だ……ということで押し通した。天木さんの事情を明かしてしまえば簡単なのかもしれないが、おいそれと話すようなものではない。オレも天木さんもそれは分かっているので、とりあえず今後は誰かにどういう事情か聞かれても似たような誤魔化しをするだろう。


「ふむ、魔術学校に通うために少しでも負担を軽くしようと、親類である遠原後輩の家に住まわせてもらっていると……」

「え、えぇ……はい……」


 天木さんは頷いてはいるのだがその目はどうもまだ少し泳いでいる。幸い諏訪野先輩たちは怪しんでいる様子もないからいいのだが、これから先も誤魔化す時にこの調子だと少し不安だ。


「落ち着きなよ、天木後輩。私を前にして、そう肩に力を入れることもないだろう?」

「でも、あの、諏訪野さん……にはあの時のお礼もまだでしたから……。今更ですけど、あの時はありがとうございました」

「それも気にしなくていいことなんだけれど……まぁ、その気持ちはありがたく頂戴しよう」


 先輩は苦笑しながらも、天木さんの想いは受け取ってくれたようだ。天木さんもどこかスッキリしたような顔をしているので、それほどうれしいことだったのだろう。


「えっと、それで……こちらの子が遠原さんを?」


 天木さんは千花ちゃんを見てそう言った。委縮しているようだったとはいえ自分が話しかけられたからか、ぎこちないながらも「は、はい」と千花ちゃんは返事をした。

 そして天木さんは、ためらいもなく聞いた。


「遠原さんは、なにか変なことをしたりしませんでしたか?」

「……え? へ、変?」


 あまりに自然な問いかけだったからか、千花ちゃんは口を開けたまま天木さんの顔を見ていた。そしてなぜかいきなり尋問を行われたオレは当然抗議の声をあげようとするのだが、その動きを手で制すると天木さんはオレにだけ聞こえるように言う。


「今は諏訪野さんたちに聞いているので、遠原さんは少し我慢してください。ただでさえ状況が状況だったんですから」


 あぁ、そりゃあごもっともだ。若い女性の部屋に泊まりに行って、こうしてそこの人を自分の家にまたすぐ連れてきて――むしろなにも聞かれないほうが不思議というものだ。樫羽には事前に話を通していたが、天木さんにはいきなりになってしまったわけだし。ここはおとなしく、あることないこと言われないように

おとなしく祈るしかないか。


「えっと……先輩は別に変なこととか、するような人ではなかったですよ。昨日もちゃんとあたし達に気を使ってくれましたし」

「あぁ。君が心配するようなことは、何も無かったよ」


 むしろこんなことを聞かれるとは思っていなかったのか、意外そうな顔をする二人。しかし今はそのなんのあたりさわりもない返答がありがたかった。天木さんも嘘のなさそうな二人のその様子に本当のことだと納得してくれたらしい。


「そうでしたか……急にこんなことを聞いてすみません。でも、それが聞けて良かったです」

「い、いえ。お家の方でしたら、そういうのは気になるかなと思いますし……」

「そうだね。それに、急なことは私たちもやっている。それぐらいは教えるのも一つの義務だろう」

「……オレはちょっと居づらかったですけどね」


 どうもそういう辺りで信用が無いのか。自分の客観的な評価はどういうものなのか気になりはじめてきた、そんなオレのことは特に気にも留める様子はなく天木さんは続ける。


「それで、こっちで泊まる部屋はもう決まってたりするんですか?」

「いや、着いてから遠原後輩と話をしようと思っていたことだ。それで、どう部屋を割りふるつもりなんだい、遠原後輩は」

「あー……そうですね。ひとまず歳の近い者同士っていうことで諏訪野先輩は天木さんの、ちーちゃんは樫羽の部屋で過ごすっていうのでいいですかね」

「私は構わない」

「あ、あたしもだいじょうぶ……です」

「そうですか。天木さんも、それでもいい?」

「わたしも特に構いませんよ。今日はよろしくお願いします、諏訪野さん」


 樫羽にはすでに話をしたから返事ももらっているので、この案で問題はないだろう。

 とりあえず二人とも荷物を置きたいというので部屋の場所を教えると、千花ちゃんと諏訪野先輩はそのまま部屋を出て行った。今ここにいるのは、オレと天木さんの二人だけだ。


「……考えてみたら、遠原さんはこういう時になにか変なことをしようとは思わない人でしたよね」


 不意に、天木さんがそんなことをつぶやいた。


「えっと、こういう時っていうのがいまいちよくわからないんだけど……」

「あ、聞こえてましたか? でも……自覚してないんですね」

 「恥ずかしながら」と頭を掻いて答えると、天木さんはちょっと面白そうに笑っていた。オレがわかっていないのが、そんなに意外だったのか。やがて笑いを納めると、天木さんはつぶやいた時と同じような、ポツリとした声色でオレに教えた。


「――遠原さんは、人を助けようとするときそれだけ一生懸命だってことですよ」

 そう言った直後、オレがなにか聞き返す間もなく天木さんも二人の後を追ってか、足早に居間を出て行ってしまった。一人だけが取り残されてしまったというわけだ。それだけに、天木さんが今言った言葉を理解するのは早かった。

 そして――気を聞かせてくれたわけではないだろうが、ただ一人という環境で思考するとそれが深くなるのは自然なことだった。天木さんが残した言葉の意味を考えて、それを理解して……そして、疑問が生まれた。あるいは、今までもどこかで思っていたことに気づいてしまった。

 実感が薄いとはいえ、これがちゃんと人を助けることになっているのかどうか。オレにはまだ、それがわからない。

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