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異世界少女来訪中!  作者: 砂上 建
夏日の来訪者
44/53

運命のファーストコンタクト!

 ――暗いのは、苦手だった。できるなら今すぐここから外に出たいとさえ思う。だけどたった一人でこんな(・・・)場所を歩き回るなんて……そう考えるとあたしは暗がりでさえも我慢して、教卓の下に隠れて震えることしかできなかった。

「もうやだ……こんなつもりじゃなかったのに……!」

 自分でもわかる声の震えを、あたしはまるで抑えられない。受験するつもりとはいえ、興味を抑えきれなかったのが悪いのだろうか。お姉ちゃんに黙って、お姉ちゃんの通っている高校を見てみたいという考えを持ってしまったのが悪いのか。

 ――しかし、少なくともさっきから教室の外に飛び交っている赤い二つの光は少なくともあたしのせいではないはずだ。ちらっと見えたが、どうやらあれは人――多分、人の目のようだった。だけど、それが小さな虫のように高速で飛び回っているのはなんでなんだろう。光がそう動くということは、あの人らしきなにかも同じような速度で動いているということだ。そう考えたらあたしの中では、それはどう考えても危ない人だとしか思えなかった。今外に出たらあたしはどうなってしまうのかなんて、考えたくもない。

「……お姉ちゃん……!」

 あたしは、ギュッと自分の服の襟を掴んで目を閉じる。その時瞼の裏に思い描いたのは、優しい顔をしているお姉ちゃんの姿だ。

 姉は、はっきり言ってなんでもできた。あたしの事も何度だって助けてくれた。さらにこの学校では、重要な役職もしていると聞いている。あたしにとってはまさにヒーローで、憧れの対象。最も尊敬する一番の家族。だからこの時も縋っていた。あたしを助けてくれるお姉ちゃんを、心のどこかなんて小さな範囲ではなく、心から期待していた。だけど――姉は来られるはずがなかったのだ。


 教室の扉が強く叩かれた。ドンッ、という音が響き、身体が一瞬大きく震える。

「……あれェ、なンでだろ。ここ、鍵が掛かってるみたいだァ」

 甲高い子供みたいな声が、扉の向こうから聞こえる。予想していたような声ではなかったけど――それでも、あたしの勘のようなものは怯えを消せなかった。

「あッ、なァるほどォ。つまり、待ち伏せして僕を捕まえようって、そういう魂胆かァ」

 いったい何を言っているのかまるで意味が分からなかったけど、中に居ると思われたらまずい。身体をこわばらせ、息を潜める。手前味噌だが、この時のあたしはほとんど完全に潜伏できていたはずだと自分では思っていた。一切動かず――動けず。息もむしろ自分から止めていたというより本能的に息の音を隠していたと言ってもいい。

 だというのに――

「――つまンないなァ、そンなの!」

 その叫びとともに扉が轟音を響かせて、木っ端微塵となった。

「中に居るンだろォ、例のお兄ちゃン! そっちが隠れるぐらいなら、もっと楽しい遊びをしようよォ!」

 より鮮明に聞こえる、子供の声。だけどこの声の持ち主は、やはりただの子供じゃないのだ。今、それがすぐそばで証明された。扉を粉々にする力を持っているなんて、そんなのあたしがどうこうできるわけがない。ただの欠片となった扉を見て、あたしの勘は……屈していた。

 大きく震えた身体が、教卓にぶつかって音を立てた。無論それは、子供の耳にも入る。


「……そんなとこに隠れていたのかァ」


 その言葉は、今日一番の恐ろしさを持っていた。あたしの身体はもはや震える事すらできないほどに萎縮してしまって、ただ待つことしかできずにいる。

 足音が鳴った。子供が、ゆっくりとこちらに近付いているのだ。まるで焦らすようにゆっくりと、しかし逃がさないようにとても鋭い気迫を向けて歩みを進めてくる。でも、もうあたしは焦らされようとも関係無いような気持ちだった。どういうことかといえば、諦めていたのだ。

 なにせ――あたしのヒーローである姉は、今日はもう目覚めることはないだろうから。日々激務だったと夕食の席で語っていた姉の顔は本当に疲れきっていて、いつもより相当早く眠ってしまったのだ。だからこそ、あの完璧な姉の目を盗んでここに来られたわけだが……それが、まさか命を代償にすることになるなんて。

 ……最期だからか、あたしはとても馬鹿な事を考え付いた。いつもだったら決して口に出さない事だけど、すでに充分馬鹿な事をしてこんな目にあってしまっているのだ。だったら、もう気にしてもしょうがない。

 あたしは覚悟を決めると、スゥッと一気に空気を吸い込んで――


「――助けて!! お姉ちゃぁぁぁぁぁん!!」


 思いきり、そう叫んだ。今寝ている姉がこれで目覚めたり、ここまで来てくれないかななどと夢見がちなことを考えながら、あたしは限界まで喉を絞った。

 ……これで、終わりかぁ。あたしの人生。


 そう考えて、目を閉じかけた瞬間――やってきた。廊下から間隔の短い足音を大きく鳴らしながら、誰かがこの部屋の中に飛び込んでくる。

「なッ……まさかッ!?」

「その子に手は、出させねぇぞ!」

 子供に掴みかかったその誰かは、そのままその子供を背負うと背中から地面にたたきつけた。たしかあれは、柔道の背負い投げ……というものだったような気がする。あまり詳しくはないが、たまにテレビで見たことのあるものだ。

 それを決められて、子供は「うッ」と独特なイントゥネーションの呻き声を上げて気を失ったようだった。飛び込んできた誰かがそれを確認してから、こっちを見る。


「――大丈夫?」


 その言葉とともに手を差しのべられて、あたしはその手を頼りに立ちあがった。

 顔は暗くてよく見えなかったけど、その人は姉と同じ高校の男子制服を着ていた。だけど、それ以上にあたしの胸の中には一つの想いが生まれていた。


 この人はあたしにとってもう一人のヒーローだという、ある感情の萌芽のようなものが――


 ++++++++++++++++++++


 夏休みとは、学生にとって甘美な響きを持つ物のはずだ。宿題や課題などは出るだろうが、それでもいつもの厄介なしがらみ(主に勉強)から解き放たれて自由に過ごす事が出来る飴と鞭でいえば最大限の飴であったはずなのだ。


 だというのになんでオレは制服をキッチリ着てわざわざ学校に来ているのかというと、要するに一学期終盤で連休を得たツケだということらしい。

 夏休みが始まった日の朝、オレの元に校長である海山奏子がやってきて、玄関に紙の束をドサッと置いた。

 「これはなんぞ?」とオレが尋ねると、海山さんはニッコリと笑顔で告げる。


「この一週間以内でお前に提出してもらう課題」


 それは、休日の寝起きでボーっとしていたオレの思考が覚醒するのには充分な言葉だった。当然オレは抗議した。だがそれを海山さんは笑って受け流したり、前述の理由で言いくるめられたり。なんというか、大人の余裕というやつだったのだろうか。反論虚しくあっさりとその課題の山を押し付けられてしまったオレは、一週間を思いきり使いきってそれらすべてをなんとか攻略して、なんとか締め切り――というか、なぜか提出に来るよう指定された日時に間に合わせることが出来た。なぜわざわざ指定をしたのかは分からないが、それは考えても仕方のない事なんだろう。

 校長室のソファに座らせてもらいながら、鞄から例のブツを取り出して机の上に叩きつけるように置いた。


「はい、7月28日13時、提出完了――これでいいですか?」


 対面に座っている海山さんが紙束を複数枚手にとって確認していく。すべてではないが10枚ほど確認すると、それで納得したのか手に取った課題の紙を戻した。

「ん、どうやらちゃんと全部やってきたようだね。これで先生方も来学期から安心して授業を進められるだろうね」

「オレはそんなレベルの馬鹿になった覚えはないですよ。数学で一度追試にこそなりましたが」

「なら二度目は無いって思ってくれればアタシとしては嬉しいんだがね。ひとまずお疲れさん、遠原」

 そういって海山さんは机の脇にオレの提出した課題をのける。さて、やっている最中は苦しい事ばかりだったがいざ乗り越えてみると気分は清々しいものだ。全てが終わったような感覚さえ抱いてオレは帰ろうと立ち上がる。

 しかしそれを止めるように、海山さんが「待て」と言ってきた。


「まだなにかあるんですか?」

「まだというより正直こっちの方がアタシとしては本題だったんだけどね。どーせもうここに来ているんだし理由を明かすと、こっちの課題は先生方の意向も汲んではいるがこのぐらいの時間にお前を呼ぶための理由付けに過ぎなかったのさ」

 海山さんが言った事は、つまりオレを謀ったということだろうか? もしそうなら……そう考えていると、自分でもしかめっ面になったのが分かる。大体こんな回りくどい事をしてまで、厄介なことか七面倒くさい頼みごとをしてくるかに決まっているのだ。

「どうせまた面倒な事だろうとでも思っているようだが、そうも露骨な顔をするほど今回あんたは大変な役をする必要はないはずさ。ちょっと人に会ってきてもらうだけだからね」

「あ、なんだそんなことですか……なら素直にそう言ってくれればちゃんと来たんですけど」

 こうして(主にオレが)手間のかかる小芝居なんて打たずとも、それぐらいのことなら呼ばれたらちゃんと行くというのに。それに対して海山さんは「まぁ、あんたの成績もちょっと心配だったからついでにそこも補強しておきたかっただけさ。意味なんてそれぐらいだよ」という理由を言ってくれるのだが、こんな課題を渡されるほどオレの成績は悪かったのだろうか……通信簿には234のみで1もついでに5も無かったのだが――と、それは関係ないか。


「それで、オレはいったい誰に会いに行けばいいんです?」

 そこは重要な所だ。もしも知っている人間なら話は早いし、知らないなら知らないで普通にどこに行けばいいのかも聞かないといけない。海山さんは少し思案した様子を見せるが、すぐにそれをやめてどこか楽観的な調子になって言う。


「……んー、まぁ多分お前も知ってるやつだけど、今はたしかあっちのほうに顔出してるはずだったね……とりあえず部室棟の408号室に行っておけばいいはずだよ」

「いや、多分知ってるって……結局誰なんですか。それにいきなり部室棟って――」


 オレはさらに追求しようとするのだが、海山さんはいいからいいからと手の甲を部屋の扉に向けて、追い払うようにシッシッと振る。早く行けという意味なのだろうが、少し今日はおざなりにもほどがある気がする。そんなオレの態度が表情に出てたのか、海山さんはすまなそうな顔になった。

「こっちも一応、悪いとは思ってるんだよ。だけどこっちは色々と仕事が多くてね。特に魔術学交祭も近いうちにあるわけだし、そのことでどうにも色々な所と連絡を取らなきゃいけないからけっこう忙しいんだ。今日もこの部屋にはあと三回ぐらい客が来る予定がある。というか、もうすぐだ」

 海山さんの言ったことにオレは納得する。よく考えれば学生が休みとはいえ確かに教師、特に校長なんていう責任者になれば仕事はあるものなんだろう。それに魔術学交祭――要は文化祭なのだが、この学校のそれは少々特殊だ。去年も一年生として体験した身だから知っているが、だからこそ余計に学校関係者は苦労するだろうということも想像がつく。


「……お疲れ様です」

 自分から文句を言ったのに真っ先に頭を下げてしまうが、とんでもない苦労なんだろうということは想像に難くないのだ。だからこうして反射的に頭が上がらなくなってしまうのも仕方ない気がする。

 さて、もうすぐ人も来るというし自分はさっさと退散することにしよう。確か部室棟の……408号室だったな。そこに誰がいるのかは知らないけど、早めに行って済ませてしまうか。

「それじゃ――失礼しました」

 そう言い残して、オレは校長室を後にした。



 部室棟は特に科学室などを使わないような文化系の部活が集まっているような場所だ。帰宅部のオレは普段来る機会がないが、たとえばなんとか研究会みたいに資料を貯めこんでいるところもあれば、なんとか製造部みたいに少々部屋を改装しているような所もあるとは聞いたことがある。。あとはいわゆる漫画研究会なんかも一応あったとは思うが、今日オレがやってきたところはどうにもあまり名前を聞いた事のない部だった。

「……408号室、魔道研究会ねぇ……」

 表札を確認してオレがまず思ったのは、なんともカタそうな部の名前だということだった。中に居るのももしかしたら、真面目なおカタいやつなのかもしれない。まぁ、こうやって考えているより実際扉を開けて中を確認した方が早いだろう。二回ドアをノックすると、中から「どうぞー!」と元気のいい男の声が返ってきた。

 ドアノブを回して入口を開く――


「だーかーらぁ! どうしてあんたはそう理論に突っ走っちゃうのよ! まず使えるかどうか、それが一番でしょ!?」

「いいや、原理はまず最初に追究されるべき点だ! たとえ自由に行使できたとしても、いざ中身を把握できていなければ自分で自分の首を絞めることになる可能性だってあるんだぞ!」

「それで怖気づいたってしょうがないでしょう! 何度か行使してからでもそれを調べるのは遅くは――」


 まず目に入ったのは、机に手を叩きつけながら二人の生徒が口論をしているさまだった。片方は目つきが鋭い、なんというか猛犬みたいな印象を抱く女子。もう片方はどちらかといえば線が細い顔つきをしている生真面目そうな眼鏡の男子だ。その二人が今にも頭をぶつけそうなほど顔を近づけて怒鳴り合っている。外に居る時は聞こえなかったから、どうやらここの扉も防音はバッチリのようだ。

 その光景に足が止まっていると、もう二人ほどの人影が目に入る。一人は奥でなにやらオレのほうを品定めするような眼で見ている髪の長い女生徒。もう一人は、多分オレのノックに答えたのであろう茶髪の男子生徒だ。茶髪の男子生徒は人懐っこいような笑顔でオレに話しかけてきた。


「やー、すんませんね、こんなに騒がしくて。それで、なんかウチの部に用っスか?」

「あぁいや、なんかこっちでオレのことを待ってるっていう人がいると聞いたので……」

「あなたを……? えぇと、ちょっと待っててくださいね」


 茶髪の男子生徒が怪訝そうな顔をした後、他の部員達の方に顔を向けた。

「あの、なんか今日ここで誰かを待ってるっていう人居たっけ? っていうか、いいかげん魚戸うおと飛鳥あすかも議論は後にしろよ!」

 未だにオレに気付かない様子の二人に茶髪の男子がそう注意すると、ようやくその二人がハッとなってオレの方を見た。そして開口一番――


「…………誰?」


 という、今までかなり話に熱中していたことが分かるような発言をしてくれる。だが、そういえば自己紹介もしていなかった事を思い出したのでオレは慌てて全員に聞こえるように言う。


「あ、オレは2-Aの遠原って言います。今日はなんだかここで人に呼ばれてると聞いて……」

「あー、2-Aの遠原……そういえば聞いたことがあるわね」


 言い争いをしていた女子がオレの自己紹介を反芻して、そんなことをボソッと口にする。もしかして、この人がオレを……?


「――確か、転校生の美少女と最初から知りあいだったりC組の琉院や三里、更には武道部のホープこと那珂川那須野ともよろしくやってるとかで最近うちの部に呪殺依頼みたいのが来てる、『あの』遠原櫟?」

「……そんな幸せ者みたいな雰囲気ではないですが、多分その遠原櫟です」


 一応間違ってはいないので認めはしたが、女生徒の口にした内容にげんなりとしてしまう。多少恨まれるのもわからなくはないが、まさか呪殺なんていうものがオレの知らない裏で進められるほど恨まれているとは……恐ろしい学園である。


「まさかそんなのが実在するわけないって適当に流してたけど、本当にいたのね。まぁ顔を見る限り、モテモテってわけではないみたいだけど」

「分かってくれますか……ありがとうございます」

「えぇ、本当にパッとしない顔だもの。まさかこんなのがモテているなんてわけないでしょ」

「……一瞬感謝しかけた自分が馬鹿らしい」


 ただの悪口かよ、と心の中でごちる。いや、別に自分がかっこいいとかイケてるなんて思いはしないが……しかし、罵倒されるのは気持ちいいわけがない。


「ふむ、しかし遠原、か……別に僕は呼んだ覚えが無いが。犬井、お前は?」

 犬井と呼ばれた茶髪の男子生徒は、否定するように腕を振る。

「そもそも俺が呼んだのなら最初の時点で話がまとまってるって、一番最初に気付いたんだし。知ってるみたいだし、飛鳥のほうが呼んだんじゃないの?」

「いや、あたしでもないわよ。魚戸も違うっていうなら、後は……麝香じゃこうしかいないんじゃない?」

「麝香……さんって、後ろに座ってる?」


 なぜか部室の奥に一畳だけたたみを敷いてその上の座布団に正座している、髪の長い女生徒を見た。どこかミステリアスな雰囲気をまとって扇子で自身を扇いでいる仕草は、女子高生というよりもどこか大人びた女性のようだ。しかし、麝香という名前とその姿……どこか見覚えがあるような――そう考えてみると、芋づる式のように彼女に関する記憶が出てきた。

 しかしそれはあまりにも信じがたいようなものだった。だからオレは、確かめるように尋ねる。


「……まさか……麝香さんって、生徒会長の……?」

「――そうだよ、生徒会長の私だ」


 オレが恐る恐る口に出した内容に、なんと当の麝香さん本人が答える。そしてその声を聞くとはっきりと思い出した。たしかにこの声は、生徒総会などでよく聞いていた現生徒会長――麝香しずくのそれだ。まさか、生徒会長がこんな部にいるとは、思いもしなかったが。


「それで遠原くんだけど、確かにこの部屋に呼ばれている。そこは安心していい」

「そ、そうですか……あの、それじゃあもしかしてオレを呼んだのは麝香さん?」

「いや、そういうわけではないんだけどね」


 麝香さんは苦笑した顔を隠すように、扇子を口のそばで広げた。そして自分の顔を扇ぎながら言葉を続ける。

「遠原くんを呼んだのは私でも、そこに居る三人でもない。というか、正直に言うとここの部員でもないんだ。協力者みたいな人ではあるんだけどね」

「あ、なるほど。そういうことっスか……」

 その説明にオレではなく、犬井が納得したような声を上げた。他の魔道研究部員もあー、と合点がいった顔をしているが、オレにはさっぱりである。


「まぁ、あなたを呼んだ人も多分もうすぐ帰ってくるでしょうから――」


 生徒会長がそんなことを言っている最中に、ドアの方からノックするような音がした。麝香さんはそれを聞くと、小さく口元を緩めた。

「噂をすれば、というやつかな……どうぞ、入ってください」

 ドアが開く。そしてそこに居たのは……またも見覚えのある人物だった。その人はオレの顔を見ると、意外なものを見たような表情をする。


「おや、君は……確か前に部室棟の近くで会った後輩くんだったかな? ちょっと失礼するよ」


 そう言うとオレを避けて部屋の中に入り、机の上に両腕で抱えていたビニール袋を置いた。どっかりと重量感のある音がし、そのビニール袋の中身がそれなりの重さであった事がうかがい知れる。


「まったく、最近私はパシリみたいな感覚を覚えてきたところなんだけど……麝香後輩、彼はなんでここに? 季節外れの新入部員かなにか?」

「こんな時期にこの部に入るような奇特な方はいませんよ。自分で呼んでおいて、何を忘れているんです」

「自分で……って、まさか!」


 バッと振り向いて、その人はオレの身体を顔から足までまじまじと見てきた。

 それに不可解な印象を覚えていると、更に緊迫した表情でいきなり手を掴んできた。

「もしかして……君が遠原くんかい!?」

 ギュッとオレの手を締めるような指先の感触に、自分でも緊張するのが分かる。いくら女子と同居していても、オレには圧倒的に経験が足りない事態だ。とはいえ、できるだけそれを表に出さないようにオレは平静を装う。


「そ……そうですけど――」

「あぁそうか、君だったのか! よかった……!」


 オレの手を掴んだままぶんぶんと腕を上下に振るその人は、オレの返答を聞いた直後から一気に目を輝かせだしていた。表情もパァッと明るくなって喜んでいるのは伝わってくるのだが、正直それを近くで見ているとこっちが照れてくる。

「じゃ、じゃあ麝香後輩、私は遠原後輩を連れていくから、今日はこれで!」

「はいどうぞ、後は私達の活動ですからご自由に」

 麝香さんにそう言うとその人は、オレの手を掴んだままドアから外へ勢いよく飛び出していった。当然、手を掴まれているのでオレは引っ張られるような形になる。

「ごめん遠原後輩! ちょっとバス停まで走るけど、そこに着いたらちゃんと話すから、できればついて来てくれ!」

「は、はい! 分かりました!」

 慌てているような様子ながらもしっかりと掴まれた手に引っ張られ過ぎないよう、オレも必死に足を動かして部室棟を駆け下りる。だけど、前を行くその人はオレよりも速い速度で走っていた。だけどそれもどこか納得してしまうのは、この人だからこそなんだろうか。


 数日前、オレと天木さんが学校内をめぐっている時に出会った前年度の生徒会長。あの時は名前を思い出せなかったが、現在の生徒会長を思い出した今ならはっきりとそれも思い出せる。

 その名は、諏訪野すわの零華れいか。その人は万事において誰よりも優れているという評判と、それを納得させる実績を作り上げた――いうなれば、この深根魔術学校の歴史においても最高の評価をされているであろう、伝説的な人なのだった。

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