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異世界少女来訪中!  作者: 砂上 建
初夏の来訪者
32/53

集結

 琉院に手を引かれて封鎖されていた道をそれなりの距離進んだ後、周りに誰も居ないことを確認したオレたちは少し休憩をしていた。さっきの警官はやはり追ってこず、どうやら周囲の建物も住居は戸が閉まっていて店などならシャッターが下りているようだ。この状況を言うならば人気の無い、というものが一番適切で妥当なものとなるだろう。

 開かないガラス戸に背中を預けて座っている琉院を見る。息が上がっているらしく、呼吸が少し荒い。さっきの疾走を見ればそうなるのも納得なのだが、引っ張られるばかりだった身としては立つ瀬が無いところもある。しかし――今の琉院はそんなことを聞く余裕も持ってなさそうだ。

 なぜなら肩で息をし、呼吸が荒く、座り込んでいる状態でも彼女はある一方向を見つめて目を離さないでいる。恐らく、三里さん達がいる建物があるだろう方向だ。そこへ向けて強い意志のようなものの篭っているような鋭い眼光を向けている。この状態でもそうしている彼女は必死で真剣なんだろう。少し泥臭いが、その姿は眩しさを感じるような輝きも持っているみたいに見えた。しかしこうなると、少し心配なこともある。


「……あんまり気を張りすぎると、いざって時に集中が切れるかもしれんぞ?」

「…………心配には、及びませんわよ。亜貴を助けるための戦いなら、三日間だって戦える気がしますわ」

「そいつは失礼」


 本当のことかは知らないが、それだけ言えるんなら多分まぁ、大丈夫なんだろう。意地を張るところはあるが、勝負事に関しては素直な気もするし、それこそ無理をして危険を招くのは自己責任だ。悪いのは自分の状態をかまわなかった本人になる。

 ……もっとも、危険な目にあっても見捨てるなどというわけではないが。


「しかし琉院。見てのとおり人気が薄いのは一目瞭然だが、あの警官が言ってたことが本当なら中にいるはずの他の警察の気配みたいのも感じられないのはおかしくないか?」

「……本当なら、の話ですわね。まぁこの様子を見る限りなら――」

「――多分、ガセだよな」


 人の気配は薄い。それは最初に言ったとおりで、間違っていない。だがそうすると、本来それなりにはいるはずの警察の気配も微塵に感じないのはなにか妙だ。なにか他の可能性を考えるなら、少数の人数で隠れて行動をしているのかもしれないが――すこし空想が入っているような予想だ、自分で考えたことでも信用なんてできない。

 やはり大規模暴動というのに人は回されているのだろう。そしてここはその現場ではなく、しかし事件ではあるから最少人数で道を塞ぐだけしている、というのが正解なんだろうか。遠いのは近すぎると抵抗にあうからかもしれないからだろうか。内側に入って考えているとそんな予測ばかりが出てくる。


「……もしかしてこれがあいつらの狙いってことなのか? 琉院の家への脅迫を本命としてそっちの選べる道を封じるためにでかい事件を起こしてそっちに警察だのを集める、っていうのが目的ならまさしくあいつらの思い通りなんだろうが」

「そうだとしても、わたくしは――いえ、琉院の家はそのような卑劣な行動に屈したりなど絶対にしませんわ」

「だな。むしろ今は総取り狙いか。脅しに動じない上に、こうして取られたものを全部取り返そうとしているんだから」

「……お父様は保守的に進めようとしていたようですけどね」


 琉院は少し寂しげな顔になって、ぽつりと呟くように言う。琉院の父親は今回、三人の少女を見捨てようとしていた。それにはオレも憤りを感じたし、琉院にとっては身内の、それも親に親友を見捨てるよう促されていたということになるのだ。その時の琉院は父親に何を感じていたのか分からないが、少なくともあれだけ沈んでいたのだからいい感情ではなかっただのは確かなはずだ。しかし冷静になった今に考えると、琉院の父親があれだけ頑固になっていた理由は分かった気がした。


「まぁあれだけ止めていたのも、なんとかお前を安全な場所にいさせたかったからじゃないか? 今さっき思ったことだけどさ」


 さっきの運転手といい、どうも琉院の身の回りには過保護な人物が多い。父親もその例に漏れず、琉院のことは溺愛しているのだろう。それなら行くのを止めようとしていたことはなんとか納得できる。それもあれだけ落ち込んでいる状態だったのなら、尚更だ。


「……えぇ……お父様はきっと、私を危険な場所に行かせたくなかったから止めていた、それは分かっているつもり。でも……それでも、亜貴を見捨てろと言われて、納得できなかった。だから今、わたくしはこうしてここにいるのです」

「そうか…………オレは正直、あの落ち込んだ状態じゃ諦めかけてると思ってたよ」

「諦めかけていたというのなら違うと言い切れないですわね。といいますか、今だって半信半疑な部分はかなりありますのよ?」

「そうなのか?」

「えぇ。でも、今はちゃんとわたくし自身の耳で亜貴の気持ちをはっきり聞こうと思っていますわ。目を背けて逃げようだなんて、もう絶対考えたりしない……そう思わせてくれた貴方には、感謝してもしきれませんわね」

「……オレは三里さんの言ったことやらを明かしただけだよ。それ以外に何もしていないんだ、感謝されても困る」


 なにより、そういう礼を言われると照れくさい。そういうつもりだったというわけでもないし、直接的に助けたわけでもないのだからオレとしては筋違いのようなものな気がするが、そう言おうとする前に琉院がオレの言葉に「いいえ」と否定を返してきた。


「その亜貴の言葉を伝えてくれたという事が、わたくしにとってなにより重要なことだったのですわ。亜貴からそういうことを聞く機会はここ何年も無かったし、それに……もう一つ、気付いたこともありました」

「……もう一つ?」

「ええ。気持ちを伝えず、想いを表さず……何も言わないでいたのはわたくしも同じようだったみたいだって、今回のことで気付けましたわ。だから今日は亜貴の気持ちを聞き、そしてわたくしの気持ちを伝える。そのためにわたくしはここへ来たのです」


 琉院はそう語った後、ゆっくりと立ち上がる。疲労感が無くなっているというわけでも無さそうな様子だが、それは両手両足の力を強化魔術によるドーピングもどきでけっこう底上げしていたわけなんだから、むしろ疲れていない方がおかしい。強化でも普通は腕か脚、もしくは腹などどこか一部分に使うのが定石で、それでも身体に疲労を覚える人間がいるのに、腕と脚の二つを強化してそれを二十分にも満たない時間休んだだけで完全に回復しきるなどそんなのは化け物並みのスペックだ。立ち上がって戦える意思を持っているだけ、琉院だって充分にすごい。


「しかし琉院――本当に大丈夫なんだな?」

「……遠原も大概クドいですわね。もしかしたら、あなたまだ一人で行く気がありますの?」

「そりゃ心配にはなるだろ。一応オレだって魔術学校の生徒で、身体を強化する魔術を使った後の疲労はよく知ってるんだからさ」


 実を言えば一度だけなら、オレにも身体強化を使った経験はある。授業の一環で適正を調べるというものがあったのだが、それで件の魔術を使った結果――両腕に五分ほどかけただけでその日の夜まで何か重いものを持つ気力は湧かず、教科書その他諸々全てを置き勉することにした。そもそもオレ自身その頃は今より体が鍛えられていたとかいうこともなかったから、今ならもう少し代償は軽くなるのかもしれないが今回使ったのはオレではなく琉院だ。初めて会ったときには三里さんとなにか格闘術か護身術のようなものの訓練をしていたが、琉院は目に見えて細身で、体力豊富というような見た目ではない。むしろ体力だけではなく一部分にいたっては豊かと言うなどおこがましいほど貧しく――


「……遠原、目線がわたくしの顔より下に向いてますわよ」

「気のせいだ。ちょっと無意識に目が固定されただけでなにか妙な事を考えていたわけじゃない」

「顔がなにか憐れんでるように見えたのも?」

「……すまん」


 憐れんでいたのもついでにあるのか分からない胸部を凝視してたのも紛れも無く事実だし、どう考えてもオレが悪いので身を小さくして謝る。引っ叩かれるかもしれない、と思って目を瞑っていたのだが――琉院のリアクションは思いのほか大人しい、ため息というものだった。


「……とりあえず今は余計な力を使いたくないから特には何もしませんけど、あまり普段から軽率なマネはしないほうがいいですわよ?」


 琉院は呆れながらオレにそう忠告してきた。つまりこれは今はお咎めなし、ということだろうか。状況に助けられるとは思わなかったが、しかし素直に喜べる話ではない。ちゃんと反省はしよう。

 ……しかし今なら状況に守られるというのなら、後でばれたりしない内にあれも今言っておいたほうがいいのだろうか。


「そ、そうだな。普段からしてるってわけじゃないけど……それはそれとして、琉院、もう一つ謝っておいていいか?」

「……なにかしら?」


 琉院からすでに四つ筋がこめかみに浮かんできていてもおかしくないほどの怒気を感じるが、今は力の温存のほうが先決とさっきも言っていた。だから多分、今なら特にオレに対してなにかやるということも無い……はずだ。あくまで可能性があるだけだからか、琉院の顔と向かいあいながら緊張でごくり、と唾を飲んでしまう。


「……いや、さっきお前に引っ張られてる時さ……その格好であんな速度出して走るもんだから、真後ろにいたら……その、中が見えて」

「……!!」


 琉院が顔を赤くして、今更なのにスカートを押さえていた。琉院は今日出会った時と一切変わらぬワンピース状の服のままだったのだ。もしかしたら気づいてなかったのかもしれないが、すごい目つきでこちらを睨んできているのだが……その様子も、なんだかかわいらしく見えてしまう。本来ならなにをされるか脅えていないといけないのだろうが、今ならなにかされることもないと思うとどうにも緊張感が無くなる。


「…………この騒動が終わったら――」

「ん?」


「この騒動が終わったら――貴方は結婚することにしてやりますわ……!」


「間接的な上に遠回りな「死ね」って発言はやめてくれ。あと誰とだ」


 少し分かりにくいがとにかく怒っているんだろうということは伝わってくる発言だった。あと一押ししたらこの場で手を出してきそうだ。しかしフラグって他人が勝手に立てても生まれるもんなんだろうか。その疑念は今も消えそうにない。

 琉院はしばらく「うぅ」と唸った後でようやく落ち着いたらしく、気分を入れ替えるためか小さな咳払いをひとつした後でオレのほうを見た。顔がまだ少し赤いのは仕方のないことか。


「と、とにかく遠原。さっきの話の続きですがわたくしは大丈夫ですし、貴方一人で行くなんて事はそもそも認めたくないですわ。だからわたくしも目的地には行く、それは今更変えるつもりもありません」

「……なんでオレ一人じゃダメなんだよ」


 大丈夫だといい張れることは分かったがそれにしても後半のは単なる我侭なんじゃないか。だから聞いたのだが、琉院はその質問に対して不思議そうな顔になる。


「少し踏み出せば会えるところにすぐ会いたい人がいるのなら、何があっても会いたいというのは当然のことではなくて?」


 普通に戻ってきた、普通の返答。何気なく返されたような言葉なのに、その言葉がなぜかとても真新しく感じられた。

 ……いや、新しいと言ってしまうのは、何か違う気がする。どちらかと言えば、これは今まで見落としていたものを発見したような、そんな気分だ。そしてそう思うと、途端に自分の胸が締め付けられているような苦しさに息が詰まり、思わず自分の胸の辺りを服の上から掴む。強く浮かんできたのは――天木さんへの申し訳無さ、罪悪感、自分が先走りすぎた事を戒めたくなる気持ち、それらが混ざっている、なんとも複雑な気持ち。

 だが、ようやくわかった。

 ようやく、天木さんがオレに対して何を怒っていたのかが――自分が彼女に、何を謝ればいいのかということが――はっきりと、分かった。


「……遠原?」

 琉院がオレの顔を心配そうに見てきていた。目の前で突然胸を押さえるものだから、驚いているんだろう。どういうことか話したほうがいいのかもしれないが――これは自分の問題で、今の琉院の目的とはなんら関係ない。それでもせめて安心してもらうために、笑顔だけを作った。


「……なんでもないよ。琉院も大丈夫だっていうなら行こう……今すぐに」


 できる限り、声色には気を使った。琉院はまだ少し不思議なものを見ているようにこっちを向いていたがやがて納得したようで、


「……わかりました。あなたも大丈夫(・・・)なようですし、行きましょうか」


 と、軽い笑みを浮かべてそう言ってきた。なにも聞かないのは気を使ってくれた……ということなのかどうかはわからない。なにせ彼女が浮かべている笑顔は優しげとか慈しみがあるとかそういう雰囲気はなく、どちらかといえば野性的で獰猛な獣的。これから行く場所ではおそらく戦いがあると思うと今のうちから戦意を高めたりするのは間違っていないと思うが……なんだかうまく誤魔化されてるような気もする。まぁ今までの素直な感じからするとおそらく図らずして隠しているのだろうと思うが。


「でも琉院、今は大丈夫でもちゃんと気をつけ――」

 とりあえずこのまま歩きでも10分ほど進めば目的地には着く。このままゆっくり向かおうかと一歩踏み出してみると――琉院が動かなかった。


「…………」

「どうした?」

「……なにやらエンジン音が聞こえますわ。これは……バイクの音……かしら?」


 なにやら神妙に集中したような表情でいると思ったら、どうやらなにか聞こえてきた、ということのようだ。それもバイクの音のようだが……夜の街ではよく響く、ありふれた音のはずだ。ここで気にする道理は無い。

 しかし、次に琉院の出した情報にオレは驚愕した。


「……どうもこっちのほうに近づいていますわよ?」

「……なに?」


 近づいてきている、となると流石にオレでも妙だと思う。さっき琉院が全力を出して振り切った封鎖はまだあるはずだ。あれは普通の人ならまだ脇道を通れると思うが、バイクとなるとそれが通れるほどの幅があったか、という問題が出てくる。そしてその答えは『無い』だ。だが現実に、琉院がバイクの音が聞こえる、近づいていると言っていたのだ。それに――


「……本当だ、オレにも聞こえてきた」


 オレの耳にもバイクが走る音が聞こえてきたのだ。そして確かに、それは近づいている。ならばあそこを突破してきた、あるいは通ってきたということになる。そうなると自分の中では真っ先に一つだけ、ある仮説が浮かぶ。

「もしかして、警察がバイクで追ってきたとかか?」

 あの場を通り抜けられるとなると、一般のライダーだとは考えにくい。むしろあそこにいた警官と同じ警察の人間だというならすんなり通れるはずで、辻褄としてはおそらく合うはずなのだ。しかし――


「そうなら他に車なんかも来ているはずですわよ。彼らにとって優先すべきは中に入り込んだ男女二人より立てこもりのはずですし、ほかの人員が来るなら他の場所で起きていた暴動が収束したということと同義ともいえますもの。聞こえる限りバイクは一台のようですし、あまり現実的ではないですわね」

「あ、そうか。そうなると……どういうことだ?」

「……わたくしにもさっぱり分かりませんが……いっそここで待ってみます? わたくしたちに手を出す類ならすぐに気絶ぐらいはさせられますし」

「さらっと怖いことを言うなぁ。でもまぁ、それならひとまずそうするか」


 まぁ確かに、ある意味それが一番消耗が少ないか。強化ではない火球なんかの普通の魔術は、さっきの身体強化を使った琉院のように疲労するとかそういった目に見える代償はとんと無い。せいぜい発動・安定に集中力と想像力を要するくらいだ。だから気絶させるくらいなら特に踏みとどまる必要もあまり無いので、オレは琉院の提案に即座に乗って軽く身構える。琉院は特に身体に力を入れるということもなく、あくまでゆったりとした、自然体といった感じで待ち構えるようだ。

 バイクがエンジンを鳴らす音が次第に近付いてくる。だがこちらは準備万端、何が来ようともすぐに対応できるはずだ。閉まった店先から自分たちが通ってきた道のほうを見る。何も無い筈の車道からかすかな明かりが見える。恐らくヘッドライトだ。それが次第に大きく、眩くなってこっちに近づいてくる。


 そしてもうすぐそばのところまで来て――目の前の道を、普通に通り過ぎていった。停止するような素振りすら見せずに、一瞬で目の前を駆け抜けていった。


 瞬きする間に終わるような事にオレと琉院は多分、気の抜けたような表情をしていたことだろう。


「…………なんだったんだ?」

「さぁ……杞憂だったというのなら、それに越したことはないですけど……」


 琉院はそういうが、しかし、いまいち納得がいかない。まったく関係ない普通の人がわざわざあの封鎖を抜けてまでこの道を通るものだろうか。考えていても仕方のないことかもしれないが、謎が謎のままではすっきりしない。琉院もなにやら不可解そうな様子だったが、すぐに目的の場所に体を向けて歩き始めた。


「……気勢は削がれてしまいましたが、とにかくわたくし達も先へ進みましょうか。時間はあまりないのですし」

「だな、そうするか」


 多分琉院も気にしているのだろうがとりあえず前進するのが先決だと思ったのだろう。オレも早急に考えなければいけないことというわけでもないバイクの謎を考えるのはやめておくことにする。そんなわけでなにか微妙な気持ちになりながら、オレと琉院は前進を再開したのだが――


 ――案外早い段階で、オレと琉院が謎に思っていた事は解消されることになるのだった。


 ++++++++++++++++++++


 目的の店の入り口が見えるところまで来たオレと琉院は、そこでまるで想像していなかったものを見ることになった。互いに驚いた顔を見合わせる。

「……おい、あれって……!」


「……誰かが戦っているみたいですわね……!」


 信じられないことに、店先でなにか同じような格好の集団が蠢いていた。全体的に黒く顔も含めた全体像を隠しているような姿で統一されたその軍団は店の中からも出てきていて、少しずつ増えているように思う。しかし、この姿には見覚えがある。琉院の家で見た例の映像に出ていたやつらそのものの姿だ。


「……どうやらここに来て正解だったみたいだな」

「みたいね。でも――これは本当にどういうことかしら?」


 琉院が不思議そうに集団のほうを見る。やはり警官の話は嘘だったようでそこには他の警察だとかそういうものは全く居ない。しかし何かが来ている様子というのもここでは見えない。

 だが――それならなぜ店先に『True World』の人間が集まっていて、それで吹き飛ばされている(・・・・・・・・・)

 当然そこに地雷でも仕込んであるなんて馬鹿みたいな話なわけはない。それに、ここからでも聞こえてきているのだ。必死な声が「数で攻めれば大丈夫だ!相手は二人しかいない上にもう囲んでいるんだぞ!」と指示をしては吹き飛ばされ、何も無い道路に死屍累々と並んでいるのが聞こえ、見ることができる。


 つまり、誰かが戦っているのだ。


「……とりあえず、琉院」

「わかってますわよ。囲まれてる『二人』とやら以外の有象無象を吹き飛ばせばよろしくて?」

「できるなら、それでいい」

「――では」


 琉院がうごめく集団に向けて駆けよっていく。その途中で右腕を上げて大きく振りかぶった。すると突然風が吹き、空気が揺らぎはじめる。地に足をつけ、離れないよう思い切り踏ん張りながらあたりを見ると、突如として起こったこの現象の原因が何なのかわかった。

 ところどころ周囲に揺らいで見える景色があったが、そんな中でもひときわ大きい球体のような揺らぎが、琉院の手の中――というより手の上といった方が自然に思えるほど巨大な揺らぎがあったのだから。それを手にした琉院が小さく跳んだ。


「死なない程度に――散らして差し上げますわ!」


 揺らぎを持った手を上から振り下ろした。揺らぎがゆっくりと落ちながら飛んでいくように、黒い集団が蠢くほうに向かっていく。一部の黒尽くめの人間がこっちに気づいたようなそぶりを見せたが、それでも彼らが何か行動を起こす前に、黒が集まるすぐそばの地面に揺らぎはぶつかり、極大の空砲が使われたような炸裂音があたりに響く。キンッ、と耳鳴りのような音がして、咄嗟に両耳を塞いだ。

 塞いだ直後、目に映る黒い人型が大量に吹き飛ぶ光景。まるで紙片が風に飛ばされて舞うように軽々と吹き飛ばされている。自分はそれを呆然と眺めていたのだろう。多分、琉院は爆弾のようなものを作ったのだ。一瞬でも強力な風圧、暴風を巻き起こすような風の爆弾。それを彼らが気付かない内に速攻で使ったことにより、予想外の攻撃を受けた連中に対してかなりの効果を上げた、ということなんだと思う。だが、正直に言うと。オレが放心していたのは、その威力や規模とかにではなく、空気や風を爆弾のようにした魔術そのものにだった。

 詠唱を使っての発動は誰にでも仕えるということが利点だが、使えるものにはあまり幅がない。規定通りの文言を詠うというシステムがある時点であまり種類が豊富、というわけにはいかないからだ。対して無詠唱は明確なイメージと集中のみでいいことから、やろうと思えば擬似的な隕石をも魔力で作れるだろうと言われている。しかし、無詠唱可能な人間でも基本的に詠唱で発動される魔術とはあまり差がないことが多かったりするのだ。理由は無詠唱者より詠唱を要する人間のほうが多く、その彼らの使う魔術に無詠唱可能な人間のイメージが固定されていく、というようなことらしい。

 しかし今。琉院が使った魔術は詠唱で使えるものの中にはない、独自オリジナルと言ってもいいものだ。それをこの威力で暴発させずに使えるとなると、彼女を指していた天才やエリートという言葉が真実であることを認識しないではいられない。


「……オレ、こんなのと戦おうとしてたのか……」


 思わず、そんなことが口をついて出てくる。よく考えれば、琉院が実際に魔法を使ってるところをその場で見るのは初めてだ。以前見たのは小さいビデオカメラの画面であの時も巨大な魔法を使っていたが、実際に見るとやはり迫力が違う。まぁ、今回は空気だから炎と比べると少し見栄えは違うかもしれないが。

 と、そんなことを考えながら黒服集団のたかっていた後を見ていると、なにかさっきまでの自分のことを見ているようになる、なにやら呆然とした様子の人間二人が見え――


 ――訂正。


「何してんだ、あいつら」


 呆然とした様子の見覚えのある人間二人が、吹き飛ばされた黒い服装の集団の中心にいた。そいつらの内男の方はキョロキョロとあたりを見渡したかと思えば、こっちを見てニッと笑った顔を向けてくる。そしてその反応を見た女のほうもこっちを見て、やたら安心したような顔になった。逆に琉院はこっちを見てなにか困惑している様子。それはオレも同じなのだが、琉院よりは多分オレの方があいつらより話を聞きやすいだろう。

 黒服が倒れてるのを踏まないように走って近寄り、男のほうに話しかける。


「こんなところで何やってんだよ……葉一も那須野も……」


 こんな事件の渦中のようなところに現れると思っていなかった二人だ。そりゃあ理由も何もかも気になる。葉一は相も変わらずな軽い感じの笑顔を隠さないままに答えた。


「頼まれたんだよ、助っ人ってやつ。ここにお前が向かっているからってよ」

「誰に?」

「海山のバァさん」

「……なるほど。あとその呼び方は本人の前ではやめるようにな」


 葉一が短く簡潔に説明したことで大体はわかった。心配性なのはどうやら琉院の身の回りだけではなかったらしい。余計なお世話……と言えたらいいのだが、オレにはこの二人を迷惑がれるほどの余裕もない。


「ちょっと不本意ではあるが、もうここまで来ちゃってるんだしな。ありがたいし、帰れとは言わないぞ」

「今すぐ帰りたいともあまり思ってねぇよ。バァさんから事情・・も聞いてるしな」

「……そっか。じゃあオレから特に何か言うことはないんだな」

「あぁ。だけど代わりに俺から、一つ言わせてくれ」


 スッと中身が入れ替わったように、葉一の顔が軽さの抜けた真面目なものになった。


「さっさと三人助け出して、全員で帰ろう」

「……当たり前だ。長引かせるつもりはない」


 この二人にもこうしてここまで助けに来てもらっているだけで十分なのだから、迷惑はあまりかけたくない。今のオレと琉院にできることは、急いで三人とも助け出すことだ。

 ……そういえば、と左右を見る。


「琉院と那須野、どこ行った……?」

「その二人ならお前の後ろで話してるぞ。内容はよく聞こえねぇけど」


 葉一がオレの後方を指差す。体ごとその向きに変えると、確かに二人して何か話してる様子だ。もっともこの前見たような険悪な感じではなく、二人とも少々楽しそうに談笑している、という感じだったが。

 そんな二人の様子を見ていると二人ともこっちの視線に気付いたらしく、並んでこっちに歩いてきた。


「こんばんは、遠原。まさか、こういうことで会うことになるとはな」

「オレも想像してなかったよ。というかお前が手に持ってるのって……」


 那須野が両手に持っているのは、木製の棒のようなものだった。普段の彼女が使っているのは金属製の斧槍ハルバードだが、それ以外で那須野がもっているのは彼女にとってもっとも手に馴染むという自分の世界から持ち込んだ短槍と長槍の二つで、これらも揃って金属製だったはずだ。木製の物は見覚えもないのだが……。


「ん、これは前に部の方から借りていたものでな。今のあっちでの獲物ができるまで一時的にこれを使わせてもらっていてそのまま部屋においておいたのだが、今回みたいな事態にちょうどよかったからこれを持ってきた」

「あっちでの獲物?」

「木製の槍二本だ。さすがに金属でできている上に十分な殺傷力があるものを学生の部活動の試合なんて公共の場で使うわけにもいかないからな」

「あぁ、そういうことか」


 つまり、その木の棒は昔の間に合わせに使ってたものということか。確かに誰かを助けるためでも人殺しは許されるわけではないし、これならまだ怪我程度で納めやすそうだ。


「ところで……那須野も事情は知ってるのか?」

「一応承知している。早く助けに行くほうがよいのではないか?」

「そうだな。ならさっさと中へ――!」


 そう言って建物の中に入るのを促そうとした時、あたりに有象無象のごとく倒れていた黒い集団が動きだしているのが目に止まる。一人、また一人とだんだん増えていくようにピクリ、ピクリという動きがわかりやすくなる。他の三人もこのことに気づいたようで、表情に驚きと焦りの色を隠さずに出していた。


「くっ……少し弱めすぎましたかしら」

「……弱めすぎたっても、魔術で壁張ってたのにわりと衝撃来たぜ? あれで気絶しないってのもすげえよ」

「まぁあまり愚痴るな。遠原達が来る前にも何人か倒れさせはしたが立ち上がりは早かっただろう」

「……あまり聞きたくない情報だったな。それは少ししぶとすぎる」


 しかし、幸いまだはっきりと立ち上がって襲ってこれるほど意識が回復しているわけでもないらしい。だがこのままここにいると、また先ほどの葉一たちのように囲まれてしまうだろう。入り口の方を見ると、その近辺にもちらほらと倒れているのはいるが、彼らも少しずつ立ち上がろうとしていた。チャンスは今だ。


「走れ! こうなりゃ立ち止まってないで一気に中に入るぞ!」


 その号令でオレ達は、入り口に向けて全力疾走で侵入した。

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