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異世界少女来訪中!  作者: 砂上 建
初夏の来訪者
31/53

友人

「…………」


 チラリと左を見た。高速で移り変わる景色が窓越しに見える。薄暗い夜の中、歩道を行く人や横の車線を走る車や、建物が代わる代わるに現れ消えていくのはまるで、まったく違う幾つものフィルムを止まらずに再生し続けているようだ。

 そんな景色を見たオレは、前の席にいる運転手の爺さん――ではなく右にいる、そのご主人様のほうを見る。


「あら遠原、なにやら顔が少し青ざめているようだけどどうしたのかしら?」

「……スピード出しすぎじゃねえの、これ?」


 やや絞り出し気味の声になってしまったが横にいる少女、琉院槙波に対してこの速度の異常さをツッコむことができた。高速道路とかいうわけでもないのにこんな速度で外の景色が変わっていくのはどう考えてもおかしい。車の間を縫って走るとかそういうことはないが、しかしこれはおそらく法定速度ギリギリなんじゃないかと思い、この車を運転させている琉院にマズいということを伝えようとしたのだ。だというのに、琉院は一切気にしていない顔でさらりと、


「なんだ、そんなことですの? 一応うちの中でも安全第一でもっとも速いドライバーの方ですし、多分大丈夫だと思いますわよ」


 などと返してきた。多分じゃ少し心配なのだが、と言おうとすると、今度は運転手の爺さんが口を開く。


「お褒めに預かり光栄でございまさぁ、槙波様」


 琉院が言うところの安全第一な運転手は、こちらを見ることなく琉院に謝辞を送る。

 一応、なぜオレがこうして琉院と一緒に爆走する車に乗っているのかというと。

 琉院の家であの後突然部屋から出てきた琉院にオレはなにか言う暇もなく首根っこをつかまれて、琉院家の地下と思しき場所にある一台の車に乗せられ、そしてその車から出る隙もなく琉院は今運転席にいる爺さんをどこからか呼び出し、そしてそのままなし崩し的に夜の街へゴーと相成ってしまったからだ。

 とはいっても目的地は三里さんたちのいる洋服店で、そこに向かっている――というのは一応後で聞いたから納得はしているのだが。


「……本当に、急いでいるとはいえできれば速度はいきすぎないようにしてくださいね」

「合点承知ィ!」


 威勢のいい口調で爺さんが答える。どうやらかなりノリのいい――粋ともいえるような性格の人らしい。琉院とはただの知り合いでしかないオレの言ったことをすぐに承諾してくれたのは嬉しいが、車の走る速度はまるで変わらないままだった。


「でもまぁ、これなら間に合うか。琉院、今何時かわかるか?」


 車に乗った後で思い出したことだが、どうも琉院の家に携帯を忘れたらしい。他に時計のような機能を果たすものを持っているわけでもないので琉院に聞いてみると、彼女はそう言われて腕に巻いた時計を確認した。


「今は……だいたい二十時半を回ったところみたいですわね。この分ならおそらく二十一時ごろには着くはずじゃないかしら」

「つまり、後三十分ぐらいしか無いってことか。残り時間は短いが、準備も特にないしそっちのほうがいいな」


 勢いで飛び出してきたが、それでもこれから行くのは怪我をすることも死ぬことも考えられるような危険な場所だ。心の準備のようなものをしないのは少し不安になりそうだが、三人はもっと危険な目にあっている。それを考えると体中に力が湧いてくるような気さえしてくる。

 そんな考えをしていると、横の琉院がオレの手に自身の手を軽く乗せた。


「……不安ですの?」


 心配しているような、そんな声。オレの言ったことが、弱音のように聞こえたんだろう。実際そんなことは無かったが、気遣いは嬉しい。


「いや、大丈夫だ。ありがとな、琉院」

「……そう」


 琉院の手がオレの手から離れた。


「なら、いいですわ。最初に助けに行こうとしたあなたが怯えていてはお話にならないところでしたし、安心しました」

「そういうことなら大丈夫だよ。諦めたりとかそんなことは、絶対にないから」

「それはわたくしも同じことよ。亜貴を助けるまでは、もう弱音など吐きませんわ」


 オレと琉院はそんな風に二人して自分の決意を言い合う。それはもしかしたら格好のつけあいのようなものだったのかもしれないが、ただ嘘であるとも思えない真剣さを琉院の方から感じたし、オレだって本当の気持ちを言っている。これから戦いに行く者同士、互いの決意を分かり合うのは信頼が深くなったような気がした。こいつと共に戦うというのはこれっきりかもしれないが、信頼できる人物と思うと一緒にいて気が楽になるようだ。


「……後ろの席で二人並んでっからかもしれねぇが、なんとも仲の良いこってすねぇ。槙波様も、そういう男が出来る年頃になりましたかい……」


 なんとも物思いにふけっているような爺さんの言葉に、琉院は一瞬でむくれて運転席の方に細くなった目を向ける。


「わたくしと遠原はそういう関係じゃないですわよ、佐渡島さん。同級生で、同じようなことをしていて、そして今日は共に戦う……そんな程度の顔見知りというところかしら」

「そんなところだな」


 まぁ、顔見知りというよりは友達とか言ってくれると嬉しいんだが、あいにくこれまで対立してきたようなものだし、そうすぐにそんな関係になるのも難しいだろう。今だって目的が一致しているからこそこうして一緒にいるわけだ。

 だというのに、佐渡島と呼ばれた爺さんは「いやいや」と琉院の言葉に納得しきっていない様子。


「顔見知りというにはちょいと仲良さげな感じが過ぎておられまさぁね。さしづめ“男友達”といったところじゃあありやせんかい?」

「……まぁ……それなら別にかまいませんけど」


 爺さんの言葉に、さっきはむくれていた琉院がなぜか不承不承、といった感じで納得した。さっきとほとんど意味は変わってないだろうに、なぜ今はっきり男友達と言ったらよしとしたんだろうか。


「そうですかい。まぁそっちのガキがさっき槙波様が勘違いしたような関係のもんだったりしたら、多分旦那様もあっしも黙っていやおれんでしょうが」

「ですから、佐渡島さん! 遠原とわたくしがそういう関係になんてありえませんわよ!」


 琉院がムキになって返しても笑って受け流す爺さんは、どうやら琉院の相手も相当手馴れているらしい。昔からの付き合いなんだろうかと思ったが、それはそれとしてもうひとつ、気になる言葉があった。


「……琉院が勘違いした、っていったいなにと――」

「遠原、いいから黙って今のことは忘れておきなさい。佐渡島さんも、これ以上今のことを口にしようものならいますぐここからぶっ飛ばしますからね!」

「おぉっと、これは失礼いたしやした」


 爺さんも流石に琉院に手を上げられるのは怖いんだろう。まぁ実際にぶっ飛ばすかどうかはともかくとして、これ以上この話をしたら本当に手を出されかねないほどの気迫だ。オレも琉院のほうを見てこくこくと頷き、了解したということをあらわす。琉院はそれで落ち着いたようでもう一度シートに座りなおす。そして、なにか思い出したような顔をした。


「……そういえば、遠原。さっきのもので三里と一緒に居た二人は、遠原にとってはどういう関係の子達なの?」

「あの二人は……妹と――まぁ、もう一人の家族、みたいなものかな」


 どういう関係かと聞かれれば、樫羽のことはすぐに答えられた。だがしかし――天木さんは、どういう関係と答えればよかったのだろうか。

 オレに助けられている人? オレが助けている人? いや、もしかしたらオレを助けてくれている人? そのどれもが、今ひとつしっくりこない。なにかが違う気がした。助けている、と傲慢になるつもりもないし、そもそもまだ彼女は『遠原櫟』からも何からも助かっていない。家事で助けられたことはあるが、それは天木さんがせめて泊まらせてもらっているお礼に、ということでやっているからだ。

 それに――助ける、という言葉がなんだか嫌だった。それは多分『遠原櫟』がしきりに天木さんを『救う』という言葉を発し、思考を持っていたからなんだろう。それで似たような言葉の「助ける」というのを、どうにも天木さんに対しては使いづらいもののように感じてしまうのだ。

 とりあえずそんな諸々の理由でオレは、天木さんのことはもう一人の家族、と誤魔化した。一応一緒に住んでいるのだから、間違いはないはずだ。琉院のほうを見ると特に根掘り葉掘り聞くつもりもなかったようでこくりと小さく頷いていた。


「……なるほど。それならばすぐ助けに行きたいと思うのも当然のことですわね」

「あぁ。今思えば、海山さんに釘を刺されておいて正解だったかもしれない。あの人も内容は知らなかったみたいだけど……頭に血が上っちゃったのは確かだし」

「校長とそんなことがありましたの?」

「お前の父親に始めて会った後、海山さんに出口まで案内されているときにな。きっとオレが激昂しやすい性質だって知ってるだろうし、前もってそう言っておいてからオレをこのことに関わらせてくれたんじゃないかと思うが……」

「そう……羨ましいですわね」


 琉院がどこか寂しげな顔になる。言葉も変化も突然のことで、ろくな対応が思い浮かばなかったオレは「え?」としか言えなかった。


「わたくしには貴方が羨ましいのよ。その人たちのためになら必死になれる家族も親身になって心配してくれる人もそれぞれいて……わたくしにとっては正直、亜貴だけがそういう存在だったから。心配してくれる家族はいるけど、それ以外とはどうにも、繋がりからして希薄だから……そういう繋がりがいくつもある遠原が、羨ましい」


 琉院は小さな、しかしはっきりと聞こえる声でポツリポツリと呟くように理由を聞かせてくれた。

 夜の街を走る車の中にはかすかなエンジン音が鳴っているだけで、ほとんど無音と変わらない静寂な空間が生まれていた。琉院が言ったことに自分はどう返すべきなんだろう。短い時間で考えてもわかるはずはなかった。だから、思ったことを正直に言うことにしよう。


「……そういう繋がりの数があるより、そもそもいるかいないかのほうが重要なんじゃないか? そんな人がいないやつだって多いだろうし」

「そうですわね……確かにそれを持つ者と持たざる者はいて、幸運なことにわたくしも遠原もそういう人がいるというのはその通りですわ。ですがわたくしは……もっと多くの人と関わりを持ちたいと思う気持ちは、どうしても消えませんの」


 琉院の寂しそうな目が、さらにその色を濃くしたように見えた。オレはその姿を見て、一つのことに思い至る。


「……琉院。言いたくなければ言わなくてもいいんだが――もしかして、それにもなにか理由があるのか?」


 オレがそう言うと、琉院は顔を伏せた。琉院から言わないなら、オレが無理強いして聞き出すなんてことはできないのでそのまま互いに黙りこくっていると、前から殺気のようなものを向けられている感覚が襲ってきた。顔こそこちらに向けられていないが、おそらく爺さんだ。恐ろしく鋭敏で、普段なら怯んでしまいそうなほどに研ぎ澄まされた殺意に耐えていると、やがて、琉院が口を開く。


「……もう大丈夫です、佐渡島さん。遠原にはわたくしから、ちゃんと話せます」

「しかし」

「もう大丈夫、と言っています。わたくしの言葉が信用できません?」

「……承知、いたしました」


 殺気を放つのをやめた爺さんは琉院に食い下がるのを渋々という様子でやめ、そのまま運転のほうに意識をまわすことにしたのか、何か話すような気配すら消していた。


「……ありがとう、佐渡島さん」


 小さくお礼を言った琉院が顔を上げてこちらを見る。その顔はなにかを決心したようなものだ。


「あなたを羨ましいと思うのになにか理由があるのか、ということでしたわね。それなら、無いわけではありませんわ」

「……それは?」


 少し、他人のデリケートな部分に踏み入っているような気がした。普通なら、ここでこの話を終わらせようとしていたと思う。だけど琉院のなにか決意したような顔を見ると、ここで無理に終わらせてしまうのはなにか失礼な気がした。だから、琉院が決意してまで言おうと思ったことを聞く。躊躇った様子を見せずに、彼女が言う。


「昔のわたくしが少しいじめられていたから――でしょうか」


 その理由に対して、オレはすぐには何も言わなかった。いじめ、という言葉には驚いたし、琉院に同情のような気持ちを少しでも持たなかった、という事は無い。だが今は琉院のために同情をする時ではないし、それは琉院もわかっているだろう。ここでなにかを言ってしまうと、ただの同情から出てきたような言葉しか出そうになかった。

 だから続きを聞く姿勢を、彼女に見せる。顔をまっすぐに見て、どういうことなのかという詳細を求めた。琉院は自分の過去の嫌な思い出を振り返る痛みからか少し言葉を止めたが、やがて再開する。


「……いじめられていたとは言っても、ひどい暴行だとか、そういうものではありませんでしたわ。ただ時折……思い出したように、わたくしが異世界人の血を引いているから、という理由で色々なことから除かれたり、関わろうとすることを拒絶されたり、そんな風にわたくしは……自分とこの世界の人間は違うというようなことを、たまの暇つぶし(・・・・・・・)程度の感覚で突きつけられていた、というようなことです」

「……それを止めたりするような学校の友達とかは、いなかったのか?」

「いませんでしたわ。高校に上がるまで、亜貴以外に友人といえるような人間がそもそもいなかった、と言ってもいいですわね」

「……そうか」


 琉院の話を聞いていると、もしかしたら、と思ったことがある。それは、琉院が友達を持っていなくて、一人でいることの多かったであろう異世界人の血を引く子供だったからこそ、そんな下らないことの標的にされたんじゃないか、ということ。しかし、過去の問題の理由の推測を今告げたところで何にもならないだろう。その事は、オレの胸の内にしまうことにしよう。


「……とにかく。要するにわたくしがあなたを羨ましいと思えたのは、そんな中で友人を作る気なんてとうぜん湧かず、もちろんむこうからやってくることもなかった。そんなわたくしには昔も今も亜貴一人が友人で……だからあなたのいくつもある深い交友関係というのには、羨望を抱かずにいられませんでしたのよ」


 琉院はふぅ、と息を吐き、この話が終わったことを告げる。

 これでオレは、琉院の過去のことを少しだけでも知ったということだ。それも彼女としては恐らくもっとも嫌な過去。そんなことを話してくれた琉院に対して、オレが真っ先に抱いたのは疑問だった。


「……今も三里さんだけが、お前にとっての友達なのか?」

「……そう、としか言えませんわよ。教室で少し話す程度の仲なら亜貴じゃなくても一人二人居ますけど、それ以外は……」

「――なら、オレがなってもいいか? そういう友達に」


 暗い顔だった琉院が、バッと素早く振り返るような動きでこっちを見た。驚きに目を見開いた、そんな表情で。


「あなたが?」

「おう。オレが……いや、違うな。多分オレだけじゃないか」

「えぇ? それはどういう……」


 琉院はわけが分からないと言いたげだった。唐突な発言を更に違うかもと変えたりすればそうなるのは仕方のないことかも知れない。しかし、琉院のことを考えると自然にそうなるだろう、というように推測できてしまったのだ。


「オレ以外にも何人か、お前と仲良くできそうなやつがいたなーってこと。葉一に那須野、それに今から助けに行く三里さんと一緒の二人、それに……」

「ちょ、ちょっと待ちなさい。なんでそんな急に……それにどうして仲良くできそうなどと遠原が分かって……」

「いや、それは……琉院が案外素直で、取っつきやすいタイプの人間だからさ。最初は偉そうで気難しい奴だと思ってたけどそれはまぁ、オレがお前を怒らせちゃったからだし。少なくとも今日一日の琉院を見て嫌いになるようなやつもあまりいないだろうし――なにより、友達になってみたい気もしたからな」


 なんだか言っていて照れそうなことを口にしている、という自覚はあった。オレにとって普通は友達なんて気づいたらなってるものだし、改めてはっきりと口にして言うにはなかなか恥ずかしいものだとも思う。しかし琉院に廊下で絡まれた時には那須野だって照れながらもオレの事を友人として扱ってくれたし、天木さんだって前に見た『遠原櫟』の記憶の中では真っ向から妙な考えを植えつけられる前の彼に友達になってほしい、と言っていたのだ。それならオレだって、多少の照れくささなんて無視してやる。


「それにさっきも納得してたじゃないか、琉院。オレの事を男友達だって言われて」


 そういうと琉院が慌て始めたように顔色を変えた。


「そ、それは……! 佐渡島さんが、妙な勘繰りをするからであって、決して、友人だと思ったわけじゃ……!!」

「失礼ながら槙波様、ちょいと口を挟ませていただきやす」


 琉院が必死に否定をしようとすると、爺さんがそれを遮る。


「槙波様とそっちのガキのやりとりを見ていると、あっしにゃ十分友人関係のようなものはできているように見えまさぁ。槙波様はいささか考えすぎているんじゃあないでしょうか?」

「……考えすぎ……?」

「えぇ。それは――」

「要するに琉院が思うほど友達になるのは難しくないって事だろ、爺さん」

「……と、そこのガキが割り込んで言った通りですわ。槙波様の昔のことはちゃんと覚えていますが、そこのガキは、そう臆病になってまで自分を守ろうとしなくても良さそうな野郎ですぜ」


 オレが爺さんの言おうとしたことを適当にまとめて会話に割り込んだからか少し不機嫌そうだったが、爺さんは琉院に優しく説得するような口調で諭していた。

 琉院はそれで萎縮したかのように身を小さくして時折ちらちらとこちらを見てくる。慎重になにかを探っているようなその仕草は、彼女が決心するのを待とうと思わせてくるなにかを感じた。何も言わずただ琉院のほうを見る、黙々とした時間がまたやってくる。しかし、不思議にもこうして黙って待っている時がどこか心地よいような気分だ。

 やがて琉院が、膝の上に置いた手を力強く握ってこっちを向く。息を呑むような音が何度か聞こえた。


「……ッ…………ッッ……遠、原」


 琉院がオレの名前を呼び、それに自分はこくと頷いて応える。そして琉院が意を決したかのように、手を差し出してきた。


「……真っ向からわたくしと友人関係になろう、なんて言ってきたのは正直あなたが初めてですわ。ですが――そのバカ正直さ、わたくしは嫌いじゃありません」


 琉院がそう言いながら前に出してきた右手を、オレはすぐに手に取った。柔らかく、暖かく、そして小さいそれを握ると少し気恥ずかしさを覚えたが、それはすぐに薄れる。琉院が握る手に軽く力を込めてきたからだ。痛いというほどではないが、当然そっちに意識は割かれる。


「……貴方は、わたくしの友人になってくれますか?」

「もちろんだ。なにせオレもお前の素直さ、嫌いじゃないからな」


 琉院と顔を見合って、そう言った。こうしてはっきりと言うのは、なぜかこれまでよりも恥ずかしくなく、だけど不思議と確信のようなものが生まれている。多分これで、オレと琉院は友達になったのだろうと。琉院が微笑みかけるような小さな笑顔になり、オレもそれに釣られるように顔が緩んだのがわかる。まさか接点のない同級生だった自分と彼女がこうしてたった数日で『友達』という関係性を持つまでにいたるとは、まったくもって考えられないことだった。思ったように回らない人生とは、本当にそのとおりだ。天木さん達がああなってしまったのはとても最悪だったが、こうして一人の友人を持てたのはいいことだと思う。手のひらからまだ伝わってくる少女の暖かさを感じながらそんな物思いに耽っていると――


「それ以上槙波様の手を握ってるようなら今すぐその右手切り落とすぞガキ」


 ドスの利いた爺さんの殺気付きの声で目を覚ましたオレはすぐに手を離した。琉院が小さく「あっ」と言ってちょっとだけ悲しそうだったのは悪い気もしたが、この爺さんのもつ雰囲気だと今すぐどこかから長ドスだとか匕首でも取り出して本当に切りかかってきそうなものを感じさせるのだ。狭い車内で逃げる場所なんてないし、命最優先で行動したくもなる。それに、何より琉院槙波は美しい少女なのだ。手を握った時は忘れていたのだが、爺さんのよく聞こえる声で手を握っている、と言われてその事実をはっきり認識してしまうと、なにより照れ臭さが勝ってしまうのは致し方ないと自分では思う。オレが手を離したのを確認したからか、爺さんの殺気が少し収まる。


「……槙波様、あっしも友達としてならそのガキといることは納得も了承もできまさぁ。しかし! 手ぇ握ったり見つめあったりなんていう好きあっている男女がやるような事、あっしも旦那様もそいつぁ少々黙っちゃおれませんぜ?」

「なっ……!」


 琉院が爺さんのくどくどと説教するような言葉に、顔を思い切り赤くした。


「違います! べ、別にそういうつもりでやったわけではありませんわ! あくまで少し舞い上がってしまっただけよ!」


 必死に抗議するように琉院は爺さんへと訴える。まぁ確かに、オレと琉院が互いに思いを寄せるとか、そういうことはありえないことだと思う。しかしさっきも言ったように人生が思い通りにいかないことはままある。もしかしたらそういうこともあるのかもしれないが……今は、そういうことを考える気分ではなかった。これから三里さんや天木さんたちを助けるために彼女たちが捕らえられてるかもしれない場所へと乗り込むまでの猶予は少ないのだ。そろそろ、集中していたい。横では琉院がいまだに抗議をしていたが、やがて爺さんが――


「お騒ぎのところ申し訳ありませんが槙波様。そろそろ槙波様が言っていた駅に着きますぜ」


 と報告すると、騒ぎ立てるのを急にやめた琉院は一瞬で集中したのか、顔つきが真面目な物に変わった。

 そして、車が停まる。窓の外の様子を見るにどうやら駅前に着いたようだが、なぜ止まる必要があるのだろう。そうオレが思っていると琉院は外を見渡しておもむろに手馴れた様子で扉を開け、車から降りた後にオレの方を見た。


「……遠原。ここからは足で行きますわよ」

「これで直接行くんじゃないのか?」

「車のままだと急に襲われても対処しづらいし、それに佐渡島さんも危ないですもの。それに……」

「それに?」

「……降りてみればわかりますわ」


 琉院にそういわれて、彼女が降りたほうとは反対のドアを開け車から降りてみる。そして辺りを見てみると――駅前にふさわしくない、なにやら様子の違う一角を発見する。それは、封鎖されているような道だった。といっても車道をトラックで塞ぎ、その横の小さな隙間のような歩道を一人の警官が警備しているような、完全封鎖とまではいっていないようなものだ。


「なんだ、あれ……」

「さぁ。ただ分かっているのは、あの封鎖されている道がわたくしたちの目的地に通じている道だということですわね」

「……そういうことか」


 確かに、これでは車から降りるしかない。しかしこうなるとあの警官の目を盗んで進むしかない、ということなのだろうか。

 爺さんが窓だけを開けて、琉院のほうに顔を出す。


「……どうやらあっしが力を貸せるのは、これまでのようですね」

「えぇ。ですがここまで送ってくれただけでも、ありがたいことですわ。ありがとうございます、佐渡島さん」

「そう言っていただけると、あっしとしても恐悦至極でございます。それじゃあ……おい、ガキ!」


 爺さんが大声でオレのことを呼んだのは突然のことで、それに少し吃驚としてしまう。正直オレのことはついで程度に捉えているのだろうと思っていたため、こうして別れ際に呼びかけられるだけでも予想外だった。


「俺ぁこれで帰ることになるが、誰も見てねぇからって槙波様に言い寄ったりするんじゃあねぇぞ! わかったか!?」


 ……訂正。呼びかけではなく注意喚起だったようだ。少しげんなりしそうだったが、それはなんとか抑えて爺さんに苦笑いで返す。


「分かってますよ。しませんて、そんなこと……」

「怪しいもんだが……まぁいい。それじゃあな」


 爺さんは乗り出した身を車中に戻し、車のエンジン音を轟かせて走りだすと、そのままさっき来た道を引き返していった。

 暗い空の下、電灯で明るいが人気の無い駅の前で琉院とオレが二人きりになる。


「……あの人といい、お前の身近な人って過保護な節があるなぁ」

「過保護といいますか、少しわたくしに気を使いすぎといいますか……でも少しだけ辟易してしまう時は確かにありますわね」


 はぁ、と額に指先を当てながら疲れた表情で琉院はため息をつく。一瞬だけその表情で日常的な感覚に自分は引き戻されそうになってしまったが、琉院自身の顔つきが即座に真剣なものに戻り、自分のやるべきことを思い出させる。

 しかし、当面の問題は目の前に文字通り壁としてある。この封鎖を抜けないと、彼女たちの元へはたどり着けないだろう。


「ひとまず……封鎖の理由を聞いてみませんこと?」


 琉院がそう提案してきたので、二人で隙間を塞いでいる警官に話を聞くために近づく。なにやらかなりピリピリとしているようだが、話は聞けるだろうか。


「あのー、すみません」

「……ん? なんだ、何か用か?」


 ピリピリとはしていたが、話しかけてみると想像より柔らかい態度で対応される。その様子を見て話を聞けると確信したのか、今度は琉院が用件を言う。


「すみません、なぜ道を封鎖しているのか気になりまして。できれば理由をお聞かせ願えないかと」

「……立てこもりだよ。この先にある若い女物の服屋に突然現れた変な集団が、来店してた客を人質にしてる。今対処してるから、野次馬とかが勝手にこの先へ行かないようにここで封鎖しているわけだ。トラックは借り物だけどね」

「……対処している?」


 その言葉にふと違和感を覚えてしまう。たしか、警察など治安維持組織は大半が大規模な事件にかかりきりだということを聞いている。だがそれなら、一人と大型車一台にテープを張った程度なのはなにか妙な気がした。封鎖の人数を極力少なくして実働する人員を多めにしているとかそういうことなのかもしれないが、しかしいくらなんでも一人というのはおかしいという考えを捨てきれない。なにより、まだここはオレと琉院が目指していた場所からけっこう離れているのだ。なぜこんな遠いところで警備をしているんだろうか。そうやってどういうことかを考えていると、警官が追い払うように手首だけ動かして追い払いたがっているような仕草をオレ達に向けて行う。


「とにかく、ここから先は立ち入り禁止だ。デートだかなんだか知らんが早く家に帰っておきなさい」

「……わかりました。行こう、琉院」

「そうね、とりあえず引き返しましょうか」


 どうやらここは正面から堂々と行くことはできなさそうだ。そうなると迂回してなんとか目的地に通じる小さな道を探すか、それともなにか他の案を考えるか、とにかく他の道を考えないといけないだろう。とりあえず例の封鎖されているところからは離れてもう一度駅のそばで琉院とどうするかを話すことにした。


「どうする、琉院?」

「どうするもなにも――正面から行くに決まっているじゃない」


 とりあえず琉院に「なにか他の案はあるか?」という意味で聞いてみたつもりだったのだが、琉院はさも当然といった様子で数秒前にオレが投げ捨てた考えをさらっと言ってのけた。


「…………は?」


 あまりに自然な様子で言うものだから、それに対する反応が数秒ほど遅れてしまう。ついでに、口もぽかんと開いていたような気がした。オレのその反応に、今度は琉院が頭上に「?」でも浮かべていておかしくない不思議そうな表情をした。


「いえ、ですからあの道を通ると言っているのですけど……」

「いや違う、よく聞こえなかったわけじゃない。だけど……無理じゃないか、あれは?」


 誰かがあそこから警官を遠ざければ一人しかいないということもあってテープも大きな障害にならず楽に通れるかもしれないが、あの警官はあの場を動くつもりはないだろう。車をどかせるわけもない……いや、まさか。


「……あのサイズの車を壊したらでかい爆発が起きそうだし問答無用で犯罪だから、魔術で破壊するのはやめておけよ?」

「……貴方、わたくしを破壊魔かなにかと思っていますの?」


 琉院のほうを見て冷静に忠告してやったら、なぜか冷めているような半目でオレが見られていた。オレとしては親切心で言ったつもりなのだが、どうやら間違っていたのはこっちだったらしい。


「じゃあどうするんだよ。車壊して障害を無くして進むんじゃなかったら、お前にもオレにもできることはないだろ?」

「……さりげなぁーくわたくしを壊すしか能の無い力馬鹿みたいに捉えている節が見受けられましたが、今は勘弁してあげましょう。とりあえず遠原――わたくしの手を離れないようしっかりと握りなさい」


 そういって、腕が差し出される。突然で、それでいて意味のわからない要求にしか思えず困惑しそうになったのだが、琉院の顔を見ると至って真剣そのものだ。少なくとも、自信には満ち溢れている。

 それなら――オレもその自信にひとつ賭けてみようか。


「……ちゃんとした方法なんだろうな?」


 言われたようにしっかりと、それこそ離れることはないように力を込めて琉院の手を握る。痛くしていないかと気になったのだが、彼女の顔を見るにどうやらそれはないらしく、平然としていた。


「安心なさい。ちゃんとした――『魔術学校の生徒としては』ちゃんとした方法ですから」


 ギュ、と今度はオレの手が強く握られる。そして琉院が辺りを見回した後で軽く屈んだクラウチングスタートのような姿勢を取ると――


「――振り落とされたりしないように、注意しなさい!」


 ――重い風が一瞬ぶつかったような感覚がしたと思うと、今度は風を切って進んでいるような感覚がやってくる。ただしオレが手も足も動かしていないのに、だ。琉院と繋いだ手だけが前に出ていてそれ以外の身体は地に足のついていないまま、ふわふわとしている状態で前に進んでいる。かろうじて前に目を向けると、前方の琉院はよく見えない速度で足を動かし、そしてそれをオレの手をつかんだまま行っていた。

 つまり、オレは今――高速で走る琉院に引っ張られているのだ。


「!? 君たち、止まりなさ――!」


 先ほどの警官の声が聞こえたと思うと、アスファルトを思い切り踏んだような音にかき消された。前からではなく上から下へと圧をかけられているような感覚へと変わり、地に足の着かないふわりとした気分は更に強まる。首が前ではなく下に向けられると、地面が遠ざかっていて――跳んだのだということを理解した。

 そしてアスファルトではない、それよりは軽い物を踏んだような音が聞こえる。これはおそらく、車だろう。トラックの上に着地をしたのだ。そしてしばらくカーボンを踏むような音がしたと思うと、また浮遊感が襲ってくる――というところで、オレの身体が琉院のもう一方の腕で引き寄せられると背負われているような体勢になって着地する。


「……あのままだと地面に叩きつけられましたから、仕方なくですわよ」


 突然の行動に何か言う前に、琉院は恥ずかしそうにそう語る。まるでなにか誤魔化してるようだったが、しかしオレの身を案じてくれたのなら嬉しいことだ。


「……ありがとな。しかし……肉体強化でここまでできるんだな」

「一応、強化に際限は無いと聞きますわ。無理をしすぎると身体が壊れて重い障害をわずらってしまうらしいですけど。とりあえず、はやく降りてくださる?」

「と、悪い」


 琉院にそう言われて彼女の背から降りる。降りる際に髪の毛からなにやら華やいだような匂いが鼻をくすぐり、背中から被さるように感じた少女の体に自分が乗ることで壊れてしまいそうな危うさを感じたりして不純な気分になりそうだったが、今はそうやってこの少女に蕩けてる時間ではないのだ。頭を振って自分の中から汚れたような気分を吹き飛ばす。

 最初に繋いだ片方の手は、いまだに外れていない。警官も追ってはくるだろうが一人だけではここから大きく離れることはしない、もといできないだろう。となれば――


「途中までこのまま行きますわよ。目的の場所まで最低限の体力は温存しておきたいですから」

「了解」


 そしてまた、オレの体に浮遊感と空気の圧がやってくる。直線の道だからこそわかったがどうやらバイクぐらいの速度は出ているらしい。これは琉院の消耗も激しそうだし、途中までというのも納得だ。


 とにかく。これで今の自分たちに立ちふさがる壁は『True World』だけとなったのは確かだった。

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