表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界少女来訪中!  作者: 砂上 建
初夏の来訪者
28/53

押し付けられた物

「……海山校長、なぜあなたがここに?」


 少し驚いている様子の琉院は、突如として部屋に入ってきた海山さんにそんな質問をぶつける。海山さんとは琉院も少しばかり関係は持っているだろうが、それでもこうして家まで来るということはなにかしらの用があるのだろう。いつものようなスーツ姿であるということは仕事か、あるいはまた別の理由か。

 海山さんも扉を開けたらここにオレがいるというのに驚いて固まっていたが、琉院の問いかけでなんとか気を取り戻したらしい。


「あ、あぁ、用か。久しぶりにお前の父親のほうに会いに来たんだが……少し急用も出来てな。それで琉院、お前を呼びに来た」

「わたくしをですか? いったいどのような用件で……」

「それは――」

「それは、私から説明させてもらおう。なにせこれは、この家の問題だからな」


 突然、部屋の外から海山さんのものではない、野太い男の声が響いた。海山さんは一度その声がした廊下のほうを見てから扉の前の位置を退くと、そこにオレの知らない人物が現れる。

 それはよく整えられた髭を持つ大男で、歳はその顔や姿を見る限り40は越えていそうだ。しかし、その体はいまだに力強さを感じさせるぐらいには大きく、強そうに見せている。着ている服はいわゆるローブのようにゆったりとしているものだが、身にまとわせている雰囲気そのものが厳粛としている。それはこの男の前で力を抜くことはよほどの度胸がないと難しそうなほどだ。その男の姿を見て、琉院は強張った様子になっていた。それはこの距離からでも伝わってくる。


「……お父様……」


 ――そして彼女がポツリと漏らしたそんな一言で、オレも緊張を覚える。この男が琉院の父親なのか。その事実に固唾を呑む。知り合いの父親と初対面というのは、なにか落ち着かない。

 その琉院の父親が、オレの方を見た。大した興味もないような顔で、この男にとってオレは本当に道端の石ころ程度にしか認識されていないのだろうというのが伝わり、少し嫌な気持ちにさせられる。


「槙波、そこの男は誰だ?」

「……ただの、同級生です。わたくし達の過失で怪我をさせてしまったので、この部屋で介抱していたのです」

「……そうか」


 琉院は少し堅い口調になって父親にオレのことをそう説明する。琉院の父はやはり興味の無いような顔のままだが、オレの身体を下から上へと見ていく。まるで値踏みや鑑定をしているような目で、人として扱われていないような気分だ。

 やがて全体を見終えたのか、琉院の父はオレに話しかけてきた


「見たところ、問題が出ていたり支障をきたしているような所も今は無いみたいだな。なら、貴様はもう帰れ。これから私達は大事な話をするところだ」


 琉院父はオレが邪魔だというのを隠す風も無く、はっきりここから居なくなれと告げてきた。実際、今すぐにでも三里さんを探しに行こうかと思っていたのだから、ここで追い出されようとも別にいい。

 だが、すぐ後ろの琉院は納得できなかったらしかった。


「そんな、いくらなんでも急すぎます! 二時間は気を失っていたのですからもう少し休ませても……!!」


 琉院はそう父親に訴えたが、動じずに鋭い視線を返される。その威圧に琉院も怯んだのか「くっ…」という悔しそうな一言が聞こえた。琉院の気持ちも嬉しいが、これは仕方ないだろう。なんの話かは分からないにしても、大事な話だというのなら実際自分は邪魔者でしかないはずだ。ここにいてなにかが出来るというわけでもなく、オレは黙って海山さん達がいる扉のほうに歩く。


 琉院の父親が扉の前を退き、オレがそこを通って部屋を出ると、また扉の前の位置に戻る。

 これで、オレと琉院は今日のところは完全に別れたことになるんだろう。今から彼女になにか呼びかけることも許さないような威圧的な壁として、琉院の父親は部屋の前に立っているように感じられる。そうなると、ここは早く離れておいた方が良さそうだ。

 左右を見回す。どちらもそれなりに遠くにある突き当たりで、左右に道が分岐しているらしい。どうもここは複雑な構造のように思えるのだが、出口にたどりつくことは出来るのだろうかと不安になっていると――


「……有斗(ありと)。どうやら遠原はここの中は分かっていないみたいだ。アタシがエントランスまで送っておこうかと思うんだが、いいかい?」


 どうもオレを見かねた様子の海山さんが、そんな提案をした。有斗と呼ばれた琉院の父親はちらりとこちらを見て少し逡巡したようだが、やがて一つ息を吐き仕方ないというような顔になる。


「……なら、私は先に機器のある部屋に行っておくが、早めに戻ってきてくれ。あなたが持ってきた物が原因なのだからな」

「分かってる、なるべく急ぐさ。ほら行くぞ、遠原」


 身を翻して、海山さんが廊下を右に進んでいく。オレはそれに置いていかれないようについていきながら、ちらりとだけ後ろを見た。

 琉院父のやけに苦々しそうにしている横顔が一瞬だけ目に入り、オレはそれに――妙な胸騒ぎのようなものを覚えてしまった。


 その後、五分ほど廊下を海山さんの後ろについていきながらさまよっていると、不意に停止させられる。前を行くはずの海山さんが、急にこちらを向いて立ち止まったからだ。


「きゅ、急に止まらないでくださいよ。それとも、やっと入り口に?」

「いいや、まだだ」

「……広いにも程がないですかね、ここ」


 少しだけげんなりとさえしてきた。今まで通ってきた廊下にも部屋はそれなりの数があったし、想像以上に琉院の家は金持ちであるらしい。いったい何をやってここまで大きくなったのやら。


「まぁそれはそれとしてだ、遠原。お前を帰す前に一つ、聞いておきたいことがあってね」

「……何を聞きたいんですか?」


 海山さんは腕を組み、壁にもたれかかった。そして鋭い目でこちらを見るのだが、やけにそれが怖い。これまで見たことのない冷たさを帯びているような目だった。とても真面目な話なんだろう。


「聞きたいのは三里の事だ。お前はあいつが今、どこにいっているか知らないかい?」 

「三里さんの事ならオレも探しに行こうかと思ってたところです。けど……どこにいるかなんて見当もつきませんよ……」

「……そうか」


 心なしか、海山さんは少し残念な様子だった。どうやらこの人も、あの人の行方がわからないのは知っていたらしい。そうなると多分この家の中――少なくとも、あの琉院の父親も知っていると見て間違いないだろう。瑠香さんはどうなのかわからないが、あの態度だと知らないのかもしれない。娘が行方知れずになった当日にしては、落ち着きすぎにも見えた。

 そうなると、あの男が言っていた話し合いというのはもしかして三里さんに関することだろうか。手がかりのようなものが見つかったのかもしれないと考えると……このまま帰るのはもったいないかもしれない。


「……遠原、なにか感づいたような顔をしているが……今回お前は、あまり関わる事を勧めないぞ」


 ギロリと睨みの利いた視線で見てくる。それはまるで釘を刺しているような言葉だが、生憎とさっきの琉院父の威圧に比べればいくらか弱い。それに、この人はわりと甘いところがあることも知っているオレにとっては萎縮するほどでもなかった。


「そんな風に言われても、三里さんを探したいと思ってるのは変わりませんよ。むしろ手がかりがあるのなら、オレだって知りたいところです」

「いいや、三里どうこうの問題じゃない。これはお前の抱えているものの問題だ。無理に関わると……お前が傷つくだけの事態にもなり得るんだぞ」


 それは、どういうことだ。今回のことは三里さんがただ居なくなっただけではなく、そしてオレ自身が抱えているなにかも関っている事なのか。わからないが、確かなのは目の前の海山さんはオレをこの問題から遠ざけようとしていること。


「海山さんは……なにか、知ってるんじゃないですか?」


 そして、何かを掴んでいるということだ。そうでなければ、オレを頑なに遠ざけようとなんてしないはず。そこに気付かないほど自分も愚かではない。

 だが、海山さんはどうにかして隠し通したいらしく、顔を逸らした。しかしここで時間を食っている暇もない。肩を掴んで、強引にこちらに顔を向けさせる。


「……なにか、知っているんですよね? なら隠さないで教えてください! こうしている内にも、三里さんは危険な目にあっているかもしれないんです……!」


 突然の行動に、驚いたような表情を一瞬だけ見せる海山さん。しかしすぐに平静に戻ったようで、逆にこっちの腕を掴み返してくる。その力は弱いが、爪が食い込んできて少し痛い。


「……遠原……アタシはお前が傷つくかもしれないからこの問題から離れろといっているんだ。だがどうしてそう強情になる……? お前はそんなに助けたいと思うほど、三里のことが大事か?」


 そう問われて、オレは深く考えないで正直に返す。考えるまでもない。


「――そりゃ、少しは」

「……その程度なら……!」


 海山さんの顔が険しくなったようになり、爪がさらに深く食い込んだ気がした。少し大事な程度で意固地になっているのが、理解できないんだろう。そりゃオレだって、少し大事にしたい人物のためだけに動けるほど聖人じゃない。しかし理由は、あるのだ。肩を掴んだ手は離さずに言葉を続ける。


「オレは……三里さんのためだけに動いている訳じゃありません。もちろん琉院のためだけというわけでも無いです。これは三里さん達と、オレの誓いと、そして――三里さんに一つ、言い返してやるためです」

「……なに?」


 そう。困ってそうな知り合いがいる状況なら助けるという、父親からこっそりと受け継いだ性質は当然のように今回も働くし、それに三里さんにはあのふざけたメールについて問いたださなければならない。きょとんとなった海山さんに、オレは更に語る。


「知ってますか、海山さん……三里さんは元々この家に仕えていたわけじゃないんですよ。だけど琉院と出会って、それで友達のような関係になって、想いが行きすぎて従者にまでなって……三里さんってのがそういう人物だってことを、オレは知ってるんです……!」


 そんな人が、突然現れて最近知り合いになったような男に、自分が従ってきた相手をたかがメール一つで託すなんて。そんなことがあるとは、到底想像できない。どう考えても、彼女らしくない。そう言い出した原因も気になるが、更に一つ。

 オレには、三里さんが送ってきたことを受け入れる気なんて無いのだ。


「だから……オレは突っ返さなきゃならないんです……! これはオレじゃなく、やりたいと願ったあなたがやるべき事でしょうって……琉院のそばにはあなたがいるべきでしょうって……!」


 そんな風にオレは自分が考えていることを伝える。海山さんは、少し迷っているような表情だった。そしてオレはハッと気がつく。肩を掴んでいる手にやけに力が込められていた。それこそ、握り締めようとしているほどに。海山さんは決して身体が強いわけではなく、どちらかと言えば虚弱な方だ。なのにこれは、少し強すぎる。気付いた瞬間に手を慌てて離す。三里さんのことを語っている内についつい力が入ってしまったのだろう。だが相手は恩人でもある。そんな相手にこんなことをしてしまうとは、反省するしかない。

「…………お前の考えはわかった」

 海山さんは強く掴まれた肩の部分の服の乱れを払うようにして直した。


「なら今度は別のことを聞こう、遠原。お前は……今回のことに何が隠れていたとしても、何があったとしても、何が関わっていたとしても。冷静に、激しくならず、自分を失わないと言えるか?」


 そう問われる。オレはこの時確証を持っているわけでも確信をしているわけでもないが、ここで否定して時間を更に使うのはごめんだった。


「……大丈夫ですよ。何があろうとも、オレは間違えません。そのつもりです」


 海山さんの顔を見据えてそう答える。そして海山さんも、答えたオレの顔を見つめてくる。

 今言ったことは嘘ではない。そんな風に自分を見失ってしまうのが良くないことぐらい、自分でも分かっている。ただこうも念入りに注意されると、この人が持っている話を聞いた時にオレはちゃんと口にした言葉どおり、海山さんを裏切らずにいられるだろうか。そんな不安はあった。しかし不安だとしても、ここで立ち止まっている暇は無いのだ。ただ、納得してくれることを祈るしかない。


「……まだ少し、心配だ」


 その言葉にオレはまだ説得が必要かと思って身構えかけるのだが――海山さんはふっと、優しげな顔になった。


「だが、お前が言うとおり時間が無いのも確かだし、それに……きっと心配の種が尽きるなんてことはないだろうしね。今回は、信用してやるとするさ」

「……ありがとうございます」

「おいおい、礼を言うのはまだ早いだろう? まだ琉院がどう言うかわからないんだ。それに……無理だと思ったら、今すぐお前を今回の事から外すつもりだ。さっき言ったことをちゃんと忘れないようにしな」


 そう言って海山さんは壁から離れ、今来た道を戻りはじめる。それがついてこいということだと理解して、オレは遅れないように後ろについて歩く。


「遠原。戻る前にひとつだけお前に言っておくことがある」


 歩きながら海山さんは、こちらを向くこともなくそんなことを言ってくる。さっきまでの態度からすると、どんな話が出てくるかもわからない。少し身構えてしまう。


「……なんですか?」


 できるだけ緊張を隠そうと、つとめて平静に近い声で聞き返す。すると海山さんが歩みを止めて振り返り――


「もしかしたらだが……今回のことは、あいつらが絡んでいるかもしれん。気には留めておけ」


 ++++++++++++++++++++


「琉院、戻ったぞ」


 さっきまでの廊下から一階上がり、またしばらく歩いた先の部屋の扉を海山さんは開けてその中に入る。先ほどオレが寝かされていた部屋との違いは、あそこより二倍以上は広く、そして明るいといったところだろうか。基本的に木のようなダークブラウンの色合いが多く、照明の光量も抑え目だったのが前の部屋だが、この部屋はどちらかというと壁が白っぽい。それに部屋の真ん中の天井にある照明……いや、あの見た目はシャンデリアか。それが部屋全体を白い光で明るく照らしている。入ってきた扉の向こうとその側の奥に扉があり、ここからは見えないが多分こっち側の奥にももう一つ扉があるのだろう。部屋の中央には片側に十人は座れそうな長机が鎮座しており、更にはところどころに絵画やキャンドルのような調度品が並んでいる。なんというか、まさしく大きな屋敷の一室と言われても違和感が無い場所だ。


 そして長机に備えられたいくつものイスの内の二つに、琉院と、その琉院の父親が座っていた。琉院は俯いた様子でどこか暗くなっており、父親のほうは腕を組んだ堂々とした様子で待っていたようだ。その琉院の父親の目線が、海山さんが入っていったことでこちらに向き……そして、オレを見て目を細めた。


「……なぜ、さっきの小僧がいる? 少し説明を求めようか、校長殿?」


 嫌味ったらしくなじるような口調で、そう言ってくる琉院の父親。それに対してつい苛立ってしまい、軽いしかめっ面になったのが自分でもわかる。さっきはその雰囲気に圧倒されてしまったが、イスに座った状態では流石に威圧的なものを感じさせないためか、いくらか平然としていられる。


「そいつはあんたからすりゃもっともな質問だろうね。だけど答えるのは――こいつだよ」


 海山さんはそう言ってオレの肩をポンと掴んだ。今言ったことを理解するとつまり、オレから琉院父に理由を話せということか。さっきからやたら辛辣な態度で接してくる、あのおっさんに対して納得してもらえるよう――難しいにもほどがある。そんなことをオレに押し付けてきた海山さんを恨みがましく見るのだが、当の本人は「できるだろ?」と言いたげな顔でこちらを見るだけだ。呆れでため息が出そうになるが、今からあの琉院父に自分が参加することを認めさせなければならないのだ。そんな隙を見せるようなこともできないので、口を開けずにぐっとこらえて前に出ると、琉院が頭を伏せたままこっちを見た。


「……遠原?」


 浮かない表情でオレの名前を呼んだ琉院の姿はどこか不安感を呼び起こしてきそうで、それをなんとか励まそうと思い呼びかけようとするが、バンと机を叩く音が鳴って中断させられる。琉院の父親だ。こっちを鋭い目つきで見ていて、早くしろと催促しているらしい。琉院のことは少し心配だが、急かされていえるのでは仕方ない。父親のほうに体を向けて、できる限り姿勢をただす。


「オレが戻ってきたのは、友達でもある三里さん――三里亜貴を見つけて、言っておきたいことがあるからです」

「……それだけか?」

「それだけですよ」


「ふざけてるな」


 一笑して、一蹴。琉院の父親は鼻で笑ったあとに短い言葉で、一瞬にしてこの話を終わりにしたつもりのようだ。オレのほうを向くのをやめて、机に両肘を置いた。しかしそれを気にせず、オレは続ける。


「見つからない友人を探すのを手伝いたいということも思ってますし、知り合いの大事な人を探すのも助けたいとも考えてます。けど、それ以上に自分の都合が第一なのは確かです」

「そうだろうな。だから帰れ、貴様のやろうとしていることに利用されるつもりはない」

「そんな大層なものじゃないですけど、利用しようってのはある意味そうです。でもそれなら、そちらもオレを利用してみればいいんじゃないですか?」

「価値がない、利用するには不適格だ。だから帰れ、貴様がやろうとしていることのために利用するつもりもない」

「人一人分の利用価値なら保証しますけど、それでは不服ですか」

「不要だ。だから帰れと言っている」


「これでも、三里さん本人から琉院のことを任されてるような身ですけど」


「……なに?」「えっ……?」


 琉院の父親と、そして琉院が驚いたような声を上げる。やはりこの二人とも、三里さんが琉院のことを誰かに任せるというのはそれぐらい考えていなかったらしい。自分で任されているような、などと証明のように誇って言うのはあまりいい気分はしなかったが、それでも今はこの男に自分がこの事に関わるのを納得させることが優先だ。できる限り悪い言い方をしたが、どうやらようやくあの父親に少しは通用したらしい。内心で軽くほくそえむ。


「なにやら疑ってるようですけど、本当の話ですよ。オレに届いたメールを見ればわかります」


 ズボンのポケットから携帯電話を取り出し、琉院の父親にも見える距離まで近づいてからメールの画面を開いて見せる。少し見ただけで、琉院の父親は納得したような顔になった。


「…………なるほど、たしかにあの娘からのもののようだな」

「……そんなちょっと見たぐらいで三里さんからのものだってわかります?

 いや、オレとしてはすぐ分かってくれて嬉しいですけど」

「ふん、この家の者のアドレスぐらいは把握している。それだけのことだ」


 いや、それでも十分にすごいことだと思うのだが……まあそれはいいとしよう。問題はこれでどう転ぶかだ。


「確かに、貴様は瑠香の娘に槙波のことを任されたようだな。信用はできんが……面白い、協力ぐらいはさせてやる」

「ありがとうございます」


 どうやら、なんとか協力はしてもいいことになったらしい。信用を得たわけではなく三里さんが任せたという物珍しさからのようだが……それでも、関われるならこっちのものだ。早くあの人を探し出して本来彼女がいるべき琉院の横に戻ってもらわないと。

 そんなことを考えていると、なにやら弱々しい視線を感じる。それが来ている方向を見れば、琉院がオレのことを見ていた。オレがその視線に気づいたからか、琉院が口を開く。


「……その、遠原。亜貴が送ってきたメールというの……見せてくれないかしら?」

「それはいいけど……大丈夫か、琉院?」


 ショックを受けているような、どこか力のない顔だ。さっき三里さんが自分のことをオレに任せた、というのがよほどのものだったんだろう。そんな状態の彼女に、実物を見せていいものだろうかと思うのだが――


「……問題ないですわ。だから、早くわたくしにそれを見せて!」


 その語気に圧されて、ついつい携帯ごと琉院に渡してしまう。目線を吸い込まれたようにして、息を詰まらせながら琉院はその画面を見つめていた。やはり強がっているのだろうか。もう一度大丈夫かと機構と思ったが、肩に手を置かれて止められる。海山さんだ。


「遠原、今は三里のことが先だろう。心配だろうが、お前はあいつを見つければそれで十分だ、今だけ慰めるよりはな」

「……わかりました。それで……たしか、海山さんがなにか持ってきてたんですよね?」


 あの部屋を出る前に、琉院の父親も「あなたが持ってきたものが原因」だと言っていたのを覚えている。そしてそれは、多分今回の事態に関する手がかりがあるもののはず。海山さんはコクン、と頷いた。


「あぁ。恐らくだが、今の三里に関する手がかりだろう……有斗! 準備はできてるかい!?」

「少し待て、すぐ終わる」


 琉院の父親に呼びかけた海山さんが向いた視線の先を、少し遅れてオレも追う。そして驚かされた。壁際の天井からなにやら映画でも流しそうなスクリーンがゆっくりと降りてきたのだ。少なくとも画面サイズは1mを超えているだろう。世の中ホームシアターというものはあるらしいが、実際に見たのは初めてだ。琉院の家にはこういうところでよく驚かされる。そしてよく見れば机の上にはプロジェクターが乗っている。もしかしなくても、今からあれに映すんだろう。


「……海山さんが持ってきたのって動画かなにかなんですか?」


 こくり。声に出さず縦への頷き一つでそう返された。しかし、動画がなぜ手がかりになるのか。海山さんと琉院の父親は着々と設定などを進めており、なにやら色々とわかっているようなのだが……どうにも想像ができないので、机に寄りかかって事の次第を見守ることにした。ちらっと琉院のほうを見ると、まだ携帯を強く掴み、画面から目を離さないでいた。


 そうこうしている内に上映の準備が終わったらしく、シャンデリアの明かりが消える。オレ、琉院、琉院父が椅子に座り、スクリーン前に立った海山さんが説明を始めた。


「急にこうして集めてしまってすまないね。だが、急を要する事態かもしれないから色々と簡潔にいかせてもらうよ」


 急を要する事態、といったところで空気が一気に硬くなった気がする。生唾が喉を通り、緊張が身を覆う。横の琉院父も体に力が入っているのがわかるほどだ。


「まず有斗以外の二人に説明しておこうか。今日アタシがこの家に来た時、なにやら妙な男がここの門の前にいてね。そいつから「琉院に用があるならこいつを渡してくれ、お前らが探してるやつのことがわかる」と押し付けられたものが今から見せるものなんだが……あぁ、そいつは怪しいからさっさと気絶させて警察に引き渡したし、中身も爆弾なんかの危険物じゃないと確認した。とにかくその押し付けられたものを今から流すわけだが、その男にどうにもきな臭くてね」

「……どこが怪しいと?」

「服についてた印だ」


 オレの質問に、そう一言で返す。しかし印とだけ言われても、どういうことかよく掴めない。いったいどういうものだ。


「その男の服の袖についていた、四方八方から伸びた鎖を全て引きちぎる人間を描いたような印。そんな特徴のものに覚えがあればすぐにわかるが」

「……!」


 それで琉院はなにか気付いたようで、悲観的な表情になった。しかしそんなことを調べたことがあるわけでもないオレにはいまだ見当がつかない。その様子に海山さんは少し呆れ顔になった。


「遠原……あんたはもう少し勉強しときな。まぁとにかく……あんたでも映像を見ればわかるだろうさ、どういうやつらが相手か」


 やつら。その言葉に、20分前の海山さんの言葉を思い出す。あいつらが絡んでいるかもしれないという忠告だ。そのあいつら、というのが誰なのか。少し分からないでいたが、ようやくそれがわかるのかと思った。

 ……いや、もしかしたら少しだけ感付いていたのかもしれない。だから余計に知らないふりで、気付かないようにしていたということもあり得る。そう思ってしまうのは、再生ボタンを押した海山さんが言った正解――


「あいつら……『True World』が絡んでるってことにね」


 『True World』という言葉に心臓がやけに激しく高鳴ったからか、それとも――


「…………なんで!?」


 スクリーンに映ったものの中に、暗い建物の中で拘束されて地に座らされている三里亜貴――そして同じような状態の樫羽と天木さんがいたことに、そう声を上げてしまったからか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ