第58Q 「2点は要らない、俺が欲しいのは3点だ!」
アップとミーティングを終え、体育館に入ると、試合は4Q残り2分を切り、立修学園が65対55で10点リードしていた。
「うーん、厳しいか?」
和泉先輩がボソッとつぶやいた。
「いや、そんなことないと思いますよ。オフェンスのチャンスは2回は必ず回ってくる上、ディフェンスでスティールを決めて3P4本決めれば楽々逆転です。ただ、これ以上点差をつけられると、終わりだと思います」
榊先輩が和泉先輩に向かって言った。
「でもそんな簡単のように言うけど相当きついだろこの状況…」
和泉先輩がぼやく。
旭がボールをもっている。王陵のオフェンスのようだ。
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こいつのディフェンス、しつこい…
中々思うとおりにゲームメイクできない自分に腹が立った。
糸満が45度で手を挙げている。そこにパスしよかな…
と、見せかけてっと!
俺は糸満をフェイクに使い、クロスオーバーをして橘を抜き去った。
バスケなんてのは意地悪な奴が勝つんやで!
そのままジャンプシュートを放った。
65対57。あと8点!
ん?なんでや…その余裕そうな顔は…?
まあ、いいや。
相手は時間を遣って丁寧に攻めてくる。相手にボールをとられるような無謀なオフェンスはしないつもりのようだ。
必死のディフェンス。糸満や松田、野中も頑張っている。俺も頑張らんってあかんな…
だが橘のゲームメイクは堅実で、ボールをうまく展開していく。
こいつは頭がよい。相手が今、この状況で何をされたら一番嫌なのか知っている。
そして倫太郎へパスし、ボールを受け取った倫太郎が糸満をワンフェイクで抜き去った。
「カバー頼む!」
糸満が叫ぶ。
カバー、行ったるで!
倫太郎がシュート体制に入ろうとしている。ちょっと、待てよ…!!
だが倫太郎のそれはフェイクだった。
そして俺が空中から落ちてきた瞬間、倫太郎は飛びジャンプシュートを放った。
ピュルルルルルルルル!
バスッ!!
67対57。差は10点。くっそっ!
俺は野中から出たボールを受け取り、フロントコートへボールを運ぼうとした。
時間がない―残り1分半…!あかん…!
そう思った瞬間、俺はボールをファンブルしていた。
あかん!!
橘は一歩先に出てレイアップを決めようとしていた。
決めさせてたまるか!
だが俺はその数秒後、審判に笛を吹かれながらリングに吸い込むボールをただただ呆然と見ていることしかできなかった。
※※※※※※※※※
これを決めたら、王陵へトドメを刺せる…!
橘藤馬はそう確信していた。
これを決めれば、70対57で差は13点。残り時間は1分15秒。相手は3P4本でも追いつけなくなる…
俺は深呼吸をして、ドリブルを2回ついた。
そして落ち着いてシュートを放った。
これで、終わりだ!!
あ…れ…?
打った瞬間、俺は入らないことを確信した。ボールにスピンがかかっていないのだ。
なんでだ…?単なるフリースローだぞ!?なんでだ!!
さすがの橘藤馬も、完璧ではないのだ。
※※※※※※※※※
フリースローを打った瞬間、決まらないと思ったのは橘藤馬だけではなかった。姫宮旭もそうだった。
これは、外れる…!
案の定外れた。野中が必死にスクリーンアウトをして、リバウンドをキャッチした。
チームメイトを信じるってのはこういうことなんやで!
俺は野中がリバウンドをとってくれると信じ、一か八かの賭けに動いた。
フリースローを打った瞬間、俺はフロントコートに一気に走った。
そしてセンターラインで野中がリバウンドをとったのを見届けた。
「野中、くれ!!」
俺は野中から弾丸パスを受け取った。
「3Pは打たせるな!!」
倫太郎と竜太郎の声が重なる。
セーフティにいた橘が後ろから追いかけてくる。
2点はいらないんや…俺が欲しいのは、3点だ!
俺はスリーポイントラインから2歩離れた右10度から、3Pシュートを放った。
ピュルルルルルルルル!!!
バスッ!!
「おっしゃああああああ!!!」
会場からも大きな声が沸き上がる。
うららも俺の方を見て右手をかかげていた。
お前らのこと、全市に連れてってやるからな…!!
あと9点。点差は1ケタに戻した!残りは1分1秒。追いつける!
必死にディフェンスをする。足はいたい。連戦連戦で疲れた。けど、勝ちたい!!
その思いはチームのみんなも同じだった。
松田がパスカットをした!
俺はすぐに走り出す。
「速い…!!!」
橘が呟いたのが聞こえた。
「スピードでは負けねぇよ!」
俺は松田からボールを受け取り、今度は左10度で3Pを放とうとした。
先ほどの3Pの残像が橘に残っていたからかもしれない。
橘は冷静さを欠いていた。3Pを決めさせたくない…もう、負けたくない!という思いが彼を突き動かした。
橘は完全にファールをしてしまった。
だが旭はバランスを崩しながらも、腕だけを何とか残し、3Pを放った。
旭はそのまま後方へ崩れた。
だがボールは立修学園の思い虚しく、リングに吸い込まれた。
「おっしゃあああああああ!!!」
糸満、野中、松田の叫び声が聞こえる。
糸満と野中が俺を引っ張ってくれた。
「おっしゃ!」
2人とハイタッチを交わす。4点プレイだ!
「1ショット!」
絶対に、決めてやる…!
緊張していないかと言われればウソである。緊張していた。だけど、ここで決めなければという責任感が彼を突き動かした。
フリースローはリングにあたりながらも、入った。
69対64!差は5点!
ここで立修学園がタイムアウトを取った。