第54Q 「現実」
「くっそ!」
旭はうららからもらったタオルをベンチにたたきつけながら言った。
「現状、打つ手なしか…ごめん、不甲斐ないマネージャーで」
うららのバスケ脳を持ってしても、この状況を打破するのは難しかった。王陵の選手たちの練習不足は素人目から見ても明らかだった。
糸満は申し訳なさそうに、
「ごめん…旭…俺らがもっとサポート出来てればっ!!旭にばっか迷惑かけて、旭しかまともに戦えてなくて…俺このまま負けるのは嫌だよ!旭の為に…勝ちたい…」
糸満はじめ王陵の選手の頭の中には、今まで適当にやってきた練習が頭の中にフラッシュバックしていた。
いつも練習が終わっても電気がついている体育館―
旭の家から10kmも離れている場所でランニングをしていたことを見かけたこと―
いつも皮がめくれてつるつるなバスケットボール―
「それ、何個目?」
「ん?まだ1個目やで」
だがそのバスケットボールには、真新しい新品のシールが付いていた。
一度間違えて旭のロッカーを開けてしまったことがあった。その中には、いくつもの使用済みのバッシュが山積みに置いてあった。
それでも俺らは…
「旭とは違うから」「旭はもともとの才能が違うから」
あーだこーだと理由をつけて、その理由で自分の弱さを直視することを避けていたんだ―
「なにそんな暗い顔してんのや。まだ2Qやで?試合終わったみたいな顔すんな、アホ」
旭の笑顔が目の前に飛び込んできた。
「まずは試合や。後悔は試合が終わるまでここにしまっておけ」
旭は糸満の胸を叩いて言った。
「さすが天童だねー強すぎ」
「いや、相手が弱いんじゃない?」
後ろのスコアボードには、13という文字と109と言う文字が残酷な実力の差を告げていた。
「マジかよ…絶対的なディフェンス、凄すぎる…」
新太は絶句した。
「今年の天童は強すぎる。京宮氷陵、神杉炎太、宇都宮賢…スター揃いだ。準決勝でこれだ。今年の強さはホンモノだな」
西内は言った。
「慰めに行かなくていいのか?」
翼は遼に問いかけた。
「ああ、いいよ。あいつは今この悔しさを1人で何とかしようと噛み締めてんだ。今行ったって迷惑なだけだよ」
遼は言った。
遼は下の階から鳴り響いてきた泣き声を聞きながら、さらに続けた。
「だがあの5番、急にプレイが変わったな。旭が抑えられてからの唯一の得点、2点を取ったのはあの5番だ。この試合をしてやっぱり何か感じることがあったのかな」
5番をつけていたのは、糸満だった。
「集合!どうだった、試合は?楽しかったか?何泣いてんのや。ここで人生の終わりじゃないんやで?」
旭は笑いながら言っていた。
「勝ちたかった…勝ちたかった…!勝ちたかった!」
糸満は大声をあげてうなった。
「旭にいっつも助けられてきてここまで来れたのに、いざ旭が抑えられると自分たちが助けてやれなかった…ごめん」
松田はか細い声で言った。
「アホ、なにもお前らは悪くないんや。悪いのはすべて俺や。みんなを引っ張って行けなかった俺が悪いんや。何辛気臭いこと言ってんのや。なにもお前らは悪くない」
「う…う…うわわわわわわわんんん!!」
旭とうらら以外、みんな泣いていた。
「アホか!泣くな、泣くな!小学生か!だから人生の終わりやないっちゅうねん!よーし、帰るぞ!」
「俺、走って帰る…」
糸満は言った。
「俺も!」「俺も!」「俺も!」
糸満に続いて、みんな手を挙げた。
「そーか。試合終わった後だし、あんま無理すんなよ?ほれ、走ってこい!俺は後から追いかけるからの」
あのアホ旭…ずっと泣きたいの我慢してたの、私は知ってたんだからね…
旭の笑顔は本当に上手いんだもん。あの笑顔でみんなコロッと騙されちゃう。
私にはわかる。一番泣きたいのは旭だったこと。一番悔しかったのは旭だったこと。
人一倍責任感が強いから、泣けないんだよ…
「くっそっ!くっそっ!くっそっ!俺が…俺がっつ!お…お…おれが…ビエッ!…くっそ!くっそっ!!」
旭は物陰で泣きながら壁を何度も何度も殴っていた。
私が、慰めに行かなきゃ…
そう思って歩こうとした瞬間、誰かに肩を止められた。
振り返ると、優しい顔をした遼が立っていた。
遼は無言で顔を横に振った。
するとなぜか、私の目からも涙がこぼれおちた。