第44Q 「絶体絶命のピンチ」
「ピーーーーーー!青7番、チャージング!白ボール!」
「やらかしたっ…」
美奈さんは頭を抱えた。
やっぱりさっきタイムアウトをとって交代するべきだった…!
榊君の異変に気づけなかった私のミスだわ…!
残り1分14秒。58対62、点差は開いている上にボールは立修学園ボール。
これは相当厳しい…!
美奈さんはタイムアウトをとった。
「これはヤバイですね、西成」
新太が言う。
4点差の上に、ボールは立修学園。攻撃回数は2回しかないだろう…先程のプレイから見ていると、榊さんが3Pを入れる確率は相当低い。3Pは水ものだ。一瞬の焦り、戸惑いが数センチの狂いとなってシュートにあらわれてしまう。
だから…
西成は、ここで立修学園の攻撃を抑えなければ、負けだ。
もし6点差以上に開いてしまったら、榊さんの3Pがほとんど可能性のない今、もう西成には打つ策が無くなる。
後は遼…!
榊さんが絶体絶命のピンチの今、西成を救えるのはお前しかいねぇぞ!
俺は絶対的に西成を信じてる!
榊先輩がチャージングファールを犯した。
この事実は、俺の胸にがん!と響いた。
俺は西成のみんなを見る。
まだ目は死んでねぇ!!
諦めてるやつの目は、俺は一瞬でわかる。
ただこの絶体絶命の状況で、西成に諦めてるやつは1人も居ない事が俺には分かった。
西成のみんなの為に、俺は絶対勝つ!
「遼、お前が逆転ゴールを決めてやれっ!」
新太の声が聞こえた。
ありがとう、新太…
宮之城、千束、仙道…
俺らに負けたチームの分まで、俺らが頑張らないといけない!
「最初に…」
美奈さんは一呼吸置いた後、ゆっくりと告げた。
「榊君、和泉君と変わって」
榊先輩は悔しそうに顔を歪めた。
「なんでですか!この状況、3Pを決めるしか逆転出来ないんですよ!そんな時に俺が…」
「榊君!今の精神状態で、3Pを冷静に決められるの!?」
美奈さんが榊先輩へ目で訴えかける。
その時だった。
「おい、鉄平。俺を信じろ。俺は西成バスケ部キャプテンなんだぞ。いつから俺は鉄平に心配されるような雑魚になったよ?俺は4Qまで満身創痍で必死に頑張ったお前らに何もしてやれなくて、悔しかったんだよ!4Qの残り1分弱、お前らのおかげで休ませてもらった分、俺がみんなを助ける」
和泉先輩はゆっくりと、そしてはっきりと言い切った。
榊先輩は数秒黙ったあと、ゆっくりと告げた。
「そうですよね…和泉先輩、後は頼みます…」
「おう、任せとけ!」
榊先輩は一気に力が抜けたようにベンチに座り込み、顔を伏せ、下を向き嗚咽を漏らした。
「これは絶対よ。次の立修学園の攻撃、シュートを止めて!シュートを止めなければ、榊君がいない今、逆転する事は不可能に近いわ!ディフェンスはこれ以降、絶対に点を取られちゃダメ!いい、分かった!?」
美奈さんは大声で叫んだ。
「はいっ!」
みんなの声が揃う。
「それとオフェンスだけど…吉見君、後は頼んだわ。榊君が居なくなった今、吉見君、点を取れるのはあなたしかいないっ!いい、みんな、吉見君へボールを集めて!相手に吉見君にボールを集めてる、ってわかっても良い!もう吉見君、西成はあなたに任せたわ!」
榊先輩はここまで頑張ってきたんだ…
ここで俺が頑張らなくてどうする!
「分かりました!」
「頼んだぞ、遼!」「吉見君、頑張って!」
西成のみんなが声援をくれた。
みんな…ありがとう…
この時、俺はプレッシャーと言うより気持ち良さを感じていた。
こんな状況でチームの命運を任される事、その事に対する嬉しさがプレッシャーを上回ったのだ。
最後に俺は榊先輩に話しかけた。
「榊先輩…橘に対する借りは、俺が代わりに返しときます。勝って戻ってくるんで、顔を上げて下さい。榊先輩が1番頑張ってたんですから…」
榊先輩の返事はなかった。
だがその代わりに、榊先輩の手が俺の手を握った。
そして小さく、しかしはっきりした声で、
「頼んだ…」
と榊先輩は言った。
「はい!」
遼君…
バスケをしている遼君は、やっぱりカッコ良かった。
まだ試合を諦めてない事が、遼君の目からいっぱい伝わってきた。
神様、お願いします…
遼君、怪我しないで…そして、遼君に、力をあげて…!
まだ中1なのにチームを引っ張る遼の姿は、桜の目にかっこよく映えた。
「両チーム、コートへ出て!」
審判の声が響いた。