第40Q 「チャージングとブロッキング」
点を取りにくる。
遼はそう確信していた。
立修学園はオールコートマンツーマンを仕掛けて来たが、まだ最近始めたばかりなのだろう、俺と榊先輩にとっては甘かった。
オールコートマンツーマンを破られた今、立修学園に次の手があるとは考えにくい。
そうなった場合、いつものディフェンス展開に持って行くかと言えば、それが一番だろうが、もうそれは俺らの高身長布陣に破られている。
となれば…残る手は1つ。
オフェンス展開にノッてくることだ。
俺ら西成にオフェンス展開に持ってくるとはいい度胸だぜ…
点取りは得意分野なんだ!
その思いが通じたのか、榊先輩が叫んだ。
「走るぞ!」
「おう!」
ボールは立修学園。
シュートを1つでも決められたら逆転されてしまう。
旭と決勝で勝負するんだ!
橘が倫太郎へパス。
倫太郎…
来るのか?
倫太郎はニヤリと笑った後、ポストに居た小清水へパスをした。
まだ仕掛けてこないか…
小清水は0度に居た上田へパスをした。
上田は0度線でシュートを放った!
軌道がズレてる…
これは、落ちる!
「リバウンドッ!」
俺は叫んだ。
ガコンッ!
予想通り、ボールはリングに当たる。
ボールは俺が居た方向とは全く正反対の榊先輩の方向へ飛んで行った。
「榊先輩っ!」
榊先輩は飛び上がり、ボールに食らいつこうとする。
だが橘も負けずにリバウンドを取りに行った。
俺は何もできないのがくやしかった。
「頼みますっ!」
カスッ!
ボールに先に触れたのは橘だった。
だがその橘が触れ少し落下の軌道が変わったボールを片手で榊先輩も掴みに行く。
「おらあああああああ!!」
「おらあああああああ!!」
バチンッ!
ポップコーンの弾けたような音がしてから、ボールは倫太郎の方向へ丁度飛んで行った。
「遼!!」
「倫太郎!!」
2人は同時に叫んだ。
やべえ!
油断してた!
くっそ!
ボールは倫太郎の方向へ飛んで行く。
「おらあああああああ!!」
ボールは無情にも中指の数ミリ先を飛んで行った。
バコンッ!
俺は床に叩きつけられる。
その間に倫太郎はボールをキャッチし、ゆうゆうと2ptシュートを放った。
バスッ!
文句のないシュートだった。
50対51。
くそっ!
俺が油断していた…
この試合は一つでも油断したら、負ける!
その瞬間、急に体が持ち上がった。
「よくやったぞ、遼。ナイスファイトだ。まだ3分半残ってる。取り返すぞ」
榊先輩に頭を撫でられた。
「遼君、まだ行ける!諦めないで!いっつも練習頑張ってる遼君なら、勝てるよ!」
桜が叫んでいた。
「おいコラ、遼!俺の分まで頑張れ!俺らの分は、お前らに託してるんだぞ!しっかりせい!応援は俺らに任せろ!俺らが後ろに付いてるぞ!」
和泉先輩の声が聞こえる。
「吉見君!ナイスファイトよ!あなたたちなら絶対に勝てる!私達みんな信じてるわ!」
この声は美奈さんかな。
「遼!頑張るのだよ。まだ3分半残っているのだよ。まだ焦る時間ではない。まあそれにしても、あの飛び込んだプレーくらいはカッコよかったと認めておくのだよ」
翼…無意識なのだろうが、遼と呼んでくれた。
「頑張れ!」「まだ行ける!」
声援がたくさん聞こえて来る。
その声援が、俺の今消えかかっていた炎に、火を付けた。
みんな…西成のみんな…
俺が、西成バスケ部を引っ張る!
榊先輩がボールを運ぶ。
ここは、俺が決めなければいけない!
「下さい!」
榊先輩へ叫ぶ。
「頼むぞっ!」
榊先輩の応援と共にボールを受け取る。
俺はボールを受け取り、倫太郎に対峙した。
俺は一気にインサイドへ切り込んだ。
もう下手な小細工はしない!
だがその道を倫太郎と竜太郎が塞いだ。
俺はそのど真ん中へ突っ込んだ!
バコンッ!
俺と倫太郎、竜太郎の身体がぶつかり合う。
「うおりゃあああああああああ!!」
俺はバランスを崩した。
くそ!
ゴールが見えねぇ!
倫太郎と竜太郎もぶっ倒れていた。
俺は後ろへ背中から倒れようとしていた。
もう感覚で打つしかない…
俺はゴールが見えない中、シュートを感覚で放った。
バコンッ!
また身体を打った。
痛い…体中に激痛が走る。
だがその痛みも、その後すぐに忘れてしまった。
バスッ!
よっしゃあ!
俺は喜びに浸る…もしかしてバスカンかもしれない…
「ピーーーーーーーーッ!」
案の定、審判の笛が鳴った。
「チャージングじゃねえか?」
橘がアピールしている。
確かに…俺は突っ込んで倫太郎、竜太郎を2人も倒してしまった。
ただ客観的にみてもあれはブロッキングだろう…
俺の真っ正面に立ってドリブルの邪魔をしていたんだし…
「ブロッキングよ!」
美奈さんがジェスチャーも交えながら審判に決死にアピールしている。
「どっちだ?」「チャージングだろ」「突っ込んで行ったしな」「あれはブロッキングじゃね?」「審判の判断はどうなるんだろう」
「チャージングファール、ブロッキングファールの判断は紙一重…本当に似ているファールなのよ。ただ、結果は大きく変わるわ。チャージングだった場合、吉見君がファール、さらにさっきの得点もなし、もっと悪い事に相手ボールになってしまうわ。ブロッキングファールだった場合、倫太郎君または竜太郎君どちらかがファール、さっきの得点は認められて、さらにバスカン、もう1本フリースローが与えられるわ」
美奈さんが呟く。
「あれは…正直言ってしまうと、チャージングだと思います。私の数少ないバスケ経験の中で、の話ですが。桜ちゃんは見ててどう思った?」
凛は呟いた。
「私が審判だったら…贔屓目なしでも、私はブロッキングだと思います」
桜は審判の判断がまだかまだかと思い審判を見つめながらぼんやりとつぶやいた。
審判が協議をしている。
俺はまだかまだかと内心不安だった。
待っている時間が非常に長く感じられた。
審判がコートへ戻ってくる。
「ピーーーーーーーッ!!」
審判は再度笛を吹いた。
どっちだ!?
頼む、立修学園のブロッキングであってくれ!
川松は心の中で願った。
頼む…チャージングであってくれ!
ここでブロッキングを取られると…
吉見はフリースローは絶対決めて来るはず…
点差が2点になるのは避けたい!
美奈子は叫んだ。
「今のはブロッキングよ!」
先程と同じように、審判に必死にアピールする。
ここでチャージングだったら…
最悪の展開だ。
考えたくもない。
橘は必死にアピールをした。
体を使い、審判へ見せつける。
ここでブロッキングだったら…
逆転され、さらにあのダンク坊主の事だから、フリースローも決めて来るはずだ。
それだけは、それだけは!
避けたいっ!
榊は神へ願った。
チャージングとブロッキング、ファールは紙一重…
バスケを長年やっているような俺でもチャージングファールかブロッキングファールかというのは判断しにくい。
どちらに転ぶかは、後はバスケの神様に任せる事にし、ひたすら神様に願う事にした。
さて、どっちだ?
残り3分半、50対51!
ここで試合の流れが確実に決まる!