第32Q 「180cmPG」
「集合!」
美奈さんが手を叩く。
「よし。後半が始まるわ。前半でやってみた高身長布陣、上手くハマったようね!もう6点差よ!ただ、相手のペースにもっていかれないで!相手のペースにもっていかれたら、その時点で終わりよ!気を付けて!いつもの西成バスケ、点を取る!その展開に持っていくのよ!いい?」
美奈さんは大声でまくし立てるように言った。
「はいっ!」
声が重なる。
途中から引っ込んでいた和泉先輩を中心に円陣を組む。
「おまえら、後は頼んだぞ…に、し、な、り、ファイト!」
「ファイ!」
またもや声が重なった。
桜にコートに出る直前、
「頑張ってね」
と言われ、つい顔がにやける。
絶対に勝ち、桜に良いところを見せるとさらに決心を強めた遼だった。
こっちは俺、榊先輩、恭介、長瀬先輩、黒船先輩。
相手は早田倫太郎、竜太郎の双子、2年の小清水に1年の上田…あれ?こいつは誰だ?1年の黒田に代わって、高身長の俺くらいの体の大きさの男がコートに入って来た。
う、わ…
身長がでかい…
「おい、遅いぞ!何してんだよ!」
倫太郎がその男に向かって言った。
「あぁーわりーわりー…朝ちゃんと起きたんだけどよ、また寝ちまったよ。あーまだ寝たかったのになぁ…」
その男は目をこすり、頭をかきながら眠そうに言った。髪は寝ぐせでぐちゃぐちゃである。
「ドアホ!ちゃんとやれ!橘!」
倫太郎がその橘と呼ばれた男の頭をはたく。
って、おい!
そのメガホンはどこから出したんだよ。
「バスケは好きだからちゃんとやるよ…って、え?鉄平じゃん!久しぶり!」
眠そうな目を急に大きく見開いて言った。
「藤馬、おまえ…バスケ辞めたんじゃなかったのか?」
榊先輩が驚いた顔で言った。
「いや、いろいろあってさ…またやることになっちゃいました!テヘぺロ(*^_^*)」
おどけた態度で話す橘。何故か判らないが無性に腹が立った。
倫太郎に頭をたたかれる。
「ちゃんとやれ!」
「あ、俺が来たからには負けないからねー、西成中の諸君。俺がいなくても6点差付けられてんだー!これじゃあ望みはないねー」
なんだ、こいつ…ふざけんじゃねぇ!と言おうとした時、
「辞めろ。あいつはもとからそういう性格なんだ。気にするな」
とても腹が立った。バスケを好きなのは分かるが、相手を馬鹿にしている。
「なんなのそこのてくのぼう!遼君たちをバカにしないでよ!遼君、頑張ってるんだから…」
桜が最後は消え入りそうな声で言った。
「うっせーなぁ、クソチビ女が。顔がビッチを匂わせてるぞ?そこらへんの男とヤってろよ」
「ってめぇ!」
俺は叫んだ。桜を馬鹿にするなんて、ふざけんなよ!
「酷い…そんなこと女の子に言うなんて、どうかしてるよ…」
桜が涙目で言った。
橘はその後審判に言葉づかいを注意されていた。
「あいつは根はバスケが好きな奴なんだ。ただ小6の時全国大会でけがをしてから、どうもな…だから頼む、ここは抑えてくれないか?」
本当に腹が立ったが、ここはバスケをする神聖なコートだ。榊先輩にも頼みこまれたうえでは、引き下がるしかなかった。
まぁ、いい。
バスケで勝って、分からせてやる。
横目で西成中ベンチを見ると、桜の姿はなく、桜は神宮寺先輩にどこかへ連れて行かれる最中だった。
慰めてもらうんだろうか…
桜を励ましたかったが、試合はもう始まる。諦めるしか他になかった。
榊先輩がゆっくりと言った。
「ふ…これじゃ一筋縄ではいかなさそうだぞ、遼」
「え?」
どういうことだ?
「あいつは性格悪そうに見えるけど、バスケの時はやるときはやるやつだ。昔からな」
「なんで知っているんですか?橘って人のこと」
聞いてみる。
「あーあいつはな…遼の代のミニバスの全国大会は100回目だったかの記念大会だったからな、遼の代のミニバスの全国大会MVPはいつもの4人の倍、8人選ばれたんだよ。遼の代のMVPは宮本小の遼、東條、風上、海神と後1人のスタメン5人、さらに神楽坂小出身天童中の神杉、そして北海道の二条小出身の五条館中の早乙女、後はもう1人…もう1人は居たみたいなんだけどな、大会の決勝をさぼったとかなんとかで覚えてない。確かそいつだけキャプテンじゃなかった気がするけど…」
後1人…あいつか…今は確か広島に居るんだっけ…
あいつには申し訳ない事をした…
あれは翔のせいだ…
「とまあ、普通MVPは基準とかは決まってないんだけど、まあ大体は優勝チーム4チームのそれぞれキャプテンが選ばれるのが普通なんだよ。お前らの代もその1人と宮本小の4人を除いてみんなキャプテンだろ?俺らの代もキャプテンが選ばれてんだよ、俺と後2人はな…ただ、あそこにいる橘藤馬だけは違った。試合の途中橘が膝を壊して橘藤馬の小学校はその試合で負けてベスト8止まりで終わっちまったけど、橘が居ればあいつの小学校は確実に優勝チームの4つのうちの1つだった。だからMVPに選ばれたんだろうな。1試合1人で50点を取ったことがある。俺もあるけど、ミニバスでは普通考えられん。3Pがないからな…」
50点!?俺でもとったことがなかった。俺はミニバスでは最高でも42点しかとったことがない。8点しか変わらないじゃん、と思う人もいるだろうが、バスケで50点という点数を1人で稼ぐのは相当難しい。しかもミニバスで、の話だ。
「だから気をつけろ。あいつをなめてかかったら、負けるぞ。あいつは俺がつく。倫太郎は遼、お前に任せる。俺は橘藤馬、あいつにつく」
本当は俺も橘に付きたかったが、あまりの熱意に圧倒され俺は引き下がる。けど橘は身長から見てCではないのか?
榊先輩は思い立ったように言った。
「あ!なんで藤馬のマークが俺じゃないんだって思ったかもしれないが、遼、橘藤馬はPGだ」
………
なんだって?
ウソだろ?
橘は俺と変わらない、いや俺より少し高いかもしれない。ということは…
180cmオーバーのPG!?
しかも中学生で、だぞ!?
そんなのありかよ…
170cm代のPGならたまに強豪校などで見かけることもある。
ただ180cm代は初めて見た。
さらにこいつ…1個上の代のMVPの1人なのか…
しかも、優勝したわけでもなければ、キャプテンでもなかった。
それでも選ばれるということは、相当の実力を持っているんだろう。
どんなことを仕掛けてくる、橘!?
正直、橘にいらついていた自分もあった。
ただ、橘と戦いたいという俺のバスケ欲の方が勝ったようだ。
3Qが始まる。22対28。6点差。
「橘藤馬の凄さは、試合でわかるだろう…」
榊先輩はゆっくりと言った。
どんなやつでも、
かかってこい!