第17Q 「basket brothers②」
―今から14年前の4月4日。
「おぎゃあ!おぎゃあ!」
「産まれましたよ~可愛い子ですね~鉄平君って名付けるんでしょ?」助産師さんが言った。
「ええ、そうですよ。頑張ったな~智恵」
「とってもつらかったけど、この子の顔を見れただけで幸せだよ」
「ははは、そうか」
1週間後、智恵はそのまま退院した。産後何も母体ともになにもなく、健康状態を保ったままの退院となった。
「出産祝いもたくさんもらったしね~なんかお返ししないとね」
「そうだな」
「あ、沢山鉄平の服買ったし、早く家帰って着せよう!」
「お、いいね。早く家に帰ろうか」
俺の妻・智恵はとても幸せそうな顔をしていた。
だがその幸せもずっとは続かなかった。
出産して間もない、5月4日。みんなで一緒に初めての家族旅行をしていた時だった。
智恵は、鉄平を連れてお土産を買いに行くと外へ。
今考えると、あのときなんでついて行ってあげれなかったのか―
今でも俺のあのときの行動は後悔している。
2人は、その時交通事故にあった。
一般道を80kmで暴走していた男がブレーキが間に合わず轢いてしまったのだ。
俺が駆け付けた時は、もう智恵は亡くなっていた。鉄平を抱きしめ、抱えている智恵の姿は母親そのものだった。後で言われた。もし智恵さんが息子さんを守っていなかったら息子さんも亡くなっていたと思いますよ、と。
「おい、ふざけんなよ!どういうことだよ!」
俺は智恵の前で泣きじゃくった。
一歩でも遅れていれば、一分でも俺が智恵を部屋で止めていたら。
俺の鳴き声は、星が光輝く夜空に、
むなしく―
消えた。
その次の日、智恵の両親に会い、鉄平をどうするか話し合った。
だがその時の両親の対応は、自分の傷ついた心にさらに衝撃を与えた。
「あなたは、バスケしかできない能なしなんだから、鉄平はこちらに任せなさい」
「い、いや…」
「何言ってるの!じゃああなたは洗濯できるの?家事できるの?夜泣きしたら、あなた泣きやませること出来る?どうなのよ!?」
「それでも…、俺は鉄平を愛しています。だからこちらに任せてください」
「そんなのあんたの口先だけでしょ!?愛しているだけじゃダメなのよ!分かる?」
そのあとも精一杯反論したが、叶わなかった。
もともと智恵の両親とはうまくいっていなかったのだが、ここまでになるとは思わなかった。
鉄平と別れた時、鉄平は「嫌だ!」「嫌だ!」といって俺の元を離れなかった。だがそれもつかの間、俺ら親子の絆は無残にも引きちぎられた。
今でも、あのときの鉄平の顔は覚えている。
俺は、帰りの車の中で、泣いた。あのときの泣き声は、唸り声のようだった。
俺は、そのあと精神がおかしくなった。
もう、生きているのが嫌になった。
自殺しようとも考えた。
だからあのとき、見知らぬ女の子に助けの手を差し伸べてあげることが出来たのかもしれない。
だがそんな俺に、神様は一つの希望の光を与えた。
それが、杏だった。杏も、偶然にも1か月前に離婚して、一人の子供、杏奈を引き連れていた。
出会いは、行きつけの居酒屋に、智恵が亡くなってから初めて2カ月ぶりに行った時だった。
新人のアルバイトとして、杏がいた。
最初出会った時、一言、
「どうしたの?」と言ってくれた。
俺の沈んだ顔を見て、相談に乗ってくれるとも言った。
その時はもうやけくそになっていたので、俺は杏に洗いざらい話した。
その時の杏の包み込むような笑顔は俺の沈んだ気持ちを癒してくれた。
何も言わなかったが、俺の気持ちを聞いてくれただけで、少しすっきりした気がした。
その日から、晩飯はいつもその居酒屋でとるようになった。
いつからか、朝もそこで食べるようになっていた。
正直、ご飯目的ではなかった。杏にあいたかっただけだった。
毎日、「おはよう」、「お疲れ様」と言ってくれる杏の存在は、俺の心の中で大きくなっていた。
そして6月20日、俺は杏にプロポーズした。付き合う期間はまったくなかった。だが、杏ならOKしてくれるという不思議な自信があった。
「分かりました。これからずっとよろしくお願いします」
俺の「やったー!」という叫び声は、星が光輝く夜空に、
綺麗に、
映えた。
そしてその後すぐ、杏は妊娠した。杏のように優しい性格の杏の両親とはうまく行き、孫が出来たと知らせると、泣き叫んで喜んでくれた。
そしてその子の名前を、遼と名付けた。
遼はそのまま事実を知ることなく、すくすくと成長した。
そして14年後―。
智恵の両親とあの日以来初めて13年ぶりに電話した。鉄平はあの後、智恵の姉の家族に引き取られたらしい。姉の家族は子宝に恵まれず、子供はすぐに引き取ってくれたらしい。鉄平が西成中に入ったと聞かされた。あの日以来、俺は鉄平には会っていなかった。
ミニバスケットボールを小3からはじめていたらしい。その時、嬉しくなった。俺の血を引いているんだな―
智恵の母は前の父がやっていたスポーツをするのには猛反対したらしい。だが、バスケをやりたいという鉄平の気持ちは曲がらなかった。
偶然なのか?その話を聞いた時、びっくりした。
「推薦で西成中に行きたい!弱いところを強くしたいんだ!」
「い、いや…それでも…」
「それは絶対に曲げられない!絶対に行く!」
小6のくせに、自分に泣いてせがんだのだ。
こういうところは、鉄平に似ているな―そう思った。
最初はどうしようか迷ったが、遼が行きたいというのなら、という理由で、西成中に入れた。
その話を聞いた智恵の両親は激怒したが、その時はもう智恵の両親には流されないと決めた。
「もうあなたたちとは関係ないんだ!息子が行きたいといった学校に、俺は入れる」
もともと遼も小3からバスケを始めていたこともあり、そのまま西成中バスケ部に入った。
偶然なのか、西成中に、兄弟という事実を知らない2人が入った。
そして、今に至る―。