第15Q 「桜の過去」
今までの出来事が走馬灯のようによみがえった。
宮之城戦前、3Pの練習をしてもらった時、「ミニバスしてたの?」と聞いた時の無理な作り笑い。
的確な指示。バスケ経験がないとあんな指示はできないだろうと思っていた。
そして、あのうますぎる1on1。
そういうこと、だったのか…
「私、6年の時、キャプテンしてたの。大坂小の」
聞いたことがある。とても上手いミニバスケットボールの選手がいたと。
「それでね、私、キャプテンになりたてのころはみんなと上手くやってた。だけど…」
桜は顔を下に向けた。
「あるときから、私はいじめられるようになった」
「ずっとバスケの顧問だった先生が体調を崩して辞めて、新しい先生が入って来たんだ。その先生に、私、すっごく気に入られて、その日から私贔屓の練習が続いたの。そしたら、徐々にみんなから無視されだして、そのいじめが無視だけで止まらなくなった」
桜は一つ一つの話に一呼吸を置きながら、話していた。俺は一言も言葉を発さずに、桜の言葉が口から出るのをゆっくり待っていた。
「バッシュがなくなってたり、マイボールに穴が開けられてたり。もうさんざんだった。辛くて、辛くて、しょうがなかった。一回、自殺しようとも考えた。そのいじめは、部活内から最悪にも学校中に広まった。」
今こんなに明るい桜が、自殺しようと考えていたなんて…衝撃だった。
「そして、私はミニバスの最後の大会で、スタメンから外された。先生まで私を見捨てるようになったの。先生はみんなから人気のなくなった私なんかもう眼中になかった。先生はそういう人だったの。そしてその日、大会を見届けずに、私は会場から逃げるように逃げ去ったの。公園のベンチで泣きじゃくった。その時、バッシュを捨てた。もうバスケはしない。そう心に誓ったんだ」
「だけど、その時そんな私を助けたのは、公園でバスケをしていた見知らぬ人だった」
「その人、公園で泣いていた私に、『そこのお姉ちゃん、バスケしよう』って言われたの。その人と、1on1をした。そしたらね、その男の人のバスケットボールの仕方に、涙が出てきた」
「ただバスケが好きだからという理由で、バスケットボールを心から楽しんでいる気がした。そして、その人、こういうの」
「『このバスケットボールは、あなたに色々な事を教えてくれる。辛いこと、楽しいこと―大人になるための色々なことだ。バスケットボールが与えてくれたこと、それを乗り越えれば、真の大人になれる。このバスケットボールには、夢がたくさん詰まっているんだ』」
どこかで聞いたことがある気がした。誰だっけ、この言葉をいつも言っていたのは。
「その時、私の中に衝撃が走った。バスケをやめちゃいけない。そう思った。そしてその男の人はゴミ箱からバッシュを取りだして、『バスケをまだしたいという気持ちが心のどこかにあるなら、辞めるな』って言った。その時、私は吹っ切れたの」
「私はそのあともう大坂小のミニバスには縁がなかったけど、その時から頑張って明るく過ごしたの。そしたら友達も徐々に戻ってきて、普通の学校生活を送れるようになった。あのとき救ってくれた人を探して、私は色々調べてみたの。そしたら、その人は有名実業団の監督だった。そしてその息子が通っている学校があるって聞いたの。その学校が、この西成中だった。そして私は、その人がやっている実業団には入れないから、その学校に何が何でも入ろうと思った」
「西成中に入って、私はマネージャーになることにしたの。バスケもしたいけど、バスケをしているその人を支えたいなと思って」
「その息子はね、榊先輩だったの。そしてその父親が、もう離婚しちゃったんだけど、吉見雄介っていう人」
ん?父さんの名前がなんで出てくる?おかしいぞ…
「…え?何て言った、今」
「吉見雄介、だよ。その人がどうかした?」
ちょ、ちょっと待て。どういうことだ?
吉見雄介は、俺の父親だろ?榊先輩が兄弟だったはずはない。ちょっと待て、どういうことだ?
あ、そうだ!あの口癖も、俺の父さんだ。間違いない。
「『このバスケットボールは、あなたに色々な事を教えてくれる。辛いこと、楽しいこと―大人になるための色々なことだ。バスケットボールが与えてくれたこと、それを乗り越えれば、真の大人になれる。このバスケットボールには、夢がたくさん詰まっているんだ』」あんなこというのは父さんだけだ。
「遼君、どうしたの?顔色悪いよ」
おい、どういうことだ。どういうことなんだ。
え!?
理解できない。
意味が分からない。
目の前の景色がぐるぐる回っていく。
榊先輩のお父さんは吉見雄介だ?
「今言ったこと、間違ってないよな」
「う、うん。そうだけど…」
気がつくと、俺は走っていった。
後ろから、桜が呼ぶ声が聞こえた。
俺の目からは、涙がこぼれおちていた。