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街へ

いつもより長文になってしまいました。矛盾点等、なければいいのですが。

今回は、リドニアとティルーだけですね。

では、楽しんでいただければ幸いです!

──そういえば、私どうしてリクト様と普通に話してるのかしら。

なんて私が思ったのは、リクト様にお帰りいただき、部屋で着替えている時だった。お嬢様と同じく私も服を持ってきていなかったので、他の使用人に借りたの。

……私も、ヒルドマン侯爵家は嫌いだったはずなのに。ティルー殿の言う通り、そこまで嫌いでもなかったのかしら。

胸元の(ボタン)を留め終えて鞄を取り、私は部屋を出た。

久しぶりに、寝間着とお仕着せ以外の服を着た。

街娘が着るような普通の服だけれど、地味なお仕着せに慣れた私の目には特別可愛らしく見える。街は、ウォルツ伯爵邸からそう遠くない。だから馬車は借りずに、徒歩で行くことにしたの。

「リドニア殿!」

正門へ向かう途中に、庭園の方から名を呼ばれた。私をこう呼ぶ人は、かなり限られているけれど。

「……何でしょう、ティルー殿」

リクト様のお傍にいないと思ったら、こんなところに。何やってるのかしら、こんなところで。

「どちらに行かれるんですか」

どこか切迫した雰囲気。何なの?

「本日開催される夜会に必要なものを買いに行くのです」

「──それは」

困った、と顔に現れている。

なんでティルー殿が、私がいないことで困るのかしら。そう考えて、少しして分かった。

「リクト様、ですか」

「う」

「貴方の主でしょう。多少愚痴がしつこいからといって、逃げるなんてどうかと思います」

私にリクト様の相手をさせて。ティルー殿は逃げ回っていたのだわ。最低よ。

私がジロリと睨むと、ティルー殿は引きつった笑みを浮かべる。

「リドニア殿は、まだ数時間しか味わっていないじゃないですか。僕はもう十年くらいあれをされているんですよ」

「そんなこと言われても」

「それに、ルーシャン様とリクト様がご結婚された後はリドニア殿もリクト様の愚痴を聞く羽目になるのです。予習のようなものだと思って、聞いて差し上げて下さいよ」

「知りませんったら。私は今から街に行くのです。さよなら」

「あ、ちょっと」

もっともらしいこと言って、私にリクト様を押し付けようとしてるんじゃない。リクト様には悪いけれど……あれは時間の無駄だわ。

「ぼ、僕もお供しましょうか。そうですね、それがいい」

「……はあ?」

何の計画性もない提案に、呆れてしまう。ティルー殿がいなかったら、リクト様やお嬢様の世話は誰がするのか。

「仕事に対して無責任で不真面目な人は嫌いです」

「貴女のように、主を猫可愛がりするのもいかがなものかと」

「何ですって?」

猫可愛がり?

そんなことはないわよ。私は、お嬢様を大切に思っているだけ。

「ですが、今回においてはリドニア殿が正しいですね。お詫びに、護衛をさせていただきましょう」

どう言い返しても、結局はついて来る流れに行き着いてしまう。もしかして、この人本気で言ってるのかしら。

ティルー殿は振り返り、慌てたように私を急かした。

「あっ、リクト様ですよ。行きましょう早く!」

リクト様の扱われ方が、少し気の毒ね……。

肩を後ろから押されて、私はティルー殿と屋敷を出た。


普通の服を着た私と、スーツ(のような服。侍従のお仕着せみたいなものよ)を着たティルー殿。せっかく私が着替えたのに、意味ないじゃない。

屋敷を出てからは、ティルー殿はいつものペースに戻って悠々と道を歩いていた。

整備されてレンガが敷き詰められた道。トール以外の男性とこうして歩いたのは初めてだわ……。

「そういえば、リドニア殿。その服、よくお似合いですよ」

感慨にふけっていると、ティルー殿が私をチラリと見て言った。

「いまさらありがとうございます」

「先程はリドニア殿を見る余裕がなかったのです。不機嫌を直して下さいよ」

「別に不機嫌ではありません」

上機嫌でもないけれど。

……いえ、不機嫌だわ。認める。

でもそれは、ティルー殿がいまさら私の服を褒めたから、とかではなくて。もっと真面目なことで。

「ティルー殿。貴方、度々このようなことを繰り返しているのですか?」

「このような?」

「仕事中に抜け出すことです。私はきちんとお嬢様に断りをいれました」

でも、ティルー殿は許可をいただいてないはずだわ。いきあたりばったりな決断だったもの。

「だから護衛だと言ったでしょう?」

「私に護衛など必要ありません!誰が私などを狙うのですか、馬鹿らしい」

「──勘違いしておられるようですけど、本当にこれは僕の仕事ですよ」

ティルー殿は意味の分からないことを言う。これが仕事?

そんなわけないじゃない。

「お忘れですか?ルーシャン様は僕に、貴女の紹介をしました。重要なのは、僕とリドニア殿が個人的に自己紹介をしたのではなく、ルーシャン様が伯爵令嬢として貴女を僕に紹介したということです」

──なるほどね。

やっと私にも理解できた。

お嬢様は私をティルー殿に紹介した。伯爵令嬢として。

それの意味すること。

彼女にもそれ相応の扱いをしなければ許さない──。

そんな風に言われた相手を一人で屋敷外に出し、万が一にでも何かあったら。

「しかしここは、ヒルドマン侯爵邸ではないですよ」

「けれど、ルーシャン様は僕や……リクト様に言い掛かりをつけてきそうじゃないですか」

「言い掛かりだなんて。そんな言い方」

「まあ、今のは後付けの理由ですよ。リクト様やルーシャン様に責められたらそう答えようと思います」

私は、やっぱりこの人が苦手だわ。よく分からないもの。嫌いではないけれど、苦手。まだ、お嬢様の態度で一喜一憂されるリクト様の方が分かりやすい。

そんな私の気持ちを知らずに、ティルー殿は優雅に振り返った。

「で、何を買いに行くのです?」

「ローズピンクのルージュです」


いつもルーシャン様が贔屓になさっている化粧品店にいくことにした。そこは高級店が立ち並ぶところにあるお店で、街の最奥にある。

普段は私以外の侍女やメイドが買いに行っているから、私は今回が二度目になる。一度目は信用できる店かどうか確認しに行ったの。

歩いていく内に、ティルー殿について来て貰ってよかったかもしれない、と思い始めてきた。一応どこに何があるかは覚えているけれど、実際に歩くとなると結構迷うものよ。人も多いし。

「きょ……今日は祭でもあるのですか?」

声を張り上げて前を歩くティルー殿に尋ねると、彼はケロッとした顔で私を見る。

「そのような予定は存じませんが、何故ですか?」

「人が多すぎます!──あ、すいません」

もう!ぶつかったり足を踏んだり踏まれたり!

前来た時は、もっと空いてたわ!

ティルー殿は辺りを見渡して(背が高いって、いいわよね。私なんて人しか見えないわよ)、私の腕を引いた。

「ああ、きっとあれですね」

ティルー殿が人込みの向こうを指差して言うけれど、私には何も見えない。

「今日は街中の店が二割引きらしいですよ。全てではないみたいですが」

「は?セール?」

「ええ。二割引きだそうです。何か買っていきますか?」

興奮したように言うティルー殿に、私は首を捻った。

……どうして?

「別に……今日でなくてもいいのでは?」

「でも、安いんですよ」

「二割程度なら、大して変わりません」

屋敷では、いくら安かろうが需要のないものは買わなかった。

それに、お嬢様が落ち込んでいらっしゃる時に買い物なんて。

「………」

「そう思いませんか?」

ティルー殿は何か言いたげに私を見て──、

「思いません」

と断言した。

「そうですか。気が合いませんね」

「気と言うよりも、金銭感覚の違いです」

金銭感覚。私は普通だと思うのだけど。爵位もない、むしろ使用人一家に生まれたのだから。

「それよりティルー殿、手を離して下さい」

掴まれた腕を振ると、ティルー殿は今気付いたかのような顔をした。素早く謝り、手を離す。

「しかし、はぐれませんか?」

「はぐれても構いません」

再び腕を掴まれた。

だって、お金は持ってきたし、はぐれても問題ないじゃない!

「スリとか気をつけて下さい」

「余計なお世話です!」


私達はスリに遭うこともなく、無事に化粧品店に到着した。店員にメフィス伯爵の名を告げると、一気に接客の際の声が高くなる。

「メフィス伯爵家の方でございますか。いつも贔屓にしていただいて、有り難いことですわ。本日はどのような物をお探しでしょう?」

「ルージュを」

「かしこまりました。王領で採れた、最高級の紅花で作られたルージュを用意致します。お色などは、いかがなさいましょう?」

「ローズピンクよ。あまりけばけばしい色は除いてね」

しばらくして、店員はガラスのショウケースを運んできた。中には僅かに色味の違うローズピンクのルージュが並んでいる。

「……凄いですね」

「凄いですよ。レディのお化粧なんですから」

ティルー殿は立てかけてあった値札を見て、完全に口を閉ざした。

……さて。

いきなりだからあまりお金を持ってきていない。買えるとしたら、この内のどれか一つだわ。

「んー……うー……ん」

お嬢様に一番似合う色はどれかしら。赤みの強いもの?それとも薄め?

お嬢様を想像して、唇にルージュを塗ってみる。

──そういえば。どのドレスを運んでくるのかしら。私が送った手紙には、ただ取りに行くとしか書いていなかった。変なドレス(なんて無いけれど!)を持ってきたらどうしよう。

「ずいぶんとあるんですね。これなんて……真珠の粉を配合?入れたらなにか変わるんですか」

ショウケースを除くティルー殿は、化粧品などの知識は全くないらしい。

女性に慣れている人は結構知っていると聞くので、私は少し笑ってしまう。

「真珠が入っていると、光に映えてより唇が美しくなるんです」

「ふーん」

そのままティルー殿は興味なさそうにルージュを眺めて、ふいと視線を逸らした。

「で、どれにするんですか?」

「今迷ってます」

これがいいかしら……ううん、似たような色が屋敷にあったわ。じゃあこれ?んー、なんか違うわ。これは──ケバい。あの店員、けばけばしいのはやめろって言ったのに!

その後私はたっぷり一時間ほど迷って、やっと買い終えたらティルー殿が消えていた。

「あら?」

「あ、お客様。お連れの方は、外で待っているそうですよ」

「外?帰っていてもよかったのに」

店を出ると、確かにティルー殿はベンチに座っていた。私を見ると片手を上げる。

「女性の買い物に付き合う時は寛大な心を持て、と聞いたことがありますが、あれは真理ですね」

「早くなくて申し訳ありませんでした。ずっと待っていたのですか?」

「ええ、まあ。それともここは、そんなことないですよ、と答えるべきですか?」

茶化すようにティルー殿は苦笑するけれど、こんなベンチに座って一時間近くも待っているのは楽しくもなんともないだろう。

──まあ、この人が勝手についてきたのだけど。

「喫茶店にでも行きますか?私が奢ります」

「お供しますよ。ですけど、代金は僕が払います」

笑顔で立ち上がり、ティルー殿は私の腕を掴んだ。

なんで、こんな連行されるような格好をしなくてはいけないのかしら。



化粧品店周辺は、他にも仕立て屋や貴金属専門店、装飾品店などが立ち並ぶ、二割引きセール対象外の場所だった。だから人も少なかったのね。

少し歩くと一気に人が増えて、そのことを認識させられた。

「酔いましたか?」

ぼーっとしていたところに声をかけられ、驚いた。気付かなかったけれど、腕を掴んでいるティルー殿に体重を預けていたみたい。

「……え?」

「いえ、人混みに酔ったのかと」

「そうなのでしょうか。確かに、少し気分が優れません」

しっかりと自分で立ち、頭を軽く振ったら少しだけマシになった。寄り掛かっていたことを謝ろうとティルー殿を見たら、後ろから突き飛ばされた。

「きゃ……!?」

「ごめんねお姉さん!」

後ろから帽子をかぶった少年が飛び出した。あの子がぶつかったのね。

大丈夫よ、と答えようとすると、その少年の腕をティルー殿が掴んだ。

「……ちょっと待った」

「いだっ!いたたたたたた!!」

私の腕を掴んでいるのと同じふうに見えるけど、力が違うのかしら。少年はとても痛がっている。

「ちょ、ちょっとティルー殿?何をしているんですか」

私達は足を止めてしまい、街の流れをせき止めてしまっている。自分を非難している私を見て、それから苦痛に表情を歪めている少年を見て、ティルー殿は流れから抜けた。

店と店の間の、比較的人の少ない場所に移る。

「財布を出せ」

私の腕を離して、ティルー殿は少年の被っていた帽子を取った。

「な、何のこと?」

「盗ったろ」

とった?

私がティルー殿の横で首を捻っていると、ティルー殿は少年の身体を服の上から触っていった。

「わ、ちょっと触んないでよお兄さん!もしかしてそういう趣味の人?」

「……」

ぽんぽんと叩くように触れていき──ちょうど腰の辺りで手を止める。

「──あった」

「あ」

無表情で服の中を探り、出てきたティルー殿の手には。

「あ、私の財布」

「こ、これは……!」

先程の余裕はどこへやら、少年は真っ青になってティルー殿の腰を見た。腰に下げられている、剣を。

装飾の一切付けられていない剣は、逆に真剣味を増して少年の目には映っているのでしょうね。私も思わず唾を飲み込んで二人を見てしまった。

「ほら、もう行け」

しかし、少年(と、もしかしたら私)の予想に反して、ティルー殿は剣を抜かなかった。

帽子を返すと興味を失ったように手を払う仕草をする。

「……」

これ幸いと逃げ出した少年を見送って、私は隣に立つ人を見る。彼が何かをしたわけではないのに、私はティルー殿を怖く感じた。スリの少年よりもずっと。

「あ、あの……」

「助かりました」

「え、……?」

ティルー殿は私に財布を渡すと、もう一つ、見慣れない財布を私に見せる。ティルー殿のものかしら、と思ったけれど、その割には小汚い。

「それは?」

「さっきの少年の財布です。リドニア殿は、本日二人目以降の標的だったようですね。たくさん入ってる。リドニア殿に僕が奢るなんて言いましたが、正直懐が寂しかったので」

なんて言いながら財布の中からいくつもの銀貨や金貨をとりだすと、ティルー殿は自分の財布(だと思うわ。懐から取り出していたもの)に移し替える。

「な、何をしているのです!」

「何とは?」

「先程の少年から盗んだのですか!?」

「ええ」

罪悪感など微塵も感じていない顔。私が間違えているのかと錯覚してしまう。

「──?リドニア殿。怒ってらっしゃる?」

「当然です!犯罪ですよ!?」

怒っているというか──驚いている。感情が怒りに変わるほど、私は今の状況を飲み込めていない。

「リドニア殿について来てよかったです。貴女はすられてからも気付かなさそうですからね」

「犯罪を犯すくらいなら、被害者でいたほうがまだましです」

私も……共犯?

あの少年からしたらそうでしょうね。

女の財布を盗んだら、「二人」に盗み返された、と。そう思うわ。きっと。

「リドニア殿?彼が最初に盗んだんですよ?」

「だから何ですか。貴方が財布を取り替えしてくれたのには感謝します。けれど、あの子の財布まで盗むことはありませんでした!」

「ちょ、ちょっと。あまり大声で叫ばないで下さい」

どこかへ場所を移しましょう、というティルー殿の言葉を無視して、動く意思はないと視線で伝える。ティルー殿は肩を竦めて、私の前に立った。

「少年も、深く考えてませんよ。仕事中にはよくあることです。例えばこの場合──少年は財布を盗られたことよりも、切られなかったことに感謝すべきです」

カン、と金属が擦れる音がする。

「そんなこと──」

「あります。分かりますよ。僕も昔はしていましたから」

していた?何を?

「……スリを……?」

ええ。と、ティルー殿は軽く頷いた。

「こんなところで話していても時間の無駄ですし、喫茶店に行きますか?」

喫茶店。

そういえば、行こうとしていたのだったかしら。

「……ええ」

昔の私がこの場にいれば、頷いた私を怒鳴り付けていたことでしょう。

ヒルドマンに仕える使用人なんかと喫茶店ですって?それに、軽いとはいえ犯罪を犯した人と。信じられないわ──なんて。



何故だか、ティルー殿に付いていくことは、この先リクト様を旦那様と呼んで仕えることを認めることのように思えた。

でも、私の選択はお嬢様のように二十四時間も待ってもらえない。一瞬で選択し、その場で答えなければいけなかった。ティルー殿を拒絶してヒルドマン侯爵家を受け入れないか、ティルー殿の手を取ってヒルドマン侯爵家を受け入れるか。


私は、彼の手を取った。

私の腕を掴まないティルー殿の後ろを、自分の意思でついていってるのだから。

たとえ私をつき動かしているのが、ただの好奇心だったとしても。

次回か、その次くらいに夜会がくるかと思います。


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