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当日の朝

ローズ様とリジン様は出てきません。

リクト様とリドニアの絡みが多いかな?

お嬢様の登場シーンは少なめです。

あれからお嬢様は、ウォルツ伯爵邸の客室に引きこもられた。入る前に、「リドニア以外入らないで!」と宣言して(それを嬉しい、なんて考えるのは、悪いことかしら)。

ディナーの時間になっても部屋から出ようとされないので、私がお食事を客室に運んだ。

お嬢様は、天蓋のついた広いベッドの上で、毛布をかぶっていらっしゃった。お可愛らしいけれど……その表情が暗くて、私の胸は痛んだ。

テーブルに食事を置いて、お嬢様はソファに座って。私はお嬢様の傍らに立っていた。

「……ねぇ。リドニア」

「はい、お嬢様。何でしょう?」

「ヒルドマンは……リクト様は、どうしてらっしゃる?」

リクト様か……。

今この瞬間、その名で眉をひそめるのはお嬢様でなく私だった。

「お嬢様を心配なさっておいででした」

五分に一度私のもとに来て、「ルーシャン殿はどうだ?」と尋ねてくるほどに。

五分に一度よ?

顔にも声にも出さないけれど、うんざりしたわ。

「そうなの」

「あ、お嬢様。明日の夜会は、どうなさいますか?参加されるようでしたら、色々と前準備が必要になりますが……」

前準備が必要なのもあるけれど、これはリクト様に聞いてこいと頼まれていた内容だ。

リクト様はお嬢様のパートナーとして参加されるつもりらしく(婚約者なので、当然といえば当然なのだが)、お嬢様が夜会に参加されるのか、とても気にしていらっしゃった。

聞きましょうか、と申し上げたところ、過剰なまでに喜んで下さった。

「ええ……参加するわ」

「そうですか。お嬢様を着飾らせるのは、私の楽しみでもありますからね。腕がなります」

「ふふ……そうね。いつもあたしよりリドニアのほうが楽しそうよね」

お嬢様が笑われた。たったそれだけのことなのに、私の心は一気にかるくなった。


お嬢様が食べ終えた食事の皿を運んでいると、待ってましたとばかりにティルー殿が寄ってきた。

「リドニア殿!」

「何です?」

「どうでしたか?リクト様がしつこいので、一秒でも早く結果を教えて黙っていただきたいんです」

──確かに、どことなくティルー殿は疲弊しているようだった。ここは意地悪く無視するよりも素直に教えたほうがいいかもしれない。

「お嬢様は、明日の夜会に参加されるようです。もちろん、今後のご気分によってはどうなるか分かりませんけれど」

というのは、お嬢様が「やっぱり嫌!」となった時の予防線だ。貴族の令嬢として良い態度とは言えないが、私はそんなお嬢様を責めるつもりは全くない。

「そうですか。良かった!」

ティルー殿は分かりやすいくらいに喜んだ。ここに私がいなければ、一人で万歳でもしそうな勢いである。

「ずいぶん嬉しそうですね。──貴方が。主思いなのは結構なことですけど」

「違います。これでルーシャン様が参加されない、なんてことになれば、八つ当たりは全て僕にくるんです。同じことを何時間も愚痴られて……さすがに疲れますからね。情報をありがとうございました。早速リクト様に知らせてきます」

言葉通り、非常に迅速な行動でティルー殿はその場から立ち去った。

「私も……屋敷の方に手紙を書かなきゃいけないわね……」

ドレスを調達しなければ。お嬢様に似合う、最高のドレスを。


翌朝、屋敷にいるときと同じようにお嬢様のいる客室に行って、私はたじろいだ。

「リクト様……?」

と、ティルー殿もだけど。

小声でしかも少なくない距離があるにも関わらず、私の声は彼らに聞こえたらしい。パッと顔を上げて私を見る。

何でいるの……!?

彼らがいるのは、お嬢様の部屋の扉の前だ。そして時間は朝(といっても、私達使用人からしたら昼前だけど)。

これが夜中でなくて良かったわ。絶対に怪しく見えたでしょうから。

「リドニア殿……!やっと来て下さいましたか!!」

「ティルー、もっと声を落とせ。ルーシャンが起きてしまったらどうする」

リクト様方、いつから待っていたのかしら……。考えたくないわ。

「リドニア。ルーシャンは俺について何か言っていたか?嫌いとか、好きとか」

昨日から、私はリクト様の中で人としてのランクが上がったらしい。名前でお呼びいただいている。お嬢様を呼ぶときのような愛情はないが──そんなものを入れられても困る。

「い、いえ特には……あ、昨夜、リクト様はどうしてらっしゃる?と気にしておられました」

「そ、そうか。嫌われたわけではないのかな」

昨日のことをおっしゃられているのかしら。だとしたら杞憂だ。あの時は、これ以上ないくらいに嫌われていらっしゃった。

「リクト様、用があって何時間も前から待っていたのでしょう。早く済ませて下さい。いい加減……眠いです」

欠伸をして、ティルー殿は目を閉じた。立っているから、寝るわけではないでしょうけど。

「ああ……そうだ。リドニア、これなんだが」リクト様が取り出されたのは、小さな箱。通常、指輪や首飾りなどの装飾品を入れるものだ。

「……指輪ですか?お嬢様に?」

「ま、まあ、そうだな」

「婚約指輪ですよ。リクト様からの。本当は、先日渡そうとしていたんですよ。ねえ、リクト様?」

その眠さからか、ティルー殿は必要以上にリクト様に絡んでいた。

「……つまり、お嬢様を呼び出せということですか?」

「出てきてくれるだろうか」

こればかりは何とも言えない。

お嬢様の魅力がそうさせるのか、リクト様は弱気だ。あの、権力と財力に物を言わせて婚約した時の強引さはどこへ行ったのかしら。

──そんな時、ティルー殿が寄り掛かっていた扉がゆっくりと開かれた。


完全に気を抜いていたティルー殿は、不意打ちの出来事にバランスを崩した。慌てて壁に手をついて倒れるのを防ぐ。

「うるさいわよ」

私達が騒いでいたのもあるだろうけれど、お嬢様の眠りが浅かったことも原因ではないかしら(言い逃れじゃないわよ)。

不機嫌そうなお嬢様は私達の顔を見て、その不機嫌を驚きに変えた。

「ルーシャン殿。騒がしくしてしまい、申し訳ない。調子はどうだ?悪くない?」

お嬢様に声をかけようとしたのに、リクト様に先を越された。

仕方なく諦めてお二人を見ると、お嬢様がご自分の装いを気にしているのに気が付いた。

──、お嬢様の格好って……!

「ちょ……リクト様。お嬢様は今、ネグリジェなんですよ!?近づかないで下さいませ!」

「え?」

リクト様ははたと気付いて──まじまじとお嬢様を見る。

何をなさっているのですか!

「お嬢様、お部屋へ入って下さい!お二人はどこかここ以外に行って下さい!!レディの部屋の前で何をなさっているのです!」

止まった時間が動き出すように。三人は私の指示に従って下さった。


昔のローズ様のドレスを召されたお嬢様は、とても美しい。

けれど、古着であるということが私を満足させなかった。お嬢様は気にしておられないけれど、駄目よ!

お嬢様には、常にお嬢様のためだけにつくられたドレスを着てほしい。

環境に悪かろうが(再使用を真っ向から否定してるものね)、身勝手だろうが、それが私の願いだ。

「お嬢様。本日、夜会のためのドレスを屋敷から持って参りますね」

その旨を書いた手紙を、昨日の内に届けておいた。

「あたしの傍にはいないの?」

「申し訳ございません」

この屋敷の下男に頼んでもいいけれど、今日頼むのはさすがに迷惑だろう。夜会のために、エリザを含めて屋敷の使用人は朝から大忙しなのだ。

「──それと、リクト様がお嬢様に渡したいものがあるそうですよ」

婚約指輪……何色かしら。ドレスに合わなかった場合は外してもらうしかない。

いえ、事前に聞けばいいわね。貰う本人より先に詳細を知ってしまうのは、心苦しいけれど。

「渡したいもの?」

「ええ。箱を見れば何となく分かると思いますけれど」

「箱?なにかしら。まさか、婚約指輪とか言わないでしょうね」

……。リクト様が、サプライズで指輪を渡そうとしていたらどうしよう。


お嬢様の本日の支度を終え(お嬢様は再びお部屋にこもられた)、私はウォルツ伯爵に対面することにした。メフィス伯爵邸に行くために、馬車を借りることにしたの。

「あ、リドニア。メフィス伯爵からお手紙が来てたわよ」

エリザとすれ違う時。邪魔にならないように声をかけなかったら怒ったように近づいてきた。

「え。旦那様から?」

「いえ、書いた人が誰かは分からなかったけれど。向こうでメイドが持ってるから、貰ってきなさいよ」

「分かった」

旦那様から?お返事かしら。でも、出した手紙には私がドレスを借りに屋敷へ行くことしか書いていないのに。

「リドニアさん。良かった、探していたんです。伯爵邸からの手紙ですよ。今朝、下男が届けに来たんです」

「そうなの……。何かしら。急ぎの用ってことよね」

メイドから手紙を受け取り、私は自室に戻った。


手紙の内容は、要約すると、「ドレスは屋敷の者に届けさせるので、来なくてもいいですよー」とのことだった。

でも、ドレスがあるのはお嬢様のお部屋だ。ちゃんとそこを考慮したのかしら。かなりの不安を感じるけれど、時すでに遅し。今から手紙を書くわけにはいかない。

「父様を信じることにしよう……」

トールみたいに、デリカシーのない人がお嬢様の部屋に入らないといいのだけれど!


コンコン、コンコン、コンコン……

リズムを刻んで、扉が叩かれた。

「はぁい?エリザ?」

「俺だ」

「………。え?」

若い男性の声。

リクト様だ。

「な、何をしていらっしゃるんですか」

扉を開くと、別れた時と同じ格好をしたリクト様が。

「いくら呼んでも、ルーシャンが出てきてくれないんだ」

「そうですか」

「指輪を渡せない……」ガックリと肩を落とす姿は、とてもお可哀相だけれど──。

「わ、私、少し行くところが……!」

「やはり、嫌われたのか?何が悪かったんだろう。リドニア?ルーシャンが何か言っていたか?」

この方、お嬢様のことになるとしつこいのよね……。同じことを何度も何度も。

「先程も申し上げましたが、特に何も言ってません」

「本当に?ああ、どうしたら俺のことを気に入ってくれるんだ?お前は長年仕えてきたんだろ?ルーシャンはどんなタイプが好きなんだ」

「さ、さぁ……」

別に、お嬢様は怒って引きこもられたわけではないのだから。

リクト様とヒルドマンを離してお考えになっているのよ!黙って待つことはできないのかしら。

「り、リクト様。私、行かなくてはならない所があるのですが……」

「ルーシャンの所か?」

「い、いいえ」

ローズピンクのルージュを買いに。お嬢様を完璧に輝かせるために。

「お前はルーシャンの侍女だろう。ルーシャンの傍を離れるなんて……」

「ティルー殿もリクト様のお傍を離れていますけど」

「ルーシャンは今、悩んでいるんだぞ」

私だって、お嬢様の傍にいてあげたいわよ。

でも、侍女としての矜持がそれを許さない。

私はリクト様を睨むように見つめると、失礼にならない程度の大声で言い返した。

「今日の夜会につけるルージュを買いに行くのです!ああそうだ、リクト様、婚約指輪の色を教えていただけますか?」

リクト様は私の勢いに怯んだような顔になり、

「……ピンクダイヤモンドだから、ピンク」

と答えたのだった。

さすが。稀少な宝石だわ。

ルージュ……口紅ですね。

あんまり日常的に口紅のことルージュって言わないよな、とか思いながら書いていました。

次は、リドニアが街に行きます!ルージュを買いに!

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