レディ・ローズ(1)
ローズ様は、私が本来仕えるはずだった方だ。お嬢様よりも三つ年上の十八歳で、今年の秋、ご結婚なさる。使用人の欲目がなくても、とっても美しい方。お嬢様もお美しいけれど、お二人とも奥様に似たのね(べつに、旦那様が醜いというわけではなく!)。
けれど、よくある通り、お二方の性格は全然似てらっしゃらないの!ルーシャンお嬢様が、強気なハッキリ型だとしたら(もちろん、性格など一言で言えるわけがないので、タイプ、という意味で言ってるのよ)、ローズ様はおっとりした方。いくら怒った人がいても、ローズ様を見ていたらその怒りも収まってしまうのではないかしら。
──そう言えば、私、ローズ様が怒ったところ見たことないわ。リジン様もそうだけど。あの方々の夫婦喧嘩、一度でいいから見てみたいわ……。
それに対して、お嬢様とリクト様の夫婦は(お嬢様からの一方的な)喧嘩が絶えなさそうね。常に冷戦状態な気がする。婚前に縁起が悪い想像だけど、きっとルドルフ執事やマリア侍女長だって頷いてくれるはずよ。
頻繁に、「屋敷の庭園は、屋敷に住む人の人柄を示す」と言われている。ま、ヒルドマン侯爵邸は考えないとして(あれが彼らの人柄だったら、恐い)──メフィス伯爵邸やウォルツ伯爵邸においては、その言葉も当たっていると思うわ。だって、どちらの屋敷にしても、とても上品に花が咲いているんですもの。それって、庭師の腕もそうだけど、それだけじゃないと思うの。
やっぱり、主の性格とかが出てしまうのよ。庭師に指示を出しているのはその家の主人だし。
ウォルツ伯爵邸の庭園は、見ていてとても優しい気持ちになるの!お嬢様がローズ様に会いたいとおっしゃられたのも、この庭園の存在が大きかったんじゃないかしら。華々しいというわけではないけれど、ふと目を止めて見つめていたいと思わせる。
私達はウォルツ伯爵邸の庭園に目を向けて、ほぅっと感嘆のため息を漏らした。
「相変わらず、優しい庭園ですね」
「そうね……」
優しい庭園、というのは、文章としてはおかしいかもしれないわ。でも、ウォルツ伯爵邸の庭園は正しく、「優しい」と形容するのがぴったりの庭園なのよ。
庭園を眺めながらウォルツ伯爵邸の敷地内に入ると、一人の女性が声をかけてきた。服装を見る限り、メイドらしい。
「お待ちしておりました。ルーシャン様でございますね?ローズ様がお待ちですわ」
「お姉様は?」
「ローズ様は庭園の方で、お茶会をなさっておいでです。ご案内いたします」
「いいえ、結構よ。勝手に探すから。一応、伯爵に私達が来たことを伝えてちょうだい」
「かしこまりました」
メイドは頭を下げてから、動こうとしない。私達客人よりも先にその場から退出してはいけないと教育されているのだろう。
お嬢様は屋敷に入らず、庭園に足を踏み入れた。さく、と青い芝生を踏んで。お嬢様は庭園がよくお似合いになる。まるでお姫様だわ。そんな方にお仕えしている自分がとても誇らしく感じる。
「あ、ルーちゃん、ここよ、ここー」
庭園の奥から声がする。お嬢様をルーちゃんなどと呼ぶのは、ローズ様ただ一人だ。お嬢様も嫌がっているそぶりを見せるけど、まんざらでもないらしい。
進むと、淡いピンクブロンドの髪を品よく結った女性が椅子に座っていた。ローズ様だ。その横にはかつての同僚でもあり従姉妹でもあるエリザがいた。
「あらあら、リドまで。相変わらずねぇ、貴女はリドしか側におかないのだから」
「あら。いけない?リドニアしか信用できないのよ」
「いいえ。一人でも信頼できる人がいることは、とても幸せなことなのよ」
エリザがお嬢様の紅茶を注いだ。香りを楽しむように紅茶に鼻を近づけて、お嬢様は微笑んだ。
「やっぱり、この庭園で飲む紅茶は最高ね」
リラックスしたお嬢様を見て、なんだか私もリラックスしてしまう。お嬢様が私を信頼して下さっているように──私もお嬢様を信頼しているのだ。
「ねぇ、エリザ、リド。貴女達も椅子に座って?」
「え、ですがローズ様……」
戸惑う私の肩を抱いて、エリザが笑った。
「リドニア、座りましょう。懐かしいでしょう?無礼講・ティーパーティ」
無礼講・ティーパーティとは。
ローズ様が屋敷にいらした頃、ご自身主催で開いていらしたお茶会だ。大抵の場合、客は私やお嬢様や、エリザやトール(トールはこのお茶会が苦手だったらしい。後日談だけど)。皆が椅子に座り、紅茶はセルフサービス。そのまま爵位や使用人であることを忘れて楽しむパーティをローズ様はそう呼んでいた。
実際は紅茶を注ぐのもお菓子を足すのも私やエリザやトールがやっていたけれど。それは言わぬが花、ってやつね。
エリザは椅子に座るやいなや、私のタイに手を伸ばしてきた。
「ほら、リドニア。タイが曲がってるわよ。服には花びらが付いているし」
主の前で私語をする。無礼講・パーティだからこその芸当だ。
実際に無礼講と言っても、まさか主に「いっつも起きるのが遅いのよ」などと言えるわけがないのだ。許されるのはこの程度。
「分かってるわよ。いつまでも子供扱いしないで」
中途半端な無礼講。そんな、逆に気を遣うお茶会でも、楽しいのはローズ様の人柄だろう。
「ふふ。いつもあたしの保護者みたいなリドニアも、エリザにかかったら子供みたいね」
「お嬢様まで……」
「でも、エリザも今朝なんて──」
「ろ、ローズお嬢様、それは言わないで下さいと何度も──」
数年前と同じ笑い声は、この庭園に合っていた。
お嬢様とローズ様はさすが姉妹というべきか、久しく会っていないことなど感じさせない。私とエリザだってそうだ。
けれど、別の場所で人生を歩んでいた期間は確かに存在するわけで。
相手がその時何をしていたのかなんて、分かるはずがないのだ。会っていない期間の相手を知ることにより、相手を近く、そして遠く感じるのだと──。
私達はそれを、この日に体感するのだった。