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使者と伝言


 ふと思った。

 ロアがセルア様に対しておよそ使用人らしくなかったのはもしかして、彼女がそう望んだからなのではないかと。



 執事養成学校から了承の手紙が届いた午後、ウォルツ伯爵からの手紙も届いた。

 内容は挨拶をすっ飛ばし、驚きと会議に対することが書かれていた。ミネルバ公爵には、手紙を送っていない。セルア様がもう報告しているだろうし、まだ、私達家族は動揺していた。

 一番落ち着いていらっしゃるのはシンシア様かもしれないわ。ロアとの交流が最も少なく、客観的で公平なコメントをしてくださる。

「マリアもね、驚いてたのよ。ね?」

 シンシア様が、お嬢様とのお茶会中にそんなことを言い出した。後ろで控えていたマリア侍女長が、一瞬視線を泳がせた。

「………」

 私はマリア侍女長の横に立っていて、ジィッと視線を向けると睨み返された。

「……なんです、リドニア」

「マリア侍女長。私は、ロアを手放すつもりはありません。私達ミュール家は、メフィス伯爵家に忠誠を誓っているのですから」

 セルア様に対して感じる、同情に似た気持ちとは別に、私にはロアを止める義務がある。ロアの行動が、人道的に良いか悪いかは関係ない。ミュール家として、私はロアを許せない。

 忠誠を違えてはいけない。ロア一人が忠誠を覆すだけで、ミュール家はメフィス伯爵家に対して不誠実な行為をしたことになる。

「リドニア。貴女は……」

 マリア侍女長と目が合った。何の感情もない。

「とても、ミュール家らしいわ」

 結婚したシンシア様について行かないマリア侍女長のほうが、何倍もミュール家らしいと思わないでもない。

 私が何も言わないでいると、マリア侍女長は無表情を一転して明るい表情を浮かべた。

「──リドニアの反対で変わる意見なら、それまでということでしょう。私達は、旦那様とリジン様の決定に従うのよ」

「はい」

 マリア侍女長の言う通りだ。

 私は、主の判断に従えばいい。



**



 お菓子も減り、お茶会も終わりに近づいた頃。

「ルーシャン様──こちらにいらっしゃいましたか」

 いつも旦那様に付き従っている、トールが駆け足で近づいてきた。

「……お茶会でしたか。慌ただしく、失礼いたしました。ヒルドマン侯爵家のリクト様の使いの、ティルー殿がいらっしゃっいました。ただ今は客室にてお待ちしていただいております」

 リクト様という名に敏感に反応を示したお嬢様。少し身体を浮かせて、それからハッと途中のお茶会に目を向けた。

「ティルー殿が?そう……。リドニア。悪いけど、言ってきてちょうだい。用件をお伺いしてほしいの。何なら連れてきても構わないわ」

「……分かりました」

 ティルー殿……なんか、頻繁に会っているような気がする。気のせいかしら。

 トールと共にその場を去る。

「旦那様は、最近、その……お元気ですか?」

 あまり気乗りはしなかったけど、私は旦那様の様子を聞いた。旦那様にとって、ここ数日は悪夢のようでしょうね。

 シンシア様のことも、ロアのことも。

ロアについては旦那様に直接的には迷惑はかからないけど……ロアは、ルドルフ執事の跡を継ぐことが決定していたのに。

 トールは深読みできる間を置いて、頷いた。

「一応、表面上では元気にしていらっしゃいますよ」

「……表面上、ね。裏では?」

 平気なわけない。そのことを分かった上で私は尋ねた。

「……あまり、心が安定していません。シンシア様のことが大きく原因となっているようで、ロアのことは……まだ実感がないふうに見受けられて……」

 トールの言うことは、私でも納得できることだった。これまでずっと学校にいたロアは、言い方は悪いけど、頻繁に話題に出てたわけじゃないから。

 いきなり表に引っ張り出されても、お互いに戸惑うし……何より実感が湧かない。

「ロアが執事になることは、ほとんど決まっていましたから……」

 トールの言葉に、私はふと考えてしまう。

 ──もしも。万が一、ロアが執事にならなかったら、誰がこの屋敷を仕切るのかしら。

「貴方か、私、でしょうね」

 確率は私のほうが高い。

「は?」

「ロア以外の執事候補ですよ。……貴方がミュールだったら、確実に貴方でしょうけど」

 トールがミュール家に入る話は、多分出ている。その話を聞いたわけではないけど、それくらい私にだって推測できる。

 きっと近い内に、私かエリザの結婚相手にと話が上がるわ。

「トール、貴方エリザとお似合いですよ?」

「……つまり貴女はお断りだと」

「正式に命じられたら受けるけど」

 どちらか選べるなら、嫌。

 トールのことは、同僚としか思えないから。

 それを言う前にティルー殿のいる客室に着いて、トールは旦那様の元へ戻っていった。

 ……ロアとトールが、逆の立場だったら良かったのに。

「失礼いたします、ティルー殿」

 恐らく旦那様もそうお考えだろうことを思って、私は部屋に入った。

 ティルー殿はソファーに座り、紅茶に口をつけていた。その場面で静止し、私に視線を寄越す。

「リドニアさん」

 嬉しそうに…というのは気のせいかもしれないけど…するティルー殿とは対称的に、私は眉間にシワを寄せる。

「まだそれ続けてらしたんですか」

「それ?」

「その「さん」呼びです」

「そんなに嫌ですか?」

「親しげな感じが、とても奇妙な気分にさせられます」

 トールは呼び捨てだけど。トールはほとんど親戚みたいな感じだもの。ティルー殿は他人だし。「では……リドニア?」

「………」

「……冗談です。本日はリクト様の使いですからね。本題に入りましょう」

 座ってくださいと言われたので、ティルー殿の向かいに腰掛けた。

「リクト様がこちらのメフィス伯爵邸に訪問したいとおっしゃったので、シンシア様の様子見も兼ね、ルーシャン様の予定を尋ねに参った次第……でしたが、それどころではないようですね」

「やはり、分かります?」

「とても」

 そう言われれば返す言葉はない。

 どちらにせよ、ヒルドマン侯爵家に隠す気は毛頭ない。旦那様もそう言うはずだわ。

「リクト様にも、どの道知らせなければならないことですからね」

 そう前置きして、私はロアのことをティルー殿に伝えた。

 私達に比べれば、ティルー殿はロアと会ってからの期間が極端に短い。それに加えてミュール家とメフィス伯爵家との繋がりにも疎く、話を聞き終えた第一声は「へえ」だった。

「ま、そういうこともありますよね」

「普通ありません」

 のほほんと頷くティルー殿。イチからミュール家とメフィス伯爵家の結び付きについて語ってあげたい。

「ちゃんとリクト様に伝えてくださいよ。それと、関わらなくていいですよってことも」

「はいはい。分かってますよ」

 軽く何度も頷いてティルー殿は立ち上がった。それにつられて私も立ち上がる。

「どちらに?」

「え?ルーシャン様に挨拶してから帰ろうかと。構いませんよね?」

 私は頷いた。

 特に断る理由はない。



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