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ミネルバ公爵の一人娘

「……セルア様って、あのセルア様?」

 母様の呟きに、私も我に帰った。

 セルア。そんな名前の有名人がいる。

 ──本当にセルア=ミネルバ公爵令嬢かしら、この方が。

 セルアなんて、そこまで珍しい名前ではないけど……でも、もしこの方があのミネルバ公爵令嬢だったのならば。

「……なんでロアと知り合いなの?」

 セルア=ミネルバ公爵。

 彼女が、というより、ミネルバ公爵が有名なの。先代の国王陛下の弟君が先代のミネルバ公爵なのだけれど……とても残虐な方で、機嫌の悪いときに使用人を虐殺していたような方なのよ。

 それも、公爵家だけに限らず、お客様の使用人とか見境なく手にかけたから──。だから有名なの。主人がミネルバ公爵の屋敷を訪れると言い出したら、全力をもってそれを止めるか、もしくはクビ覚悟で応戦するために剣術を学べ、それか辞めろ、って。

 もっとも、今のミネルバ公爵にそういう残虐性はないらしいけど……でも、あの方の娘だから。分かったものじゃないわ。

 そんなことを考えていると、ロアがセルア様に近づいた。

「セルア様!どうしてここにっ?というより、どうしてここが分かったんですか」

「ええ?普通に。聞いたら教えて下さったわ。それに、ミュール家なんて有名な家、あたしでも知ってるわよ」

 馬鹿ねぇ、ロアったら。

 けらけら笑うセルア様。

 ロアはそんなに馬鹿じゃないわよ。

……なんて姉馬鹿を発揮することもなく、私はポカンと二人を見る。

「──とりあえず、屋敷へ」

 父様の声に、私と母様は迅速に従った。母様に付き従われたシンシア様は、お屋敷を懐かしそうに見上げていらっしゃった。陛下とご結婚されてから一度も戻って来られてないんだもの。当然よね。

 そんなシンシア様を急かすことなく、母様は愛おしむように見守っている。

「やっぱり──懐かしいものね」

「昔を思い出しますわ」

「ええ。……マリアは老けたわね」

「お嬢様こそ」

 かつての主従は、その間に横たわる長い時間を忘れさせるように笑い合っていた。

「姉さん、実は、話したいことってコイツのことなんだ」

 そんな団欒シーンを見ていた私に、ロアがこそこそと話しかけてきた。

「あら。公爵令嬢に対してコイツだなんて。偉くなったものねぇ、ロア」

 早く話してなさいよ!

 ……という意味を込めて厭味っぽく言ってみた。

「今はそんなことどうでも良いんだよぉ!ああ、どうしよう。身の破滅だ。外堀りから崩していこう作戦が。仲間を作ろう作戦が。こいつのせいで台なしだ!」

「……はあ?何言ってんの、あんた」

 一人でぶつぶつ言って…気持ち悪いわね。



 ぞろぞろと連れだって屋敷に入る。旦那様と奥様、お嬢様はご自分の部屋に戻られた。ロアはセルア様を客室まで案内した。

「わたくしの部屋は……」

「ございますよ。掃除は欠かしませんでしたから」

 シンシア様を誘導する母様は、少しだけ嬉しそう。

「お嬢様。参りましょう。お疲れでしょう?」

「ええ。でも、セルア様が……」

「お着替えなさってからのほうがよろしいですわ」

 それに、どうやらセルア様のお目当てはロアのようだし。むしろお嬢様は行かなくても良いのでは?

 ──そういうわけにはいかないか。

「ね、姉さん……」

 泣きついてくるロア。情けない。

「後でお嬢様と行くから、セルア様の相手してなさい」

「言われなくてもするよ…」

「ロア!行きましょ。案内してよ」

「分ーかってますよ、セルア様」 結われた薄い金茶の髪を揺らしてロアの肩を叩くセルア様。

 ……なんか、親密じゃない。

「ではセルア様。参りましょうか」

「ええ!」

 お嬢様の私室に戻る途中、すれ違ったメイドにお茶の手配をした。

 お嬢様は普段関わりのないタイプのセルア様が物珍しいのか、早く着替えようと悪戦苦闘なさっていた。

 比較的ラフなドレスに着替えてすぐに客室へ向かった。

「はい、あ~ん」

「い、良いですよ!」

「食べなさいって」

「良いですって!」

 ………。

 何の会話かしら。え、どんな状況?

 お嬢様と顔を合わせて、お互いに首を捻った。

「今の、セルア様とロアよね」

「はい……私にもそう聞こえました」

 扉を薄く開き、顔を覗かせてみる。当然ロアの前に紅茶は置いていない。

 クッキーの並べられたお皿が何故かロアとセルア様の間の真ん中に置いてあった。

「はい、あ~ん」

 セルア様はクッキーをロアの口元に押し付けていて、ロアはそれを嫌そうに遮っている。

「セルア様ぁ。止めてくださいよ」

「何でよ!とっても美味しいのに!」

「わざわざセルア様にいただかなくても、欲しかったら自分で食べますから」

 一度音を立てずに閉めて、強めにノックしてから開いた。開いたら、慌てた様子でノアが口を動かしている。セルア様の指にクッキーはない。

「ロア…食べたのね」

 お嬢様の呆れたと言わんばかりの声。

「そのようですね…」

「あ、ね、姉さん。遅かったな」

「ロア。お客様の前で姉さんはないでしょ…それとも何?セルア様の前では良いっての?」

「まあ、そうかな」

 え。

 ロアの返事に目を丸くしていると、セルア様が唇を突き出して不満げな表情を浮かべた。

「もしかして、ロア。言ってないの?」

「だからー、外堀を埋めようとした時にセルア様がいらっしゃったんですって」

「ロア。何の話なの?」

 お嬢様がロアの隣に座ると、ロアはハッとした様子で立ち上がった。

「ルーシャン様!失礼しました、こちらへどうぞ」

 ルーシャン様にソファを譲って、ロアは、セルア様の隣に立ったの!

 ──まるで、セルア様に仕えるみたいに。

 嫌な予感がした。とても、とても。

「……」

 あんたが並ぶべきは、そこじゃないでしょう?

 そんな意味も込めてジロリとロアを睨みつけると。

「……話すよ。話す。話します。どのみち、話さないって選択肢はなかったんだ」

 なんだかよく分からない勘違いをして、勝手に自分が話す空気を作り上げた。

 別に、言えって意味で睨んだんじゃないんだけど…。

 すーはーと深呼吸を繰り返して、緊張を主張するロア。何だか私も緊張してきた。

 何?何を言うのよ。

 味方になってくれる?って言ってたことよね──


「俺、ロア=ミュールは、学校を卒業次第、セルア=ミネルバに忠誠を誓い、仕えることにした」


 私とお嬢様。

 この言葉により強い衝撃を受けたのは、果たしてどちらかしら?



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