第二王妃の恋人
……どうして陛下が、こんなところに!
私が絶句したままそのお姿を凝視していると、私とティルー殿を睨みつけていた母様が目元を引き攣らせた。
「──貴方達。まずは、離れなさい」
……。……はっ!
「───っ!?」
自分を包み込む温もりに我に返った。
全力でティルー殿を突き飛ばして必要以上に距離をあける。バタバタと動く私に合わせて室内に埃が舞い、母様が眉をひそめた。
「もっ……申し訳ございません」
「とりあえず中に入りなさい」
「……はい」
中は、なかなかに広い部屋だった。明るいし、暖かい。陛下がいらっしゃらなければ、ホッと一息ついてソファに座り込んでいたと思う。
──陛下がいるから、そんなことしないけど。
直立不動で母様の隣に並んでいると、ティルー殿が陛下を凝視しているのに気が付いた。
何ということを……!
慌てて彼の背中を叩く。
「あたっ」
「止めなさい、無礼ですよ!」
「無礼って……」
陛下は一度ティルー殿を見て、すぐに逸らした。
レイ様はシンシア様と微笑み合って──合って……、あら?
お二人の間に恋人同士のような雰囲気を見つけてしまった。指摘しては……駄目、よね。
──とは思っても頭の中が色々と考えてしまう。もしレイ様とシンシア様の関係が恋人だったなら。それを陛下はご存知なのよね…?
「とりあえず、座って?」
どうしようかと迷っていると、シンシア様が私とティルー殿にソファを勧めた。
「お嬢様、リドニアは使用人です」
「そうですよお嬢さ……え?」
────、
母様。今なんて?
つられてシンシア様を「お嬢様」と呼びかけ、すぐに違和感に気づく。
だって……お嬢様だなんて。シンシア様は(たとえ離婚するとしても)既婚者よ?
それに、母様はシンシア様を置いてメフィス伯爵家に仕え続けた。それなのに、何故。
私の視線を知ってか知らずか、シンシア様と母様はそのまま会話を続けていた。
「ティルー殿はまだしも、リドニアはメフィス伯爵家の使用人です。お嬢様の前に座らせることなどできません」
「……マリア。リドニアは私のお客様よ?ホスト役の私にお客様の前で一人座れと言いたいの?」
なんか怖い。
もう立っているから止めてほしい。
……ちなみにティルー殿は最初の母様の「ティルー殿はまだしも」発言で長いソファに座っていた。ミーユ様もいるのに!
「ですが……」
「マリア。いいわね?」
母様は納得いかない様子だった。けれどシンシア様が母様の名を呼べば、いかにも渋々といった様子で頷いた。
有り得ないぐらい座りづらい。でも立っててもシンシア様に角が立つし……。
「リドニア殿?座らないんですか?」
のんきに見上げてくるティルー殿。
「座ります。お隣り失礼します」
無愛想なくらいに強く言って、隣に座った。
イマイチ母様とシンシア様、レイ様とシンシア様の関係が掴めない。……主にシンシア様関連ね。
ほとんど付き合いはないけれど、母様が仕えていた人として尊敬していた。メフィス伯爵家が強くなったのもシンシア様が陛下に嫁いだお陰だろうし。
無意識にシンシア様を見つめていたからかしら。
「やっぱり、シンシアの離婚騒動、気になるの?」
「……えっ?……」
突然、ミーユ様に絡まれた。
陛下は何故かそんなミーユ様を愛おしむように見つめる。ミーユ様のどこに、陛下が溺愛するような場所があるのか。
多分私には一生分からない。
「気になる!?」
「え、いえ……あの、」
気になります!とも、いえ全く、とも言えない。
だって気になるんだもの!
でも、侍女の立場的にはここは否定する場所。……よね?母様。
──チラリと母様を窺えば、小さく首頷かれた。よし。聞かない!
「気になりませ、」
「そうよね、気になるわよねぇ。ねえ、この可愛い侍女さんになら言ってもいい?マリアだけだと、色々大変だろうし」
……気にならないって言ったのに…。私やっぱりこの方苦手。
そう思っていたら、母様が苦笑してるのが見えた。もしかして、母様もミーユ様のこと苦手なんじゃないの?
「構わないか?シンシア、レイ」
「ええ、私は」
「構いません」
よく考えれば、お二人とも身分は陛下より下なわけで。陛下に許可を求められたら了承するしかないわよね。
この時は明かされる秘密に緊張して気付かなかったけど。
──やはり母様だけが、複雑な顔をして黙っていた。
「うーん。何から話しましょうか」
何もおっしゃられなくて結構です。とも言えず。黙りこくっていたらティルー殿が声を上げた。
「ミーユ様。よろしいですか?」
「どうぞ?」
意外なことに、なんだか親しげな空気。
ティルー殿は寄り添うレイ様とシンシア様に視線を向け、僅かに頬を緩めた。
「王族だったシンシア様は、再婚できませんよね?」
「「………」」
一気に静かになった室内。母様も含めた皆がティルー殿を見る。
──何言ってるのよ、この人は!
それは私も例外ではなく、真っ青になってティルー殿を睨んだ。
ティルー殿は私の睨みを軽く無視。
「……そうね。私はもう結婚できないわ」
ティルー殿に答えたのはシンシア様。
「どう理由をつけるんですか?元王妃と、国王の従者が恋人同士だなんて」
先ほど陛下を見た時と同じ位目眩がした。
もう嫌だ。
ティルー殿と一緒にいたら、いつか不敬罪で捕まる。
「外聞が悪いにもほどが──痛っ」
最早堂々とした態度のティルー殿の足を踏み付けた。……私が。
そのまま立ち上がり、肩を掴んで揺さ振ってやる。
「ティルー殿!!本当に貴方、場を弁えなさい!確かにどう見てもレイ様とシンシア様は恋人同士ですが、思ったことをそのまま言ってれば、いつか首切られますよ!?」
鳩が豆鉄砲を食らったような表情のティルー殿に、同じく呆気にとられた母様の顔。
次第に我に返った私の頬も恥ずかしさで熱くなる。
「ね、どう見ても恋人同士ですって」
「そりゃ、恋人同士だから」
嬉しそうに微笑み合うシンシア様とレイ様。
良かった……首の皮一枚つながった。
陛下も驚いてらっしゃるけど、怒った様子はない。ように見える。
……というか、やっぱり恋人なのね。察してたけど。
「──じゃあ、話すわね。そうね、シンシアがメフィス伯爵令嬢だった頃がいいかしら?」
嬉しそうにはなすミーユ様。誰も彼女を止めようとしない。
「──ミーユ様とは絶対に秘密を共有したくないなぁ……」
隣でボソリとティルー殿が呟いた。
同感だわ。