強制・ティーパーティ
戴爵式は滞りなく進んだ。
早く終わらせたいのね、と分かる者には分かる態度で旦那様はレイ様の戴爵に許可を出していたし、ヒルドマン侯爵も特に異議を唱えたりはしなかった。
レイ様の戴爵の理由は、確かにティルー殿の言う通り和平の条約の件だった。誰か何か言うんじゃないかと思ったけれど、特にそれに対して文句を言う人はいなくて、レイ様は陛下より男爵位と──海沿いにある、空気の綺麗な土地を領地として賜ると式は無事に終了した。
「リドニアっ」
義務は終えたとばかりに、お嬢様は笑顔で私に駆け寄ってこられた。
「ティルー。お前、いつの間にかいないと思ったら……」
当然のようにお嬢様の隣に立ったリクト様はティルー殿を怒ったように睨んだ。
「ポツンとリドニア殿が人込みに埋もれていらっしゃったので」
「私のせいですか?」
「違いますか?」
違うわよ!
そう言い返そうとしたのに、リクト様の後ろから出てきたロアが「後ろつまってるから。歩いて」と急かすものだから結局言い返せなかった。
謁見の間から出ると、ロアはルドルフ執事の元に行く、と言い出した。
「え。ロアくん、会談に参加するんですか?」
意外にも、一番驚いていたのはティルー殿だった。
何でそんなに驚くのかしら。
「そんなに意外でしたか」
少々大袈裟な態度に、ロアも苦笑した。
将来執事になるロアがルドルフ執事に付いて勉強するのは、有り得ないことじゃないわ。こんな、一生の内に立ち会えるかも分からない会談を実地で見れるなんて執事候補からすれば嬉しいことかもしれない。
「あ、いえ。そういうわけではないのですが」
失礼な態度だったかと慌てて否定するティルー殿。リクト様は笑ってティルー殿の肩を叩いた。
やっぱり。まるで友人みたい……、と私が思っていると。
「はは、だから、お前もついて行けばよかったんだ」
リクト様の言葉に、私とロアは顔を見合わせた。
「ティルー殿も誘われていたのですか?」
「ええ……まあ」
「……何がおかしいの?リドニア」
お嬢様は不思議そうにされてらっしゃるけれど、陛下も出席される会談に執事以外の使用人を連れていくことなんて、そうそうないの。連れていくとすれば、ロアみたいに次期の執事にしようと思っている者ね。それ以外は思い浮かばない。
だから聞いたのだけど。
「では、ティルーさんは執事になるんですか」
仲間ができたとばかりに、ロアは喜んだ。何がそんなに嬉しいんだか。
「あ、いえ、そういうわけでは……」
歯切れ悪く、ティルー殿はごにょごにょとそれを否定する。
そうですか、とロアは暗い声をだして落ち込んだようだったけど、小走りで旦那様やルドルフ執事のいる方へ走っていったわ。
お嬢様に予定がないことをリクト様に言ったら、リクト様も今日は予定がないと教えてくれた。
「リクト様。わたくし、リクト様に教えていただいた裏口を探そうと思ってますの」
王城の庭園。小人薔薇があることを教えてさしあげたら、お嬢様は歓声を上げて喜んでくださった。
薔薇を撫でたり突いたりしているお嬢様を優しく見守りながら、リクト様は「そうか」と言った。
「王城の裏口は、俺もよく分からないんだよな……」
「そうなのですか?」
お嬢様はキョトンとした顔でリクト様を見る。教えてくれたのだから、当然知っていると思っていらっしゃったみたい。私も、リクト様は知っているのだと思ってた。
信憑性のない噂をお嬢様に教えないでほしいわ。
こっそり睨みつけると、リクト様は苦笑いして私を見返した。
「……いや、あるにはあるらしいんだが、陛下が使用禁止にしているらしい」
陛下が。──何故?
裏口を使用禁止だなんて。裏口なんて、使えなきゃ意味ないじゃない。
リクト様も頭に手をあてて、詳細は知らないようだった。
「お嬢様、どうなさいますか?」
存在も確信できなくて、陛下が使用を禁止しているようなものを探すのは、あまり有意義とは言えないと思う。お嬢様がどうしても、とおっしゃるなら探すけど。
「んー……」
探したい、とお嬢様の顔にははっきりと書かれている。
けれど、裏口探しを私やリクト様が良く思っていないのを分かっているから言い出せない……、そんな感じ。
「お嬢様。──探しましょう!」
気遣ってもらうのは嬉しいけど、私は何でも命じていただきたい。使用人に気を遣う主なんて、変だもの。
リクト様はわずかに眉を寄せ、お嬢様は嬉しそうに表情を輝かせ、
「ですよね!そうしましょう」
ティルー殿も手放しで喜んだ。
なんでティルー殿が喜ぶのかしら。
「私も興味があったんです。ご一緒しても構いませんか?ルーシャン様」
「待った。お前が参加するなら俺もするぞ」
何となく皆で顔を見合わせると、お嬢様は「全員で探しましょう」と最善策を提示した。
裏口を探すと言っても、何の情報もない状態で、この広大な庭園にある小さな入口を探すのは骨が折れる。手当たり次第に探すのではなく、あやふやにでも見当を付けよう、とのことになった。
「裏口とは、謁見の間の近くと繋がっていることが多いと聞きますわ」
「では……東側ということか」
「でも、繋がっているというのは、隠された道ということですか?なら、一概にそうと言いきれないのでは?」
暇そうにしていらっしゃるお嬢様には申し訳ないけれど、片っ端から探していったら、絶対に今日中に終わらない。少しでも範囲を狭めないと!
結局、謁見の間の近くにあるだろう、という私とリクト様の案が可決された。ティルー殿も裏付けがあって渋っていたわけではなかったらしく、押しが弱かったの。
「……では、主にお城の東側を重点的に探すということで、構いませんね?」
「ああ」
「そうですね」
三人の意見がまとまり、ようやく私は手持ち無沙汰だったお嬢様に声をかけた。
「お嬢様、お待たせして申し訳ございません」
「やっと話し合いは終わったの?」
庭園の花を眺めていたお嬢様が、疲れた表情で顔を上げる。
「はい。東側を探しましょう、ということに決まりましたわ」
「そう」
それに異議を唱えることなく、お嬢様は軽く頷くと「じゃあ、」と話を続けた。
「移動しなくてはならないわね……ここは東側でないから」
「そうなりますね。参りましょう」
難しいことは忘れて、今は子供のように遊ばせて差し上げたい。……いえ、私も遊びたい。
お嬢様を先頭に、私達はその場から移動した。
この辺りかな、とまたまたアバウトに判断して、お嬢様の裏口探しは始まった。
始まったと言っても、ドレスを着てらっしゃるお嬢様が走り回ったりできるわけもなく、壁沿いにゆっくりと歩きながら庭園を見て歩く感じ。
「さすがに王城ほどの広さがあると、庭園の維持も大変だろうな」
目を輝かせて壁を見るお嬢様とティルー殿とは違って、リクト様はそこまで興味津々というわけではないみたい。
庭園を見ながら私に話しかけてきた。
「そうですね。しかし、この広さだと庭師も数人雇っているのでは?」
「まあ、ここはな。統一性を保つために、庭師は一人と決めている、という王城もあるらしいが」
王城の庭園を一人で! ぞっとしないわ。
というより、無理じゃない?
そう言おうとしたら、「あらぁ!」と無駄に明るい声に遮られた。
「ルーシャンちゃんじゃないの!偶然ねっ」
……。
声にした方を見れば、そこには。
「伯母上?」
リクト様の伯母様……つまり、ミーユ様がそこにいた。
共も付けず、ただ一人で。
偶然会ったというには、あまりに不自然な。
待ち伏せ……なんてしないと思うけれど。
「このようなところで、何を?」
リクト様も、私ほど悪意に満ちた想像はしていないものの、多少違和感は感じていらっしゃるみたい。
ふぅ、とミーユ様は長く息を吐き出して私達を見た。
「私ね、この辺りでお茶会をしようと思っているのよ。貴方達もどうかしらと思って。ね、いいでしょう?」
にっこりと微笑んだミーユ様の言葉に、疑問を持ったのは私だけではないと思うわ。
「お茶会……ですか」
「ええそうよ!──あ、ここよー!」
ミーユ様が背伸びをして、私達の後ろに向かって手を振った。
振り向くと、そこにはテーブルを持って走る召使と、椅子や手籠を持って走るメイド。それから数人の侍女が、やはり小走りでこちらへ向かって来ていた。
「な、なに……?」
お嬢様が私の側にきて、怯えるように私の手を掴んだ。
答えを持たない私は、お嬢様を隠すように前に立ち、黙って彼らが到着するのを待った。
「ミ、ミーユ様……!」
すぐに到着した召使は、持っていたテーブルをその塲に置いて、息も絶え絶えにミーユ様の名を呼んだ。でもそれは、ミーユ様に呼び掛けたというよりも、ただ声を出しただけみたい。ミーユ様はそれに返事をしなかったし、召使も再度呼ぶようなことはしなかった。
「皆、ご苦労様!ここにセッティングしてちょうだい」
「こちらにですか?」
召使が戸惑ったような声を上げる。
無理もないわ。普通、こんな城壁沿いでお茶会なんてしないもの。日当たりも良くないし。
召使は戸惑いつつも、その場にいる全員の視線を浴び、あたふたとテーブルを一度持ち上げてから平らな場所に設置しなおす。メイドがそこに椅子を置いて、手籠の中からテーブルクロスを取り出してテーブルに敷いた。
一連の動作には無駄がなく、こんな時でなければ見惚れていたかもしれないわ。
「ふふ」
ミーユ様は満足げに笑うと、椅子に腰掛けた。
「ねぇ、椅子を二つ、新たに持ってきてちょうだい。それと、紅茶とお菓子もよ?」
メイドと、数人の侍女の内の二人が返事をして、もと来た道を戻っていく。
私は何も言えず、立ち尽くしたままそれを見守っていた。
「ちょっと待っててね」
声をかけられたお嬢様が、びくりと震えた。
少しして、椅子を二つ抱えたメイドと、紅茶のポットとカップ、お菓子の乗ったワゴンを引く二人の侍女が現れ──その全ての設置が終了したとき、彼らの表情は晴れやかだった。
「………」
この様子だと、こんなところでお茶会を開く予定なんて全くなかったのね、きっと。
「さ、ルーシャンちゃん、リクト、座ってちょうだい!」
「あ、あの……」
断ろうにも、自分よりも高位のミーユ様には逆らえないお嬢様。私の手を掴みながらリクト様に助けを求めるような視線を投げかけた。
「伯母上、申し訳ありませんが、今は俺もルーシャン殿も予定がありまして──」
そんな視線に応えるように、リクト様はお嬢様の前に出た。
「予定?何かしていたの?」
「ええ。庭園を探索しておりました。伯母上は、庭園に裏口があるのをご存知ですか?」
リクト様がそう言った瞬間、ミーユ様の表情が強張った。
「──知らないわ!」
その場の空気が凍りつく。
主の命令を遂行して得意げだった使用人達も、私達も、何事かとミーユ様を見る。
ミーユ様は自分が取り乱したことを隠すように唇を歪め、あはは、と軽い笑い声を立てた。
「……お茶会に付き合いなさい。それとも、私の言うことが聞けないの?」
──それは、明らかな命令だった。
「このようなところで、お茶会ですか」
ローズ様の開くお茶会が無礼講・ティーパーティなら、これはさしずめ強制・ティーパーティね。……なんて思っていたら、突然聞き慣れた声がした。
そちらを見ると、マリア侍女長とシンシア様が連れだって歩いてきていた。発言したのはマリア侍女長。
「マリア侍女長……!」
その組み合わせに、私は声を上げてしまった。
だって、驚いたのよ!
マリア侍女長は、あまりシンシア様に関心がなさそうだったから。
マリア侍女長がシンシア様の侍女だった頃を私は知らないから、二人が並んでいるところを見ると変な気分になる。
どんな会話をするのかしら。
「あ、シンシアじゃないの!」
盛り下がっている雰囲気の中、一人ハイテンションで紅茶を飲んでいたミーユ様は、シンシア様にも笑顔を見せた。
「ミーユ。ずいぶんと若い子に囲まれているのね」
あからさまに沈んだ表情を浮かべるお嬢様を見て、シンシア様は苦笑される。
「ふふ。ルーシャンちゃんとリクトが結婚したら、いつでもこんなお茶会が開けるのよ。楽しみね。貴女も羨ましいでしょ、シンシア?」
「そうね。羨ましいわ」
淡い笑みを浮かべるシンシア様。
ぐいっと紅茶を飲み干すと、ミーユ様はニヤリと笑ってから言った。
「会談は終わったの?」
「お、伯母上!?」
お嬢様同様ぐったりとしていたリクト様が、信じられない!とでも言うような目でミーユ様を見る。
そう、信じられないわよ!
なんて無神経な方かしら。よくも当事者であるシンシア様に「終わったの?」なんて聞けるわね!
「ん?どうしたの、リクト?」
「いえ……伯母上のその発言は、その、あまりに無神経かと……」
ミーユ様はその言葉に目を丸くした。
「あ、えっと。そうなるかしら、シンシア?」
「……そうねぇ、わたくしに失礼かしら。マリア?」
国の女性の最高権力者二人に問われているというのに、マリア侍女長は澄ました顔で「ええ、恐らく」とあまり考えずに答えた。
年上三人組は彼女達にしか分からない空気で冗談を言ったり笑ったりし……マリア侍女長が私のジットリとした視線に気付いてそれは中断された。
「ルーシャン様、リクト様。失礼しました」
「あ!そうね。ごめんなさい、お茶会になんて付き合わせて」
ミーユ様も、マリア侍女長に合わせるように謝ってくるけど。だったらやるな、って感じよね。
「ねえシンシア。ルーシャンちゃん達、城の裏口を探しているのですって」
「そう……裏口を。確か、使用を陛下が禁止されてたわよね」
「叔母様はどこにあるのか、ご存知ですか?」
シンシア様は、お嬢様の質問に「知らないわ」と残念そうに首を振った。
ロアによると、会談は平行線をたどって、結局明日に持ち越されるらしい。
会談に参加したのは陛下と旦那様に奥様、それから、次期メフィス伯爵位を受け継ぐリジン様と、その婚約者であり次期メフィス伯爵夫人であるローズ様。
それから、ミーユ様のご実家であるヒルドマン侯爵家の当主夫妻。
本来なら奥様方は参加されないのだけれど、事の内容とシンシア様が女性であることが考慮されて、参加を許されたのですって。
「聞いて驚くなよ、姉さん?……なんと、シンシア様は参加されなかったんだよ」
「え。そうなの?」
ロアは、就寝時間少し前に私の部屋に訪ねてきて、ぺらぺらと報告をしてくれる。
会談に臨む前に、公言しないことを誓う儀式のようなものをする、って聞いたことがあるけど……いいのかしら。
「ああ。俺も、当然シンシア様は参加されるものだと思ってて。驚いた」
広くないベッドに姉弟並んで座り込んで、話し合う。ロアが帰ってきた日と似てるわ、と思った。
「それで、つまり要点は、シンシア様と陛下が、夫婦だったというところにあるんだよ。つまり、関係を持ったということだろ?そもそも、王族と離婚した者は再婚の権利がないからな」
報告をてきとうに受け流しながら、私が思い出すのはあの日の、真剣な表情のロア。
話があると言っていたけど。
「旦那様は、離婚を中止させたいわけだろ?ま、俺もわざわざ離婚しようとする陛下のご心中は分かんないけど……。つまり、旦那様の主張は、シンシア様に手を出した陛下が、一方的に離婚を決めるのはあまりに無責任な行動ではないか、という感じだな。──おい。聞いてるか?」
「……えっ?」
私が聞いていなかったことを知ると、ロアは舌打ちして、最初から語ってくれた。
今回は話に集中し、私も無駄なことは頭から追い出す。
「そもそも、陛下はどうしてシンシア様と離婚しようとなさっているのよ?」
初歩の疑問を投げかけると、ロアはよくぞ聞いて下さった!とばかりに私の肩を叩いた。
「そう!それを言わないんだよ。これは余の独断である、ってそればっか。今日の会談を見る限りでは、旦那様が勝っているように見えたけど」
旦那様の強みは、離婚の理由がはっきりしないこと、シンシア様が離婚後に再婚の権利を持たなくなること、そして、これが一番大きいと思うけど……、婚姻の儀式を交わし、初夜を迎えたことでしょうね。
それは法律でも定められているから、王族特有というわけではないけれど、如何なる理由であっても二人は夫婦だ~みたいなことを誓うらしいから。
それに対し陛下の強みは、シンシア様が同意していることと──自身が最高権力者であるということかしら。いざとなれば、命じればよいのだものね。
そうすれば逆らえる人はいなくなるのだから。
「どっちも微妙ね……」
というのが私の答え。
確かに、陛下と旦那様が同じ立場なら旦那様が勝っていたかもしれないけど。
「そうかな?俺は、旦那様が勝つんじゃないかと思ってるんだけど」
「あんたは、根本的に間違えてるのよ。陛下は、国王なのよ」
切り札を持ってる。理屈なんて必要ない。
国王の命令。
それだけで、皆は文句を止めて従うことでしょう。
サブタイトルを考えるのが、楽しくもあり難しくもあり、という感じです。
真剣に三十分くらい迷いました。