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夜中の悩み

眠ってしまったリドニアですが、さすがに使用人だけあって目覚めは良いみたいですね。


 深紅の、毛足の長い絨毯を月明かりが照らす。窓口の形に照らされた明かりは実際のそれよりも長く細い。猫足のテーブルの上にはワイングラスが二つ並んでいて、片方だけが減っていた。

 そこにいるのは二人の女性だ。片方はくつろいだ様子でベルベットのソファに腰掛けて、もう片方は彼女の傍らに寄り添っている。

「……お嬢様」

 窓の形を作っていた明かりが暗くなる。歪みなある月に雲がかかったのだ。

「なぁに?」

 ワイングラスとテーブルのぶつかる音が静かな空間に響き渡る。女性が赤い液体のなくなったワイングラスをテーブルに乗せると、ちょうど良い時にもう片方の女性がボトルから新たなワインを注ぐ。

「ねえ、マリア。陛下は約束を守って下さったのよ」

 何かを抑えるような声音だった。それを言われた女性──マリアは無言で顎を引く。

「お兄様は、さぞかしお怒りでしょうね」

 返事を期待していないのか、女性はワインに口をつける。無言で肯定を示してから、マリアは小さく息を吐いた。

「マリア?どうしたの」

「私は、貴女の幸せを願っております」

「ならば──来てくれる?わたくしのもとに」

 問い掛けに、マリアは頷いた。

「もちろんですわ。どこまでもお供いたします」




「……」

 柔らかなベッドの感触を背に感じながら目を開ける。天蓋が目に入り、起き上がると私は自分が寝室にいることを知った。

 ……あれ?私何していたのかしら。

 傍らに手をつくと、ガサッと紙の感触がした。窓に近寄って月明かりを頼りに紙を広げると、見覚えのない筆跡で「向かいの部屋を借りたので、何かあったら起こして下さい」と書いてあった。誰かしら。

 ぼんやりと部屋を眺めていると、頭が痛くなってきて、シンシア様の誕生会に出席していたことを思い出した。

 そうよ!酔っ払って、寝たんだわ……。

 情けない。使用人が酔って寝るだなんて!部屋から出たくないわ……。お嬢様に合わせる顔がないもの。

 どうしようか迷っていると、すーっと眠気が襲ってきた。ゆっくりと身体は傾き、意識は無くなっていく。

「いい加減にしろ!!」

 ダンッ

 怒鳴り声に意識が浮上した。

 えっ?今の、旦那様の声、よね?聞き間違えるはずがない。扉に張り付き、薄く扉を開くと、そこには旦那様とシンシア様、母様(誕生会が終わったのなら、マリア侍女長と言いかえるべきかしら)がいた。

「お前が陛下の寵愛をとれないからだ。子もいない、寵愛もない、そんなだから離縁などされるのだ!」

「申し訳ございません、お兄様」

 部屋から出るに出られずにいると、ふと視線を泳がせたマリア侍女長と目が合ってしまった。

「──旦那様、シンシア様。このような場所では、人目につきますわ。どこかに場所を移動しましょう」

「……っ。そうだな」

 三人は連れだってその場を移動していった。姿が見えなくなったことを確認すると、私は部屋から出た。等間隔に置かれた燭台。蝋燭の火がゆらりと揺れている。

「起きましたか」

 私の部屋の向かいの部屋。そこの扉が開いて、ティルー殿が顔を覗かせた。

「あ……、ティルー殿?」

「いきなり寝たから驚きました。あ、着替えはメイドに任せましたから」

「え?」

 自分の着ているものを見下ろす。着ていたはずのドレスではなく、軽めのワンピースになっていた。寝間着にも代用できるタイプよ。

「……お手間をおかけしました。申し訳ありません」

「いえ。ドレス、とても似合っていましたよ。誕生会では言いそびれていました」

 深々と頭を下げた私に、ティルー殿はそう言った。そして、これまでのことを話すから、と部屋に来るよう言われる。

 普段は王城に泊まるなんてことはせず、誕生会が終わればそのまま屋敷へ帰っていた。にも関わらず私やティルー殿が王城の客室にいるのは、旦那様を始めとした貴族の方々がここに滞在しているからでしょうね。

「私はお嬢様のもとに参ります。ご厚意、とても感謝いたします」

 そのままお嬢様のもとへ向かおうとした私を、ティルー殿は止めた。

「ルーシャン様は、今とても混乱しておいでだと思います。何も知らないリドニア殿がお傍にいても、何も変わりません」

 確かに──まずお嬢様に会いに行くより、ティルー殿に話を伺った方が良いかもしれない。

「そう、ですね。ぜひお話を伺いたいです」

 満足げに頷くと、ティルー殿は部屋の扉を開けた。

 王城の客室は、二部屋の連間になっている。私の部屋は寝室だけだったから、客室といっても、使用人のためのものだと思うわ。

「頭痛は大丈夫ですか?」

 ティルー殿の部屋は、私のものと同じ作りだった。窓の向きで多少の配置の違いはあるけど、ソファもテーブルも同じ物だわ。

「ええ」

 気遣ってくれたティルー殿に頷き返す。

「それは良かった。……ああ、どうぞ座って下さい」

「ありがとうございます」

 ソファは、二人掛けのもの一つしかない。ティルー殿は座らないのかしら。なんて思っていたのだけど、ティルー殿は何の断りもなく隣に座ってきた。

「ちょ……、いきなり座らないで下さい!」

「え?ああ、すいません」

 二人掛けとはいえ、一人部屋に置かれているものよ。二人座って余裕があるほどに大きくはない。だから、二人並んで座ったら距離が近いったらないのよ!

「お隣り、よろしいですか?」

「──どうぞ」

 座ったまま言われても。本当は嫌だったわ。近すぎよ。

「さて、説明ですが……、どこまで覚えていますか?」

 どこまで覚えているのか覚えていません。たしか、ティルー殿と話していて、陛下が来られたのよね。で、シンシア様と離婚する、って──、

「離婚!?」

 シンシア様と、陛下が。離婚するのよね?なんで忘れていたのかしら。

 旦那様──メフィス伯爵の権威は、その大半がシンシア様のご家族という裏付けがあってのものよ。シンシア様が離婚されてしまえば、旦那様の権威は落ちる。結婚して離婚されるだなんて、結婚しなかったほうがマシよ。

 旦那様がシンシア様を怒鳴り付けているのを思い出す。あれは、このことを言っていたのね!

「陛下の言葉までですか?」

「ええ、ええ……。ああ、どうしましょう?困ったわ……」

 私の挙動不審な、ソファを立ったり座ったりする行動については何も言わず、ティルー殿は私にその後のことを教えてくれた。

「まず、メフィス伯爵が異議を唱えました。まあ、理由を求めていましたね。で、ウォルツ伯爵等の他の方々もそれに続き、あ、でも執事さんは何も言っていませんでした」

「……マリア侍女長は?」

 マリア侍女長は、シンシア様の元侍女。あの人がこのことをどう思うのか、多少なりとも興味はあった。

「マリア侍女長……萌黄色のドレスの女性ですか?あの人も普通にしてましたよ。無反応だったのはヒルドマン侯爵家の人と執事さんとロア君と……その女性だけでしたから。覚えています」

 無反応って……。本当に、マリア侍女長のことが分からない。もしもリクト様がお嬢様と離婚したいだなんて言い出したら、私は死を覚悟してヒルドマン侯爵邸に殴り込みに行くわよ。

「で、その後、明日に各党首の方々と陛下の話し合いの席が設けられることが決まりまして。本日は皆、王城で一晩過ごすことになりました。あ、ロア君も学校を休むことになりましたよ」

 すらすらと話すティルー殿の話に頷き、最後のロアの話で私は首を捻った。

「……あの、どうしてロアの話まで知っているんです?かなり私的なことですのに」

 ああ、とティルー殿はさも簡単なことを話すかのように言った。

「僕が貴女を抱えていたからですよ、リドニア殿。貴女のことをどうしようか聞きにいったときに聞こえました」

 ──恥ずかしさで、倒れたくなった。




 眠っていらっしゃるかしら、とは思ったけれど、私はお嬢様の部屋を訪ねた。厚い扉を叩くと中から小さな声で「どうぞ」と入室許可が下り、私は部屋に入った。

 さすがにお嬢様の部屋は、連間の広く美しい客室だった。

 お嬢様は寝室のベッドに座って、ぼうっと前を見つめていた。部屋履きは細い足から落ちて、片方だけが絨毯に転がっている。

「お嬢様……!」

「リドニア。起きたのね。だから、あんまりお酒を飲まないように言っていたのに。ティルー殿に、お姫様みたいに抱えられていたのよ」

 言うことは普段通りでも、声のトーンはいつもより低い。恥ずかしさを我慢しながら、私はお嬢様に近寄った。

「……お嬢様」

「ふふ、リドニア。お父様の顔、見た?顔面蒼白で、焦って」

 乾いた笑いを浮かべたお嬢様は、絶対に奥様の血を濃くひいているわ。旦那様寄りだったら、今頃あたふたと焦っているはずだもの。

「それに比べて、シンシア叔母様の落ち着いたこと」

 そうなのかしら。落ち着いていたのは、シンシア様の本心からの行動かしら。

「お嬢様は……どのように思われますか?シンシア様と離婚したいと陛下がおっしゃったのは、何が原因なのでしょう」

 お嬢様は足をゆっくりと揺らし、部屋履きを何とは無しに眺めている。

「子がいないこと。ミーユ様の存在。……考えられるのは、これくらいじゃない?もちろん、夫婦喧嘩やそれに類することかもしれない。お父様が原因かもしれない」

 お嬢様は──微かに苛立っているようだわ。口調に僅かな荒々しさを感じて、私は口をつぐんだ。

「お嬢様……?」

「シンシア叔母様は、今回の離婚に本当に反対しなかったのでしょう。陛下の提案をただ呑んだのだわ」

 当然よ、とお嬢様は続ける。

「だってそう教わっていたのよ。自分よりも上位な者に、逆らってはいけないと」

 ぽさり、と後ろに倒れて、お嬢様は深く溜め息をついた。

 お嬢様のおっしゃっていることは正しい。離婚を切り出した陛下。そのお方に縋り、離婚を止めてもらうには、シンシア様は育ちが良すぎた。

「お気の毒です、シンシア様が」

「ええ。──明日は、レイ殿の戴爵式があるらしいわ。皮肉なものね」

 ……レイ殿?

 聞き覚えのない人命に、私が首を捻っていると。

「陛下の従者よ」

 とお嬢様が教えてくださった。

 陛下の従者って、あの冷たい表情の方よね。美形だけど近寄り難かったわ。

「もう寝るわ。……リドニア、明日は頭痛がすごいと思うけど、我慢なさいね」

「……はい」

 私は頷いた。お嬢様の部屋を出て、小さく息を吐く。

 政略結婚で陛下に嫁ぎ、その後も夫に省みられず結局離婚。

 ──シンシア様は、不幸……かしら。

 あの方が幸せになればいいと、心から思った。

トールや他の使用人は一度屋敷に戻って、旦那様方の着替えや色々を運んだ……のではないでしょうか。

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