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第二王妃の誕生会

シンシア様の誕生会に参加する人は、大抵が知り合い。

メフィス伯爵家、ミュール家、ウォルツ伯爵家、と身内が続くのだけど、ヒルドマンも招待されていると数年前に知って、とても驚いたのを覚えているわ。

だって、ヒルドマンよ?今でこそお嬢様とリクト様が婚約されたけど、昔はただの敵じゃない。

正妃のミーユ様がメフィス伯爵を誕生会に招いていたのは知ってたけれど(皮肉かと思ってた)、どうしてシンシア様はヒルドマン侯爵家に招待状を送るのかしら、って、ずっと思ってた。


その答えは簡単だった。でも、答えを聞かない限りは分からないものだと同時に思ったわ──。




シンシア様は昔、マリア侍女長──母様が侍女として仕えていた人なんですって。シンシア様が国王陛下の妃となることが決定したとき、誰もが母様も王城に行くと思っていたそうよ。それくらい二人は仲が良かったんですって。

でも、母様は屋敷に残った。その理由が、「ミュール家の主はメフィス伯爵家だから」だなんて。シンシア様も結婚されたら姓がメフィスから国名でもあるグウィリーに変わるじゃない。だからもう私の中では主ではなくなった、そう言ったらしいわ。

父様と結婚する前は母様はミュール家じゃなかったのに、母様の方がミュール家に合っている気がする。

私も相当ミュールという名前に支配されてるほうだけど、それでも母様には負けると思ってしまうもの。たとえお嬢様がヒルドマン侯爵家の奥様になっても、私は付いていくわ!

──母様は違ったけれど。

後悔はなかったの?迷わなかった?

そんなことを聞ける親子関係じゃないことくらい、私が一番理解している。



パーティに招待されたら、礼服を着る。それは当然のマナー。

一年の大半をお仕着せで過ごす私だけど、一年に一度、シンシア様の誕生会にだけはドレスや装飾品を着けさせてもらえる。普段は同僚のメイドに髪を結われ、首飾りを着けられ、メイクをされる。それは何とも気恥ずかしさを伴う作業よ。

屋敷に働く使用人の内、三分の一はミュール家の人。とは言ってもエリザやロアほどに濃い血縁関係にあるわけじゃなくて、親族と言えるレベルの人達だけど。

「できました、リドニアさん」

「ありがとう。お嬢様はもう?」

「ええ、リドニアさんをお待ちですわ」

髪を結ってくれたメイドにお礼を言い、私は彼女と共に部屋を出た。私の部屋の鏡台は小さく、ドレスアップには相応しくないとのことから専用の小部屋を借りたの。

「リドニア、終わった?」

いつもより少女らしさを強調したお嬢様の雰囲気。

可愛らしいわ、とても。まあ、私ならお嬢様の首飾りは紫じゃなくて青にするけれど……って、競っている場合じゃないわよね。

お嬢様は私を見てにっこりと微笑まれた。まさに天使の微笑みよ。

「ええ、悪くないわ。でも、耳飾りは薄桃色ではなくもっと濃い紅色にすべきだったわね」

天使は容赦なく私の横のメイドにそうおっしゃった。

「あ、も、申し訳ございません……!」

気の毒に思ってしまうほどにメイドは畏縮し、突き飛ばせば絨毯に倒れ込んでしまいそう。

「お嬢様、私がお嬢様の婚約指輪と同じ色がいいと我が儘を申したのです。次回は助言通り紅色の石にさせていただきます」

「あら、そうなの?確かに、薄桃色もいいかもしれないわね」

お嬢様はあっさりと意見を変えると、私の前を歩きだした。

「そろそろ王城に向かうそうよ」

「はい。シンシア様はお元気でしょうか」

「──今回もにこにこ笑ってるんでしょうね」

お嬢様の声には、僅かな皮肉が混じっている。それを咎めることなく、私も軽く頷いた。

私とお嬢様が門に出ると、四頭立ての馬車と、二頭立ての馬車がいくつか留めてある。母様や父様を始めとしたミュール家の人達はほとんどが準備万端みたいね。

「リドニア」

遅いわよ、と母様に目で言われた。

「申し訳ありません。支度に手間取りました」

「もうすぐ旦那様方が来られます」

「分かりました」

すぐに、旦那様と奥様がいらっしゃった。私達とは違って普通に仕事着のトール。毎年、少しだけ罪悪感を感じるのよね。

トールや他の使用人は出られないから。たとえついて来たとしても、控室で待たされるのよ。

「お嬢様、あちらの馬車に乗りましょう」

「リドニアは?」

「わたしは一つ後ろの、あの馬車で王城に向かわせていただきます」

お嬢様を旦那様方と同じ馬車に乗ってもらうと、私も素早く決められた馬車に乗り込んだ。

御者が綱を振るい、馬が歩きだした。




グウィリー王国の王城は、メフィス伯爵邸から馬車で数時間かかる。

大陸で三番目に大きな王国の王城は、大陸で三番目に豪華だと評判よ。豪奢というかなんというか……無駄にお金がかかってるわよね。

客室の数を把握しているのは老執事だけで、彼が死ねば具体的な数は分からなくなるという噂は本当かしら。

──という私の疑問は置いておいて。

私達は王城の正門前に到着した。

毎年不参加のヒルドマン侯爵家も今年は来るので、少し誕生会に割く人員を増やしたらしいわ。

「ようこそお越しくださいました。こちらです」

歳のいったメイドが頭を下げて、大広間まで案内してくれる。

トール達使用人は控室に行ったから、今は私達──ミュール家(私を入れて八人くらい)とメフィス伯爵家だけになる。

大広間に近づくと、美しい旋律が聞こえてきた。

厚い扉越しでも聞こえるその音は、扉が開けば数十倍にもなって耳に響く。

扉を開くと、既にウォルツ伯爵家とヒルドマン侯爵家は着いていたみたいね。自分達同士で談笑したり、シンシア様に挨拶をしているわ。

「メフィス伯爵家の方々、ミュール家のご入場です!」

扉の近くに控えていた使用人が声高に叫んだ。

談笑していた方達はそれを止めて、私達を……いえ、旦那様を見る。

実際の舞踏会では知らないけれど、今回のようなシンシア様の誕生会では全員が旦那様に好意的に近寄ってくるわ。

「お久しぶりです、メフィス伯爵」

「ああ久しぶり。ご家族は息災かね」

旦那様も笑みを浮かべて握手をしたり肩を叩いたりとアットホームな雰囲気を壊さない。

……いつもなら。

「ルーシャン殿」

どうやって入ってきたのか疑問な侍従と仲良く話していたらしいお嬢様の婚約者が自分(というかその後ろのお嬢様)の方に来て、旦那様は眉を潜めた。

「──なぜ、ヒルドマン侯爵家の方がこちらにいらっしゃるのかな?」

「え?」

完全に眼中になかった旦那様からの突然の問いかけに不意を打たれるお嬢様の婚約者のリクト様。

「お父様っ」

お嬢様の声も完全無視で、嫌味ったらしく旦那様は唇を歪めている。

「もちろん、シンシア様より招待されているからですよ」

リクトも微笑む。お嬢様の名を呼んだときとは全く違った、落ち着いた笑みだけど。

「だがしかし、シンシアの誕生会で貴方方を見たのは初めてだったと思うが?」

つまり、毎回来てなかったのだから今回も来るなと。

「ええこれまでは。しかし、私とルーシャン殿が婚約者となった今では、私達ヒルドマンもシンシア様と無関係というわけではないでしょう」

今は親族だとリクト様は主張する。

ちなみに、お二人が話している時にリクト様の後方にいるヒルドマン侯爵とその奥様は我関せずとばかりにお話をしていらした。

ティルー殿はと言えば……黙々と料理を食べていた。護衛のくせに主の危機は無視するのね。まあ、旦那様を切れと言いたいわけじゃないけど。

「だが──」

「あなた、見苦しいことは止めてちょうだい」

言い返そうとした旦那様は、隣に立つ奥様に窘められて開きかけた口を閉じた。

その場から移動する旦那様を見てリクト様は、ふうと息を吐いてお嬢様に歩み寄る。

「ルーシャン殿」

「申し訳ありません、父が……」

「構わないさ、全然。そろそろシンシア様が挨拶をされると思うから……その後踊ってもらえるか?」

「ええ。ぜひ」

頷いてから上げられた手の指に着けられた指輪に、リクト様の目が見開かれる。

盗み聞きなんかしないように、私はお二人から離れた。



とは言え、私が気軽に話せる人なんて限られている。

広間を壁に沿って歩いていたロアを見つけて呼び止めた。

「ロア!」

「あ、姉さん、俺ちょっとローズ様とエリザに挨拶してくるわ」

「え?あ、分かったわ。母様に言った?」

「ああ」

じゃ、とロアは私の用件なんか聞かずにどこかへ行く。私は肩を竦めて壁に背を向けて目を閉じた。眠るわけじゃないけど、何となくね。すぐ開くはずだったのに思っていたよりも心地好くて、私はしばらく目を閉じていた。

「リドニア殿?」

そんな声と共に、頬に冷たいなにかが当てられた。

「ひぁっ!?」

目を開けると、そこは暗闇。

明かりが消されたのだと、一瞬を置いて理解する。

完全な闇ではないけど、シャンデリアの煌々とした明かるさに慣れた目には真っ暗闇のように感じられた。

「やはりリドニア殿でしたか」

私の頬に当たっていたのは、カクテルの入ったグラスだった。そしてそれを持っているのは、リクト様の侍従兼護衛のティルー殿。

「どうぞ。ご気分が優れませんか?」

俯いて目を閉じていたから、気分が悪いと思われたみたい。

「あ、いえ……」

勘違いに納得しつつも気にかけられたことが嬉しくて、頬が緩んだ。

「あ、始まるようですよ」

ティルー殿の言葉と共に、暗闇の中に、一部だけ明るい場所ができる。そこに美しいドレスを着たシンシア様が立って、一度頭を下げると誕生会に来た方達にお礼を述べる。

それもやはり毎年恒例のことで、私も落ち着くことができた。

「しかし、よく私だと分かりましたね。このような暗闇で」

闇のせいで色の分からないカクテルを舐めながら言う。実際に気になったことだった。シンシア様の挨拶を聞くのが正しい行いなんでしょうけど、何年も繰り返されたらさすがに飽きるわ。

「そりゃ分かりますよ。何たってリドニア殿なんですから。目隠しをされていても分かります」

「……そうですか。で、本当は?」

「明るい時から気になってたんです。最初はリドニア殿とは思っていなかったんですけど、近付くにつれてリドニア殿に似てるなー、って」

それで実は私じゃなかったらどうしたのかしら。貴族令嬢の頬に使用人がグラスを押し当てるだなんて笑えない。理由が人違いなんてなおさら悪いし。

「……ん?」

そんなことより、ティルー殿の持っていたカクテルは、意外とアルコールの強いものだった。

カッと身体の中が暖かくなり、思考力が弱くなる。

「そう言えば……どうしてティルー殿はこちらに?」

酔いを覚ますためにも、私は積極的に言葉を紡いだ。

「え?普通に何も言わずに付いて行ったら入れましたけど」

「──それは駄目ですよ」

空になったグラスを押し付けると、少し驚いた様子で次のカクテルが渡された。やっぱり色は分からないけど、オレンジの爽やかな風味が感じられる。

「ティルー……様はシンシア様がお可哀相だと思いませんか」

「──様?リドニア殿、酔ってます?」

「私は、シンシア様がお可哀相だと思います。今だってシンシア様の横に陛下はいらっしゃらないのに……。ミーユ様はずるいです。陛下の愛を一身に受けて」

怒りを表に出して、再び空いたグラスをティルー殿に渡す。少しして新しいカクテルがくる。

「……シンシア様ですか。可哀相と言いますか。正直なところ、僕はミーユ様とシンシア様の関係がよく分かりません」

どういう意味かしら。

「……そうですか」

「ええ」

私のてきとうな返事にティルー殿は真面目に返す。

「僕が見たところ、シンシア様とミーユ様は仲が良さそうなんですよ」

「ふうん……」

僕が見たところって、そういえばティルー殿は陛下を近くで見たことがあるのかしら。

ティルー殿の出した重要ワードを聞き過ごして、私はそれこそどうでもいいことを考える。

「ですから、一概に可哀相とも言えない──」

メイドから受けとった新しいカクテルを飲む。お嬢様は私がお酒が弱いだなんて言ってたけど、そうでもないわよね?

私、たくさん飲んでるけど平気だもの。

「リドニア殿、あれ……陛下ですよね?」

「えー?」

ティルー殿が指を指した場所に目を向けると、ぱっと明かりがついた。いきなりの刺激に目が痛む。

けど、そんな痛みよりも遥かに重要な方がそこにいた。

他の貴族の方々も驚いた様子でその人を見た。

「……へいか……」

呂律が回らない。

頭がぐるぐるとして、ふわふわとして……。

「陛下。どうなさいました?」

そこにいたのは陛下だった。

後ろには、従者かしら。冷たい表情をした男性が控えている。

シンシア様は特に驚いた様子ではなかった。けれど、とても嬉しそうに笑う。

ああ、陛下が来てくれて嬉しいのね、そう思えた。

「皆に公表したいことがある」

陛下の声は、決して聞きやすいとは言えない声質なのに大広間に響き渡る。

皆が何を言い出すのかと身構えた。

陛下は顔色を変えず、まるで当然のことのようにそれを言う。


「余は、第二王妃シンシア=メフィス=ウィグリーと離婚することにした」


妃も余の決断に異議を申していない──。

むしろ、異議を申し立てるのはシンシア様の親類よね、なんて軽口は叩けなくて。気付けば瞼が閉じられていた。



リドニアはお酒に弱いんですねー。

彼女が酔っ払った話も書きたいですけど、本編ではなく番外編のような形になりそうですね。

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