Shall we dance ?
お嬢様は庭園から大広間に移ると、中心で踊る人々を見学するように壁に背を向けた。私がちゃんとついて来ているか確認し、私も立ち止まったところで不機嫌そうに私を睨む。
「もう、リドニア!何をしていたの、あんなところで!」
「も……申し訳ありません……」
非は完全にこちらにある。のぞき見なんて嫌なことを仕事中にするだなんて。
使用人以前に人として失格よ──。
「………」
さらに怒鳴られると思い肩を落しながらそれを待っていた私は、何もおっしゃられないお嬢様を見上げた。
「……、お嬢様?」
お嬢様はとても悲しそうな──それでいて辛そうな目をしていた。
「ねえ、リドニア。あたしとリクト様が結婚すれば、リドニアはリクト様にも仕えるのよね」
頷く。あくまで私はお嬢様(お嬢様がご結婚されれば奥様になるけど)の侍女だけれど、雇用主は今の旦那様(メフィス伯爵)からリクト様に移るだろう。
「はい。旦那様とお呼びし、私の命が尽きるまで、仕えさせていただきますわ」
それが、ミュール家の権利であり義務だから。
「……」
「お嬢様?どうなさいました?」
お嬢様はお酒が入って、幾分か感情的になっているようだった。涙ぐんだお顔は、不謹慎だけれどとても魅力的。
「リクト様に……ヒルドマンに仕えられる?リドニア、相手はヒルドマンよ?嫌よね?」
「お嬢様」
縋るように抱き着いてくるお嬢様。夜会で人目もあり、令嬢が行う行動ではなかったけれど。
「嫌よね?リドニアが嫌なら、あたしは……」
お嬢様は、どこか焦ったように言い募る。嫌だと頷いてほしい──けれど同じくらい、否定してほしい。そんな様子。
私は、旦那様を恨んだ。
小さな時から父親に聞かされてきたヒルドマンの悪口。
それは、お嬢様にとって絶対的な暗示になっていたのではないかしら。
だからリクト様を受け入れたくない……受け入れられない、と。今のお嬢様はそんな感じに見える。
だって、お嬢様はリクト様とヒルドマンを離して考えようとしていたのに、今は無理にくっつけて考えているもの。
──きっと。
お嬢様は、リクト様に好意を抱いてらっしゃるわ。
それが恋とか、リクト様がお嬢様に抱いているのと同じくらいだとは言わないけれど……お嬢様は、リクト様を好いていらっしゃる。
お嬢様に視線が集まる前に、私は膝を折ってお嬢様に顔を近づけた。
赤い頬に、涙ぐんだ瞳。今誰か男性がお嬢様を見れば、一目惚れしてしまうわ!!
「お嬢様。私は、お嬢様に従います。とうに、ヒルドマン侯爵家に仕える覚悟はできておりますわ」
横目に、ティルー殿の靴が見えた(参加者の中で一番安価だから)。その隣にいるのはリクト様でしょうね。
「リド……」
「ですから!若いお二人はホールで踊るべきです」
肩を掴みクルリと回せば、上手い具合にリクト様の前に。
……勢い余って近づけすぎたかしら。
「リ、リクト様」
「ルーシャン殿」
さっさと誘いなさいよーっ、という言葉を視線に含ませると、分かってるから黙れっ、との視線が。
「あ、あのルーシャン殿」
「ふふ、リドニアの言う通りね。リクト様、誘って下さるかしら」
「あ、ああ喜んで!」
好機を逃すまいとの速さでお嬢様の手をとると、リクト様は大広間の中心でお嬢様と踊りはじめた。
曲は途中からでなおかつ簡単ではないものなのに、お二人はまるで打ち合わせでもしていたかのような優雅さで舞う。
「お美しいわ……とても」
ダンスを教えたのは私──と言いたいところだけれど、残念ながらダンスだけは得意じゃなかったのよね。一応習ったけど。
うっとりとお二人に見惚れていると、隣でティルー殿がゴホンと咳ばらいした。
「リドニア殿。僕達も踊……」
「リドニア」
私とティルー殿に近づいてきたのは、トールだった。
「エリザが探していましたよ。カクテルの減りが想像よりも早いそうです」
「え?あー、そうね。今から行くわ。ティルー殿、構いませんよね?」
「……どうぞ」
肩をすくめて、ティルー殿は頷いた。
夜会の終わりに、ヒルドマン侯爵家の馬車がリクト様とティルー殿を迎えにきた。
「もう終わりか」
散々お嬢様と踊ったリクト様はそんなことを言ってのけた。私なんて、普段より長く感じたわよ!?
「リクト様……本日は、とても楽しめましたわ」
馬車の前でお嬢様は可憐な笑みを見せる。今、絶対リクト様はお嬢様に惚れ直したわ。絶対。それくらいに可愛らしいんですもの。
「また会おう」
「ええ。そうですね」
とろんと眠そうな顔をしているのはティルー殿だ。私の隣で、「次会えるのは……」と指を折って数えている。
「一ヶ月後の、シンシア第二王妃殿下のお誕生日の日ですかね」
「ああ……そうですね。毎年陛下は派手な誕生会を開いて下さいますから」
それに同調するお嬢様。リクト様はムッとした顔になった。
「それより前に、そちらの屋敷に行くから。一ヶ月も会えないだと?ティルー、ふざけているのか?」
「私ですか?」
「お前が余計なことを言うからだ」
馬車に乗り込む際も彼らは言い合い、お嬢様は少し羨むような目で二人を見ていた。
お嬢様がベッドに入られたのは、夏ならばもう空が明るみはじめた頃だった。
そのとき私達は──私とエリザとトールは反省会と称してエリザの部屋にいた。
反省会といっても、夜会で余ってしまったお酒をウォルツ伯爵にいただき、無駄話に花を咲かせているだけよ。
「リドニア。手伝うなら中途半端でなくきちんと最初から最後まで手伝うべきです」
酔っ払いのくせに説教をしてくるトール。
「何のことかしら」
「途中から手伝っていなかったでしょう」
ティルー殿のことだわ。と、すぐに分かった。
「悪かったと思ってるわよ。お嬢様のことが心配だったの」
「心配?ティルー殿と話していただけじゃないですか」
「何ですって?」
言い方に非難めいた空気を感じ、私はトールを睨みつける。どちらも酔っ払っていて、感情の起伏が激しいのよ。
「余計なお世話よ」
「貴女の世話をしているわけではありません。そのせいで旦那様の評判が下がったらどうするつもりですか」
こういう、過ぎたことをグチグチ言ってくるから嫌なのよ。
「下がらないわよ、あんたみたいにね──」
私達の口論を無視して一人飲んでいたエリザが、さすがに無視できなくなったのかしら。私とトールの肩をポンポンと叩いた。
「終わったことよ。気にしない、気にしなーい」
あっはっは、と笑い、エリザは真後ろに倒れた。
「エリザ!?」
「寝てるのでしょう。私達も帰りますか、部屋の主が就寝中ですし」
「……そうね」
私の同意をもって、反省会は終了した。
意外かもしれないけど、お嬢様はお酒に強い。どんなに飲んでもほろ酔い以上にはならないし、私と飲んでいても大抵私が先に寝る。二日酔いも一切なし!という貴族として完璧な方なのよ。
だから、朝、頭が痛くてガンガンして、憂鬱な気分なのは私だった。
「リドニア。もしかして、あの後飲んでいたの?」
「………はい」
吐き気というほどではないけど、薄ーく重いなにかが胸元にくすぶっているような気分。
「リドニアは、顔に似合わずお酒に弱いのだから。気をつけなさい。すぐに舞踏会が控えているのよ」
はい……。
「そちらでは今みたいにならないのよ」
「はい……」
私はかくかくと頷いた。
ウォルツ伯爵の書斎に行き、改めて突然の訪問と夜会の出席についてのお礼をし、ローズ様とリジン様にもきちんとした挨拶をする。
「また来てね、ルーちゃん、リド」
「ええ。お姉様、お幸せに」
「貴女もね」
お互いの頬にキスをして、お嬢様がたは微笑みあった。
私もお嬢様の後ろからエリザと視線を交わし、「またね」と無言で伝え合う。
屋敷の門の前にメフィス伯爵家の家紋のついた馬車が止まっていた。
御者はトールが務めるの。
「ごめんなさいトール。待った?」
わざとらしく聞いてやると、トールはすました顔で「いえ別に」なんて言う。一時間くらいエリザと世間話でもすればよかったかしら。
「出しますよー」
御者の一言の後、ゆっくりと馬車が動き始める。
段々と小さくなるウォルツ伯爵邸を眺めながら、行きとは違うスッキリとした表情のお嬢様に、私は深い満足を覚えるのだった。
反省会でのお酒は、カクテルが足りなかったから足したら余った……って感じですね。
どうせ捨てるものだから、とのことでいただきました。リドニアがお客さんだったことも大きいと思います。
次話は、ローズ様は出ないかな、と思います。まだ一文も書いていないので予想ですが。