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お嬢様の見る風景

お嬢様視点……ではありませんね。

たまにお嬢様のほうも書きたいなー、と思います。

「では、失礼します。お嬢様」

「……ええ」

リドニアが頭を下げて退出すると、ルーシャンはベッドに倒れ込んだ。

ルーシャンの身体を包むドレスはローズの着れなくなったものだ。リドニアはあまり良く思っていないようだったが、ルーシャンは姉の温かさに包まれているような気分を心地好く感じていた。

(………)

リクトとヒルドマン侯爵家を離して考えてみる、との理由で客室に引きこもったルーシャンだったが、まさか一日中同じことを考えていられるはずもなく。ぼんやりと時間を潰していた。

まだ朝であるし、どうせ誰も咎めないだろうと思い、眠ろうとしたのだが──。

(……リクト様に、寝間着姿を見られたわ!絶対!)

先程の事が頭から離れず、眠れなかった。

屋敷内ではリドニアが、舞踏会などの夜会では伯爵が目を光らせていたので、ルーシャンは寝間着を男性に見られたことなど一度もなかった。

リドニアの手前気にしていない風を装っていたが、内心恥ずかしくて仕方がないのだ。

顔を手で覆い隠し、バタバタとベッドの上を転げ回る。

(は、恥ずかしい……!忘れてくれないかしら!?)

「ああ、もう!!」

枕を弱く叩いていると、扉が控えめにノックされた。

「……リドニア?」

「ルーシャン殿」

ルーシャンの名を呼んだのは、リドニアではなかった。

(リ、リクト様……?)

婚約者の声に、ルーシャンは羞恥を忘れてぽかんとしてしまう。

(先程別れたばかりなのに──もしかして、リドニアの言っていた指輪のこと?)

ベッドから起き上がり、扉へ向かおうとしてルーシャンは足を止めた。中にネグリジェが吊されているクロゼットが目に入る。一気に羞恥心が沸き上がって、ルーシャンはリクトの訪問を無視することにした。

「ルーシャン殿?」

怪訝そうな声。

(そうよ。あたしがリクト様の訪問に応えることないわ)

リクト様はヒルドマンなのだから。

そう考えてから、ルーシャンは一人でくすくすと笑った。

(駄目ね。全然引き離して考えられてない)

これをリドニアに打ち明ければ、リドニアは自分のことを責めずに、ならばそれで構わないと言うだろう。それは想像に難くなく、いつもの自分ならばそんなリドニアに甘えていた。

しかし、さすがに今回はそんな解決では駄目だとルーシャンも分かっていた。

(結婚なんて、幸せかそうでないか、二つに一つなのだから)

例えば、メフィス伯爵夫妻は幸せな結婚だと思うし、ローズとリジンもそんな結婚をするだろう。自分もそんな結婚がしたいと思っていた。

参加する舞踏会などで貴族の美しくない恋愛事情を聞き知って、絶望して、それでも望みを捨てないでいた。

(リクト様と結婚して……あたしは幸せになるのかしら)

幸せを求めて結婚できる立場ではないのに。そう考えてしまうのは、幸せそうな姉や母や──自分に恋をした、などと言うリクトのせい。

「ルーシャン殿……」

そんな時、再びリクトの声が。

(まだ、いたの?)

いつまでいる気だ。



ふと目を開ける。柔らかなベッドに埋もれて、ルーシャンは少し眠っていたらしい。適度にお腹が空いていて、窓からは太陽の光が零れていた。

「リドニア、お腹が空いたわ」

わずかに開いたカーテンを見ながら、傍に控えているはずの侍女に言う。

「……リドニア?」

部屋を見渡して──リドニアはメフィス伯爵邸に戻ったのだと思い出した。必要な時にいてくれないリドニアに、腹立たしさよりもまず寂しさを感じてしまう。何人もの侍女やメイドを従えていると思われがちだが、ルーシャンが傍に置いているのはリドニアだけだった。姉のローズには数人の侍女やメイドが仕えていたが。

──リドニア以外、必要ない。

そんな思いをルーシャンは生まれてからずっと変えてこなかった。

実際、マリア侍女長もリドニアが自身の娘だったので強く反対はしなかったのだ。

次いで、ルーシャンは扉に目を遣った。

(……リクト様、まだいらっしゃるのかしら)

いないかもしれない。どれくらい眠っていたかは分からないけれど、五分や十分ではないはずだ。

きっといない。声もしないのだから。

(でも、)

いるかもしれない。



いたら何があるというわけでもないのだが、ルーシャンは扉を薄く開いた。眠ったらもうネグリジェを見られた、などという小さなハプニングは忘れている。

リドニアもいないし、お腹も空いたし、ルーシャンは誰か自分以外の人間と会いたかった。

(……いない、わね)

そこには誰もいない。ただ広い廊下が続いているだけ。ゆっくりとした動作で部屋から出て、ルーシャンは安堵の息を吐いた。

(なんだ。いないじゃない)

リクトがいなかったことに、安心している。それと同時に落胆していた。

自分が思っていたよりも寂しがり屋なのかと思うと可笑しかった。

(お姉様からお昼ご飯をいただいてきましょう)

姉の部屋に向かおうとすると。

「ルーシャン殿?」

「っきゃぁあ!?」

曲がり角で、婚約者と鉢合わせしてしまった。

「す、すまない。驚かせてしまったか」

「い、いえ……」

(な、何でこんなに広い屋敷で、よりによってリクト様と会ったのかしら)

リクトは、パンやらスープやらが乗ったプレートを持っていた。

ルーシャンの視線に気づき、リクトはどこか言い訳がましく理由を説明する。

「ローズ殿が、ルーシャン殿の分だと。メイドが運ぼうとしたところを代わったのだ」

「代わった──どうしてです?このようなことは、それこそメイドの仕事です」

ルーシャンがぐっとリクトの瞳を見つめると、リクトはすぐに目をそらした。

「これなら、貴女が返事をしてくれるかなと思ったんだ」

(返事?……ああ、無視したことね)

自分が無視したことを言われているのだと分かり、ルーシャンは黙り込んだ。

「いや、ルーシャン殿を責めているわけではないんだ」

弁解するようにリクトは言う。なおも黙りこくるルーシャンに、リクトは話題を逸らそうと持っているプレートを少し揺らした。

「それより、食事が冷めてしまう。早く部屋に運ぼう」

(……部屋に……)

昨日のディナーには、リドニアがいた。

一人じゃなかった。

「あの」

誰もいない、静寂に支配された部屋で一人でランチを食べる自分を想像してルーシャンは心細くなった。

(一人は嫌)

小さな声でリクトを制止すると、リクトは耳聡くその声を拾い、動きを止めた。

「どうした?ルーシャン殿」

「リクト様は……その。既にランチは済ませたのですか」

「いや。まだだが。伯爵主催で、身内だけのランチパーティーがあるらしい。私がルーシャン殿と婚約したことを報告したら、喜んで誘って下さった」

ルーシャンと婚約し、ローズの義弟になったことを言っているのだろう。身内と言っても広いものね、とルーシャンは思った。

「そのランチパーティーには、わたくしも参加資格があるのかしら」

まだウォルツ伯爵にも挨拶をしていなかった。ランチパーティーがあるのなら、いい機会である。

「参加されるのか?」

「文句がおありですか?」

睨みつけると、リクトは「いや……」と歯切れ悪く口ごもった。

「どこで行われるのです?」

「庭園だそうだ。ローズ殿の強い要望で」

「お姉様の」

ローズらしい提案だ。話で聞くところによるとローズはウォルツ伯爵邸でも気に入られているらしかったので、ウォルツ伯爵夫妻は二つ返事で了承したことだろう。

「素敵だわ」

「ルーシャン殿は、花がお好きなんだな」

「ええ。花は好きです。──特に薔薇が」

ヒルドマン侯爵邸でのランチパーティー。その際にルーシャンが吐いた嘘は、もうリクトにばれていた。

なにしろ、情報源が実姉なのだ。信憑性がありすぎる。それに昨日、リクトが無礼講・ティーパーティーの途中で割り込んできた時にその嘘は発覚した。

「屋敷に着いたら、百輪の薔薇をプレゼントしよう」

「いりません、百輪も!……ただ、小人薔薇の種は非常に感謝しております」

毎日庭師と観察している。

絵日記も書いている。それを知るのは今のところ、リドニアと庭師だけだ。

「感謝していただけてよかった。……ルーシャン殿、聞いてもいいか?」

「何ですか」

「──どうして敬語なんだ?」

(──え?)

思わず唇に指を当てた。本来、婚約者相手だろうと男性、特に位が高い者に対しては敬語なのだと決まっている。つまり、今のルーシャンはどこも間違えていなかった。とすると、リクトが敢えて言う理由は一つだ。

(……これまで、ずいぶんと失礼なことをしたものね)

無礼者と言って手を払いのけたのも記憶に新しい。

今でさえリクトに対して好ましいとは思えなかったが、大声で喚きちらしたり、罵倒しようとは思えなかった。

「………」

何も言う気になれず、黙々と足を動かす。リクトはルーシャンの横顔に目を向け、含み笑いをした。

「もしかして、リドニアがいないせいか?」

親しげに(少なくとも、ルーシャンにはそう見えた)リドニアの名を呼ぶリクトに、ルーシャンは眉をひそめた。

「リドニアを呼び捨てにしないで」

「はは、戻ったな。貴女はそちらのほうがいいよ」

「リクト様は……恐妻家になりたいのですか」

「いや、そういうつもりはないが……まあ、貴女だったら何でもいいさ。それより、」

リクトが足を止める。訝しく思いつつ、ルーシャンもそれに倣った。

「敬語は止めないか?」

「……侯爵家の嫡男に?」

「貴女の御両親だって、どちらも普通に接しているじゃないか。メフィス伯爵夫妻は仲睦まじいことで有名だからな──羨ましい」

スープからは湯気が見えない。すっかり冷めてしまったようだ。

「自らよりも身分の高い婚約者に敬語も使わないだなんて、どこの礼儀知らずかと思われますわ」

「貴女の家と私の家の関係は特殊だから。誰も変に思わない。それにランチパーティでは──」

(ええ、あたしは思い切り素で怒鳴ったわね)

きっと、今のこの状態は異常なのだ。ルーシャンはそう考えた。

自分とこの方が、肩を並べて歩くなんて。リドニアがいないから、調子が出ないのだ。きっとリドニアが帰ってくれば、自分はヒルドマンを嫌悪することだろう。

(ああ……リクト様とヒルドマンを離すのだったかしら)

先程までは難しく感じていたが、今はひどく簡単なような気がした。

ここにリドニアか、もしくはローズがいたならこの数分で彼のことを理解したぶん、リクトを個人で考えることができるようになったのだろうとルーシャンに教えていただろう。

しかしここには二人しかいなくて。ルーシャンは何故かしら、と疑問に感じながらも何も言わなかった。



ルーシャンを見ると、ローズは目を丸くした。広い庭園にはテーブルが並び、立食形式だった。夜会に参加するために訪問した人も多く参加していて、身内のみというのは建前らしい。

「夜会もあるというのに」

呆れたようなルーシャンの声。

「メイドに迷惑だとは思わないのかしら」

「ルーシャン殿……」

さも意外だと言いたげなリクトの声音に、ルーシャンは庭園に出ながら苦笑した。

「屋敷で、今日のように夜会やランチパーティが重なると、必ずと言っていいほどリドニアが手伝いに回されるのです」

「──ああ、リドニアか」

二人がローズに向かって歩いていくと、ローズとリジンも寄り添いながら歩いてきた。

「ルーちゃん。もういいの?」

ローズはいつもの柔和な笑みを浮かべていた。

「お姉様……」

リジンとリクトは昨夜の内に挨拶を済ませていたらしく、軽く会釈をしていた。

「ルーシャンと仲直りはできましたか」

「ええお蔭さまで」

にっこりと、どこか底の見えない笑みを浮かべてリクトがリジンに向かって頭を下げた。

(……?仲悪いのかしら)

「私は何もしていないよ」

「ご謙遜を」

「謙遜なんて」

ローズはリクトとリジンを見てから肩をすくめ、ルーシャンに笑いかけた。

「ルーちゃん。よかった。元気な顔が見れて嬉しいわ」

「さすがに、お腹が空いたのよ」

「でも……リクト様に運んでいただいたお昼ご飯はどうしましょう」

リクトはプレートを持ったままリジンと話している。バイキング形式のランチパーティで、ルーシャンが参加するのならあのプレートは必要なさそうだ。

「リクト様には申し訳ないけれど、あれは処分するしかないわね」

「……ええ」

ローズはリジンの隣に戻るとリクトに挨拶をし、プレートを示して、

「リクト様。申し訳ありませんが……」

とそれが無駄になってしまった旨を伝えた。なるべく柔らかい表現を使っている。

(………)

ローズがメイドを呼ぶ仕草をした時に、ルーシャンは手を伸ばしてプレートの上からワイングラスを取った。

「ルーシャン殿?」

「……ワイングラスは、使わせていただきます」



リクトからの熱っぽい視線を背で受けながら、ルーシャンはただただリドニアが帰ってくることを願っていた。

ランチパーティが始まってしばらくしたらメフィス伯爵家からの馬車が来て。

そのすぐ後に、リドニアとティルーが帰ってくる。

リドニアとティルーがなぜ一緒なのか、伯爵邸に行ったのではなかったか。その理由を知るのは、また後の話。

次こそは夜会になります。


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