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ある日の朝のこと



 私達ミュール家は、代々メフィス伯爵家に仕えている。私……リドニア=ミュールの母は侍女長を、父は執事を。弟は次期ミュール家当主として、執事の養成学校に通っている。執事学校は全寮制で、三ヶ月に一度と夏期休校の際にだけ帰ってくる。本当に執事としての礼儀を習っているのかと疑問に感じるほどにふてぶてしいけれど。まあ、ルーシャンお嬢様には愛想よい態度を貫き通していたから良いけど。

 さすがに家族の前でまで礼儀正しくするのは疲れるらしいわね。もっとも、父様──ルドルフ執事は、それが性格みたいで、わざわざ「礼儀正しくしている」つもりはないみたい。ロア(弟ね)は基本的に粗雑な奴だから、けっこう気疲れするのかしら。ミュール家に生まれたのだから、しっかりしてもらわなきゃ困るわ。

 ちなみに私は、メフィス伯爵令嬢のルーシャンお嬢様に侍女として仕えている。メフィス伯爵には二人のお嬢様がいらっしゃって、ルーシャンお嬢様は二番目のお嬢様。元々は長女であるローズお嬢様に仕えるはずだったのだけど、ルーシャンお嬢様の強い要望でルーシャンお嬢様に仕えることとなったのよ。

 幼い頃から……主従関係について理解するよりも前から、私とルーシャンお嬢様は一緒に育ってきた。私をご自分の侍女として望んだのは、それが理由だと思うわ。


 それと──そうね。ミュール家はメフィス伯爵家に住み込みで働いているけど、当然実家はあるわ。滅多に戻らないからほとんどお祖母様とお祖父様の家になっているけれど、一応名義は父様。当主ですものね。

 さて。では、メフィス伯爵家がどれだけすごいのかと分かっていただくために、もう一つ。旦那様の妹君であらせられるシンシア様は、国王陛下の第二王妃なのよ!すごいことだとは思わない?私なんて、拝謁したこともないわよ(もちろん、メフィス伯爵家の方々はあるわよ)。一度拝顔賜ったのは、お祭りの時かしら。グウィリー王国の王都、ドルンで。ここだけの話、美しいお顔ではないわよ?威厳ならあるようだけど。仕えるにはいいけど、夫となったらちょっと……、って感じ。私風情が言えることでもないけど。

 とりあえず、これで私と、それからルーシャンお嬢様を取り巻く面々の紹介はすんだかしら。え?若い女二人いるのに、若い男はいないのか、って?

いないわよ。今はね。これからがどうなるのかは、分からないけれど。




 私達侍女の朝は早い。と言っても、料理人や馬丁ほどではないわよ。庭園に行って庭師から薔薇を受け取り(毎日、毎日薔薇よ。ルーシャン様のお気に入りの花なんですって。冬には冬薔薇を栽培させているから、相当よ)、たらいにぬるま湯を入れてから……ルーシャン様のお部屋に向かう。

 これは嬉しいし誇らしいことだけれど、お嬢様は自室に私と母のマリア侍女長(仕事中はそう呼ぶように決まっている)しか入れてくださらない。だから、掃除や整理など、お嬢様の自室が関係することは全て私一人でしなくちゃならないから、大変よ。

 ちなみに、ここでの自室とは、寝室と書斎と私室のこと。マリア侍女長は奥様の侍女をしているので、実質は私が掃除から片付けからベッドメイクまで、全てをこなしていわる。ロアが帰ってきたらあの子にもやらせてるけど。

 白と桃色のお洒落な花瓶に薔薇を生けると、私はカーテンを全開にした。するとベッドにまで太陽の光が届く。

 そんなに太陽が高いのか、って?高いのよ。基本的に貴族って、遅寝遅起きだから。

「おはようございます、お嬢様」

 声をかけると、お嬢様は唸り声を上げながら寝返りを打つ。そのご身分もあって、伯爵家には毎日毎日引っ切りなしに夜会やら舞踏会、晩餐会の誘いがくるのよね。近しい方々なら日にちも被らないようにして下さるんだけど、たまに何の手違いかパーティの日にちが被ったりして。どちらに出るかとか、今後を決める重要な決断を旦那様と奥様で悩んでいるのを頻繁に目にするわ。

 だからというわけじゃないけど、お嬢様も毎日のように夜な夜なパーティに出向く。一緒に行って、使用人控室で待っている私ですら疲れるのよ?お嬢様が疲れないわけないじゃない。だから本当は、起こすのが忍びないというのが本心だわ。

 薔薇と一緒に持ってきたたらいと、その中のぬるま湯。優しく顔をすすいで、柔らかいタオルで撫でるように水を拭いた。

「旦那様が、お嬢様をお呼びですわ」

「ん……お父様が?」

「はい。着替え終え次第、来るようにと。今日はこちらのドレスをご用意させていただきました」

 薔薇色のドレスを見て、お嬢様は目を細める。今は寝ぼけていて分からないかもしれないけど、じきに気付くでしょう。まるで……陛下に拝謁賜る時に着るような豪奢なドレスだと。

 嫌な予感がしていた。

 私ではなく、お嬢様に対して。

 旦那様も、何とも言えない顔をしていたし。

「素敵なドレスね……着せてちょうだい。どこの仕立て屋?とても良い手触り。今後も贔屓にしたいわ」

「仕立て屋に伝えておきます」

「ええ」

 二十分程かけて着替え終えてから、お嬢様に椅子に座ってもらう。鏡台を前に運んで、美しい金髪に櫛を通した。(くしけず)るたびに、お嬢様の金髪は輝きを増す。美しい髪……そう思わずにはいられない。

 細かく編み、クルリと頭を巻くようにして纏めて、鏡の中のお嬢様と目を合わせる。お嬢様はドレスを見つめて、初めてその過ぎた豪奢さに気づいたようだった。

「今日は、王城でランチパーティでもあるのかしら。ねえリドニア?シンシア叔母様からの招待状でもきているの?」

「これは私の推測ですが……旦那様がお嬢様を呼ばれているのに関係があるのではないか、と」

 言われて初めて、お嬢様は自分が父親に呼ばれていたことを思い出したようだった。勢いよく立ち上がり、私のお仕着せを引くと、早くするように示してくる。

「お父様が……なんのご用かしら。なるたけ早く済ませちゃいたいわね」

 早く済めばよいのですが、とは心の中で呟いておく。

 旦那様の書斎に着くと、私はその扉をノックする。

「ルーシャンお嬢様です」

 少しして、旦那様付きの侍従が扉を開ける。お嬢様を先頭に入室すると、旦那様がお嬢様の姿を眺めるように見た。

「とても似合っているよ。ルーシャン」

「ありがとうございます、お父様。用件とは、何でしょう?」

 旦那様は何度か口を開け閉めして、最終的に目を閉じてから言った。


「ルーシャン。──お前の婚約が決まった」



イメージ的に、ルーシャンは気の強い女の子です。リドニアはそうでもないかな……?

基本的に、リドニアはルーシャンの味方ですね。

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