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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。

異世界転移した神子様は、獣人たちに溺愛される

作者: 翼弥
掲載日:2026/05/04









 その日。俺はいつものようにふらふらと帰路を歩いていた。


 社会人2年目。新人気分なんてとうに抜けていて、だけど後輩たちを前に先輩面できるほど仕事に慣れているわけでもなくて。日々の業務をこなすだけで精いっぱいで、毎日が限界だった。

 だけど今日は金曜日で、明日は久しぶりに出勤もない土曜日。家に帰ってゆっくり寝れると思っていたのに。


 急に眩しい光が目の前で光った。同時に足元に急に穴でも開いたかのように、体を浮遊感が包む。



「っ!!」



 落ちる!


 恐怖で自然と体に力が入る。ぎゅっと目を閉じて、反射的に頭を抱えたんだけど……いつまで経っても衝撃がこなかった。

 なにか、おかしい?

 と思うと同時に、ふわりと柔らかい何かに体を包まれる。恐る恐る目を開けば……



「神子様の召喚に成功したぞ!!」



 そんなことを叫びながら、盛り上がる人々。え、何? なんて言った?

 コスプレイヤーか? 一様に猫耳っぽいのとか、犬耳っぽいのとか、なんかこう、いろいろとついてる。服装も見慣れないものばかりだ。もしかして、何かのイベントに巻き込まれたとか?

 何もわからず、茫然と彼らを見つめていたら、



「神子様」



 すぐ近くで声がした。誰だ、神子って。俺の名前は圭だし、もちろん神職でもない。ただのしがない会社いんだ。

 だというのに、



「神子様」



 もう一度響いた言葉に、呼ばれるように振り返り……



「……へ?」



 え、ねこ? 猫がいる。しかも超巨大な猫。

 って、そういえば俺、フリーフォール中じゃなかった!? 何かに包まれてる、と思ったけど、猫の尻尾にくるっとされてない!? ってか、浮いてない!?


 浮いてる、と自覚した瞬間、くらりと眩暈がした。遠ざかる意識を自覚しながら、「どうか夢でありますように」と願うことしか出来なかった。

















 結論を言おう。夢じゃなかった。あれから何日か経ったが、俺は変わらず巨大猫や動物耳を付けた人たちに囲まれている。

 ここ数日の間にいろいろと説明もしてもらって、自分が置かれた状況も理解している。あれだ。異世界転生、いや、異世界転移? たぶんなんかそういうやつ。


 だって日本には、マジモノの動物耳の人間なんていねぇもん。


 いや、本当に。この世界の人たち、みんな動物耳とか、羽とか、尻尾とか、なんかそういう動物っぽいものが付いてるんだ。あともふもふしてる人が多い。猫耳つけてる人間っポイ人もいるんだけど、そうじゃなくて二足歩行で歩いている猫というか犬というか。ファンタジー作品で出てくる獣人っていえば伝わるかな。体中、顔までもふもふだ。

 あとは、初日に出会ったあのでかい猫。今でも俺の背もたれ変わりとして隣にいるけど、流石に日本どころか地球にだっていないだろ、こんなサイズの猫。しかも喋る。もう意味が分からない。


 家の様式とか、飯とか、他にもいろいろと違いはあるんだけど。でも、人が違うのが一番異世界っぽい。というか、異世界だと思わないとやってられない。

 んで。なんで俺がこんなことになっているかなんだけど。

 ま、テンプレだわな。



「魔王が目覚め、世界が混乱し始めています。どうか世界をお救いください」



 だって。でもどうも「勇者」じゃなくて、「神子」らしい。なんか、魔法とか剣とか肉弾戦とか、そういうのは間に合ってるんだって。普通の魔物とか魔族とか、なんかそういうのには負けないんだって。まぁ見た目からして強そうな人多いもんな。魔物や魔族がどういうものか知らないけど、簡単に負けるとは思えない。

 でも、それだけじゃダメらしい。魔王と戦うには聖なる力が必要で、その力を持っているのが「神子」と呼ばれる存在なんだそうだ。

 なんかいろいろと説明されたけど、ゲームで言う聖職者のバフ要員だと理解した。俺が聖なる力とやらを使いこなして、力を分け与えないと獣人たちは魔王を倒せない、っていうんだから間違ってないだろ。力を与えさえすれば俺が直接戦う必要はない、っていう点は、ちょっと安心した。俺がパーティーメンバーである必要はない、ってことだもんね。戦いなんて俺には無理だ。


 とはいえ、とはいえだよ。俺はこちらの世界に来たばかり。力の使い方なんて知らないし、そもそもそんなこと言われても実感なんて湧かない。そして召喚直後に倒れたのもあって、めちゃくちゃ病弱だとも思われてる。

 結果。この世界に慣れるための療養、という名目で、与えられた部屋に引き籠っていた。



「はー……シロは可愛いな」



 シロ、というのは初日に会ったあの巨大猫だ。「好きに呼んでいい」って言われたから、実家にいた猫の名前で呼んでいる。白くてもふもふで、意思疎通もできる。最高の巨大猫だ。

 よしよしと撫でながら言えば、ゴロゴロと喉が鳴った。リラックスしてると猫の本能が出てくるのか、たまに「にゃう」って鳴く。すっごく可愛い。



「神子様は撫でるの上手だね」



「そうかな」



 まぁ、実家では猫を飼ってたし、親は獣医で俺も入院中の子たちの面倒は見てたからな。動物は好きだ。

 ……そういえば、最近は仕事に追われて、動物を撫でることなんてなかったかも。ばふりと顔を埋めても、シロはきゃらきゃらと笑うだけで嫌がる様子もない。



「はー……幸せ」



 異世界も役目もよくわからないけど、シロに会えたことだけは最高の幸せだ。ずっとシロと一緒にいていいなら、異世界転移も悪くないかも。

 俺が心から言ってるのがわかるんだろう。シロも尻尾をぶんぶんと振って喜んでくれている。



「僕も神子様に会えて幸せ! 神子様大好き!」



「俺もシロのこと大好きだよ」



「えへへー!」



 可愛い。最高。


 ちなみに部屋の中には、俺とシロの二人しかいない。扉の向こうには護衛だか監視だかがいるけど、基本的に部屋には入ってこなかった。食事とか必要最低限の時は入ってくるけどね。それ以外は俺はシロと二人きり。思う存分いちゃつき放題だった。

 モフモフを堪能しながらシロとイチャイチャしていれば、あっという間に時間が過ぎる。猫は時間泥棒とはよくいったものだよね。


 日が傾いたころになって、コンコンとノックの音が部屋中に響いた。



「ケイ、いるか」



 わー……この声はマルクスか。ちょっと苦手なんだよな。

 そう思ったのがシロにはバレたらしい。ちらりと俺を見て、俺の代わりに返事をしてくれた。



「いない!」



「そうか。入るぞ」



 入るぞ、ってどういうこと!? この世界の人にマナーはないのか!?

 その上、返事よりも先に扉が開いたと思う。お陰で逃げ遅れてしまった。



「やっぱりいるじゃないか」



「…………どーも」



 気まずい。めちゃくちゃ気まずい。

 でもそう思うのは俺だけらしい。マルクスは気にした様子もなく、目の前までやってくる。


 マルクスはトラ系の獣人だ。猫耳も長い尻尾も可愛いのに、顔は普通の人っぽい。顔まで獣っぽい人より、人っぽい人のほうが魔力や地位が高いそうだが、俺には動物耳付けたやべぇ人に見えるからさ……いっそ全部獣っぽいほうがいい。

 その上、この人はいつも挑発的な目をしてる。見定められてる、とでもいうのかな。会社の上司を思い出すから、出来るだけ関わりたくなかった。


 だけど俺の事情を聞いてくれるような人じゃない。今日もずいっと触れそうなほど近くまで顔を寄せてきた。



「まだ青白い顔をしてる」



 うるせぇ、これが普通だ。日焼けするほど外にいないんだよ、俺は。

 反論したいけど、反論したら外に連れ出される気がするから何も言わない。代わりに、ふいとそっぽを向いてシロの毛並みに顔を埋めた。



「ハッ。随分とソレが気に入ったようだな?」



 そりゃそうだ。シロはあんたみたいに喧嘩腰に話しかけてこないし、ずっと一緒にいてくれる。嫌いになる理由なんて一つもなかった。



「……あんたと違ってね」



 小さく呟いた言葉は、どうやら聞こえてしまったらしい。ガッと頭を掴まれたと思ったら、無理やりマルクスの方を向かされる。



「お前はまだこの世界を何も知らない。そいつばかり構うことが、どんな結果をもたらすかもな」



 結果? 結果だと?

 反射的にマルクスの腕を掴んだ。腕というより、手首だな。太い手首。俺の手じゃ一周することさえできないし、どれだけ力を込めたって利いてるのかわからないけど。

 それでもマルクスは、わずかに目を見開いた。



「シロは絶対にこんなことしない」



「そのとーり!」



 ぶんと風が沸き上がったと思ったらふわふわに包まれて、気が付けばシロの上に乗っていた。シロは毛を逆立てて、マルクスのことを威嚇している。

 一方のマルクスは、何故か自分の手をじっと見ている。なんだかよくわからないけど、不穏だ。シロの毛に隠れるように体を埋めたのに、ばちりと目が合ってしまった。

 そのまま告げられた言葉に、俺は目を丸くしてしまった。



「明日、街に行くぞ」



「……………………へ?」



 まち? ……街!? 街っていったのか、今!?

 思わず身を乗り出そうとすれば、シロが尻尾で落ちないように支えてくれる。シロ最高。

 でも俺はマルクスから目を離せなくなっていた。



「お前はもっと、この世界を知るべきだ」



「…………」



 マルクスは苦手だ。傲慢な雰囲気を隠そうともせず、一方的に話してくる。いや、決まり事を伝えてくる、のほうが正確か。俺に拒否権なんてない。

 でも、今のこの言葉は。少しだけ、いつもと違う感じがした。


 肯定も否定もできないでいる俺をじっと見て、マルクスはくるりと踵を返した。そのまま何も言わず出て行って、バタンと扉が閉まれば姿さえも見えなくなった。



「な、なんだったんだ……?」



 茫然と呟いた言葉に、当然ながら返事なんてなかった。

















 翌日。マルクスはまた俺の部屋へとやってきた。

 大勢の使用人を従えて。



「準備しろ」



「「「はっ」」」



「え?」



 その後はなんかもう……すごかった。身ぐるみはがされて風呂に放り込まれ、念入りに洗われる。



「自分で洗える!」



 って言っても、にっこり笑って聞き流されるだけ。この場に俺の味方はいないらしい。くっそ、マルクスの部下はマルクスそっくりだ。人の話を聞きやしない。どれだけ抵抗しても力で敵うはずがなく、俺は頭から足の爪先まで、本当に隅々まで洗われてしまった。もうお婿に行けない。

 ちなみにシロは水が苦手らしくて、風呂場には絶対に入ってこない。猫だもんね。仕方ない。


 風呂から上がれば、当然体を拭かれて、髪を乾かされる。で、化粧水みたいな何かをペタペタと全身に塗られて、いつもよりもちゃんとした服を着せられて。



「「「お待たせいたしました!」」」



 って、ぽーんとマルクスの前に差し出された。

 マルクスはシロと何かを話していたらしい。二人揃って俺に気付くと、シロはぱっと表情を輝かせ、マルクスは少しだけ眉間に皺を寄せた。



「神子様、似合ってる!」



「ありがとう」



 あああああ……シロ可愛い。最高すぎる。駆け寄ってきたもふもふに、いつものように抱き着こうとして……ぐいっと首根っこを掴まれた。



「ぐぇ」



 思わず変な声が出た。こんなことをする奴なんて、一人しかいない。

 後ろを振り返れば、そこにはもちろんマルクスだ。



「触るな。また匂いが付くだろう」



「シロの匂いならいくら、で……も」



 後半に勢いがなくなったのは、マルクスに睨みつけられたからだ。今まで以上にキツく睨みつけられて、心臓がヒュッとなる。

 こわい。

 本能的にそう思った。肉食獣に睨まれる感覚、っていうのかな。食われる。本当にそう思ったんだ。


 勝手に震えだした体を悟られないように、きつく手を握りしめる。そんな俺をどう思ったんだろう。マルクスが深く息を吐いたと思えば、



「……二度と言うな」



 反射的に頷けば、やっと放してくれた。だけどもう、シロの元まで駆け寄る元気もない。

 崩れ落ちるように、その場に座り込んでしまった。



「神子様、大丈夫? マルクスやっつけようか?」



「ハッ。お前ごときにやられる俺とでも?」



「神子様虐める奴は、誰だろうと許さない」



 シロとマルクスが喧嘩をしてる。二人を止めなきゃいけない、って頭ではわかってるけど……体が震えて、言うことをきかない。心臓はいまだにバクバクと激しく動いてて、二人の声さえ聞こえないくらいだ。

 呼吸さえできずにいると、ふと額になにかが触れた。



「ちょっと失礼しますよ」



 ふわりとぬくもりが体を包む。まるで温泉に浸かってるみたいな、体中から力が抜けていく感覚だ。自然と心臓も落ち着いてきて、俺はやっと新鮮な空気を取り込むことができた。

 はっはっ、と浅く呼吸を繰り返したあと、深く酸素を吸い込んだ。はー……やっと落ち着いてきた。

 顔を上げれば、にっこりと笑う人。いつの間にいたんだ。



「……ありがとう、ヒューイ」



「どういたしまして」



 ワシの獣人のヒューイは、獣人には珍しく回復魔法が使えるらしい。今のもきっとそれだ。本当に助かった。

 俺に魔法をかけるために、ヒューイは片膝をついていた。が、すくっと立ち上がるなり、



「で? 神子様を放置して喧嘩してるバカどもの言い訳を聞こうか?」



 ……なんかヒューイの回りの空気も冷たい気がする。でも俺が顔を上げれば、いつも通りの穏やかな笑顔を向けられるから、俺はそれ以上は気にしなかった。

 ヒューイが差し出した手を取れば、立ち上がるサポートをしてくれた。うん、もう大丈夫そう。足にもしっかり力が入る。

 ヒューイを見て頷けば、彼も安心したみたいだ。軽く俺の服を払いながら、



「今日の外出は俺も同行します。マルクスにばっかりいい思いはさせません」



 同行はいいけど、いい思い、とは? わからなくて首を傾げたけど、答えを教えてくれるつもりはないらしい。にっこりと笑うばかりだ。

 マルクスよりはとっつきやすいんだけど、いつも笑顔だからちょっと胡散臭いんだよね。マルクスよりはとっつきやすいんだけど。



「シロも一緒に行ける?」



「いえ、この巨体は目立ちますので……」



 ……だよね。なんとなくそんな気はしてた。

 シロへと視線を向ければ、シュンと落ち込んでるように見えた。いつもなら撫で回して励ますところだけど、今は触っちゃダメなんだっけ。マルクスの思い通りになるのは嫌だけど……また動けなくなるのも困る。恐怖に屈したわけじゃない。決して。



「お土産買ってくるよ」



「……ううん。神子様がちゃんと無事に帰ってきてくれたら、それだけでいいよ」



 聞いた? 聞きました? こんなに可愛いこと言われて、撫でないなんて無理でしょ。

 反射的に手を伸ばせば、シロも頭を下げてくる。ぺたんと床に寝そべっても、俺の身長じゃシロの頭には手が届かない。代わりにほっぺのあたりを撫でれば、シロは静かに目を閉じた。



「わかった。すぐに帰ってくるから」



「うん。待ってる」



 可愛い。こんなに可愛いシロを置いていかなきゃいけないくらいなら、出掛けなくてもいいのでは?

 そう思うんだけど、それはそれで許されないらしい。マルクスとヒューイに両隣を陣とられ、三人で横並びになって俺は部屋を出た。


















「うわぁ……!」



 街に入るなり、俺は思わず足を止めて感嘆の声を上げてしまった。

 だって、すごい。RPGの街並みみたい。レンガ作りの家と、道路の両サイドに所狭しと並んだお店。店番に立っているのは獣度の多い人たちで、右を見ても左を見ても前を見てももふもふだった。



「神子様、あまりお顔を出さないように」



「お前は目立つ」



「わ、わかってるよ」



 この世界の人たちは、何かしら獣としての特徴を持ってる。マルクスは猫耳尻尾だし、ヒューイは大きな翼があった。

 でも、異世界人の俺にはそういうものが何もない。出来るだけ目立たないよう、今だってフード付きのマントを羽織り、深くフードをかぶっていた。

 ちなみにこのフード、猫耳付きである。恥ずかしいにもほどがあるが、これも偽装の一つだから仕方ない。そう、仕方ないんだ。今は羞恥心は割り切るべきだと何度も自分自身に言い聞かせた。


 思考を切り替えて、初めての街を楽しむことにする。街どころか、部屋の外に出るのも初めてだ。用事がある人はみんな部屋に来たし、俺はシロがいれば外に興味もなかったし。

 ……もしかして、だからマルクスが無理やりにでも連れだそうとしたのか? ヒューイもいる、ってことは独断じゃないんだろうけど……まぁいいや。とりあえず楽しもう。うん。


 ふらふらと一番手前の店を覗き込めば、甘い匂いが鼻いっぱいに広がった。



「いらっしゃい。好きなだけ見て行ってくれ」



 うわぁ。桃っぽい果物だ。イチゴっぽいのもあるけど、どっちもサイズが知ってるものじゃない。俺の顔くらいはありそうだ。



「食べますか?」



「いや、このサイズは流石に」



 気になるけど、これを食べたら腹いっぱいになる気がする。他にも美味しそうな匂いはいろんなところからするし、勿体ない気がした。

 んだけど。そう思うのは、俺だけらしい。



「食べきれない分は、そこの大男にやればいいんですよ。これとそれを一つずつ、カットもお願いします」



「はいよ!」



 ヒューイが大きい桃とイチゴをそれぞれ指差せば、すぐに店員さんが返事をする。で、上へと放り投げたと思えば、取り出したナイフで空中で切り分けてくれた。



「おおおお!!」



 何だ今のすごい! マンガとかではよく見るけど、現実では見たことない奴だ!

 思わず拍手を送れば、店員さんは驚いたように目を丸くした。でもすぐにニカっと笑って、



「ずいぶんと素直な子供だな。おまけにミルクをかけてやろう」



「へ?」



 こ、子供!?

 上から吹き出す声がして見上げれば、マルクスが肩を震わせている。くっそ、この巨人め!


 この世界の人たちは、基本的に体が大きい。マルクスは二メートルを大きく超えてるし、ヒューイも二メートル以上あると思う。でも二人が特別大きいわけじゃなく、基本的にみんな似たようなものだ。いや、マルクスは筋肉が付いてる分、余計にでかく見えるけどさ。

 ちなみに俺は170センチぎりぎりないくらい。日本人としては平均身長だと思うけど、まさかの子供サイズとは。どうりで今まで同じ身長の獣人に会ったことないわけだ。


 子ども扱いは嫌だけど、ミルクをかけてくれる好意は嬉しい。お礼を言って受け取れば、「まいど!」と営業スマイルで返された。

 とはいえね、カットされたとはいえ、元は俺の顔サイズの果物だ。入ってる容器がもうでかい。両手で抱えないと持てないほどに。



「持ちましょうか?」



 ヒューイに言われて、少し迷ってから預かってもらうことにした。でもその前に、せっかくだから剥きたてを一つ食べたいな。

 貰った器の中身を、じっと見る。うーん、どこからどう見ても桃とイチゴ。中身まで完璧だ。手で持っていいかな? まぁフォークとかないし、手掴みで食べるものだろう。そう判断して、食べやすそうなイチゴを一つ手に取って、口へと放り込んだ。



「……んま」



 なにこれ甘い。じゅわっと口の中に広がる甘みは、イチゴなんてものじゃない。今まで食べたイチゴなんて比較にならないくらいに甘いわ。でも甘すぎるってわけでもなくて、後からちょっと酸味もくる。美味しい。本当に美味しいよ、これ。

 調子に乗って、今度は桃も食べてみる。こっちは知ってる桃よりもシャリシャリしてる。凍らせた桃みたいな食感だけど、味は桃そのものだ。そんでやっぱり甘い。美味しい。



「気に入りましたか?」



「うん。どっちも好き」



 素直な感想を口にすれば、何故かヒューイが口元を覆った。

 あ、ヒューイも食べたいのかな。どっちにしろ、俺一人じゃ全部食えないもんな。

 そう思って、俺はまた新しいイチゴを手に取って、ヒューイに差し出した。



「はい」



「え」



「ヒューイもどうぞ」



 食べたいんでしょ?

 促すように手を伸ばせば、ヒューイは少しだけ躊躇ってから……背中を丸めて、俺の手からそのままぱくんとイチゴを食べた。



「ああ、本当に甘いですね」



 いつもと何かが違う笑顔が、目の前で咲く。少しだけ垂れたミルクをぺろりと舐める仕草に、ぶわっと体中に熱が上がった。



「んな……な!?」



 いや、だって、俺は手渡しするつもりで差し出したんだ。そのまま食えなんて言ってない。

 なのに、なん……なんでそのまま食べたんだよ!?

 慌てる俺に、ヒューイは何故か楽しそうだ。鼻歌でも歌いだしそうなくらい上機嫌な彼とは対照的に、低い声が聞こえてきた。



「ヒューイ」



 ヒェッ。

 声の主が誰かはわかってる。マルクスだ。比較的いつでも怖いけど……今は、聞いたことがないくらい低い声だった。

 怖すぎてマルクスの方を向けない。ヒューイのせいで上がった熱が、一気に冷めた。だというのにヒューイは相変わらず上機嫌に、



「神子様がしてくれたことです」



 なんて、何故か俺を巻き込んできやがった。

 いや、何故かじゃないな。俺のせいか。行儀が悪かったとかそういうこと? 二人とも国のお偉いさんっぽいし、立ち食いとはいえマナーがあるのかもしれない。いや、でも俺は手渡しするつもりだったんだ。……あ、そっちの方がマナー的に悪いとかそういうこと!? 箸渡し的な!? 器ごと差し出したほうがそりゃいいよな!?


 恐る恐るマルクスの方を振り返ったけど、怖すぎて彼の顔は見れない。



「……ごめん、もうしない」



 だから下を向いたまま謝ったんだけど。マルクスは何の反応もしなかった。

 俺たちの間に沈黙が流れる。気まずい。気まずすぎる。視線を落とせばまだ抱えたままの果物が目に入って、俺は気まずさから逃げるようにまた桃へと手を伸ばした。

 これがいけなかったらしい。



「わっ!?」



 桃を掴んだ手を、誰かに捕まれる。顔を上げれば、そこにいたのはまさかのマルクスで。

 手にしていた桃を、そのままばくりと食べられてしまった。



「なん!?」



「……あっま」



 べっ、と舌を出した様からするに、マルクスの口には合わなかったんだろう。ってか、俺もヒューイも甘いって言ってんだから、甘いのわかってただろ!? いや、そうじゃなくて、マナーが悪いんじゃなかったのか!?

 絶句している俺を見て、マルクスは意地悪く笑う。お前、本当になんなんだよ!? 全く理解できないんだけど!!


 マルクスを睨んでも、全然効いてる様子はない。くっそ。

 これ以上の反抗方法を俺は持ってない。仕方なく視線を反らして、今度こそ自分の口に桃を放り込んだ。うん、美味しい。こういう時は美味しいものを食べるに限る。

 そういえば、思ったよりミルクいっぱい入ってるな。練乳とも違って本当に普通の牛乳なんだけど、これって最後に飲んでいいのかな?



「ヒューイ、このミルクって飲んでいいの?」



「ええ。最後に飲むと、果汁と合わさって美味しいですよ」



 なるほど、カットしてもらったからか。ミックスジュースみたいになるのかな。いいことを教えてもらった。

 最後にイチゴをもう一つ口に放り込んで、残りはヒューイに預けた。ヒューイは収納魔法が使えるらしくて、その中にしまってしまう。荷物持たなくていい、って便利だよね。俺もあの魔法使いたい。


 それからもふらふらと思うがままに街を歩く。食べ物もいろいろあったけど、全部ビックサイズだ。ミニトマトが普通のトマトのサイズだった。ミニの意味、調べ直したほうがいいと思う。

 ビックサイズなのは食べ物だけじゃない。アクセサリーとか、服とか、そういうものもビックサイズ。で、気付いたけど家や屋台自体も大きいと思う。もちろん、道も広い。車が4台くらいは通れそう。屋台を見る人がいても、通行には影響がないように見えた。


 獣人たちも大きくて、マルクスとヒューイが普通サイズ、っていうのもやっと実感が持ててきた。子供に見間違われたけど、俺と同じくらいの身長の人には一人も会わない。基本的にみんな大きくて、俺はずっと上を見上げながら歩いてる感じだ。

 あまりにも上ばっかり見てるから、途中からはヒューイに抱き上げられてしまった。屈辱。



「子ども扱いやめろ!」



「でも見やすいでしょう?」



「…………」



 それはね、本当にそう。この街、俺のサイズでは作られてないんだな、ってのがよくわかる。視線があがるだけで、一気に見え方が変わったわ。

 反論できなくなった俺を、ヒューイは上機嫌に抱え直した。マルクスがじっと睨んでるのがわかったから、その意味でも俺はヒューイを頼ることしかできなかった。


 視線が上がったことで、面白そうなものを見つけることも増えた。俺が興味を持ったものは、ヒューイかマルクスのどっちかが買ってくれる。二人ともお金には困ってないらしい。言ってみたいよ、そんなこと。

 っていっても、あんまり買ってもらうのも悪いから、ちゃんといらないものはいらないと言っている。シロへのお土産だけは忘れず買ってもらったけど、二人とも何故かいい顔はしなかった。本当に何でだ。


 見るものすべてが真新しくて、ついいろいろと見てしまう。ヒューイに抱っこされてるから、歩き疲れることもない。

 むしろヒューイが疲れたんじゃないかと思って、



「ヒューイ、俺を抱いたままで疲れない?」



「全然。神子様は羽のように軽いですね」



 だって。んなわけあるか。こちとら成人男性だぞ。そりゃあ、獣人たちに比べたら身長も筋肉もないかもしれないけど……うん……羽は言いすぎだと思う。



「疲れたら俺が変わってやる」



「いや、それはちょっと」



 ヒューイはともかく、マルクスに抱っこされるとか何の拷問。絶対に嫌だ。

 意思表示のためにヒューイに抱き着けば、ヒューイもヒューイで俺を抱く手に少しだけ力を込めた。マルクスの眉間に皺が何本か寄ったけど、何が気に入らないのかさっぱりだ。ヒューイが疲れたら、その時は自分の足でちゃんと歩くだけだよ。

 俺がそう言おうとした、その時だった。


 ゴッオオオン!!


 急に盛大な音が響いて、体が揺れる。何、と思う前に、マルクスが俺たちの前に立ちはだかった。その手には、さっきまではなかった大剣が握られている。



「な、何!?」



 本当に何?! 何が起きたんだ!?

 マルクスの視線の先を追いかけ、空を見上げた俺は……見たこともない異形の集団を見つけて、ヒュッと息を飲んでしまった。


 なんだ、あれは。獣人じゃない。マルクスも怖いけど、そういうのとは根本的に違う。

 アレは、よくないものだ。


 本能的な恐怖で、無意識にヒューイの服を握りしめた。ヒューイは俺を安心させるように、ぽんぽんと背中を叩いてくれる。



「大丈夫。貴方には指一本触れさせません」



「ハッ。これだけ接近されるまで気付かなかったくせに」



「それに関しては申し訳ありません。まさかこんな昼間から、王都のど真ん中に現れるとは思っていなかったもので」



 なんだ。何の話をしてるんだ。

 説明を求めてヒューイを見ても、ヒューイでさえも俺の方を見ようとしない。それでもちゃんと答えを教えてくれた。



「あれが魔物です。この世界を滅ぼす悪しきもの」



「あ、れが……」



「心配するな。あれしきの数、俺一人で十分だ」



 言葉と同時にマルクスが走り出し、建物を足場に空へと駆け上がった。猫は跳躍力もすごい、っていうけど、本当にその通り。ヒューイみたいに羽が生えてるわけでもないのに、軽々と空まで上がっていった。



「ッラァ!!」



 声とともに剣をふるえば、魔物の首が一刀両断された。嘘だろ、と思う間もなく、真っ二つになった魔物が血とともに降ってくる。

 ヒッ……!?



「あんの馬鹿!!」



 悪態とともにヒューイの指が空を撫でる。それだけで、落ちてきていたモノは炎に包まれて燃え尽きた。

 すごい連携だ。でも、正直なところ、俺はそれどころじゃなかった。

 頭痛がする。耳鳴りも。心臓はドクドクと脈打ってるのに、体中から体温が消えたように寒い。



「ヒューイ、ひゅ、い」



「神子様?」



 握りしめたヒューイの服は、きっとしわくちゃになってるだろう。それでも、俺は力を抜けない。



「なにか、くる。あれじゃない。もっと、もっと、いやなもの」



 呂律もちゃんと回ってない。ちゃんと伝わったかな。伝わっていてほしい。俺、もう満足に話せそうにないから。

 俺の様子に気付いて、ヒューイが両手でしっかりと俺を抱き直してくれた。ああ、たぶん回復魔法をかけてくれてる。でも俺は回復するどころか、どんどん呼吸が浅くなっていった。

 心臓が何かに鷲掴みにされてるみたいだ。体も象にでも踏みつけられてるみたいに重い。呼吸をすることさえ満足にできない中で、



「……くる」



 俺が呟くと同時に、雷が落ちて空が割れた。気付けばマルクスも俺たちの隣に戻ってきてたけど、今の俺はそれどころじゃない。

 顔を上げちゃいけない。ソレを見てはいけない。本能がそう告げている。今きたモノは、よくないものだ。絶対に見ちゃいけないのに。



「    」



 聞き慣れない言葉が、耳に届く。そう、聞いたことのない言葉だ。なんて言ってるかなんてわからない。

 わからないのに、俺を呼ばれたのだとわかってしまった。


 ゆっくりと顔を上げる。さっきまで晴れ渡っていた空は、気が付けば夜みたいに真っ暗になっていた。

 稲光だけが輝く空で、黒い何かが俺を見ている。


 ああ……あれを、あの人を、俺は知ってる。会ったことなんてない。

 だけど、知ってるんだ。



「…… 」



 体が勝手に動く。手を伸ばし、その名前を呼ぼうとして……



「ケイ!!」



「っ!!」



 マルクスに呼ばれて、はっと我に返った。



「ヒューイ! しっかり見張ってろ!!」



「わかってる!!」



 ヒューイが俺の伸ばした手を掴んで、無理やり下ろす。と同時に、マルクスが再び地面を蹴って、黒い彼に切りかかった。



「! だめだ、マルクス!!」



 わかる。今のマルクスじゃ彼には勝てない。マルクスだけじゃない。ヒューイだって無理だ。共闘したところで、生きられる時間が数分伸びる程度だろう。彼とは大きすぎるほどの実力差がある。

 だからこそ、戦わないことが最善だ。



「ヒューイ、マルクスを止めて!」



「ですが」



「っ! いい、自分でやる!!」



 躊躇ってる時間なんてない。ヒューイが出来ないなら、俺がやるだけだ。


 ヒューイの腕から飛び出して、両手を掲げる。魔法なんて使ったことない。使ったことないけど。

 どうすればいいかは、体が知っていた。


 掲げた手が熱い。熱さに比例するように、光が集まってきた。だけど眩しいとは思わない。

 だってこれは、みんなを助ける光だから。


 ヒューイが驚いているのが分かる。マルクスも眩しさに目が眩んだのか、まっすぐに落ちてきた。

 それだけじゃない。夜空に浮かんだ異形の者たちが消えていく。そして――

 ただ一人浮かんだままの君は、俺をまっすぐに見下ろした。



「……また迎えに来る」



 脳裏に直接響いた声は、彼のものだろうか。俺はイエスともノーとも答えられなかった。

 光に溶けるように、彼の姿も綺麗に消える。と同時に、俺は全身の疲労感に耐え切れず、そのまま意識を手放した。

















 ふわりふわりと意識が浮遊する。まるで空に浮いてるみたいで、気持ちがいい。もう少しこのままでいてもいいな。

 そう思った時だった。



『……ま…………さま…………神子様!!』



「っ!!」



 何かを乞うような呼び声に、弾かれるように体を起こす。途端、体に信じられないほどの重みが加わった。



「神子様あああああ!!」



「…………し、ろ」



 シロに飛び乗られたのか。そりゃあ動けないわ。

 押し倒されるように、ベッドに体を預ける。そんな俺の顔を覗き込みながら、



「神子様、どこか痛いところはない!? 気持ち悪いとか、違和感があるとか、何もない!?」



「んー? とくには……」



 ない、と言おうとして、違和感に気が付いた。

 体がだるい。いや、シロに乗られているせいじゃなくて。風邪を引いて熱が出てる時みたいな? 指一本、動かすのが億劫というか、いや、これ、指一本動かせないな?



「どこか変なの!?」



「……ちょっと、からだうごかない」



 指だけじゃない。呂律もちゃんと回ってない気がする。こんな状態でよく起き上がれたな、数秒前の俺。いや、もしかしたら俺が起き上がったと思っただけで、本当は起き上がれてなかったのかもしれない。


 シロが大きく目を見開いて、わたわたとあっちこっちを見比べている。心配かけちゃったのかな。申し訳ない。でももふもふがくすぐったいよ。

 思わず笑い声が零れた、次の瞬間だった。



「ケイ!」「神子様!!」



 けたたましい音とともに扉が開いて、マルクスとヒューイが入ってきた。二人だけじゃない。他にも何人か、名前を知ってる人も知らない人も入ってきた。

 でもマルクスとヒューイの勢いは、他を凌駕してた。シロを押しのけたと思ったら、



「ああ、よかった! もう目を覚まさないかと……っ」



「へ?」



「もう二度とあんなことはするな!!」



「ん?」



 右手をヒューイに、左手をマルクスに握られる。それだけじゃなくて、ヒューイはぐりぐりと額を押し付けて来るし、マルクスに至っては尻尾が俺の腰に巻き付いて放れない。

 なんですか、この状況は。

 助けを求めるようにシロを見れば、



「神子様、三日間も眠ってたんだよ」



 なんて信じられないことを教えてくれた。



「……みっか? まじで?」



「大マジだ!!」



「うぎゃっ」



 腹に巻き付いた尻尾の力が強くなって、思わずうめき声が出た。それを聞き逃さなかったんだろう。

 二人と一緒に入ってきた数人のうち一人が、マルクスのことを思いきり殴りつけた。



「ぐっ……」



「目覚めたばかりの神子様に、無体を働く気か?」



「…………」



 いや、言い方。まぁ大枠では間違ってないかもしれないけど。

 ゆるりとマルクスの尻尾が外れたと思えば、するりと頬を撫でられた。驚いてマルクスを見れば、彼は見たことのない表情で、



「すまなかった」



 と謝るものだから、大げさじゃないかと思ったんだけど。



「あんな失態、二度としない」



「私もです。貴方を前線に立たせるなんて、二度としません」



 ……ああ、そうか。俺、あのまま倒れたのか。

 二人の表情を見れば、どれだけ心配してくれたのか痛いほど伝わってくる。そう思うと、口が勝手に動いてた。



「おれも、とびだしてごめん」



 手は動かないから、口で言うのが精いっぱい。それでもせめてと頬に触れる大きな手にすりと頬擦りすれば、何故かマルクスは固まってしまった。まぁ静かになったんなら、それでいいや。


 記憶を手繰る。あの時は無我夢中で、自分が何をしたのか覚えていない。でも、彼を退けることには成功したんだろう。マルクスとヒューイが元気そうなことがその証拠だ。

 そう、彼。俺は彼を知っている。また迎えに来る、って言ってたっけ。それを嬉しいと思ってしまうこの感情は、いったい何なんだろう。でも嬉しいだけじゃなくて、怖いという気持ちもある。相反してるよな。自分でもよくわからないや。


 考え込んでしまった俺に、また違う獣人が声をかけてくれた。



「神子様、喉は乾いていませんか?」



「食欲があれば、食べ物も用意しますが」



 言われて、喉の渇きと空腹を一気に自覚した。返事をしなくても、それが伝わったらしい。

 水の入ったコップを差し出される。だけど受け取らない俺に、みんなが不思議そうな顔をした。



「ごめん、てがうごかない」



 言われてマルクスとヒューイがぱっと俺を放してくれたけど、それでも俺は動かない。

 そこまで来て、やっと俺の状態を正しく把握したらしい。



「失礼します」



 って、ヒューイが回復魔法をかけてくれたけど、残念ながら効果はなかった。


 ヒューイが名前も知らない人を振り返る。この人も鳥なのかな。ヒューイに負けず劣らない大きな翼の獣人が、優しく俺の手を取った。

 途端に、体中を何かが駆け巡る感覚。きもちわるい、と思った次の瞬間には、彼は手を放してくれた。



「……神聖力がほとんど残ってない。これは回復するまでは動けないな」



 神聖力? なんだ、それ。初めて聞いたんだけど。


 俺は初耳だけど、他の人には通じたらしい。マルクスとヒューイが何とも言えない顔をしたけど、何か言う前にシロが俺のベッドに飛び乗った。

 で、尻尾を俺に巻き付けたかと思えば、優しく体を起こしてくれる。そのまま倒れないように背もたれにまでなってくれるんだから、本当に優しい。



「僕が飲ませる」



「いや、だが」



「今の僕はただの猫。誰かが神子様の世話をするなら、僕がする」



 ……なんだ、この空気は。水飲ませてもらうだけなのに、なんか大げさじゃないか?

 そんな俺の疑問はシロには伝わったんだろう。ぐいっと顔を近づけてきたと思ったら、



「いい、神子様。この世界では、手ずから水を飲ませたり食べ物を与えたりするのは、求愛行動だよ。親が子にするならともかく、それ以外でしちゃ駄目だからね」



 …………は? い、いま、なんて?



「きゅ、きゅうあいって、これは」



「介護だとしても駄目。家族以外がするのは駄目。僕以外から食べ物与えられても、食べちゃだめだよ」



 まっ……待ってくれ!!


 俺、あの日街で、イチゴと桃をマルクスとヒューイに食べられたが!? あの時の二人の反応、そういうことだったの!? なんならあの後も、両手が塞がってる時は食べさせてもらったりしましたが!?

 いや、待て。でも、



「おれ、おとこ……」



 マルクスもヒューイもどこからどう見ても男だ。俺だって、二人から見れば子供扱いしたい体格かもしれないが、れっきとした男。男同士で求愛も何もないと思うんだが。

 シロは信じられないことを口にした。



「街でメスを見なかったでしょ? この世界ではメスは貴重すぎて、ほとんど出てこない。オス同士の恋愛なんて普通だし、子供だってできるよ」



 なななななんだって? 何だって!?!?!?


 弾かれるようにマルクスとヒューイを見た。が、ヒューイは穏やかに笑うだけだし、マルクスはふいとそっぽを向くだけ。でも俺の気のせいじゃなければ、二人とも顔が赤い気がするんだけど!

 これを衝撃と呼ばずしてなんて呼べばいいんだ。今でも十分に驚いてるのに、シロはまだ止まってくれない。



「獣人たちは本能的に神子様に好意を抱きやすいんだ。絶対、絶対に、食べ物を与えちゃ駄目だからね!! こいつら、すぐに誤解するんだから!!」



 ごめん、シロ。それ、もう1週間くらい早く教えてほしかった。


 俺の困惑をよそに、シロが水を飲ませてくれる。よほど乾いていたのか、すっと体に染み渡る感じだ。

 同時に、ふつりふつりと羞恥心が沸き上がってくる。なんだよ、求愛表現って。俺が知らない、ってわかってるくせに、何で二人とも教えてくれなかったんだ!!

 「なんでだよ!!」って思いっきり叫びたい。叫んで発散できればよかったのかもしれないが……そうするだけの元気もなく。

 みんなに見守られる中、シロに水やスープを飲まされた後。俺は現実逃避をするように、意識を手放した。














本文には入りきらなかった蛇足の人物紹介



ケイ

ある日突然異世界転移した。動物好き。

事情は理解したが、誰にも強要されないのでシロと部屋に引き籠っていた。

ゲーム好きというわけではないが、もふもふの多い世界と見慣れない街並みに、好奇心はうずきだしている。

が、やっぱり戦闘は怖いので、出来るだけ引き籠っていたい。



◇マルクス

虎の獣人。腕力自慢の大剣使い。魔法は苦手。

圭が召喚された時、あまりにも小さくて細い体に、「俺が守らなくては」と思った。

圭がシロばかり可愛がるのが面白くない。

結果、シロと喧嘩ばかりしているため、圭から見ると印象最悪。

少しでも挽回したいと思っているが、根が不器用なので空回ることの方が多い。



◇ヒューイ

鷲の獣人。腕力よりも魔法が得意。獣人には珍しい回復魔法も使える。

圭が召喚された時、彼が降ってくる光景があまりにも神秘的過ぎて、「俺の神様」と思った。

圭に対しては丁寧な態度で接してくるが、根はそうでもないので、マルクス相手だと言葉も荒くなる。

外出はマルクスの独断で決まったが、他に誰がついていくかで獣人たちでひと悶着あった。

「いざという時に回復魔法使える人は必要」の一言で勝ち取り、デートのつもりで楽しんでいた。

ら、あんなことになったので、少しだけトラウマになる。



◇シロ

巨大な喋る白い猫。

護衛も兼ねているので、常に圭の近くにいる。

圭が大好きで、圭からも大好きと言われるため、獣人たちにドヤ顔をしている。

ただの巨大な猫ではないっぽいが……?



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