理想郷
草木生い茂る深い密林の中、
「はぁ、はぁ、はぁ!」
一人の青年が息を荒げながら走っていた。
カーキ色のつなぎ姿。地表に飛び出た根など気にもせず、ただ前へと突き進む。
しばらくし、青年が開けた場所へと辿り着いた。
息を切らせたまま、辺りを見渡す。
まず目に入ったのが、広場の中心に出来ていた穴だった。
四方形に掘られたそれは、長さで言えば約十数メートルぐらいはあり、深さは人の膝ぐらいまであった。
穴の所々には赤白のポールが立てられ、その間に張られた白のロープがその場所を様々な形で区分していた。
その中央、そこに一人の男がいた。
長袖の作業服。両膝を地に付け、顔を地面に寄せては白の手袋をはめた右手を頻りに動かしている。
青年は急ぎその男の下へと駆け寄った。
「はぁ、はぁ……父さん……」
男の横に来た青年が呼びかける。
「おお、見ろ、あと少しだ。あと少しで取れる」
男は青年の方へと顔を向けることはなく、ただ一心に右手を動かし続けていた。
動かす右手の先、そこには土に埋められた人骨の左手があった。
薬指の辺りには木でつくられた指輪が埋められており、半分以上が地上へと掘り起こされていた。
男は手にしてる竹べらを使い、慎重に、そして少しずつ周りの土を削っていく。
青年はその姿を、ただ横で静かに見守っていた。
「……よし!」
男が声と共に、土に埋まっていた指輪を掘り出した。
手に乗せ、付いている土を手ぼうきで丁寧に取り除いていく。
「ほら、見てみろ」
男が親指と人差し指の間に指輪を挟み、それが青年に見えるよう手を伸ばした。
空から注ぐ太陽の光により、その刻み込んである木目がより一層浮かび上がる。
「何か入れ物を――、テントの中にあるはずだ、持ってきてくれ」
男の言葉に、青年はうなずいた後、広場の入り口に設置してある屋根付きのテントへと走った。
色々な機材や道具の置かれたいくつものタープテントの中から、タッパー容器の置かれた机を目指し、そこから一つを手に取――。
「な、なんだ!? なんだお前達は!!?」
突然、広場から怒号にも似た声が響いた。
青年がタッパーを手にし、急いで広場へと戻る。
そこには穴の中心で立ち上がり、青年の左側――西の方へと向いて一人叫ぶ男の姿があった。
「来るな! 来るんじゃない!!」
何かに怯えたように何度も左手で正面を払い続ける。
青年が男の払った先へと目を向ける。
しかし、そこには人の姿どころか、何かのモノ一つすら見当たらなかった。
「やめろ!! やめろ!!」
男は狂ったように叫び続け、そこから逃げ出すように、突然背を向け走り始めた。
だが、
「――ッ!!」
地面に置かれていた道具に足を取られ、そのままうつ伏せに倒れた。
どしっと重たい音の後、すぐに身体を上げ、後ろへと振り返ると同時に体勢を仰向けに戻した。
「やめろ!! やめてくれ!!!」
尻餅をついた姿勢で両手を前に突き出し、顔を背けた、瞬間――男の首が宙を舞った。