一節:事件の概要
玄関が開くと同時、制服姿の龍麻が現れた。
どこか疲れたような表情で靴を脱ぐ、その中――、
「……ん?」
ある物が目に入り、表情を変えた。
土間の所に見馴れない女性の靴があった。
「誰だろ……」
そう呟きながらも、もう片方の靴を脱ぎ、そして居間へと続く引き戸を開けた。
「あっ……」
その口が思わず開いた。
まるで蛇に睨まれたカエルのように、ただ一点を見つめたまま動かない。
部屋の中央に置かれた机の左側、そこにはあの葉月織の姿があった。
黒のセミロングに、左目尻の下には泣きぼくろが一つ。
龍麻にとっては決して忘れる事のない、あの顔がすぐ目の前で座っていたのだ。
言葉を失い立ち尽くす中、龍麻が視線を右へと向けた。
そこにはベッドに寄り添うようにして座る麻祁の姿があった。
「あ、あさあさ……」
人差し指を葉月へと向け、何かを伝えようと必死に言葉を出す。
二人は表情も変えず、振るえている龍麻を見続け、
「まあ、座ればいいよ」
麻祁が先に声を掛けた。
龍麻は何も言わず、すぐさま鞄を床へと置き、二人に挟まれる形でその場所へと腰を下ろした。
ふと、龍麻の目にあるモノが入ってきた。
それは机に散らばめられた数枚の写真だった。
目を細め、そのうちの一枚に顔を近づけて……
「うっ……」
そして、歪ませた。
眉間にシワを寄せ、麻祁に問い掛ける。
「な、なんだよこれ……」
「死体だよ、死体。見れば分かるだろ?」
「それはそうだけど……でも……」
龍麻がその写真を手に取り、もう一度目を向けた。――そこには一人の女性が映っていた。
どこかの公園だろうか。
写真の奥には滑り台などの遊具が写っており、それらの手前側――土の上に、その女性は寝転んでいた。
黒の長髪にラフな格好。街を歩けば、どこにでもいるような
夏の季節に合わした姿をしている。
ただその写真には、見ただけで違和感を感じるものが共に写されていた。
女性の周囲、そしてその上に複数のゴミが散りばめられていた。
種類は缶から始まり、ペットボトル、プラスチックの袋や容器、そして折れた枝や葉っぱなど、さまざまな種類のものが目に入る。
さらに、それを中心とするように、そこからは赤黒い血が広がり、まるで池のようにして周囲のゴミをその色で染めていた。
龍麻はシワを顔に作ったまま、その写真を置いた。
「普通じゃないよこれは……」
「では、これはどうですか?」
葉月が突然、左端に置いてあった写真を手に取り、龍麻の目の前に差し出した。
「……ヒイッ!!」
視界にそれが入った時、引きつったような声を出し、肩を大きく上げた。
「ば、バカ! そんなの急に見せるなよ!!」
顔を右へと逸らし、左腕で顔を防ぐ。
「ならこっちはどうだ?」
今度は右側から、別の写真が龍麻の前に現れた。
「だから急に見せるなって!!」
写真に挟まれ、逃げ場をなくした龍麻は両手で頭を抱えた。
怯えるようにして顔を下へと伏せる。
「まるで亀だな。……さて、それじゃ後は頼む」
手にしていた写真を机に置き、麻祁が立ち上がる。
「頼むって、何するんだよ?」
龍麻は急ぎ顔を上げ、麻祁へと向けた。
「今日は私が食事当番だ。私は自分の役目はちゃんと全うするタイプだから、今日は作らないといけない。だから、その間葉月と一緒に、この写真の一枚一枚を確認していてくれ。ちゃんと説明聞いて、しっかり映ってる物の一つ一つを確認するんだぞ?」
台所へと向かい、麻祁が一歩踏み出す。
「ああー! ちょっと待って!」
それを止めるかのように、龍麻が立ち上がり、両手を麻祁の前へと突き出した。
「ははっ、今日は俺が作るよ。ほら、聞いてもわかんないんだしさ」
ぎこちない笑顔を浮かべたまま、前に出した両手で麻祁の肩を掴み、元の場所へと座るように軽く押した。
急ぎ足で台所へと消えて行く龍麻の後ろ姿を、今だに写真を持っていた葉月は見続けていた。
居間から消えた背中は今、開けられた引き戸の隙間から見える台所で忙しく行き来している。
「……本当に大丈夫なんですか?」
葉月が声を落し、問い掛ける。
「案外頼りになるよ」
それに対し、麻祁はそう言って頷くだけだった。
二人が開かれた引き戸の方へと顔を向ける。――龍麻は動き続けている。
「今日は葉月も一緒に食べるから」
「――え?」
麻祁の言葉に、龍麻が引き戸から顔を覗かせた。
「食べるの? それなら三つ作らないと……」
「私はアッシェ・パルマンテイエがいいです」
「アッシェ……なに? そんなの言ったところでもう作れないぞ」
「なら私はエッグズベネディクトがいい」
「だから、なんなんだよそれは!? さっきから訳の分からないこと言うなよ!! ああ、もう!! もう勝手に作ってるからさ、それでいいだろ!?」
その言葉を最後に、龍麻は二度と顔を覗かせる事はなかった。
葉月と麻祁は再び顔を見合わせた後、机に並べられた写真へと向けた。
二人の前に置かれた五枚の写真。葉月が手に持っていた一枚をその中に足す。並ぶ六枚目、そこに映っていたのは、女性の死に顔だった。
黒のセミロングに見開いた目。口元には赤黒い血が大量にこびりつき、まるで口紅を塗りたくったようになっている。
石像のように固く止められた表情から伝わってくるのは、ただ一言――絶望。まさに、希望などひと微塵もなかったのだろう。
彼女が体験したであろう恐怖、その一瞬の心情がそこに現されていた。
「自宅の方はどうだった?」
麻祁の問いに、葉月はすぐに答えた。
「姉様の仰った通り、同級生や学校関係者を集めて、お別れ会をしてました。時間にして、大体三十分から一時間ぐらいですね」
「記者の姿は?」
「疎らでした。報道規制の影響だと考えられます」
「他に変わったような所は?」
「ありませんでした。同級生の方、皆さんが泣かれてましたよ」
「ん……」
葉月の言葉にどこか腑に落ちないのか、麻祁は机の写真に顔を落とし、何かを考え始めた。
その姿に、葉月もそれ以降は口を開かず、ただ向けられた頭の天辺をじっと見続けていた。
机の上に置かれた時計の針が、静かに歩を進める。
「ほらほら、出来たよ!」
その空気を裂くかのように、突然横から声が聞こえた。
二人が顔を右へと向ける。そこには制服姿のままで、どんぶり鉢を二つ持つ、龍麻の姿があった。
「それ、どかしてくれないと置けないだろ?」
その言葉に二人は、写真を自分の横へと移動させた。
重たい音と同時に置かれるどんぶり。中を覗いて見るとそれは親子丼だった。
鮮やかな黄色。立ち上る湯気からは鶏肉と卵、そしてダシの合わさった甘辛い匂いが鼻を抜け、部屋中を漂う。
渡される箸、二人がそれを受け取る――間もなくして、三つ目の重たい音が机から響いた。同時に龍麻がその前へと座る。
「親子丼ですか……」
不思議そうに中を覗く葉月。
龍麻はどんぶりと箸を手に持ち、卵とご飯を共に掬っては口の中へと入れ、言葉を返した。
「そうだよ。冷蔵庫の中に鶏肉もあったし、それが早かったから」
葉月は箸を持ち、卵だけを掬い口へと運ぶ。
「……食べれなくはないですね」
「え? そんな心配してたの……って、食えないものなんて作るわけないだろ」
「人の味覚というのは分かりませんから。……まあ、姉様が作ったつゆならば、どんな個性的な料理にでも合いますしね」
「え……」
葉月の言葉に、龍麻の箸が止まった。
「な、なんで麻祁が作ったつゆって分かったんだよ……?」
「わかりますよそれぐらい、他とは比べようにもなりません。ねえ、姉様」
葉月の言葉に麻祁が黙ったまま頷いた。
「そ、そうなんだ……」
龍麻が表情をひきつらせたまま、座る位置を少しだけ後ろへとずらす。その際、ある一枚の写真が目に飛び込んできた。
龍麻は魅せられたかのように、それを見つめる。
その視線に葉月が気付き、声を掛ける。
「気になりますか?」
「あ、……いや、ちょっとね……どこかで見たかなって……」
葉月が横に置いていた写真を手に取り、龍麻の前に出した。
「それならこの写真も見て、ぜひ何かを思い出していただきたいのですが」
上にあった公園の写真を下へと回し、恐怖で固められたあの女の写真を出す。
「や、やめろよ、突然! ……大体、今度は何の依頼なんだよ? 警察みたいに殺人事件の調査でもするのか?」
「その通り。今回は豊中町で起きた殺人事件での犯人探しの依頼だ」
麻祁の言葉に、龍麻はどんぶりを持ったまま、何かを考え始めた。
「豊中町……豊中町って、確か、ここから七駅ぐらいの所だっけ」
「そうだ。行った事あるのか?」
「僚と休みの時に何回か。駅から降りて少し歩いた所にあるお好み焼き屋が結構美味しくてさ。少し離れた場所にゲーセンもあったし、昼飯にはちょうど良かったんだよ」
「いつの時ですか? 最近?」
「ん……中三の時かな」
「とんだ悪ですね。親御さんの心中を察します」
「と、遠出ぐらい別にいいだろ! そりゃ、心配かけるから悪いとは思うけどさ……そういうのはちゃんと先に伝えているし……って、やっぱり見たことある公園だと思ったら、豊中町か……。でも、ニュースとかでそんなのやってなかった気もするけど……殺人事件なんていつあったんだ?」
「ほんの数日前ですよ。ニュースとか見てます? 今朝もちゃんと報道はされてました」
「そうなのか?」
「今、テレビを点ければ、どこかで流しているかもしれない」
「人ひとりは死んでますからね。周辺に住んでいる住人への注意喚起と、目撃情報の提供を呼びかける為に、今も報道している可能性はあります」
三人が、部屋の角に置かれた画面の映ってないテレビへと視線を集中させた。
テレビのリモコンは龍麻よりも遠く、二人の間の先にある。
だが、その前にいるはずの二人はそのリモコンを取る意思さえも感じさせない。
ただ、じっと、三人で真っ暗なテレビを見続けている。
先に痺れを切らしたのは龍麻だった。
「リモコン! 誰か点けないと見れないだろ?」
「私は見なくても知ってるからいい」
「前に同じく」
「俺は何も知りません!!」
腹を机へと擦り付け、精一杯体を伸ばし、リモコンを手に取る。
右上にある赤いボタンを押し、テレビの電源を入れた。
暗い画面から楽しいそうな笑い声と共に、複数の芸能人が姿を見せる。
龍麻はチャンネルを切り替え、そしてある報道番組へと変えた。
そこでは、特集の一つとして、豊中町の地図を使い、被害者である女性が通ったであろう当時の道筋と時間、そして事件について今判っている情報をこと細かく解説していた。
テレビに顔を向けたままの麻祁が、事件に関しての全容を説明し始めた。
「公園で死亡していたのは、そこから数十メートル離れた場所にある、豊中第一高等学校に通う三年生の高橋朱莉という女子生徒だ。彼女は十四日の夜に、この公園へと訪れ、そして誰かに襲われた。死体で発見されたのは翌日の朝になる」
「最初に発見したのは、その公園での散歩を毎朝の日課としていた近所の方です。すぐに警察での現場検証が始まり、遺体を検死に掛けたみたいですが、結局、直接的な死亡原因は分かっても、それを行なった犯人の動機や特徴みたいなのは推測出来なかったみたいで、更にはそれ以上の手がかりもないとの事で、現在警察の方もお手上げ状態のようですね」
「それじゃその事件の犯人なんて見つからないんじゃ? 証拠もないんだし、警察もお手上げなら、どうやってそれを……」
「地道な聞き込みと現場の再捜査で、また新たな手掛かりを見つけるかも知れませんし、それに今回は私達もいますから、何かは見つかりますよ」
「ほんとかよ……警察でも無理って言うのに……って、麻祁が受けるって事はさ……、もしかして犯人はマトモじゃないのかよ? 細菌とか……もしかして何かの大きな虫の可能性も……? 俺も襲われた事あるしな……」
「虫に襲われた? それは一体何の話ですか?」
葉月が箸を止め、興味がありそうに龍麻の方へと顔を向けた。
「え、……いや、あの……」
突然の問い掛けに、龍麻はどう答えていいのか分からず、返す言葉を失った。代わりに、麻祁が答えた。
「私と初めてあった時に、公園でカマキリに襲われたという苦い経験をしてるんだよ」
「カマキリ? カマキリというのは、あのカマキリですか?」
「ああ、全長八十七ミリぐらいの、こんなカマキリだよ」
麻祁がどんぶりを置き、親指と人差し指の間を少し離した状態で、それを葉月の前へと出した。
「そんなに小さくないだろ! なんだよそれ!」
「後、腕のここを切られて、泣き叫んでいた」
今度は左腕を出し、右手の人差し指で上から下へと素早く線を描き走らせる。
「ああ……」
その指の動きに全てを察したか、葉月は呆れたような視線で数回頷いた。
「お姉様の心中を察しします」
「ありがとうございます」
二人が互いに頭を下げる。
「ったく、もういいよ……大体なんで俺が……」
ふてくされて一人ぶつぶつと別世界に入り込む龍麻を余所に、麻祁が続きを話し始める。
「ただの殺人事件なら、犯人が誰であろうと興味はないんだが、今回の件は、誰がどう見ても、ただの、では済まない」
「死に方が変わっていたのか? でもさっきのニュースだと階段から転んだ衝撃で背中を強く打って、っていってたし……」
「背中を打つにも色々あります。あくまでも表現での配慮としてそう言うだけで」
「高橋朱莉の背骨は粉々に砕けていた。ついでに内臓もいくつか破裂している」
「その原因は誰かが階段から突き飛ばしたからだろ? 転げた時に背骨とか内臓とかが……」
「階段から落ちたのは確かだ。それに共に階段から転げ落ちた奴もいた。コイツだ」
麻祁が横に置いてあった写真の中から一枚を取り出し、机の真ん中へと置いた。
写真に映されていたのは、木で作られた大きなゴミ箱だった。
半壊し、ゴミと一緒にその木片を散らばせている。
「公園にあったゴミ箱だ。大型で中は分別するように区切られている。それが、高橋朱莉の背に直撃し、骨と内臓を破壊した」
「ゴミ箱の重たさは、外を覆う木材と中にあるポリバケツを含めると、約四キロ以上あるとされ、当時、中には色々なゴミが入っていたらしく、正確には分かりませんが、その重量は倍以上あったのでは? と考えられています」
「骨を折るだけなら物をぶつけるだけでも可能だが、それだけでは内臓を潰せるほどまでには至らない。司法解剖での見解では、背中に物を投げつけられた弾みで階段から落ち、その際内蔵も潰れたのではないかと判断した。警察もその内容で調査に入っている」
「それじゃ、やっぱ誰かが殺したんだ。ゴミ箱をぶつけてさ」
「四キロ以上の物を投げてか? ただ聞くだけならそう推測できる。だが、この写真を見ても、そう思えるか?」
その言葉の後、葉月がすぐに自身の横に置いてあった写真の中から一枚のレントゲンの写真を取り出した。
机の真ん中にそれが置かれた時、龍麻は目を見開かせた。
そこに映り出されていた背骨は、その言葉の通り粉々に砕かれていた。
「分かるだろ? ここまで砕かれるのに、ちょっとやそっとの力、ましてや物を投げつけただけでは到底不可能に近い。骨の一部が肉を突き抜けていたぐらいだからな、折れるじゃないんだよ、砕かれていたんだ」
「投げるだけじゃここまで砕かれないって言うのかよ?」
「普通は砕けない。例えるならそうだな、ドッチボールを想像すればいい。もし自分がよそ見をしていて、誰かが勢いよく投げてきたボールが腕に当たったとする。そいつ自身の骨の強さもあるが、大抵は無傷か運が悪いと折れるだけで済む。しかし、もしそいつが大きな空気銃のようなものでボールを勢いよく打ち出したとしたらどうする? 銃弾のような速さでボールが腕に突っ込んで来るんだ。腕までは吹き飛ばないが、確実に骨はバラバラになり、皮膚を突き抜ける。運が良ければ折れるだけで済むが、この写真が証明しているのは、そこに速さがあったという事だ」
「先ほどの公園の写真を見れば分かる通り、彼女を殺した凶器はゴミ箱以外には考えられません。擦り傷はあれど、刃物での切り傷や火薬などの火傷も見られませんし」
「つまり、誰かがあのゴミ箱を何らかの方法を使って高速で打ち出して、背中にぶつけた。というのか? ……そんな事って……」
「それを調べるのがこの依頼の目的だ。今日は犯人探しの為に、葉月に高橋朱莉のお別れ会に行ってもらった」
「ええ、誰かが密かに笑っていれば、すぐにこの事件も解決できると思ったんですけど、残念な事にみな泣いてました」
「明日も葉月には、高橋朱莉が通っていた豊中第一高に行って、内情を調査してもらう」
「え? 明日もって他の日も行っていたのか?」
龍麻の問いに、葉月が小さく頷いた。
「ええ、もう五日ぐらいそこの生徒として登校しています」
「登校って……よくばれないよな……麻祁もそうだけど……」
「多くの生徒が通ってますからね。一人二人増えた所で誰も気にはしませんよ。二日目にはすっかりその事も忘れてますし」
「ああ、俺にはよく分からないな、普通気づくと思うんだけど……」
その時だった。龍麻の中で、ふとある違和感を感じた。咄嗟にその事が口から出た。
「って、ちょっと待って! なんでその高校に登校してるんだよ!? まさか、そこの生徒の誰かがやったって言うのか!?」
「可能性としては十分ある。ゴミ箱を投げられた事が直接的な死因ならば、それを投げれる大男を探せばいい話なのだが、もし、高速でゴミ箱をぶつけたのなら、その対象は変わってくる。――対象は広がるんだよ」
「あのゴミ箱を高速でぶつけるには、必ず別の力に頼る事になります。例えばそれが何かの道具にしても、自身の特別な力だとしても、それを必要とする条件は、年齢や性別、ましてや筋肉など関係がなくなってきます」
「道具を使うなら脳みそが良ければいい。多少筋肉は使えど、ボディービルのような肉体は要らないはずだ。ましてや、篠宮のように能力を持った奴が犯人なら、尚更そんな肉体は無くてもいいだろ? 趣味で鍛えているなら話は別だがな。重たい物を手軽に吹き飛ばせるという力があるのに、わざわざその部分を鍛える必要はない。子供だろうが、大人だろうが、老人だろうが、全てがその殺人に関与したという可能性になる」
「まずは高橋朱莉と最も交流の深かった豊中高の同級生、教師、そして親を視野に入れ調べています。警察の方は、そのゴミ箱を投げたとされる男の人を探しているみたいですが……」
「本当にただの大男がゴミ箱を投げただけなら、話はすぐに済むんだがな。まあ、本当にそんな男が居たら居たで良かったという話だ」
「……そっか。それなら早く見つかるといいな」
まるで他人事かのように、龍麻は机の写真に目を向けたまま、小さく頷いていた。それに対し、麻祁が睨むような視線を送る。
「人事みたいに言ってるが、お前にも手伝ってもらうからな」
「へぇ……俺も……って、俺も!? なんで!?」
「当然だろ。二人より三人の方が早いんだし」
「早いたって、俺には自分の通ってる学校があるんだぞ! 転校して、新たに登校なんて出来るかよ!」
「なにも別の学校に転校しろとは言ってないだろ? そこは葉月に任せてある。手伝ってもらうのは、あくまでも休みの日とかだよ。その日なら空いてるだろ? 必要な道具や運んでもらい物が出来るかもしれないんだ、力強い男の手がいる」
「男の手って……ただ普段から持たせているだけじゃないかよ」
「それだけじゃありませんよ。例えば、もし犯人が男子生徒の誰かならば、状況次第では更衣室などにも忍び込んでもらわなければなりません。その時のお手伝いもありますので、さすがに私が入ったら不自然に思われます」
「それはそうだけど……」
徐々に納得せざるを得ない空気へと追い込まれていく中、麻祁が最後の区切りを入れた。
「という訳だ。また必要な時は直接伝えるから。まあ、そう無茶な事まではさせないよ」
「お前の言う事はどうも信用できないんだよ。あの坑道の時だって突然足を撃ってきたし」
「あれは私が説明し忘れたのと、無駄な混乱を避けるためだ。必要悪みたいなものだよ」
「んー、んな事言われても、なんか納得できないよな」
「そうか、まあ、それは本人の認識の問題だ。……っと、早速だがやってもらいたい事がある」
「え? 早速って、一体何するんだよ?」
そう龍麻が言葉にした瞬間、
「はい、ごちそうさま」
麻祁が空になったどんぶり鉢を龍麻のどんぶり鉢へと重ね、合わせた箸を上に置いた。
それに合わせるように、葉月もどんぶり鉢をその上へと重ね、箸を合わせては上に置く。
「ごちそうさまでした」
突然三つと六つに増えたどんぶり鉢と箸に、龍麻は唖然とした。
「なんだよこれ? なんで俺の所に重ねるんだよ!?」
「今から私達は仕事で話がある。その間、何もする事は無いだろ? その時間がもったいないからお手伝いをお願いする」
「お願いします。今この瞬間こそ、男の手、の出番です」
「なっ!? ただ面倒なだけだろ!? なんで俺が洗い物を! だいたい今日の食事当番は麻祁が……」
龍麻が二人に顔を向ける。そこには無表情のまま、じっと見てくる二つの視線があった。
決して逸らすことなく、異様な空気で一人を圧して来る。
それに対し、龍麻は深刻な表情を浮かべ、
「はいはい、分かりましたよ!」
三つのどんぶりと箸を手に持ち、台所へと向かった
ため息と共に消える背中。それをじっと見ていた葉月が麻祁に声を掛ける。
「さすが姉様、頼りになる方ですね」
「案外頼れる男だろ?」
居間で続けられる二人の会話。それを恨むかのように、台所からはガチャガチャと食器を洗う音が聞こえ始めた。