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Luxlunae  作者: 夏日和
第八章:一側性の侵入者
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二節:帰宅

 次の日の昼休み。教室で話す話題は、昨日行ったショッピングモールの話から、姉と妹に関することへと切り替わっていた。

 理由としては、昨日居なかった僚が今日行きたいと駄々をこねたからだ。

――――――――――――

「えー、ずるいなー。なんで二人だけで行くんだよ? 俺も誘ってくれたらいいのにー」

「暇かどうか聞いただろ? そしたら用事があるからって言うから……」

「あれだろ? 新しく出来たアクアモールだろ? それ言ってくれたら行くに決まってるだろ! あんな用事なんて二の次なんだよ、わかるだろ、に、の、つ、ぎ!!」

「わかるわけないだろ、内容知らないんだし」

「麻衣ちゃん、何もされなかった? 龍麻ってさ、見かけ通り野蛮だからさ、突然ウッホウッホって迫ってきたんじゃ……」

 突然僚が横に居た霧崎の手を両手で掴み、まるで祈るように握り締めた。状態を確めるかのように、上から下へと顔を動かす。

 それに対し、霧崎はどこか迷惑そうに、きごちない笑顔を返していた。

「だ、大丈夫だよ。龍麻君はそんなことしないし、それに、私達だけじゃなくて、東君と裕美ちゃんも一緒に居たしさ」

「あずまとゆみ?」

 手を話した僚の顔が教室の廊下側へと向けられる。そこには二人の男女の姿があった。

 男子生徒は椅子に座り、女子生徒はその横に立って笑顔を浮かべては何かを話している。

 その姿を、僚はしばらく無言で見つめ、

「アイツ等はすでにウッホウッホだ」

真剣な表情で、こちらへと振り返った。

「なんだよ、そのウッホウッホって……」

「俺も誰かとウッホウッホしたいから、今日学校終わったら行こうぜ! 時間大丈夫なんだろ?」

「別に時間は大丈夫だけど……ああー、ダメだ。今日は俺の方が用事あったんだ」

「用事? なんだよそれ!? 麻衣ちゃんはどう?」

「ごめん、私もちょっとダメなんだ。明日なら大丈夫だけど……」

「なんだよー。それじゃ式ちゃんは?」

 僚が俺の後ろの席に座っている麻祁に声をかけた。

 麻祁は資料などは読まずに、体は正面に向けたまま、俺達の話を聞いていた。

「私も今日はパス」

「あちゃー、んじゃ明日かな……麻衣ちゃんも明日なら行けるし、明日にしようかな」

「明日なら俺も行けるけど」

「結構ですっ! 式ちゃんはどうなの?」

「なんだよ! 結構って!」

 俺の言葉を無視し、麻祁の方へと振り向く。

「私も明日なら大丈夫。あっ、でもお金が無い」

「お金? あ、大丈夫大丈夫。それなら問題ないから」

 僚が突然俺の方へと振り向き、肩を叩いてきた。

「龍麻も行こう、一緒に。サイフも持って」

「なっ、お前、俺から集る気だな。さっき結構とか言ってたんじゃないのかよ!」

「予定が変わったの。女の子がお金無くて困ってるんだから助けてあげないと。……大体、今日行くなら、電車賃ぐらい俺が出してもいいってのに、行けないんだから仕方ないだろ? なんの用事があるんだよ?」

「……今日は家に寄るからダメなんだ」

「家……? ……ああ、親父さんの所か?」

「何かあったの?」

「それほど重要な事じゃないんだけど、少し忘れもんがあって……」

 机の横にかけていた鞄の中から色あせた蝶のヘアゴムを取り出し、二人の前に出した。

 それを目にした瞬間、納得したような表情を二人が浮かべる。

「ああ、お姉さんのか」

「それ栞さんが付けていたゴムだね。忘れ物?」

「そう、家に忘れていたから、届けようかと思って……」

 その言葉の後、麻祁が二人に問い掛けた。

「龍麻のお姉さんを知っているのか?」

 その質問に霧崎が笑みを浮かべ答える。

「知ってるよ。栞さんは私達が小さい頃から一緒に遊んで、毎日、お話もしてたしね」

「幼稚園の頃から一緒に遊んでいたよな。小学校からは一学年違ったけど、昼休みとかは同じ時間ほとんど一緒だったし……紗希ちゃんも一緒にいたな」

「そういえば紗希ちゃんは元気? しばらく会ってないんだけど……」

「元気だよ。今は部活が忙しいって」

「そっか、よかった」

「で、そのヘアゴムを今日渡すのか? 良かったな、お兄たまありがとう! って喜んでくれるぜ」

 僚が両手を合わせ、頬に寄せた後、体を不気味にくねらせた。

「気持ち悪いだろ。なんでそんな動きなんだ――」

「お兄たまって?」

 麻祁が突然会話に割り込んできた。その質問に俺の心臓が一瞬で高鳴りを打つ。

「いや、あのその……」

 急いでその質問を掻き消すため、言葉を出そうとした瞬間、僚の声が先に聞こえた。

「式ちゃん聞いてないの? こいつ、自分の姉に『お兄ちゃん』って言わせてるんだよ」

「…………」

 麻祁がじっと俺の顔を見る。その表情はいつもと変わりはなく、眠たそうな目をしている。が、何故だかそこから伝わる雰囲気は、少し呆れたような感じのものだった。

「ただのド変態だな」

「ち、違う! これには訳があるんだよ! な、なあ!」

 俺はすぐに僚と霧崎に弁明を求めた。僚がすぐに答える。

「自分の姉にお兄ちゃんと呼ばせる奴なんてヤバイだろ? これで龍麻という奴がどれだけのド変態なのか式ちゃんも分かったはず。だから、こんなド変態の住む場所より、俺の所に来ない?」

「考えておく」

「よし! 俺の未来は眩い!」

「そういえば何で栞さんって龍麻君の事をお兄さんって呼んでるんだろ? 小学校の時からそう呼んでたよね」

「幼稚園の時からだよ。他の記憶はあんまり無いけど、そこだけは残ってる。俺も理由は分からないよ。突然そう呼び出したんだから」

「修正はしなかったのか? 幼い時ならいいが、中学生近くにもなると違和感が出てくるだろ?」

「ああー、直してくれとは言わなかったな……。ほら、小さい時から言われてるから、あんまり違和感とか無かったしな……」

「どこでも常に一緒だったからな。俺達もあまり年上とか年下とか、そんなもんは気にしなかったし、感じなかったしな。今では素敵なお姉さんって思えるけど、やっぱ会っても栞ちゃんは栞ちゃんだよな」

「お前は特別な目線で見てるからだろ?」

「そりゃそうよ。女性に歳は関係ない! 麻衣ちゃんも式ちゃんも栞ちゃんも、俺にとっては素敵な女性だ! 龍麻、いつでも俺の事をお兄ちゃんって呼んでいいんだぞ!」

 ポンと肩に置かれた手を、俺は振り払った。

「気持ち悪い! 同級生の姉を狙うなよ!」

「なら、紗希ちゃんだ!」

「そういえば紗希は龍麻の事をどう呼んでるんだ? 歳は龍麻とは同年になるはずだが、龍麻の立場からも挟まれるようにちょうど中間の辺りにいたんだろ?」

 麻祁の質問に、僚と霧崎がキョトンとした顔を見せる。少しの間、二人が考える。先に霧崎が僚に向かい口を開いた。

「そういえば、なんて呼んでたんだろうね?」

「……呼びすてだったんじゃないか? 紗希ちゃんは俺達と同じ学年だったし、自分の姉をお兄ちゃんって呼ばせてるんだから、その妹も流石に呆れるだろ」

「だから呼ばせてないって! ……紗希は龍麻って呼んでいるよ」

「兄とか弟とかは一度も言わなかったのか?」

「中学に入る前までは兄って呼んでたよ。それからは龍麻って……。別に気にする事もないから、今でもそのままだけど……」

「ああ……それ、呆れてるんだって」

「えっ?」

 僚の言葉に少しだけ不安を覚えた。今まで気にはしてなかったが、改めてそう言われると、確かにそんな気にもなってくる。さらに追い打ちをかけるように麻祁も合わせるよう言ってきた。

「確かに呆れるな。幼い時は歳など関係はないとはいえ、中学生辺りになれば、そろそろ周りの事が気になり始めてくる。自分の一つ上の学年の姉が、下の学年の奴に兄ちゃんなんて言わされて、更に自身が同級なのに兄と呼んでいると理解したら、私なら呆れて恥ずかしくってその場に居られなくなる」

「だからそれは俺が――」

 俺の言葉をチャイムが遮った。

 学校中に響くその音に、教室内の生徒の動きが一瞬止まる。鳴り終えた後、立っていた他の生徒がそれぞれの席へと戻り始めた。

「それじゃお兄たま、また後で」

 そう言いながら僚は手を振り、霧崎も自分の席へと戻る。

「その言い方やめろって!」

「お兄たま」

「もう止めてくれー!」

 後ろから茶化すように言ってくる麻祁の声に、俺は両手で耳を押さえ、頭を抱え込んだ。右手に握り締めていたヘアゴムの蝶が耳に当たり、右側だけ手を話す。

 ふと聞こえる号令。視線を前に戻すと、立ち上がった全員が俺の方を見ていた。

 教卓の後ろに立つ山田先生が俺に視線を向け、メガネのブリッジを中指で軽く上げる。

「龍麻、何やってんだ?」

――――――――――――

夕刻、学校が終わり、霧崎達と別れた後、俺達は栞のヘアゴムを届ける為に、実家へと向かった。

 実家の場所は、今いる俺の家から少し離れた場所、位置的には、ちょうど駅と今いる家の中間地点にある。

 久しぶりに帰るとはいえ長年過ごした場所。それに父さんや母さんとは時々電話でも話したりする為、俺にとっては昔と変わりなく、いつも通りに帰るのと同じ状況に変わりはなかった。しかし、今日に限って、心臓が激しく動き、妙な気分が俺を包んでいた。

 原因はたぶん、俺の後ろで先ほどからキョロキョロと辺りを見渡している麻祁の存在だろう。

 ヘアゴムを返すだけなら何も起きずに普通に渡すだけで終わるのだが、この先の事を考えて、麻祁と一緒に居る事を直接伝えないといけないという気持ちが強さを増していた。

 本当は黙っていたいんだけど、昼の事も考えると、俺の立場というより、俺自身の居場所そのものが無くなると思ったからだ。さすがにこれ以上のヤバイ隠し事はないと思う。

 ただ、詳しくまでは伝えないとは思う。流石に、命を狙われているまで喋ると、余計な心配をかける。

――転校生の麻祁と一緒にいる。それだけを伝えればいい。

 単純な内容だし、生活に困っていたからという理由もちゃんとある、ただ気楽に喋ればいい、困っている人を俺は助けただけなのだから。

 だが、一歩一歩進める俺の足は何故か重く、家に近づく度に自然とため息が出てくる。

「この近くか?」

 後ろから聞こえる麻祁の声に、俺は一度深いため息を吐き、顔を上げた。

「ああ……ほら、もうそこだよ」

 指差す先、そこには一軒の家があった。

 瓦屋根に二階建ての堂々とした佇まいに、木で作られた門構え。その姿から、『松の木が似合う』と言えば、どのくらいの感じなのかは容易に想像が出来る外形をしている。

 周りの住宅に比べれば、如何にもお金持ちという印象を受けるのだが、実際にはそんなバカンスなど出来るほど稼いでいるわけでもなく、この見た目と広さにもそれなりの理由があった。

 麻祁は木で作られた門の前で立ち止まり、ぐるっと辺りを見回した。

「相変わらずデカいな」

「知ってるのかよ? ……まさか来たことある?」

「一回だけ。転校した後すぐに来た。どんなのか事前に見ておかないと」

「……怖いな……」

「見るだけだから害はないよ」

「自分で言うなよ。調べて来てる時点でそいつが何するかわからないだろ?」

「私は何もしないよ。それに、まだ中にも入ったことない」

「そりゃそうだろ! さすがに中は止めてくれよ!」

「――父親、調べたら剣道の師範をやっているって出ていた。かなり強かったらしいな」

「えっ、そうなのか? ……俺はあんまり興味なかったから知らないな。中学になる前までは少しだけ教えてもらったけど、途中で飽きたし……」

「結構しごかれた?」

「ああ、どうだろ……。怒られた記憶はないけど、練習みたいなのとかは厳しかったかな……後なんか色々聞かされたけど……」

「なるほどな」

 麻祁が一人納得したように少しだけ頷いた。

「なんだよ? 何が、なるほど、なんだよ?」

「三つ子の魂は百って事だよ」

「三つ子? 栞とか紗希の事?」

「そそ、そんな感じ。で、門下生は?」

「それなりに居たよ。今日も奥の方で練習してるんじゃないかな……」

「そう、それなら勝手に入ったら一発叩かれるよりも、袋叩きになるな。今回はパスもあるし、気軽に入れる」

「パスって……俺は玄関の鍵じゃないぞ? ってついてくるのか?」

「当然。説明するなら私も行った方がいい。その方が理解もすぐ出来て早く済むだろ?」

 その言葉に、俺は少し悩んだ。

 本当に麻祁が来ていいのだろうか? やはり不安が出てくる。

 少し考えた後、やはり言い難い部分もあるため、麻祁にはここで待ってもらうことにした。

 鍵もすぐに渡すだけだし、それほど待たせる事も無い。

 麻祁に三回ぐらい待つように伝えた後、俺は木の門を開け、中へと入った。

 玄関と門の間には小さな石の粒が敷き詰められ、気をつけて歩かないと足を取られる。

 ドアを開け、玄関へと入る。フローリングが真っ直ぐと伸びる廊下。左側には階段があり、右側にはドアが一つ。

 土間には、それぞれ大きさの違うの靴が綺麗に並べられていた。

 靴を脱ごうとした片足を上げた時、

「あら、おかえり」

右側から声が聞こえた。

 声のする方へと視線を動かすと、そこには母さんがいた。

 長髪の髪を一つにまとめ、後ろで結んでいる姿。それはいつまで経っても変わる事がない俺がよく目にする姿だった。

「た、ただいま」

「どうしたの急に帰ってきて? 何かあったの?」

 心配するような問い掛けに、俺はすぐさまポケットに入れていたヘアゴムを取り出そうとした――その時だ。

「その子は?」

突然、母さんが俺の後ろへと視線を向けた。

 釣られて俺も後ろへと振り返る。そこには麻祁の姿があった。

「初めまして」

 麻祁がピシッと背筋を伸ばし、頭を下げる。

 その態度に、母さんもお辞儀を返した。

「初めまして。えぇっと……お友達?」

 少し間をあけて、なにかハッキリとは言い難そうに問い掛けてくる。それに対し、俺はすぐに答えた。

「そ、そう! 友達! 高校で――」

「久柳君の所でお世話になってます。麻祁式あさぎしきです」

 麻祁が一歩前へと踏み出し、握手を求めるように右手を出した。差し出された右手に、母さんはその手を握る。

「お世話……って?」

「私、両親の都合で数ヶ月前に転校してきまして、この場所に関して何も分からず、一人困っていた所を久柳君には色々と教えてもらいました。それに寝る場所も……」

「寝る場所?」

「実は、私の両親は今この場所に居らず、別の所で仕事をしていて、今一人なんです。一応、寝る場所としてホテル代とかの代金は振り込んで貰っていたんですが、それじゃお金が掛かるって言って、久柳君が部屋を貸してくれるって……それで……その……」

 麻祁がワザとらしく顔を少し下げ、声を籠らせた。

「ああ、それで……」

 麻祁の説明とその態度から何かを察したのか、クッと母さんが目つきを変え、俺の方を見てきた。その表情に自然と体が身構える。

「龍麻、以前電話で言ってたのはこれね? ダメでしょ、麻祁さんのお金で家賃を立て替えるなんて、そういう事はちゃんと言いなさい!」

「いや、俺はそんなつもりじゃ……」

「ごめんなさいね。これからも大変でしょうけど、あまり気にせずにね。もし何かあったら、いつでも家に寄ってもいいから」

「ありがとうございます……あっ、そういえば、龍麻君から何か話があるみたいで……」

 その言葉により、二人の視線が俺へと集まった。

「――なに?」

 少し低くなる母さんの言葉。少しだけ怒っているようにも取れるその声に、萎縮していた俺は右手に握り締めていたヘアゴムを見せた。

 色あせた蝶の飾りのヘアゴムに、母さんの表情が戻る。

「栞の忘れ物?」

「ああ、昨日、家に寄った時に忘れていったみたいなんだ、栞は……」

 その言葉に、母さんは首を横に振った。

「まだ帰って来てないわよ。部活があるから、いつも遅くに帰ってくるし……そうね、大体六時か七時ぐらいね……」

「そ、そうなんだ……」

 予想外の事に、この後どうしようかと考え始めた時、ふと母さんが右手を伸ばし、手のひらを向けてきた。

「渡しておくわよ」

 その言葉に、俺はヘアゴムを渡そうとする、しかし――。

「ああ、大丈夫です。私達が行って直接渡しますから。せっかくですし、お姉さんや妹さんにも挨拶しないと」

 麻祁が間に割り込んできた。その後、一歩後ろへと下がると同時に俺の耳元で呟く。

「先に出る。失礼しました!」

 声と共にお辞儀をし、玄関を出て行く。

 ぽつんとした静けさだけが玄関に残される。出て行ったドアを見つめながら母さんが一言呟いた。

「しっかりした子ね」

「ああ、そうだと思う……」

――――――――――――

 その後、少しの間だけ色々と話し、俺も麻祁を追うように外へと出た。

 家の前に麻祁はいた。どこかに電話をしているようだ。

 少しの間を待ち、電話を切ると同時に、俺は声をかけた。

「おい、なんで入ってきたんだよ! おかげで俺が悪いように見られたじゃないか!」

「私が行かなければ、喋らなかっただろ? どうせ電話の時と同じようなものだ。言う気はあっても、いざ目の前になるとグジグジとなって何も言えずにそのまま終わるんだ――あってるだろ?」

「グッ……きょ、今日は言うつもりだったんだよ!」

「どうだが。それに、ああやって言えば納得してくれるんだよ。じゃあ聞くが、あれ以外にどうやって説明する気だったんだ?」

「そ、それは……えぇーっと……両親がいなくて、ホテルで泊まるにもお金がかかるから家に誘った。その方がお金もかからずに両親にも迷惑がかからないから……」

「私が説明したのと同じじゃないか。後の想像は向こうが勝手にしたんだ。私を責める前に、伝えるのが遅すぎた自分への後悔をするべきだな。家賃について話す時に言っておけば、説明も否定も出来て、勘違いされずに済んだものを」

「くっ……」

 それ以上何も言えず、俺は口を閉じるしかなかった。何とか一言でも言い返そうと思ったが、全てが自分が招いた行動不足のせいだと思うと、これ以上は何も言えるわけがない。

「それじゃ時間がないから行くぞ」

 麻祁がそのまま左へと振り向き、歩き始めた。俺もその後に続く。

「行くって、菖蒲高にかよ?」

 その言葉に、麻祁は首を横に振った。

「いや、まずは駅の裏にある学校だよ」

「……えっ? 椚さんのとこ? なんで?」

「お金持って来てる?」

「お金? ……あっ」

 麻祁の言葉に気付かされた。そう言えば今日はゴムだけを渡すつもりだったから、家にこれ以外の物を全部置いてきたんだった……。

「持ってきてない……」

「菖蒲高はここから数キロもある先だ。歩いていくには時間が掛かるから、電車に乗らないと間に合わない。行くなら準備もあるから早くしないと……ゴム、渡すんだろ?」

 振り返ることなく、麻祁が問い掛けてきた。

「ああ、届けるよ……って、わざわざ会いって言ったのはお前だろ!? 俺は別に母さんに渡してでも……」

「そうなると、今度は姉と妹に歪んだ情報が入ってくる。説明するならちゃんと自分の口で言った方がいい。まあ、どうしてもって言うなら、母親に渡して帰ってもいいが……」

「自分で渡すよ。また勘違いされたら困るし、俺から説明するから。……今度は割り込んで来るなよ?」

「――よしなに」

 麻祁が軽く手を振った。

「よ、よしなに?」

 聞き慣れない言葉に、一度動きを止めるも、俺は深く考える事はせず、足を速めた。

 住宅街からビル街へと移り、そして駅が見えてくる。

 多くの人が行き交うその中に、俺達は入り込んだ。

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