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Luxlunae  作者: 夏日和
第八章:一側性の侵入者
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一節:明日のついで

『……さん、素敵なお宿があると言』

『……っはっは、だからそんな事が』

『……市で、アクアモールがオープンさ』

 指でスイッチを押すたび、テレビに現れる人物が次々と切り替わっていく。

 麻祁はテレビとは向かいの場所へと座り、左腕で作った手の台に頬を置いては、退屈そうな顔で、右の親指を頻りに動かし続けていた。

 時計の針がカチカチと動き、短針がちょうど六時に差し掛かる。

 突然、後ろかガチャガチャと玄関の鍵を開ける音が響いた。

 麻祁は気にする様子もなく、同じ姿勢のまま、親指を動かし続ける。

 ドアの閉まる音が玄関から響く。……しかし、居間の引き戸は開かれない。

 少しの間の後、ゆっくりと焦らす様に引き戸が少しずつ開かれていく。

 隙間から見え始めたのは、腰を屈め、不安そうに部屋の中をうかがう龍麻の姿だった。

 右手には白のビニール袋を持ち、目をキョロキョロとさせた後、ふっと安堵あんどしたような息を吐き、立ち上がっては扉を開けた。

「なんだ帰ってきてたんだ……」

 龍麻はそう言いながら、麻祁の右側にあるベッドへと腰掛け、袋を机へと置く。

「帰ってるなら言ってくれればよかったのに……」

「携帯の一つも今どき持ってない人間にどうやって伝えろって言うんだ? 伝書鳩を飛ばす?」

「ん……ま、まあ、そりゃそうだけどよ……。って、この前壊れたんだから仕方ないだろ。今度の土、日に霧崎と一緒に買うつもりだからさ。……それよりも、入ってくる時に少しでも声を掛けてくれたらよかったのによ。……俺を狙ってるヤツかと思ったよ。はあ、良かった……」

 深く息を吐き、龍麻が肩の力を落す。

「早く終わったんだ。いつもならもっと遅くに帰ってくると思ったんだけど」

「誰もいなかったから、早めに切り上げて帰ってきた」

「早くね……あっ、これ買って来たから」

 机に置いた袋の中に手を入れ、透明のパックを二つ取り出し、麻祁の前へと置く。

 透明のパックには、タコよい、と緑の文字で書かれた紙が巻かれていた。

 麻祁は体勢を変えず、視線だけをその文字へと向ける。

「たこ焼きか……」

「それお土産。さっき霧崎達と食べてて、結構美味しかったから買ってきた。表面がパリパリしてて、ソースとかちょうどいい感じで甘辛くってさ……って、ここ、ここ」

 龍麻の声に、麻祁の指が止まる。

 ザッピングを繰り返していた画面が、あるニュースで止まった。それは、この近くの市内にできた、新しいショッピングモールを紹介するものであった。

 女性のレポーターが地下の食品売り場へと出向き、そこで売られている商品を次々と画面上に現せていく。

「ここの右側の場所に……ああ、あと少しだな。この右側にこのたこ焼き屋があるんだよ。……もしかすると出てくるかも」

 食い入るようにテレビに目を向ける龍麻を余所に、麻祁は画面と手元を交互に見ながら、ゴムを外しパックを開けた。

 その瞬間、白い湯気と共にソースの甘辛い匂いが部屋中に広がり、後から青海苔とカツオ節の香りが追いかけてくる。

 麻祁は端のたこ焼きに刺されていた楊枝を手に取り、一つ突き刺しては口へと運ぶ。

 外はパリっと硬く、かみ締める度に口の中に温かさとタコの感触が伝わってくる。

 黙々と食べる麻祁に対し、龍麻はテレビを見ながらも、チラチラとその様子をうかがっていた。

 眠たそうな細い目で、麻祁はテレビに目を向けながら、二つ目を食べる。

 忙しく動く口元。しかし、そこからは言葉の一つも出てこない。

 パックの上部に付けられていた袋入りのマヨネーズに龍麻が気付く。

「マヨネーズは?」

 その言葉に麻祁がすかさず返す。

「いらない。味が変わる」

「そっか……」

 その後、言葉も無く、麻祁は次々とたこ焼きを口へと放り込んで行き、そして最後の一つに楊枝を突き刺した。

 龍麻の視線が、もぐもぐと頻りに動く麻祁の口元へと向けられる。

 全てを食べ終えた後、龍麻が何かそわそわしながら、麻祁に視線を送る。だが、麻祁は何も言わずにテレビを見ているだけだった。

 その姿に龍麻はついに我慢できず、麻祁に問いかけた。

「どうだった? 結構美味しいだろ?」

「たこ焼きだった」

 その答えに、龍麻は力無くベッドへと倒れた。

「ああー! なんだよそれ! 聞いたのがバカだった! せっかく買ってきたのに!」

「良い感想を求める為に買ってきたんじゃないんだろ? 人それぞれの好みの問題だ、私からするとこれは、そう、ただのたこ焼きだ」

「……そりゃそうだろうけどよ……あーあ、なんだかな……」

 思わぬこれ以下の答えに落胆の色を隠せず、体を起こした龍麻の肩は自然と下がっていた。

 再び二人の視線がテレビへと向けられた時、麻祁がふと、ある言葉を口にした。

「そういえば、しおりが来ていた」

「……しおり? しおりって?」

 テレビから目を逸らさずにわされる会話。

久柳栞くりゅうしおり

「ああ、栞――って、どこに!?」

 突然出された名前に、龍麻は驚きの表情を向けた。

「そこ」

 龍麻の座っているベッドを麻祁が指差す。

「そこって、ここ!? なんで!? ってそれより何で名前を知ってるんだよ!? オレ言ったか!?」

「悪いが、私は性格上、一緒にいる相手がどういう人間なのか調

べる癖がある。それは私自身を守る為に必要なことだからだ。もしせずに一緒に暮らして命を取られたらかなわないからな。当然の事だ」

「な、なに言ってんだよ!! お前が勝手に入ってきたんだろ!? なに人のせいにしてんだよ!!」

「とりあえず、すでに全ての事は調べ終えている。近親者に父と母に姉と妹。ここから少し離れた場所に実家がある事も」

「どこでそんな事調べられるんだよ……普通にやばいだろ……」

「ルートはいくらでもある気をつけろよ。それよりも、私からこそ聞きたいことがある。なぜ、お前の姉である栞が、勝手に部屋に入って、しかもそのベッドで寝ていたんだ? 説明はちゃんとできるんだろな?」

「……そ、それは……」

 不意の問い掛けに、龍麻の視線が下へと向いた。その表情からも何かの隠し事があるのは明らかだった。麻祁が更に問い詰める。

「閉まっているのに入ったのは合い鍵を渡してるからだ。家族だから鍵を渡すのはおかしくないが、今まで入って来なかったのに、なぜ日曜日の昼、しかも誰も居ない時で、更には制服姿のままでここにいたんだ?」

「ん……」

 龍麻が顔を背け、押し黙る。

「ほぉ……まあ、言う言わないかは自由だがら構わない。しかし、今日、突然の事に私は危うくスタンガンを突きかけた。もし次もここで私が一人で出会った場合、スタンガンを容赦なく突きつける」

「ばっ、バカやめろよ!!」

「やめろと言われても小心者の私は、どうしようもできない――あーこわいこわい! 説明してもらえない限りは恐怖で右手が……」

 麻祁が小刻みに右手を震わせながら、前へと突き出す。

「……じしてもらってたんだよ」

 それに対し、龍麻はまるで豆粒のような呟きで答えた。

 麻祁は聞き返す事も無く、じっと龍麻の目を見つめ、逸らさない。その姿に、龍麻は諦め、再度、声を出した。

「掃除してもらってたんだよ!」

「掃除?」

 思わぬ答えに麻祁は、なにそれ、と言葉を続け返した。

「日曜には必ず掃除に来るんだよ。部活とかで昼の時には昼食で間が空くからその時に……」

「毎週やってもらってたのか? よく私に今まで見つからなかったな。もう数ヶ月はいるというのに」

「最初はどうしようかと思ったんだけどさ……、日曜日には外に出かけていつも帰ってくるの遅かったし……、もし早い時でも俺が家に居る事が多いから、今日は来ないようにって言えばそれで……」

「言えばいいだろ、別に私は気にしないってのに」

「い、言えるわけがないだろ。一人暮らししたいって俺から無理言って出て来てるのに、わざわざ姉に掃除してもらってるなんて恥ずかしくて……他の誰かに言えるわけがない。それに、一人のはずなのに、一緒に……しかも同じクラスの女子と暮らしているなんて、栞が知ったら……」

「なら断ればいい。掃除は大丈夫だって」

「それが結構言いづらいんだよ。この前の家賃に関しても、お金が入ったから入れないでいいって言ったら妙な感じになって結局そのままだし……。一応俺だって、掃除の事、聞いてみたんだぞ? そしたら、紗希が母さんに様子を伝えれるから、とか言ってたから、結局断れなくって……」

紗希さき? 妹か……。まあ、それなら仕方ないが、正直に早めに言った方がいい。この先どうなるか分からないんだし、何かあった時には説明する手間も省ける」

「説明って……なんて言えばいいんだ? 公園で出会った女が突然撃ってきて、次の日には転校生してきて同級生になったと思えば、今度は無理矢理、妙な場所へ連れて行かれて、そこで敵討ちとして命を狙われるハメになり、今では僕達一緒に暮らしてます。って言うのか?」

「素敵な美少女転校生のおかげで、ボクの人生は慶福です。って言うんだ」

「けいふく? 何それ?」

「幸せってこと」

「ないない、全然幸せじゃない。明日にもその殺し屋みたいなのが来るかもしれないってのに、どこかどう幸せに暮らせるんだよ……」

「の、わりには普通に暮らして、ビクビクしてないじゃないか」

 麻祁の言葉に、何かを気づかされたのか、龍麻の表情が止まる。

「……そういえば、そうだよな。なんでだろう……なんか時々忘れるんだよな。おかしくなったのか……おれ」

「それは慣れだよ慣れ。常に危機感があるなら警戒するが、徐々に薄れて行けば、次第に忘れていく。まあ、あまり気にしすぎるのも他の事をするに支障が出るから、今はそれでいい。それに、その時の為に私が守る約束で荷物持ちとしての取り引きをしたんだ。私がそばにいるうちは安心したらいい」

「……そ、そう。ありがとう」

「ああ、ただ相手が銃のような飛び道具を使ってきたら、諦めてくれ。私も死にたくないし、なにより近ければ弾除けにはするから」

「な、なんだよそれ! 守ってくれるんじゃないのか!?」

「私も危ないのに約束も契約もクソもない。助かりたいなら最低限自分の判断で動けるように体力などはしっかりつけておくことだな。……後、覚悟も」

「覚悟?」

「私を逆に弾除けにするとかだよ。優しさなんてあった所で、自分の心が救われるだけで、肉体は救われない。常に自分の事だけを考えればいい、私も勝手に動くんだから。その方がお互いの負担にもならず、すぐに対応できる」

「…………」

 龍麻はどう答えていいのか分からず、そのまま黙り込んでしまった。その様子を麻祁は見る事もなく、言葉を続けた。

「普段から運動などを、しっかりしていれば問題ないよ。今も私の言った通りちゃんとしてるし、大丈夫さ。もし、まだ自分には色々足り無いと思うなら、本格的な事を教えてもいい。それこそ、接近での格闘や、必要なら銃の撃ち方など」

「じゅ、銃って……でも、教えてくれるのか?」

「ああ、知りたいのなら教えるよ。銃の撃ち方なんて篠宮に聞けば、いくつでも教えてくれる。明日、学校の帰りによって聞いてみるか。それに、これも渡さないとな」

 麻祁がポケットから蝶の飾りが付いたヘアゴムを取り出し、龍麻の前に突き出した。

 龍麻はそれを手のひらの上に置き、確める。

 青色の蝶の飾りは色あせてしまい、昔あったであろう輝きはなくなっていた。

「これ栞の……」

「私の顔を見て慌てて出て行った。で、机の上にそれが置いてあった」

「話したのか?」

「話してない。寝ていたから放っておいてたら勝手に起きたんだ。寝ぼけていたらしく部屋を間違っていると思って、そのまま出て行ったよ」

「……それなら」

「渡す時に誤魔化して言えばそのままだろうけど、はっきりと直接言った方がいい。居候って形にすれば、納得もしてくれるんだし。ほら、今の私は、お前と久柳家に入る時と同じ境遇に近いんだから」

 その言葉に、龍麻の肩が一瞬上がる。重々しい表情で麻祁を見る。

「それも調べれるのか?」

「もちろん。久柳家に幼い時に来た事も。……ただ、どうして? なのかまでは分からないが……」

「……そうか」

 龍麻が少しだけ顔を落し、静かに話し始めた。

「俺も少し気になっていたんだけど、分からないか……」

「すでにその事は聞いていたのか?」

「……父さんが教えてくれた。高校に入る前から先に……。でも、本当の親の事はあまり詳しくは聞かなかった。聞くのが怖い……ってのはなかったんだけど、優しかったし、なんだかあまり気になる事でもなかったしな」

「今は知りたいと思わないのか?」

「……どうだろうな。それほど強く知りたいとは思わないかな。知った所で会いに行きたいとか思わないし、何も知らずに今のままでいいとも思ってる。噂話で聞く程度ならいいかな」

「一人暮らしを始めようと思ったのもその影響か」

「そうだよ。家にいても良かったんだけど、それを知らされてから高校になる前に、なんだか少しだけ居辛くなって……。……その、苦しいとかじゃなくて……やっぱ迷惑かけたくないって思いが強くなって、それで……」

「家賃も払えないのによく出たものだ」

「……はぁ、だよな。俺も言ってはみたものの、家賃も払ってもらっているとなると、結局迷惑かけてるんじゃないかと思っていたんだよ」

「そこへ偶然にも私がやってきた。良かったじゃないか、今は家賃も払えて、全て上手くいっている」

「よく言うよ、上手くはいってないだろう。大体手伝いをしたからってだけで、お金を貰えるのはありがたいけど、死にかけの目にあってまで貰っても嬉しくはないだろ?」

「そんな目を受けてまでも貰いたいと思う人間だっているんだよ。やってみて分かっただろ? 仕事の大変さと、そこまでして稼ぐ人の愚かさを、教訓だよ教訓」

「……教訓ね、俺には早すぎるわ」

「荷物を持つだけなのに、楽なもんだよ。私なんて体を張って頑張ってるってのに」

「俺だって結構カラダ張ってるんだぞ! 蜘蛛に襲われるわ、イノシシに噛みつかれそうになるわで」

「あれは運が悪かった。ひと個人の運の悪さは考慮に入らない。その分、誰も経験した事が無いような、神秘の体験が出来る」

「なんだよそれ……」

「プライスレス。まあ、明日、学校が終わった後に立ち寄ろう。ついでに渡せるし、ついでに説明も出来る。さらには椚の学校へも行けるで、手間も省ける。さあ、風呂風呂」

 空になったパックを手に持ち、麻祁が立ち上がり台所へと向かう。

 残された龍麻は手を広げ、握っていたヘアゴムへと目を向けた。

「明日か……」

 ふと深いため息を吐いた後、一人騒ぐテレビの画面を切り替えた。

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